ルーペルト・クリスタ外伝14
買い出しを終えたルーペルトたちは宿屋に荷物を置くと、またナタリエの店へ来ていた。
バルナバスがこれまでの研究成果を見せてくれると言っていたからだ。
「あら? 早かったわね」
二人を出迎えたのはナタリエだった。
店は閉まっており、客はいない。
だが、席に一人座っている人物がいた。
七、八歳くらいの女の子だ。
ナタリエによく似ており、一目で娘だとわかった。
「ペトラ、挨拶なさい」
「……ペトラです」
「はじめまして、僕はルート」
「私はセラよ」
笑顔で挨拶するルーペルトに対して、セラは椅子に座るペトラに視線を合わせて挨拶する。
人見知りをしていた様子だったペトラはそんなセラに対してだけ、少しだけ微笑んだ。
その光景を見て、ルーペルトは昔を思い出す。
たしかに周りの年長者たちは幼い頃の自分に対して、目線を合わせてくれていた。
気づかなかったが、あれはあれで配慮だったんだろう。
威圧的にならないようにという配慮。
自分もまだまだだな、と思いつつ、ルーペルトは苦笑する。
「父はまた地下に戻ってしまって、まだ時間かかるわ。少しゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
「私は……見張り塔へいく」
「遅くならないうちに帰ってくること。それが条件よ」
「わかってる」
「見張り塔?」
「街の外れに立っている塔よ。今はほとんど使われてないけど、景色はいいの」
「パパが帰ってくるかもしれないから……」
「……お父さんを待ってるの?」
沈んだ表情のペトラを見て、何かを察したセラが問いかける。
それに対してペトラは告げる。
「殿下は……帰って来たから」
その言葉を聞いて、ルーペルトは視線を落とした。
そうだ。帰って来た。
しかし、それは奇跡だ。
いつ帰ってくるのか? 本当に帰って来られるのか?
何の保証もない旅立ちだった。
周りがどれほど悲しんでいたか。
ルーペルトはよく知っていた。
「行ってきます、ママ」
「行ってらっしゃい、ペトラ」
ペトラを送り出したあと、ナタリエはため息を吐いた。
「あの子の父親は四年前の帝都決戦でね……訃報が届いた日から、あの子は見張り塔に行くようになったわ。頭では理解しているけど、気持ちがついてこないみたい。アルノルト殿下の奇跡の生還を聞いたあとだと、とくにね」
「……あの方は特別です。確実に帰って来られるという保証があって旅立ったわけでもない。人は本来……戻って来ない」
「ルート……」
「だから今を生きなきゃいけないし、今、自分の傍にいる人も大切にしないといけない」
「あの子が帰ってきたらその言葉を聞かせてあげてちょうだい。過去ばかり見てても、人生良い事ないものね。そろそろハンスのことも認めてくれるといいんだけど」
「ハンス?」
「……婚約者よ。帝国軍の大尉で、出世街道に乗っているのに子持ちの私なんかを口説き続けた馬鹿男よ。帝都のお嬢様や軍高官の娘さんとかと結婚すれば、さっさと出世できるのにね」
南部国境守備軍に異動したハンスは、ヴェヒターへやって来た時にナタリエに一目ぼれし、それから毎日のようにナタリエの下を訪ねてきた。
ナタリエが根負けしてハンスとのデートを了承するのに、あまり時間はかからなかった。
けれど、ナタリエにとって一番大切なのはペトラだった。
だから、ペトラがなかなかハンスを受け入れられないため、結婚の話も具体的にできないでいた。
それがナタリエにとっては引け目だった。
ハンスは良い男だ。
実力主義の帝国軍でも一兵卒から大尉にまで昇進する者は少ない。
大戦後、人材不足となっている帝国軍ならばさらに出世が加速して、いずれは将軍になっているかもしれない。
そんなハンスを縛ってしまっている。
それがナタリエにとっては心苦しかった。
「素敵な人ですね」
「あたしにはもったいない男よ。できればペトラの父親になってほしいけれど……こればかりはペトラの気持ち次第ね」
「きっと受け入れてくれますよ。ナタリエさんが選んだ人ですから」
セラの言葉にナタリエが微笑む。
そんな中、突然、外が騒がしくなった。
何事かとルーペルトとセラは外へ飛び出す。
すると、領主の屋敷から紫色の狼煙が上がっていた。
そして馬に乗った騎士が大きな声を出して駆けてくる。
「敵襲! 敵襲! 一般市民の方々は第三層まで避難してください!!」
ヴェヒターは三層構成の都市だ。
一般人を内側の三層まで引き込むということは、籠城態勢に入るということだ。
しかも紫の狼煙。
あれを上げる権限を持っている者はごく少数だ。
「セラ! ペトラちゃんを探して!」
「ルートは!?」
「僕は第一層へ向かって敵へ備える! 大丈夫! 無理はしないから!」
そう言うとルーペルトは走り出した。
紫の狼煙は国家の緊急事態を意味する。
あれが上がった以上、何事もないということはありえない。
「殿下」
走っているルーペルトに並走する形で、フードを被ったリンフィアが声をかけてくる。
お忍びで護衛と言っていられる状況ではなくなったからだ。
「姉上を探して、地下のことを知らせて。何かわかるかもしれない」
「かしこまりました。部下を残していきます」
「ちなみに敵は?」
「わかりません。来てすぐにクリスタ殿下が動かれたのを見るに、未来予知かと」
「それなら見てのお楽しみか……早めに頼むよ。ヴェヒターの戦力じゃ大規模な敵には対処できない」
「御意」
離れていくリンフィアに代わり、リンフィアの部下たちが姿を現わしてルーペルトに追従する。
そんな近衛騎士たちにルーペルトは指示を出す。
「城壁に散って、守備兵を助けるんだ。とにかく時間を稼がないことには何も始まらない」
「殿下の護衛が最優先です」
「帝国と僕ならどっちが大事だい?」
「……帝国です」
「それなら答えは出たね。紫の狼煙が上がった以上、国家の一大事だ。僕の身の安全より、この場を死守することのほうが大切だ。任せたよ」
「……仰せのままに」
そう言って近衛騎士たちは散っていく。
これで猛者が均等に配置された。
とはいえ、ヴェヒターは観光都市。それほど多くの守備兵がいるわけじゃないし、守備兵も精鋭というわけではない。
どれほど持つかは敵次第だ。
そんなことを考えていると、湖から天に向かって光が放たれる。
そして大きな音を立てて三角形の構造物が湖からせりあがって来た。
あれが古代魔法文明時代の遺跡。
「もう魔導師たちが封印を解いたあとだったってわけか……」
後手に回った。
そのことを食いながら、ルーペルトは剣を抜いて城壁に登った。
そして同時に。
三角形の構造物より巨大な蜘蛛のようなモンスターが大量に現れたのだった。