ルーペルト・クリスタ外伝8
人数は五人。
全員が魔導師。
「違和感を覚えただけだったんだけど……魔導師が僕に何のようかな?」
「その鋭さを恨め」
「……悪だくみをする魔導師といえば、魔奥公団が思い浮かぶけど……その残党かな?」
「お前には関係のないことだ」
一人がそう答える。
だが、ルーペルトはそれ以外の四人に気を配っていた。
ピクリと反応があった。
それぞれが、だ。
つまり魔奥公団の残党というのが合っているか、もしくはそれが関係している。
それさえわかれば用はない。
「撃て!!」
包囲されている状態で五つの炎弾が飛んできた。
どこに逃げても当たる。
だからルーペルトはそれらをすべて斬った。
まさか魔法が斬られると思っていなかった魔導師たちは驚くが、すぐに次の行動に移る。
それは逃走。
勝てない相手と即座に判断したのだ。
実際、魔法を難なく斬れるルーペルトが相手では普通の魔導師はまず勝てない。
しかも五人は別々の方向に逃げていく。
まさかこれだけで逃げるとは思っておらず、ルーペルトは一瞬、虚を突かれた。
「えっ……? くっ!!」
逃がすまいとすぐに動くが、一人、二人、三人と仕留めた頃には残る二人はもうかなり離れていた。
自分の詰めの甘さを自覚しつつ、何とか後を追おうとするルーペルトだったが、視線の先で一人が魔力弾で撃たれ、一人は前に立ちふさがった人物によって仕留められた。
「ウォルフにセラ……」
「ルート、平気?」
「こいつらなにもんだ?」
駆け寄って来た二人を見て、ルーペルトは苦笑を浮かべた。
大丈夫といいながら、結局助けてもらってしまった。
「ありがとう、二人とも。湖を調べてたらいきなり囲まれてね」
「やっぱり嫌な感じ……」
「離れよう。この湖の底にはなにかあって、魔導師たちはそれに関わってる。調べる必要がある」
「調べるってどうやって調べるんだよ?」
「ヴェヒタ―は古い都市だよ。湖の目の前にずっとあるわけだし、何か情報があるはず。何かがあるのは湖の下だからね」
新しい何かが湖の底に沈んだのではないかぎり、それはずっと存在していた。
考えられるのは古代遺跡。
だが、なぜ湖の底に?
そこも含めて調べないといけない。
魔導師たちが襲ってきたことで、一気にきな臭くなった。
しかし、情報があまりにも足りない。
モンスターによる騒動がこの湖に起因するものだというのも、ルーペルトの推測でしかない。
今のところ、湖はセラのように極端に鋭い人物以外に影響は与えていない。
魔導師たちの目的もよくわからない。
どうであれ、今は情報が必要だった。
ルーペルトは二人を連れて都市へと引き返す。
ふと、後ろを振り返ると二人にバレないように軽く会釈した。
いつものように後始末をしてくれるだろう護衛たちへ感謝を伝えるために。
■■■
帝剣城。
その玉座の間にて皇帝レオナルトはフィーネの訪問を受けていた。
「二人で話がしたいってことは何かあったのかい? フィーネさん」
「はい、陛下」
フィーネは静かに頷くと、リンフィアの部下から受けた報告をレオに告げた。
ルーペルトが旅先で少女と出会ったこと。
その少女が何者かに狙われており、暗殺者がルーペルトと少女を襲ったこと。
それらを話し終えると、レオはフィーネが想像した通りの反応を示した。
「それが事実ならすぐに呼び戻そう」
危ないから呼び戻す。
それは決して間違った判断ではない。
しかし。
「そう仰られると思いました。ですが、その判断をもう少しお待ちいただけませんか?」
「なぜだい? もちろん少女も保護する。そしてこちらで問題を解決しよう」
「……陛下はルーペルト殿下に何をお求めですか?」
「ルーペルトに? もちろん僕を補佐することを求めている。そのための一人旅だよ」
「でしたら、お待ちになるべきでしょう。今、この問題を解決するのは容易いでしょう。しかし、いつでもそれができるとは限りません。この一人旅は世間を知ることはもちろん、陛下の影響が及ばない状況で、困難に立ち向かう精神力、そして対応力を養うためのはず。問題が起きるたびに呼び戻していては、それが養われることはありません」
「しかし、命が大切じゃないかな? ルーペルトは僕の弟だ」
フィーネは静かに頷く。
それも一つの答え。
危ないことから遠ざけるのだって大切なことだ。
けれど。
「将来的には共に帝国を支える柱と期待するなら……私は呼び戻すことには反対です。なによりルーペルト殿下はそれを望まないでしょう」
「それはそうかもしれないが……」
「陛下はルーペルト殿下を守れればそれでよろしいのですか?」
「どういう意味かな?」
「陛下お一人では帝国は守れません。いずれルーペルト殿下の力が必要になるでしょう。ルーペルト殿下が成長することで、守れる命は増えるはずです。今ですら、きっとルーペルト殿下は多くの人の助けになっているでしょう。陛下にとっていつまでも可愛い弟君でしょうが、すでに立派なアードラーの若者です」
「けれど、まだ十五だ」
「あなたの兄君は十五でSS級冒険者でした」
「兄さんとルーペルトは違う」
「違いません。あなたとも違いません。彼はアードラーです。信じてあげませんか? 私は義理の姉として信じてあげたい。ずっと備えてきたのは知っているはずです。殿下は幼い頃に政争に巻き込まれ、多くの身内の死を目撃しました。それでも今、前を向いています。その犠牲によって守られた命を守るのが自分の使命だと仰っていました。己が道は己で切り開くでしょう」
フィーネの言葉を受けて、レオは黙り込んだ。
フィーネが自分を諭そうとしているのはわかっていた。
そして、アルノルトが全幅の信頼を置くフィーネの言葉はきっと正しい。
レオは今の安全を見ており、フィーネは未来の可能性を見ている。
一人旅に出したのは未来を見据えたからこそ。
ならばフィーネの方針の方が正しい。
それでも。
「僕はもう……兄弟を失いたくはない」
「きっと……ルーペルト殿下も同じ気持ちでしょう。あなたを支えたいという弟君の気持ちを汲み取ってあげてくれませんか?」
「……過度な介入は成長を妨げるか……」
わかっている。
ここで介入すれば、ルーペルトの成長を一生奪うことになりかねない。
ルーペルトの安全を確保したところで、帝国の問題は解決しない。
騒動が起きれば、民が犠牲となる。
その渦中にルーペルトが陥る可能性がある。そう思うと、どうしても呼び戻したくなる。
だが、それが間違っていることもわかっている。
「僕は皇帝だ……」
「はい」
「……一度決めた方針を変えるべきじゃないね……わかった。君の言う通りにしよう」
「感謝します」
「ただし、いつでも救援に動ける準備はしておく。兄さんが僕にそうしたように」
レオの言葉を受けて、フィーネは笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。
そして会談は終わった。
用意された部屋に戻ったフィーネは、シャルロッテの出迎えを受けた。
「お疲れ様、フィーネ。さぁ、座って」
「ありがとうございます……」
フィーネは疲れた表情を浮かべて、シャルロッテの言う通りにした。
今朝から体調は悪かった。
だるく、微熱が続く。
それでもフィーネはやるべきことをやった。
留守を任された責任があるからだ。
「熱が引かないわね……横になりましょう。ミツバ様を呼んであるから、もう少し待って」
「……はい……」
もっとも信頼できる義母。
その名前を聞き、フィーネはホッと息を吐く。
そしてベッドに横になるとゆっくりと目を閉じたのだった。