ルーペルト・クリスタ外伝15
「弓隊構え!! 放て!!」
城壁の上から無数の矢が放たれる。
だが、雪崩のように進軍してくる蜘蛛たちは矢によるダメージで次々に倒れていく。
一発じゃ倒れないが、二発、三発と当たれば倒れるのだ。
しかし。
気休めだ。
数が多すぎる。
「城壁を登ってくるぞ!!!!」
城壁に張り付き、蜘蛛たちは続々と上ってくる。
大きさは人間とほぼ同等。
鋭い牙と前足が武器だ。
しかし、動きはそこまで速くないうえに耐久力もない。
剣で斬りつければ、あっさり血を流して倒れていく。
大した脅威じゃない。
一体ならば。
「うわぁぁぁ!!??」
「持ち場を保て!」
「くそっ!」
物量。
それが突如押し寄せてきた蜘蛛たちの武器だった。
城壁の守備につく兵士の数は約千。
しかし、現れた蜘蛛の数はざっと五千。
しかも後続が続々と三角形の構造物から現れている。
一人の兵士が蜘蛛の圧力に負けて、転んでしまう。
そしてそんな兵士の上に二体の蜘蛛が襲い掛かる。
兵士が目を閉じるが、最期の瞬間は訪れなかった。
「立つんだ! 生きたいなら前に集中しろ!」
現れたのはルーペルトだった。
剣を片手にルーペルトは城壁を走り回り、蜘蛛を斬り倒していた。
まるで流れ作業のように斬撃を放ち、ルーペルトが通った場所に蜘蛛は一切存在しない。
その間に兵士たちは立て直していく。
「弓隊準備!! 前方の兵士は一度下がれ!」
城壁の後ろで弓を構えている部隊に指示を出し、ルーペルトは城壁の上にいる兵士たちを下がらせる。
その一角に蜘蛛が大挙して押し寄せる。
だが。
「放て!!」
ルーペルトの合図で放たれた矢によって蜘蛛たちは倒れていく。
兵士たちは当たり前のように指示を出すルーペルトに疑問を抱くが、圧倒的な実力と確かな采配。そして敵の異質さゆえに不満を述べることはない。
今必要なのは、自分たちを生かしてくれる指揮官だったからだ。
「押し返せ!! 背中合わせに戦い、前に集中するんだ! 敵は弱い!! 味方を信じれば勝てる! 生き残れ! こんなところで死ぬんじゃない!」
鼓舞しながらルーペルトは走り回る。
似たような景色が城壁各地で起きていた。
ルーペルトが配置した近衛騎士たちが現場指揮官となって、どうにか堪えていたのだ。
しかし、それは堪えているだけ。
状況は好転しない。
そんな中、ルーペルトの後ろから迫っていた蜘蛛が一撃で弾き飛ばされた。
「おいおい? この俺の獲物にしちゃ弱すぎじゃねぇか?」
「けど、数が多い」
「雑魚を何体倒したって高ランク冒険者にはなれねぇ。もっと強いのはいねぇのか? ルート」
「僕じゃなくて相手に聞いてくれる?」
現れたのはウォルフだった。
ルーペルトとウォルフは背中合わせになりながら、蜘蛛をどんどん倒していく。
「このままじゃジリ貧だ。なんとかしないと」
「そうでもないぞ? 来たのは俺だけじゃない」
ウォルフに促され、ルーペルトは城壁の内側に目をやる。
百人ほどの冒険者たちが城壁に向かって歩いてきていた。
「行くぞ! 野郎ども! 休暇返上だ! モンスターが現れたとなれば俺たちに出番だからな!」
「やってやるぜ!!」
「報酬ゲットの時間だ!!」
ヴェヒターは観光都市。
そこに訪れている冒険者や軍関係者も多くいた。
さらに最近のモンスター被害のため、ここには想像以上に冒険者たちが集まっていたのだ。
その一団の中にリンフィアもいた。
そしてその後ろには懐かしい顔ぶれも。
「なんで俺たちまで駆り出されるんだよ……」
「リーダーが手ごろな依頼があるっていうから……」
「最近、ここらへんのモンスターは弱くなってたんだよ! 情報は間違ってねぇ! あんなの現れるなんて予想できるか!」
「なんか俺たち……南部に来ると毎回、こういうのに巻き込まれている気がする」
「やめろ。人生に二度も紫の狼煙の近くにいたなんて考えたくもない」
「雑談はその辺にしてください、〝アベル〟さん」
「はぁ……お前がここにいるってことは大事確定だろ? リンフィア。嘆くぐらいさせろ。俺たちはしがない冒険者パーティーなんだ」
かつて共にパーティーを組んだアベルの冒険者パーティー。
そしてレオと共に南部での悪魔騒動を乗り切った冒険者パーティー。
偶然ながらこの場にいたアベルたちを発見したリンフィアは、クリスタに地下のことを伝えるとアベルたちを無理やり引き連れ、他の冒険者たちにも参戦を要求した。
事態が飲み込めていなかった冒険者たちだが、モンスターが現れたことを聞くと我先にと武器を取ってくれたのだ。
「さぁ、押し返しますよ」
リンフィアの声と共に冒険者たちは城壁に登り、手早く蜘蛛の討伐にかかる。
モンスターに慣れた彼らにとって、この程度の蜘蛛は相手にならなかった。
問題なのは数だけ。
蜘蛛の勢いはとどまるところを知らない。
だが、そんな蜘蛛の勢いを断ち切る一撃が城壁近くで炸裂した。
上空からの降下攻撃。
それによって城壁近くの蜘蛛が一斉に吹き飛んだ。
土煙の中、そこに立っていたのは白いマントの少女だった。
「――帝国近衛騎士団皇妹殿下直属騎士……リタ」
一撃で城壁と蜘蛛との群れに空白が生まれた。
勢いが断たれ、少しだけ蜘蛛たちの前進が止まる。
とはいえ、それも少しの間。
すぐに蜘蛛が前進する。
大群の前にいるのはリタ一人。
だが、リタは微笑む。
「皇妹殿下直属って言ったはずだよ?」
空。
そこにクリスタがいた。
リンフィアからの報告を受けて、地下の文章を読んだ後、クリスタはそのまま空へ上がったのだ。
そして。
「ここからは……お姉ちゃんの時間」
両手に魔力を貯めてクリスタは詠唱を開始する。
≪我は銀の理を知る者・我は真なる銀に選ばれし者≫
≪銀雷は天空より姿を現し・地上を疾駆し焼き尽くす≫
≪其の銀雷の熱は神威の象徴・其の銀雷の音は神言の鳴響≫
≪光天の滅雷・闇天の刃雷≫
≪銀雷よ我が手で轟き叫べ・銀天の意思を示さんがために――≫
≪シルヴァリー・ライトニング≫
巨大な銀の雷が蜘蛛の大群を焼き尽くし、三角形の構造物へ直撃した。
たった一発の魔法ですべての蜘蛛が消え去った。
城壁の上。
そこにいるだろう弟を見つめながら、クリスタは胸を張って小さく呟いた。
「お姉ちゃん……参上」




