ルーペルト・クリスタ外伝13
「追え! 逃がすな!」
「回り込め!!」
「くそっ!」
海上。
四隻の随伴艦から天隼騎士と竜騎士が飛び立ち、白と赤に分かれて模擬戦を繰り広げていた。
使われているのは模擬魔導杖。
放たれるのは微弱な魔弾。当たると軽い衝撃と赤いマークが浮かび上がる。
高速での空中戦。その中で相手に当てるのは至難の業だ。
特にハンスはあまり射撃精度については高いほうではなかった。
総合六位。
それが現状、ハンスに下されている評価だった。
しかし、ハンスには二つ周りより優れている点があった。
「貰った!!」
背後を取られ、ハンスは右に旋回する。
背後を取った竜騎士が追ってくるが、待ち構えていたパトリックがその竜騎士を射撃して、リタイアさせた。
「よくやった! パトリック少尉!」
「良い餌でしたね」
「囮って言え! 囮って」
ハンスは竜を操る技能に長けており、相手を誘導するのが上手かった。
そして他者と協力することにも長けていた。
自分を囮にしてほかの者に仕留めさせる。
それは集団戦を前提として編成される竜騎士にとっては強みだった。
しかし、何事にも例外はいる。
「ハンス!! パトリック!! そっちに行ったぞ!!」
同僚からの声がけ。
それでハンスとパトリックはハッとして上昇した。
海面スレスレから猛スピードで迫る白い竜騎士がいたからだ。
「一人で近衛騎士隊一部隊に相当する戦力……フィン・ブロスト隊長」
「ビビってんじゃねぇ!! いつも通りだ! やるぞ!!」
「はい!」
二人は散開する。
少し遅いのはハンス。
だからフィンはハンスを追う。
それはハンスの狙い通りで、ハンスは無茶苦茶な機動でフィンに空中戦を挑んだ。
「こんだけ振り回してもピッタリついてくるとか化物かよ!!」
動いているハンスからしても、先の予測をしていない空中機動。
とにかくすべて直感だ。
しかし、フィンはそれにピッタリとついてくる。
専用の魔導杖による超火力に注目されるが、それだけで類まれな戦果を挙げてきたわけじゃない。
竜騎士としてあらゆる点で優れている。
それをハンスは良く知っていた。
王国侵攻戦の際、本隊に合流するべく空に上がったフィンをハンスは見送っていた。
どれほど羨ましかったか。大事な時に即座に駆け付けることができる速度。
それがフィンにはあった。
そしてハンスはそれを欲した。
援軍として出発した総司令直下の部隊はしばらく進んだあと、総司令暗殺の一報を受けた。
すぐさま戻りたかったが、自分にはその術がなかった。
どうして自分には空を駆ける術がないのか?
その術があれば少なくとも。
その場にいることができるのに。
そこにいないならば何もできないから。
「これならどうだ!!??」
歯を食いしばりながら、ハンスは海面まで降下する。
それをフィンは追うが、海面ギリギリでハンスは急浮上した。
海面にたたきつけることを目的する機動。
しかし、フィンからすれば脅威でなかった。
だから浮上したハンスを追う。
だが、その瞬間。
パトリックがフィンに魔導杖を向けていた。
完璧な連携。
急浮上中では回避はできない。
だからハンスもパトリックも勝ったと思った。
けれど、フィンは横回転することでパトリックの射撃を回避すると、間髪入れずにパトリックを射撃して撃墜判定を下す。
そして逃げるハンスに対して、猛スピードで追撃し、そのままパトリックと同様に精密射撃で撃墜判定を下した。
「まじかよ……」
壁の高さを見せつけられ、ハンスは空の上でうなだれるのだった。
■■■
船の一室。
与えられた部屋で二人は沈んだ表情を浮かべていた。
合格するのは上位二、三名。
現状、ハンスは総合六位、パトリックは総合五位。これは合格を判断する近衛騎士たちが下した評価だ。
それを一気に巻き返すために、気持ちを入れて今日の模擬戦に臨んだ。
だが、それは叶わなかった。
「ちくしょう……」
「大尉は悪くありません……自分が……」
「二人で挑んだんだ……二人の負けだろうが……」
言葉ではそう言うがハンスの顔にはショックは隠せなかった。
この訓練はもうあまり時間がない。
あと何回、挽回のチャンスがあるかわからない。
「大尉は……近衛騎士になるという約束があると言ってましたね」
