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ルーペルト・クリスタ外伝16



 土煙のあと、蜘蛛は一掃されたが三角形の構造物は健在だった。

 空に上がったリタはクリスタの下へ向かう。


「ビクともしてないね?」

「あれは古代魔法文明時代の構造物だから……私じゃ壊せない」

「地下の壁にはなんて書いてあったの?」

「あの構造物は古代魔法文明時代末期に作られた軍事兵器……〝ドライエック〟。大地の魔力を吸い上げる自動召喚装置。本来なら制御可能な異世界の生物を召喚する予定だったけど、制御不可能なモンスターたちがいる世界に繋がってしまって、古代魔法文明はどうにか封印するしかなかった。一度稼働すると、魔力が尽きるまでどんどん召喚し続けるから古代魔法文明は七日間戦い続けて、どうにか魔力が尽きるのを待ったらしい。衰退し始めていた自分たちを救うための物が自分たちの首を絞めることになった……。彼らはあれを湖に沈めて厳重な封印をした。ヴェヒターはあれを監視するために建てられた都市で、決して封印を解かせてはいけないって書かれていた……あと、壊し方も書いてあった」

「壊せるの?」

「一方向からの攻撃だと強力な結界を張るから、全方位から攻撃する必要があるみたい。けど、わかっていても壊せなかったってことは、古代魔法文明末期だとそれができる実力者が存在しなかった」

