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ルーペルト・クリスタ外伝11


 アロイスは配下の騎士団を率いてジンメル伯爵領のちょうど中心に位置する都市、オンケンに入っていた。

 そこの領主であるプラネルトという初老の男は元々、男爵位についていた人物だった。

 しかし五年前の大戦の際にプラネルト男爵家は壊滅的被害を受け、その結果、ジンメル侯爵家に組み込まれることになった。


「ようこそおいで下さいました、アロイス様」

「様はおやめください、プラネルト男爵」

「元、男爵です。今はあなたの家臣なのですから臣下の礼は当然のこと」


 恭しく頭を下げるプラネルトからは誠実さが伝わって来た。

 だが、それがアロイスには辛かった。

 プラネルト男爵のような例はいくつかジンメル侯爵領に転がっている。

 貴族として領地を維持する力を失えば、その領地からは離れざるをえない。

 どうしてもその地に残りたいならば、より大きな力を持つ者の傘下に入るしかないのだ。

 ジンメル侯爵領が大きくなったのは、そういった事情もあった。

 そしてそれがアロイスの自信を奪い去っていた。

 どうしても若輩者の下につかされて、不満を持っているだろうと思ってしまうからだ。

 本来ならこのオンゲンの街はアロイスが拠点とするにふさわしい都市だった。けれど、アロイスはプラネルトに遠慮して、あまり寄り付かない。

 軋轢を避けたかったからだ。


「……しばらくこの街に滞在します。モンスターの被害は領内全域に広がりつつあるので、ここから随時出撃する形になるかと思います」

「かしこまりました。手配はすべてお任せを」


 孫と祖父でもおかしくない歳の差にもかかわらず、プラネルトはアロイスに臣下の礼を取る。

 アロイスが生まれる前からプラネルトは貴族であり、そしてこの地を治めていた。

 元々、自分の上位にいたものが下につくというのはアロイスからすれば異常なことであり、慣れることがどうしてもできないのだ。

 ただ。


「もっと堂々とすればいいのに……」

「無茶を言わないでほしいな……あの人は僕のことを幼い頃から知っている。その人が家臣になりますと言われても慣れないよ……」

「そういうものだって割り切るべき」


 生まれた時から上位者であるクリスタの意見にアロイスは苦笑する。

 言っていることは間違っていない。そういう枠組みの社会で、そうなることをプラネルトは受け入れたのだ。

 ほかの土地に移る選択はあった。

 それを断ってこの地に残ったのだ。

 アロイスが引け目を感じる必要はない。

 しかし、すんなりとは受け入れられない。

 これに関しては慣れていく以外に手はないのだ。


「なんだか……君の姉上に似てきたね?」

「どっちの?」

「……どっちもかな?」

「それは良いこと」


 上機嫌な様子でクリスタは呟く。

 そんな中、案内された屋敷の中で若い騎士たちが数人、アロイスを見てぶつぶつと呟いていた。

 まだ騎士になったばかり。

 十代中盤くらいだろう。


「何しに来たんだ?」

「モンスター討伐の拠点にするとかいってたぞ」

「いつまでも事態を解決できないからプラネルト様に助けを求めにきたってことか」

「なにが侯爵だよ。皇族に気に入られただけのくせに。昔から戦場に出ていたとかいっても、ずっと後方にいただけだろう? 俺でもできるぞ?」


 声が聞こえてしまったせいで、クリスタの足が止まった。

 もちろんアロイスだって聞こえている。

 だが、聞こえないふりをしていた。


「駄目だよ? クーちゃん」

「……なんで?」

「今、揉め事を起こしている場合じゃないから。アロイスが大局を見て聞いていないことにしたんだから、騒ぎにしちゃだめ」

「主を理不尽に罵倒する家臣なんて家臣じゃない」

「平気だから行こう。彼らからすれば南部が復興で大変だったとき、国境守備についていたいい加減な主なんだよ、僕は」

「それは陛下の命令だったから」

「けれど、僕はいなかった。そして復興が落ち着いた頃に帰って来た。気にくわないのさ。そしてそれは当然だ。だから僕が僕のやり方で彼らの尊敬や信頼を集める。大丈夫だから」


