ルーペルト・クリスタ外伝9
「どうして湖の調査を俺たちがするんだよ?」
「どうせこの街にいるんだし、怪しいものは調べて損はないよ。もしもあそこに古代遺跡が沈んでいるなら、その手柄はレアモンスター討伐より上だよ。それこそSS級冒険者案件だからね」
「マジかよ!?」
「もちろん遺跡が効力を発揮したら、だけどね。もしかしたらあれが南部のモンスター騒動の原因かもしれない。解決すればウォルフは手柄を立てられるし、セラはジンメル侯爵に会いやすくなる。僕は帝国のお坊ちゃんとして国のために仕事ができる。三人にメリットがあると思わない?」
「そういうことなら付き合うぜ! 俺たちで解決してやろうぜ!」
ウォルフはルーペルトの肩に腕を回し、もう片方の腕を高く上げた。
単純なウォルフを見て、セラはため息を吐いた。
「そんな簡単に解決できたら苦労しないわよ」
「とりあえず情報を集めよう。狙いは古い書物と口伝だ」
「口伝?」
「言い伝えっていうのは馬鹿にできないよ。後世に何かを伝えるために有効な方法だからね」
「そうなると老人が狙い目かしらね?」
「だいたいどこの街でも物知りな老人は一人くらいいるだろうし、探してみよう」
「っていってもここは観光地だぜ? 現地の老人かどうかなんてどう判断するんだ?」
「地元の人に聞くのさ」
■■■
「湖に詳しい人? ガイドに聞いたらどうだ?」
「湖についてねぇ……ガキの頃、バル爺がいろいろ聞かせてくれたな?」
「湖? 言い伝え? そういうのはバル爺に聞け」
「バル爺? メルクル料理店の爺さんだよ」
「バル爺は名物爺さんだよ。物知りで、いつも本ばかり読んでる。子供や観光客に昔話をするのさ」
「バル爺ならメルクル料理店に行けば会えるはずだ。女将に聞いてごらん」
観光客がいるならば、観光客を相手に商売する人もいる。
複数人に聞きこみをした結果、ルーペルトたちはバル爺と呼ばれる老人にたどり着いた。
メルクル料理店という場所にいけば会えると聞き、三人は昼食もかねてその店を訪ねた。
「いらっしゃい! 三名様だね? 好きな席に座ってちょうだい!」
出迎えたのは三十前後くらいの浅黒の女性。
自立心に溢れた勝気そうな茶髪の女性だ。
スタイルは抜群で、店の中には男性客が多かった。
綺麗とか可愛いというよりはセクシーな大人な女性という印象をルーペルトは受けた。
「ご注文は?」
三人は適当に料理を注文する。
出てきた料理はすべて女性が作っているもので、どれも満足いく味だった。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お口に合ってよかったわ。旅の方? それとも冒険者? 観光に来たようには見えないけれど? 獣人のお兄さんに品の良いお兄さん、そしてフードを被ってないと目立って仕方ない可愛らしいお嬢さん。奇妙な組み合わせね」
「旅をしています。ただ、少し湖について知りたくて。ここに来れば詳しい方に会えると聞きました」
「あら? あたしの父親に用?」
「父親?」
「そうよ。あたしはナタリエ・メルクル。父親はバルナバス・メルクル。ここら辺じゃバル爺で通ってるわ。趣味は歴史研究の変人ね」
ナタリエはそう言うと苦笑する。
そして。
「今は調査に行っているわ。呼んできたいんだけど、今は忙しいの。あとでも平気かしら? そうね……二時間後くらい。あ、子供を迎えにいかなきゃだから、もっと後になるわね」
「実は急いでいて……どこにいるか教えてもらえますか?」
「そう言われてもねぇ……本人にとって秘密の調査場で口外するなと言われているのよ」
今はお昼時。
お店はナタリエ一人で回しているようで、大変忙しそうだった。
ナタリエを待って、さらにバル爺から話を聞いていたら時間がかかりすぎる。
ルーペルトを襲った魔導師があれだけとは限らない。着々と何らかの企みが進んでいるかもしれない以上、時間のロスは避けたい。
ゆえにセラが一言呟く。
「では、お店を手伝います」
「あら? 本当? 助かるわ。いつもは何人か従業員がいるんだけど、今日はあたし一人でね。配膳は……違うかな。料理の経験は?」
セラが配膳すれば客は喜ぶだろう。
そんなことはナタリエにもわかった。
けれど、それをセラが喜ぶかは別問題だ。
手伝うといった美少女を使って客を引こうと考えるほど、ナタリエは落ちぶれてはいないつもりだった。
「大抵の料理は作れます」
「おいおい、本当かよ? ここまで一度も料理作ってないだろ?」
旅の中、セラは決して料理当番に名乗り出ることはなかった。
ウォルフはそのことを指摘するが。
「ルートが作れるのに私が作る必要はないでしょ? あなたも食べれれば何でもいいって言ってたじゃない」
「まぁ、それは確かに。僕は簡単なものしか作れないから、配膳を手伝います。ウォルフはどうする?」
