ルーペルト・クリスタ外伝6
帝国南部の都市、ヴェヒター。
帝国有数の湖であるアップグルント湖の傍にある南部最古の都市であり、南部有数の観光地でもある。
そこにルーペルト一行は来ていた。
「なんで観光地なんだ?」
「ジンメル侯爵は領地内をかなり動き回る方だから。ここで情報を仕入れるの」
「本拠地に行ったほうが早いだろ?」
「ジンメル侯爵領はクリューガー公爵の反乱以降、徐々に加増されて広大な領地となっているわ。五年ほどで急拡大したから、本拠地といえる本拠地がないのよ。侯爵の元々の本拠地であるゲルスは、中央と南部の間。広大な領地を治めるために侯爵はそこを離れているの」
広大な領地を治めるには、元々の領地であるゲルスは端すぎた。
現在のジンメル侯爵領は多くの加増を経て横に広く、中央、ジンメル侯爵領、南部一帯といえるほど。
広大な領地ゆえ、南部で発生したモンスター被害も大部分はジンメル侯爵領であり、そのせいでアロイスはその対応にあちこち飛び回り、忙殺されていた。
「南部ではモンスターの被害が拡大しているらしいし、前線に出ている可能性もあるしね。情報を集めたほうが間違いないよ」
「面倒だな……」
セラとルーペルトの説明を聞いて、ウォルフは肩を竦める。
「人が集まれば情報が集まる。モンスターの被害から逃げてきた人もいるだろうし、ウォルフが目指す大物の情報も集まるかもよ?」
「そりゃあいいな!? 早く行こうぜ!」
「単純ね……」
「明るくて僕は好きだけどね」
「なんでも好意的に見るのね? ルートは」
「そうかな?」
「そうよ」
呆れた様子でため息を吐きながらセラはウォルフの後を追う。
そんなセラの後を追いながら、ルーペルトは周囲を警戒する。
最初の襲撃以来、敵とは遭遇していない。
ただ、視線は感じる。
護衛たちは警戒を強めて、距離を詰めたらしい。
視線を感じる方向に軽く手を振ると、ルーペルトは街へと入っていくのだった。
■■■
「なにかわかった? クーちゃん」
「うん……いろいろとわかった……」
アロイスが前線拠点としている砦の中で、クリスタは各地から取り寄せた文献を読み漁っていた。
理由は今回の異変の原因を突き止めるため。
ベッドの上で横になりながら、クリスタは読んでいた文献を放り投げる。
「なにがわかったの?」
「よくわからないってことがわかった……」
「それをわかったって表現するのやめてくれる?」
期待した様子で聞いたリタは、クリスタの答えに肩を落とす。
しかし。
「わからないことも情報……強いて言うなら騎士狩猟祭の時のモンスターたちの動きに似てるけど、あの時とは状況が違う。津波が起きているわけじゃなくて、別種のモンスターたちがなぜか群れを作ってる。被害の大部分はジンメル侯爵領で、徐々に被害は拡大している……理由はよくわからない」
「はぁ……」
「ため息つかないで……。なにもわからないわけじゃない。古い文献にはこの地域でモンスターが暴れ出したっていう記述があったから、似たようなことが昔にも起きている。数百年レベルのずっと昔に。もしかしたら、この一件は昔と縁があるかも」
「自然現象の可能性があるってこと?」
「わからない。昔に縁があるといっても、昔に起きた自然現象の可能性もあるし、人為的な現象の可能性もあるから」
「つまり?」
「よくわからない」
クリスタは淡々と答える。
ここに数日籠った末の答えだ。
リタは額に手を当てた。
「アロイスにどう説明するの? クーちゃんが原因を見つけてみせるって言うからあちこちから文献を取り寄せたんだよ?」
「……情報が足りない」
「もっと文献を取り寄せる?」
「次は自分で出向く」
「どこに?」
「帝国設立以前からある場所」
「ってことは六百年前から存在する場所? 南部にそんな場所がある?」
「ヴェヒター。あそこならもっと詳細な情報があるかもしれない」
クリスタはこの時点で過去に焦点を絞っていた。
現代の誰かが魔法なり魔導具を使ってモンスターを操っているなら、調べたところでわからない。
探し出すのも難しい。
だが、モンスターを暴れさせるなら何か目的があるはず。
いずれ正体を現すだろう。
だからこそ、過去に集中することにした。
過去に関連する何かならば、探せば情報が見つかるかもしれないからだ。