「……向こうが覚えていたかはわからないがな。従兄が近衛騎士だった。俺の親父は名門の出でな。けどお袋と結婚するために縁を切られた。会ったのは東部国境守備軍に配属された頃だ。お袋が病気だ。金が必要で、どうにかできないかと思っていると家から連絡が来た。お袋の病気が治ったってな。良い医者に見せたそうだ。どこから金が? と思っていたら、ちょうど従兄が会いに来た。白いマントをつけてな。すぐにわかった。こいつが金を用意してくれたんだと。何を言われるのかと思ったら、殿下を頼む、だってよ。ちょうどリーゼロッテ殿下が東部国境守備軍に赴任した頃だったからな。それからしばらく話した。最後に……いつか白いマントを着て共に並べることを期待してると言われた。それがいつも頭から離れなくて……そのうち夢になっていた」
「その人は?」
「死んだよ。だから……代わりに俺が近衛騎士になる。そういうお前はどうして近衛騎士になりたいんだ?」
ハンスに問いかけられて、パトリックはしばらく考え込んだあと口を開いた。
「自分の家はツヴァイク侯爵家傘下の騎士の家系でした。帝都での決戦前、騎士たちは招集されました。自分は出陣してもおかしくない年齢でしたが、父が出陣したので家に残ることになりました」
「親父さんは?」
「戻ってきましたよ。怪我はしてましたけどね。自分が後悔を抱いたのは、父に背負わせたことじゃありません。北部諸侯連合が出撃するとき……見送りに行きました。先頭に立っていたのはルーペルト殿下でした。自分よりも年下の、まだ幼いと言っていい人が出陣してた。恥ずかしかったんです。自分の勇気のなさが。どうして共に行きますと言えなかったのか……自分が北部騎士の恥に思えて仕方なかった。それから色々と伝手を使って竜騎士になりました。北部で騎士をやっていたら、一生、殿下の傍で戦う機会なんてありませんから。自分は……もう一度チャンスが欲しい。そうじゃないと……自分は自分を認めてあげられない」
「なら……へこんでいる場合じゃないな、お互いに」
そう言うとハンスはまた筋トレを始めた。
それに呆れつつ、パトリックも付き合いはじめた。
「そういえば婚約者はどちらに?」
「ヴィヒタ―だ」
「ご結婚はいつ頃なんです?」
「いや、それがなぁ……」
歯切れの悪いハンスにパトリックはため息を吐く。
「まだ独り身でいたいんですか?」
「違う! そうじゃねぇ! ただ、向こうには……娘がいるんだ」
「娘?」
「……彼女は四年前の大戦で夫を失っている。その夫との娘だ。俺は気にしないが……その娘は戦地にいった父親がまだ戻ってくると信じている。口癖は……〝殿下は戻って来た〟だからな」
「それは……無理なんじゃないんですか? 実の父親に勝てませんよ?」
「いや? あの子は賢い子だ。戻って来ないのはわかっている。あれは要求なんだ。もう戻って来ない父親は嫌だという要求。俺にそれを求めている。あの子に認めてもらえたら、結婚できる。母親の方が気にしているのは、娘の気持ちだからな。気持ちはわかるさ。父親が軍人で戻って来なくて、次の父親も軍人なんて……複雑だろうからな」
「災難ですね? 殿下並みのことを求められるなんて」
「望むところさ。だから、近衛騎士になるってのは俺のためでもある。安心してくれるかもしれないだろ? ただの軍人じゃない。皇帝陛下自慢の近衛騎士だ」
「たしかに近衛騎士の父親は欲しいかもしれませんね」
「だろ? あのマントはかっこいいからな」
そう言って二人は笑いながら筋トレを続けるのだった。
■■■
深夜。
皆が寝静まった頃。
突然、船内に警報が鳴り響いた。
ハンスとパトリックは飛び起きる。
それは緊急出動の警報だからだ。
すぐに支度をすると、二人は部屋を飛び出て愛竜の下へ向かう。
「ハンスだ! 準備できた! 前方ハッチに向かう!!」
「パトリック! 準備完了! 後方ハッチに向かいます!」
警報に動揺する竜を落ち着かせ、二人はすぐにハッチへと向かう。
ハッチ付近には船員たちが慌ただしく動いていた。
「ハンスが出るぞ! 前方ハッチ開け!」
「悪いな! お土産は期待しといてくれ!」
「楽しみにしとくよ!」
船員に敬礼すると、ハンスが飛び立つ。
それに続いて後方ハッチも開いた。
「お世話になりました!」
「おう! 頑張ってこい!」
パトリックも空へと飛び立つ。
空ではすでに第六騎士隊が待機していた。
そして第八騎士隊の隊長であるフィンも空へ上がってくる。
「ハンス、パトリック両名、これより上空旋回待機」
「はっ!」
「了解しました!」
ほかの者を待つため、ハンスたちは随伴艦の上を旋回して待つ。
