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ルーペルト・クリスタ外伝10


 ヴェヒターの地下にて古代文明の文章を見つけたルーペルトたちは、一度、地表に上がってきていた。

 あの文章を解読するのが近道だが、解読できる人間は現在、どこにいるのかわからない。

「お姉さんを探すの?」

「探して見つかるものでもないだろうし、とにかくジンメル侯爵と連絡を取ろう。遺跡がモンスター騒動の原因かもしれない以上、彼に情報を伝えるべきだからね」

「じゃあ私と目的が一緒になったわね」

 買い出しに来ていたセラとルーペルトはそんな会話をしながら、必要な物を買っていく。

 当初の予定では、アロイスに会いにいくセラへ同行するはずだったが、ルーペルトもアロイスに会う必要性が出てきた。

 アロイスに会えば、クリスタも見つけやすくなるからだ。

 しかし、アロイスの情報はまだない。

 ジンメル侯爵領の西側にいることはわかっているが、ここから西側に行くのはかなり時間がかかる。

 しかもアロイスは場所をころころと変えている。

 すれ違う可能性が高い以上、まだこの場を動けなかった。

 ゆえに買い出しに来ていた。

 そんな時、セラ達の前で子供が盛大に転んだ。

 膝を擦りむいたのか、泣きながら膝を抱えている。

 そんな子供に近寄ると、セラは魔法を使って傷を治した。

「ありがとう! お姉ちゃん!」

「気を付けてね」

 セラを子供に対して手を振って送り出す。

 そんなセラを見て、ルーペルトはふと訊ねた。

「セラ……君はどうして狙われているの?」

 それは純粋な疑問だった。

 治癒の先天魔法。

 それは希少だが、狙うほどのものではない。

 なにせ傷を治す魔法は他にも存在するから。

 クリスタの未来予知とはわけが違う。

 ずっと気にはなっていたが、ここまで聞く機会がなかった。

 改めて、セラの力を見てルーペルトはそのことを聞くことにしたのだ。

「さぁ? 私にもわからないわ」

「わからない?」

「私の力が狙いなんだろうってことは予想できるけど、実際のところはわからないわ。私にはここ三年の記憶しかないから」

 困惑するルーペルト。

 そんなルーペルトの様子を見て、セラは歩きながら語りだす。

「ここに来る前、私は皇国貴族、カウロフ男爵の下にいたわ。男爵は三年前、領地で起きた大規模な地震の後、現れた遺跡の前で倒れている私を見つけ、保護して、育ててくれた……私の義理の父よ」

「それ以前に覚えていることは?」

「なにもないわ。どうしてあの場にいたのかも、それ以前はどういう暮らしをしていたかも覚えてない。それでも男爵の下での暮らしは幸せだった……二か月前、奴らがくるまでは」

「君を追ってきた暗殺者たち?」

「そう……彼らは突然来たわ。当時、屋敷には十数名の騎士がいたのだけど、敵は百名以上。わけがわからず、とにかく屋敷に立てこもり、騎士たちは抵抗したわ。でも、多勢に無勢。騎士たちは傷つき、私を庇った男爵が負傷したのをみて……力が暴走したの。騎士と男爵。私の力は私の味方を無限に治癒したわ。手足どころか頭を飛ばされても瞬時に回復し、彼らは戦い、そして打ち勝った」

「無限治癒……」

 治癒魔法にも限界というものがある。

 だが、セラの語るそれはその限界を超えている。

 セラが狙われる理由。

 そのことを理解し、ルーペルトは目を伏せた。

「辛かったね……」

 わかってしまったから。

 自分を守る騎士や男爵が傷つきながら、決して死なずに戦う姿を見る辛さが。

 何もできずに守られる辛さはルーペルトにも覚えがあった。

 それが使命だと彼らは体を張る。

 その背を見守ることしかできないのは歯がゆく、苦しい。

 己の無力感に苛まれる。

 ルーペルトはそれを良く知っていた。

「あなたも……守ってもらったことがあるの?」

 ルーペルトの言葉に実感がこもっていることを察して、セラは問いかける。

 それに対してルーペルトは笑う。

「多くの人に守ってもらってきた……いや、今も守ってもらっているかな? 無力はこんなに苦しいんだと思い知らされた。やめてほしいと思った。僕なんて守られる価値はないと思っていた。けど、この命は守られ、今を生きている。だから、守ってくれた人が誇れる自分でありたい……僕はそう思っているよ」

「ルートは強いのね……私はトラウマよ。だから騎士や男爵の同行を断った。もう耐えられない……目の前で誰かが傷つくのは嫌。一人のほうが楽」

「そういう考えもあるよね。けれど、その一件がどうしてジンメル侯爵に助けを求めることに繋がるの?」

「目的はジンメル侯爵の人脈よ。男爵は私にジンメル侯爵の下へ行けと言ったわ。彼は……アルノルト皇子の弟子だから、と。先天魔法やそれを狙う存在について、アルノルト皇子ほど詳しい人はいないわ。最悪、繋がりを得られなくてもジンメル侯爵なら私を見捨てない、と」