「失礼するよ。クー、リタ。何かわかったことがある?」
ちょうどいいところにアロイスが部屋に入って来た。
説明しようとリタが口を開く前に、アロイスがため息を吐く。
そしてベッドに近づき、そっと自分の上着をクリスタの足にかけた。
横になっていたクリスタが膝を立てていたため、際どい部分まで足が露わになっていたからだ。
「もう少し慎みを持とう……」
「……レオ兄様みたいなこと言うようになったね」
「陛下と同じことが言えるなんて光栄だね」
「これはアロイスが正しい」
「味方がいない……」
不満そうにしつつ、クリスタは体を起こした。
そして。
「今からヴェヒターに行ってくる」
「ヴェヒター? なら途中まで一緒に行こう。僕も移動するから」
「移動? ここはいいの?」
リタの問いにアロイスは頷く。
「奇妙なことに当初、被害が出たのは南部の東側だった。高ランクのモンスターが突然、群れを作って移動し始めたんだ。そして、僕らがいる西側にやってきた。そのせいで、元々住んでいたモンスターたちも動き出して、西側は大混乱に陥った。だからここを拠点にしたんだけど、また東側でもモンスターが動き出した。被害が全域に及んでいる以上、拠点を中央に移すしかない」
現在、アロイスたちがいるのは南部でも西側。
対してヴェヒターは東側。
中央に移動するアロイスからすれば、道のりは途中まで一緒だった。
「それなら一緒に行ったほうがいいかも。足止めされる心配もないし」
「わかった……」
「これ以上、被害が拡大するなら南部諸侯を代表して陛下に南部国境守備軍を動かすように頼むつもりだ。最初はただモンスターが活発になっただけと思ったけれど、この拡大の仕方は何かおかしい」
「それがいいと思う……けど、あまり期待しないほうがいい」
「どういうこと?」
「あ、クーちゃん、まっ」
「レティシア義姉様とリーゼ姉様の妊娠が発覚してから近衛騎士隊は常に警戒態勢。各国境守備軍にも詳細は伏せられたまま、警戒態勢が発せられてる。たぶん国境守備軍は動けないし、レオ兄様まで用件が届くのもずっと先。二人が安定するまで、レオ兄様と宰相にはなるべく仕事が回らないよう配慮されてるから」
「……それって僕が聞いていいこと?」
「身内以外じゃ近衛騎士団と各大臣までしか知らない国家機密だよ……」
「あっ……そういえばそうだった」
皇帝の第一子。
それは帝国にとって最重要案件といってもいい。
ゆえに帝国上層部はかなり神経質となっていた。
特に大臣たちがもっとも気にしていたのは、皇帝レオナルトが仕事をしすぎているという点。
初めての出産である以上、なるべくレティシアの傍にいるべきということで、宰相を中心に皇帝へ仕事が集中しない体制を作り上げようとしていたのだが、そこに宰相の妻であるリーゼの妊娠が発覚してしまった。
皇帝の第一子と同等とはいえないが、皇帝の姉である長く帝国を支えた姫将軍の出産は大事だ。
大臣たちは皇帝と宰相。二人に最低限の仕事だけを任せ、それ以外は自分たちが、という流れを作り上げることとなった。
情報も制限され、なるべく妃たちに負担を与えないようにということが徹底されているのが、今の帝剣城だった。
「アロイスなら問題ない……はず」
「それを決めるのはクーちゃんじゃないよ……まぁ、アロイスにならそのうち連絡が入ることではあるけど」
「モンスターのことはなるべく冒険者ギルドに、という方針はそういうことか……絶対に大事にはできない……」
今は大事な時期だ。
南部最大の貴族として、この一件を穏便に終息させることが求められる。
もちろんモンスターが関わることだ。すべてアロイスの責任になることはないが、この一件のせいで流産なんてことになったら……。
想像しただけでアロイスは眩暈がしてきた。
とてもその後、生きていける自信がない。
「神経質になってるのは周り。レオ兄様たちは至って普通……普通……普通?」
旅立ちの時、すでに妊娠については伝えられていた。
レティシアの周りを忙しなく歩き回るレオの姿を思い出し、クリスタは首を傾げた。
「僕にはまだわからないことだけど、平静を保つのは難しいだろうことは想像できるよ。なるべく僕らの手で騒動を治めたいところだね」
アロイスはそう言うと笑みを浮かべる。
その笑みを見て、クリスタとリタも笑うのだった。