「……可能性がありそうなのはSS級冒険者たちくらいってこと?」

「そうなる」

「……迷惑な物を残してくれたもんだね。古代魔法文明も」

「だから古代魔法文明の遺跡はSS級冒険者の管轄……正直、手に余る」


 強くなったという自負はあるが、兄と同じレベルになったと思うほど愚かではない。

 石碑に書かれていたからそういうものだと納得できるが、勝手に魔力を集めて、勝手に召喚するなど現在の魔法体系ではありえない。

 どんな理論で動いているのか、想像することもできない。

 常識が通じない。

 あれはこの場にいる人員ではどうにもならない。


「迅速に対応したし、そのうち援軍が来るはずだよ。SS級冒険者の誰かが来てくれればだいぶ楽になる」

「そうだね」


 答えながらクリスタはドライエックから目を離さなかった。




■■■




「すげーな? あの金髪の魔導師」

「そうだね」


 ウォルフに相槌を打ちつつ、ルーペルトはジッとドライエックを見つめていた。

 これで終わりなわけがないからだ。

 まだドライエックからは十分すぎる魔力が感じられた。

 だが、城壁は歓声に包まれており、まるで勝ったかのようだった。

 どう気を引き締めるか。

 そこに意識を割いた時。

 巨大な蜘蛛が姿を現した。

 先ほどまでの蜘蛛とは別次元の大きさだ。

 数十メートルはあるだろうか。

 最大の特徴は甲羅を背負っているという点。

 その甲羅から突然。

 光が空に向けて放たれた。

 その光はゆっくりと空を覆っていく。

 その光の正体が結界であることに気づいたルーペルトは舌打ちをしながら叫んだ。


「まずい!! 攻撃準備! あのモンスターを討つぞ!!」

「どうした!? ルート!?」

「結界を作ってる! あのモンスターを止めないと結界に閉じ込められて、孤立してしまう!!」


 現状、ヴェヒターは単独で都市を防衛する能力を有してはいない。

 外からの援軍が頼りなのだ。

 にもかかわらず、外との接触を断たれてしまえば勝ち目がなくなる。

 あの結界が完成したら負ける。

 そう確信したルーペルトは即座に指示を出す。

 兵士たちは戸惑うが、冒険者たちはすぐに事態の深刻さに気付いて城壁を降りて、正門前へと集まった。


「急げ!」

「あのスピードならまだまだ完成しねぇ! 時間はあるぞ!」

「けど、それだけ広大な結界ってことだぞ!?」

「完成させなきゃいいだけだ!!」


 そんなやり取りの最中に今度は十メートル前後の蜘蛛がまた現れた。

 その蜘蛛も甲羅を背負っていた。

 そして、最初の大型蜘蛛を守るような形で、小規模な結界を張り始めた。


「くそっ……!!」


 ルーペルトは悪態をつく。

 同時に空からクリスタが魔法を放った。

 その魔法は二体目の甲羅蜘蛛の結界に弾かれる。

 遠距離攻撃ではもはや対処不可能。

 斬りこむしかない。

 だが、そんなルーペルトたちの思惑を打ち砕くように、先ほど以上の小型蜘蛛がわらわらと現れ始めた。


「……手が込んでいる……!!」


 ここで正門を開けて突撃してもあの大群相手では間に合わない。

 逆に防衛戦力が減る以上、都市に被害が出かねない。

 ルーペルトは目を瞑り、そして深呼吸をした後に指示を改めて出した。


「防衛態勢!! まずはヴェヒターを守る!!」


 これが先細りする道だとわかっていながらも、ルーペルトはそう指示するしかなかった。

 現状を自分たちで打破する機会は失われた。

 あとは都市の外にいる者たち次第。

 一体目の甲羅蜘蛛の結界は高く、そして広い。

 ジンメル侯爵領はかなり範囲に入る。

 上手くアロイスがやれば、騎士団が駆けつけてくれるだろう。

 とにかく今は現状を維持するしか道はなかった。




■■■




 ジンメル侯爵領の中心に位置する都市、オンケンにて紫の狼煙を見たアロイスは、自分の中で明確なスイッチが入ったことを自覚していた。

 帝国侯爵から将軍へのスイッチが入ったのだ。


「領内全域に動員体制! すべての騎士はオンケンに集結せよ!」


 指示を出しながらアロイスは手早く鎧を身に着ける。

 慣れた手つき。

 国境守備軍にて幾度も経験してきた。

 皇国軍の僅かな動きに反応して、寝ていても跳ね起きて準備したものだ。

 たしかに復興の際、アロイスは領内にいなかった。

 だが、もっとも帝国が弱体化していた期間。

 唯一、帝国に対抗できる国力を持つ皇国に接する国境にいたのだ。

 帝国を守るために。


「オンケンの騎士を集めろ! 周辺都市に伝令を出す!!」


 アロイスの指示が飛んだ少しあと、オンケンの騎士たちがアロイスの前に並んだ。

 ほとんどが若い。

 プラネルト配下の騎士たちは大戦でほとんど討ち死にしたからだ。

 だが、僅かに残った騎士たちもいる。

 彼らはアロイスの前に立ち、そして頼もしそうにアロイスを見ていた。

 若い騎士たちとは違い、彼らはアロイスの功績を見てきた者たちだ。

 決して皇族に気に入られたから出世したわけでも、自分だけ後方にいたわけでもない。

 自ら剣を振るって、実質的な南部諸侯連合を率いた若き英雄。

 アロイスの実態をよく知っていた。

 そんなアロイスは一人の若い騎士の前に立つと、その鎧を掴んだ。

 紐が緩んでいたのだ。

 鎧が大きくずれた。


「……死にたいのか?」

「はっ、えっ……?」

「死にたいのかと聞いている!」

「えっ……いえ、その……」


 侯爵として振る舞っている時のアロイスでは考えられない怒号。

 若い騎士は体を震わせ、一直線に背筋を伸ばした。


「お前の気の緩みはお前を殺す! お前が死ねば背中を預けた者が死ぬ! 二人が死ねば部隊が危機に瀕する! 部隊が崩れればほかの部隊も崩れる!! 自分を殺し、仲間を殺すことになるぞ!?」

「申し訳ありません!!」

「自分の命と行動に責任を持て! 仲間を助けるためにはまず自分が生き残るんだ!」 


 叱責を受けた若い騎士は再度、謝罪を口にする。

 そしてほかの若い騎士たちも背筋を伸ばした。

 今まで自分たちが小馬鹿にしていたアロイスが、本気を見せていたからだ。

 語られた功績に偽りはない。

 つまりはそれだけ修羅場をくぐっているということ。

 心構えが若い騎士たちとは違っていた。


「プラネルト!! たるんでいるぞ! どういう訓練をしている!?」

「申し訳ありません。皆、初陣ゆえお許しを」

「敵は初陣だからと情けをかけてはくれない! 戦場ではプラネルトのように庇ってくれる者がいるとは限らない! 気を引き締めろ! そして心に刻め!! 大戦で多くの者が死んだ! 僕らに未来を残すために、だ! 残された僕らにはこの帝国を守る義務がある! 彼らが! 諸君らの先人であるプラネルト家の騎士たちがそうしたようにだ! 今、紫の狼煙が上がった! あの場において想像もつかないことが起きているだろう! 我々はもっとも近くにいる軍だ! すぐに軍勢を集結し、あの場に向かう!! 恐れに負けそうな者は今名乗り出ろ。騎士の任を解く」


 アロイスの言葉に騎士たちはシーンとなった。

 誰も名乗り出ない。

 そんな中、一人の若い騎士が声をあげた。


「死ぬ覚悟はできています!」

「良い心がけだが、理解が足りないようだな。僕らは死ににいくんじゃない。助けに行くんだ。お前が死んだら誰が彼らを助ける? 誰が仲間の背中を守る? ここで腹をくくれ! なにがなんでも生き残ってここに戻ってくると!」


 アロイスの言葉に若い騎士は言葉を失う。

 そんな騎士にアロイスは告げる。


「剣に誓えるか? 死なないと」

「……誓います」

「よろしい。背中は任せたぞ? 騎士マイルズ」


 自分の名をアロイスが呼んだことに若い騎士、マイルズは驚きを隠せなかった。

 名乗った覚えがないからだ。

 ただ、アロイスにとっては当たり前のことだった。

 自分の家臣たちだ。名前は覚えて当然。

 共に戦う戦友なのだから。


「これより諸君らには僕の側近として動いてもらう! まずは周辺都市に伝令! 兵糧と武具を集めるんだ! 渋るようなら僕の名を使って脅せ! 今は緊急事態! とにかく早さが大切だ! 躊躇するな!」

「はっ!」

「プラネルト! 詳細な振り分けは任せる! あまり猶予はない! 急げ!」

「かしこまりました」


 指示を出し終えると、アロイスはそのまま城壁へと上ってヴェヒターのほうを見つめる。

 紫の狼煙を上げられる者など限られている。

 間違いなくクリスタがあげたものだろう。

 また、大きなことに巻き込まれたのは想像に難くない。


「無事だといいけれど……」


 強いのはわかっている。

 けれど、心配は絶えない。

 だからこそ。


「すぐに行く……」


 剣の柄を握りしめてアロイスは呟いた。

 


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