「なるほどね……」

 男爵の判断は正しい。

 アロイスならばアルノルトへ話をつけることもできるだろうし、セラのことを守ることもできる。

 幼い頃から戦い続けるアロイスの武名は大陸中に轟いている。

 守られてきた自分とは違い、戦い続けてきた男だから。

 頼りになる男だ。

 それはルーペルトが一番よく知っていた。

 良い時にいつでも来てくれる。

「ジンメル侯爵は……きっと君を守ってくれるよ」

「そうだといいけど……あまり期待してないわ。私が望むのは男爵たちの無事。それ以外はどうでもいいわ。私自身も……」

「どうでもよくなんてないよ」

 ルーペルトは今までとは違い、強い口調で告げた。

 それにセラは目を見開く。

「男爵たちは君が大切だから守ったんだ。守られた君がその命を粗末に扱うなんて許されない。君が一人になるのは勝手だけど、幸せになる努力はするべきだ。君の未来のために……彼らは体を張ったんだ。君の未来は、決してどうでもよくなんてない」

 ルーペルトの言葉にセラは圧され、弱弱しく頷く。

 そんなセラにルーペルトは笑みを向けた。

「どんなことでもなんとかなるさ。だから……楽しもう。今を」

 そう言ってルーペルトはセラに左手を向ける。

 セラはその手をゆっくりと握る。

 すると、ルーペルトはセラを引っ張って走り出した。

 驚くセラだが、すぐに笑みを浮かべて一緒に走り出したのだった。




■■■




 アロイスが拠点としていた砦のすぐ近くの街。

 そこでラースとジークはクリスタたちを見守っていた。

 しかし、クリスタたちが砦を離れたにもかかわらず、二人は動いていなかった。

 理由はその街を拠点とする人攫い組織がクリスタたちの情報を入手してしまったから。

 上玉が二人、ジンメル侯爵の傍にいる。

 砦の中にいたら手を出せないが、好都合なことに砦を出るらしい。

 そんなわけで、人攫い組織は愚かにもクリスタたちを拉致する計画を立てて、それを知ったラースとジークで組織を壊滅させていた。

 だが。

「さすがに組織を壊滅させるだけはあるわね……」

 宿屋の一室。

 ラースはベッドで金髪の美女に押し倒されていた。

 その手にはナイフが握られており、ラースの胸に向けられている。

 両手で女の手を抑えながら、ラースは女の説得を試みる。

「組織の仇討ちかな?」

「違うわよ。その組織の残党から依頼されただけ」

「その残党も私の相方が今頃壊滅させたと思うがね」

「関係ないわ。依頼を受けた以上、殺す。それが暗殺者の矜持よ」

 どうしたものか。

 組織を壊滅させた以上、この女暗殺者と争う理由はない。

 互いに納得の上で手を引くのが一番。

 面倒事を起こしていては、クリスタたちに追いつけなくなってしまう。

「では、依頼料を上乗せして払おう。それでどうだ?」

「ずいぶんと太っ腹ね。けど、私のような普通の暗殺者は信用が大事なの。金で裏切ったなんて評判が立てばやっていけなくなるわ」

 女の言葉にラースは眉を顰める。

 お金以外となると、なかなか難しい。

 そう思っていると。

「おい! ラース! 開けろ! なんで閉めてんだ!?」

「今、忙しいのだよ」

「忙しい!? なにしてんだ!?」

 ジークが戻ってきてしまった。

 女を殺すとは思えないが、それでも問答無用で気絶くらいはさせるだろう。

 なんだかんだいって、ジークはやるときはやる。

 女を傷つけたくはないラースはどうにかしてジークを追い払う方法を考えこむ。

「それは……あまり人には言えない」

「おい!? どういうことだ!? 入るぞ!?」

「待て! 今、忙しいんだ! その……夜の女性に押し倒されていて……」

「はぁっ!? てめぇ! 人に雑用押し付けて自分はお愉しみかよ!?」

「違う、そうではなくて……」

「くそっ! 羨ましい! どこの店だ!? わざわざ宿屋まで来てくれるなんて良いサービスだな!」

「違うんだ。私の言い方が悪かった。そうではなくて」

「ほかに何があるって言うんだ!?」

 仕方なくラースは状況を正確に伝えることにした。

 ジークが無理やり入ってきたら、とりあえずジークを止めればいい。

「美人の暗殺者にナイフを向けられている。馬乗りで」

「お前……そういう……俺はちょっとそういうのは……」

 正直に言ったのになぜ誤解が解けないのか。

 ラースはジークを追い払うことを諦めて、さっさと事態を収拾することにした。

 女を傷つけず、無力化すればいいだけのこと。

 ジークとの会話に呆れている美女の隙をつき、ラースはナイフを奪い取り、逆に自分が馬乗りの体勢になった。

「私は君に命を狙われ、どうにか逃げのびた。そういうことにするから帰るんだ」

「温情はごめんよ。こっちにも暗殺者として生きてきた自負があるわ」

 二人の話は平行線。

 そんな中、ジークがついに部屋の扉を蹴り破って入って来た。

「いつまでやってんだよ!」

 部屋に入ったジークが目にしたのは、金髪の美女を押し倒すラースの姿だった。

 ラースはため息を吐き、さっさと美女の拘束を解く。

 どうせこれから美女の相手をしている暇はないからだ。

「おま、おま……お前ぇぇぇ!!?? 裏切り者!! 俺に見せつけるなんてよくそんな残酷なことができるな!?」

「話を聞くんだ、ジーク」

「問答無用!!」

 ジークが子熊姿で襲い掛かってくるが、ラースはその頭を抑えることで動きを封じる。

 その間に金髪の美女は姿を消す。

 変な因縁が生まれてしまった。

 なおも自分のことを狙ってくるような矜持の持ち主ならば、ネルべ・リッターに勧誘するのもいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、ラースは暴れるジークを取り押さえ続けるのだった。

「俺も楽しみたかった!!」

「人の話を聞け」

 クリスタたちに追いつくのはしばらく先になりそうだと思いながら、ラースはため息を吐くのだった。


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