「あいにく細かい作業は苦手でな」
「食材を運ぶっていう力仕事あるのだけど?」
「それなら任してくれ」
「じゃあ決まりだね」
ルーペルトは笑顔を浮かべながらそう告げる。
おそらく事態は自分が思っているよりも大変だろうが、それでもルーペルトは楽しかった。
部下や臣下ではなく、仲間を感じられたから。
■■■
「いやー、助かったわ」
ナタリエはそう言うと店の扉前に閉店の看板を立てた。
「疲れた……」
「俺はまだまだ平気だぜ?」
「裏で力仕事してただけだからでしょ……」
怒涛の忙しさによってルーペルトとセラはぐったりと椅子に腰かけている。
一方、ウォルフはまだまだ元気そうだった。
そんな三人を見て、ナタリエは苦笑する。
「ついてきなさい。案内するわ」
「お迎えがあるんじゃないですか?」
「すぐに済むから平気よ。あなたたちを案内した後に行くわ」
そう言ってナタリエは三人を引き連れて店の裏側へと向かう。
そこには今は使われていない井戸があった。
「本来なら教えたりしないんだけど、あんたたちは良い人そうだから教えてあげるわ。あたしの父親も文句を言わないでしょう」
そう言うと、ナタリエは井戸を構成している石の一つを動かす。
すると、井戸の隣にあった大きな石板が動き出して地下への階段が現れた。
「この街の地下があたしの父親の調査場。こういう出入口があちこちにあるそうよ」
ナタリエは喋りながら階段を進んでいく。
ルーペルトはそんなナタリエについていくが、ふと後ろから服を掴まれた。
見てみるとセラがルーペルトの服を掴んでいた。
「……苦手なの。狭くて暗いところ」
「意外だね」
「魔法で明かりをつければいいじゃねぇか」
「そういう問題じゃないの」
階段には蝋燭が灯されており、微かな明かりを頼りに四人は進む。
そして階段を下りるとそこには巨大な空間が広がっていた。
「これは……遺跡?」
「あたしの父親が言うには古代魔法文明時代後期のものらしいわね。あたしにはさっぱりだけど」
ナタリエは呆れた様子で呟く。
すると。
「ナタリエか? お客さんもいるのかね?」
「そうよ、お父さんにお客さん」
「私にお客さんとは珍しい」
遺跡の奥から顔を出したのは痩せた眼鏡の老人だった。
人の良さそうな顔をしており、一目でバル爺と慕われている理由をルーペルトは理解した。
「はじめまして、僕はルートと申します。彼女はセラ、彼はウォルフ。少し湖について知りたくてあなたを訪ねてきました」
「おお、ご丁寧に。私はバルナバス。まぁ……歴史学者かな、一応」
「だれも興味を抱かない歴史を研究する暇人の間違いでしょ?」
「誰も興味を抱かないことを探求する者がいるからこそ、過去が明らかになるんだよ。過去のことがよくわかるのは暇人がいてこそ、だ。それで? 私に何を聞きたいのかな?」
「湖の底に魔力を感じました。もしかして、湖には古代遺跡が眠っていますか?」
「魔力を感じた? すごい人もいたもんだ。確かに湖の底には古代遺跡が眠っている。私がそれを知ったのはこの遺跡に書かれたい文章を解読したからだがね」
バルナバスはついてきてくれ、といって遺跡の奥に向かう。
そこには祭壇のような場所があり、壁には長い文章が書かれていた。
「この遺跡はこの壁に書かれた文章を後世に伝えるためのものだ。面白いことに同じような地下遺跡がこの都市にはいくつもある。けれど、どれも同じような文章が書かれている」
「なんで同じ文章を複数個所に残したんだ?」
「それだけ後世に伝えたいことがあったのよ」
ウォルフの疑問にセラが答える。
バルナバスは壁に近づくと、壁の文字をなぞる。
「書かれているのは古代文字。今では絶えた文字でね。読める者が限られている。ただ、一部の解読には成功した。湖の遺跡は何かを封じたもので、この都市、ヴェヒターはその監視のために建てられた。しっかりと読める者がいればもっとわかるんだろうけど、古代文字が読めるような人物は……今はどこにおられるかわからないアルノルト殿下くらいしか思いつかない」
アルノルトが銀爵となったことは公表されていない。
居場所も明かされていない。
たまに現れるが、一般人からすればまさに神出鬼没な存在なのだ。
その言葉を聞き、ルーペルトは顎に手を当てる。
「どうしたの? ルート」
「一人……読めそうな人がいます」
「読める!? 誰かね!?」
「僕の……姉です。ただ、今はどこにいるか……僕も姉も旅をしているので。ただ、南部の騒ぎを放っておく人ではないので、南部にはいるかと思います」
「南部にはいるって……南部も広いぞ?」
「そこが問題だね。ただ、わかったこともある。僕を襲った魔導師の狙いはおそらく湖の遺跡だ。これだけ入念に文章を残したってことは、これは警告だ。奴らが何かする前に阻止しないと大惨事になりかねない」