 アロイスの言葉を受けて、クリスタは納得したかのように頷く。

 だが。


「……斬ってしまえばいいのに」


 不穏な言葉を聞いてアロイスは再度苦笑した。

 本当に姉とよく似てきたからだ。

 ただ、そこに至る気持ちもわかる。

 きっと重なるからだろう。

 かつての兄とアロイスの姿が。

 しかし。


「僕の憧れの人はそんなことはしないよ」

「……見てる側はもやもやするの」

「信じて。ちゃんとするから」


 笑みを浮かべるアロイスを見て、クリスタは不満そうな表情を浮かべる。

 そして。


「じゃあ、もっと堂々とするところから始めて。侯爵らしく」

「努力するよ」




■■■




 次の日。

 クリスタとリタはアロイスに別れを告げてジンメル侯爵領の東に位置するヴェヒターを目指していた。

 事態が徐々に悪い方向に進んでいることを感じたクリスタは、リタと共に空を飛んで急行し、すぐに到着する。

 そして。


「……」

「どうしたの? クーちゃん?」


 空の上でクリスタはジッと湖を見ていた。

 そして。

 クリスタの目に未来が映った。

 そんなに先の未来ではない。近い未来の光景。

 湖から浮かび上がる古代遺跡。

 そこから現れる奇妙な生き物。

 都市はその生き物に飲み込まれる。

 かつて東部で見たビジョンに近い。

 モンスターが街を飲み込む光景は恐ろしく、体が震えてしまいそうになる。

 幼かったあの日。

 何もできずに縋ることしかできなかった。

 あとに顛末を聞いた時、後悔が襲ってきた。

 自分が未来を知らせたせいで、フィーネが死にかけた。

 あの時、フィーネが死んでいたらと思うと恐ろしくて仕方ない。

 だけど、それしかできなかった。

 弱かったから。

 強い誰かに頼ることしかできなかった。

 自分はずっと守られてきた。

 兄に姉に。家族に。

 大人になった今なら、どれほど守られてきたかわかる。

 どうして守ってくれたのか?

 愛していたからだろう。

 優しい家族は自分を愛してくれた。

 けれど、アードラーはいつまでも守られるだけの存在でいてはいけない。

 受けた愛は返さなければ。

 返すべき人たちのうち、何人かはもういない。

 けれど、彼らの愛した国、民は今もまだ残っている。


「リタ……私を信じる?」

「そんなこと聞く? いつでも信じてるよ。エル姉がアル兄を信じるように。私はいつでもクーちゃんの剣だよ」


 リタの答えに満足そうにうなずくと、クリスタは告げた。


「狼煙を準備して」

「何色の?」

「もちろん紫色の。ここは必ず戦場になる。私にはこの場にいるすべての民を守る責務がある。皇帝の妹として」


 万が一に備えてクリスタとルーペルトには狼煙を上げる魔導具が持たされていた。

 色は調整できるが最上級が紫。

 国家の一大事の際に使われる狼煙だ。

 皇太子が死亡した時や、南部で悪魔が現れた際にレオがあげたものに相当する。

 それをクリスタは使用すると決めた。

 この都市を守るために。


「いきなり上げると混乱が起きちゃうかもね」

「まずは領主に説明する」


 そういうとクリスタは領主の館に直接降下した。

 屋敷を守る騎士たちが何事かと集まってくる。


「何者だ!?」


 槍を向けられたクリスタはフードを取る。

 数人のベテラン騎士たちは目を見張った。

 五年前。

 クリスタは南部諸侯連合を率いた。

 それ以後に騎士となった者にとっては馴染みはないが、当時から騎士の者からすればクリスタの顔は見覚えのあるものだった。

 そしてそれを裏付けるようにリタが紋章を見せながら騎士に告げる。


「控えよ! 帝国皇妹、クリスタ殿下である!」

「し、失礼いたしました!!」


 紋章が皇族のものと認めた騎士たちは全員、膝をつく。

 そんな騎士たちに対してクリスタは告げた。


「領主に取り次いで。それと冒険者ギルドに伝令を。皇族として冒険者ギルドに全面協力を依頼する。帝国軍、冒険者問わず、帝国南部で駆けつけられる者はすべてこのヴェヒターに駆け付けるように。この都市はもうじき敵からの攻撃を受ける」


 そう言ってクリスタは屋敷の中へと入っていったのだった。



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