だが、なかなか後続が続いてこない。
それに対してハンスは焦れたようにフィンへ告げた。
「フィン隊長! これ以上は待てません! すぐに現地へ向かうべきです!」
「意見は正しい。けれど、待機だ」
「なぜです!? これ以上は初動で出遅れます! 何のために我々は訓練してきたんです!? こういう緊急事態においてすぐに駆け付けられるようにでしょ!?」
数を揃えるのも大切だ。
けれど、とにかく現地に駆け付けるというのが部隊の目的だ。
それが果たせないなら数を揃えても意味はない。
その言葉にフィンは苦笑すると、そして第六騎士隊の隊長であるランベルトと目を合わせ、二人は頷きあった。
「ここまでか?」
「はい、ここまでです」
「よろしい! 状況終了! 全員帰艦ののち、カスパルに集合!」
「……?」
意味が分からない。
混乱しつつ、ハンスとパトリックは帰艦する。
そしてすべての訓練生が一つの部屋に集められた。
「諸君! これまでの訓練はご苦労だった。名前を呼ばれた者は別室へ移動せよ。別室でまたいくつかの振り分けがある」
ランベルトはそう言うとどんどん訓練生の名前を呼んでいく。
まだかまだかと焦るハンスだったが、気づけば部屋にはハンスとパトリックだけが残っていた。
汗が止まらない。足も震える。
出過ぎた発言が駄目だったか?
協調性がないと思われたか?
もう駄目だと諦めそうになる。
目の前が真っ暗になりそうだった。
けれど。
「ハンス・ザックス大尉、パトリック・ジーゲル少尉」
「はっ!」
「はっ!」
名前を呼ばれて、二人は立ち上がる。
そしてランベルトがハンスの前に、フィンがパトリックの前へ立った。
何が起きるのか。
震える体をハンスは無理やり押しとどめた。
恐怖はある。それを認めて、乗りこなせなければいけない。
「両名に通達する……訓練ご苦労だった。此度の訓練において非凡な才を見せた両名を〝合格〟とする」
「ご、うかく……?」
「さきほどの緊急発進が最終試験だったんだ」
「しかし……訓練の予定はまだ先では……?」
「緊急即応部隊に予定はない。欲しいのは空中機動が得意な者でも、射撃が上手い者でもない。緊急事態に即時対応できる竜騎士だ。その点、二人は合格だ。すぐさま準備し、飛竜をコントロールしたうえで見事に合流した」
ランベルトの説明を受けて、ハンスとパトリックは体から力が抜けていくのを感じていた。
だが。
「ハンス・ザックス大尉! パトリック・ジーゲル少尉! 両名に通達する! 皇帝陛下の名の下に! 近衛騎士隊長ランベルト・フォン・マイヤー及び、フィン・ブロストの名において、両名を特例の近衛騎士に任命する!」
言葉と共にハンスとパトリックには二人から折りたたまれた白いマントが手渡された。
まだ信じられないという表情を浮かべているハンスに対して、ランベルトは右手を差し出した。
「陛下の名に誓って、決して合格に関して私情は挟んでいない。だが……オリヴァーとは親友だった。君のことも聞いていた。共に空へ上げることを誇りに思う」
「……はっ……光栄です……」
目にうっすらと涙をためながら、ハンスはランベルトの握手に応じた。
一方、パトリックにも思いもよらぬ話が聞かされていた。
「訓練の前にシャルロッテ様に君のことを話したんだ」
「侯爵閣下にですか……?」
「ああ。喜んでいたよ」
「なぜ、喜んでいたのでしょうか……?」
「北部の若き才能が北部に留まることなく、より大きく羽ばたいてくれるのは嬉しいと。見事に証明したね。北部の騎士は一味違うのだと」
「……まだ……何も成していません」
「これから成すさ。忙しくなるよ?」
茶化すようにフィンは笑みを浮かべる。
だが、すぐに笑みは消え去った。
船内に警報が鳴り響いたからだ。
同時に部屋へ船員が駆け込んできた。
「し、失礼します! 南部に紫の狼煙が上がりました! アルスターからの伝令によれば! クリスタ殿下が現地におり、帝国軍、冒険者問わず駆けつけられる者はすべてヴェヒターに集合せよとのことです!!」
「あのお転婆姫には困ったものだ……」
「できるだけ陸に近づいたのち、出撃! それまで集められるだけの情報を集めろ!」
ランベルトが指示を出すのを見たあと、フィンはハンスたちに目を向ける。
「これは演習じゃない。覚悟はいいかな?」
「もちろんです!」
「いつでも飛べます!」
「よろしい……それでは姫の下に駆け付けるとしようか」