ルーペルト・クリスタ外伝4
帝国西南部。
南部と西部の境目にある街。
そこの酒場で若い男が大きな声で語っていた。
「だから! 何度も言うぞ? 女の二人組だ! 一人は魔導士、凄腕だ。もう一人は剣士、こっちは達人。五百人規模の山賊のアジトを魔導士は一人で潰した。魔法の爆撃でな。そして、復讐に来た残党を剣士はあっさり返り討ちにした。俺はSS級冒険者であるクロエの戦いぶりを見たことがあるが、奴らはそれに匹敵する! しかも二人とも美人だ! 特に魔導士は……女神のように美しい。ここだけの話だが、尊きご身分って話だ」
若い男は酒を片手に気分よさそうに話す。
こういう話は大抵盛られる。
酒場の者たちは笑いながらも話半分に聞いていた。
そんな中、二人組が酒場から出ていく。
二人ともフードを被っていた。
「だから言ったでしょ? 派手にやりすぎたら動きづらくなるって」
「……早く片付けようって言ったのはリタのほう」
「魔法で山を穴だらけにしようなんて言ってないよ!?」
「いちいち相手をしてたらキリがない……」
「わかってる? クーちゃん。お忍びなんだよ? この旅は」
「リタも目立ってた」
「あたしがやらなきゃクーちゃんが吹き飛ばすからだよ」
二人は言い合いをしながら歩き出す。
噂が広まっている。これ以上、この街に留まれない。
凄腕の魔導士も剣の達人も、いないわけじゃない。
けれど、二人組の女は目立つ。
さらに自覚は薄いが、自分の殿下は特別目立つ容姿をしている。
一人旅が許可されないのは、そういうところも関係しているのだろうなと、くすんだ金髪をサイドポニーにしている剣士、リタはため息を吐いた。
「せっかく宿屋で落ち着けると思ったのに……」
「野宿も楽しいよ?」
「野宿の準備をするのは?」
「リタ」
「ご飯を用意するのは?」
「……リタ」
「見張りをするのは?」
「…………リタ」
ジッとリタに見つめられ、鮮やかな金髪に紫色の瞳を持つ美少女、クリスタはしょぼーんとした様子で肩を落とす。
「……ごめん」
「まったく……よく一人旅を申し出れたよね?」
「魔法でなんとかなるかなって……」
「誰に似たのかな? そういうところ」
呆れた様子でリタは首を左右に振る。
一人旅の話が出た段階で、ルーペルトは自分一人でなんでもできるように準備をしていた。
一方、クリスタは魔導書ばかりを読んでいた。
何度言っても、大丈夫大丈夫とばかり。
陛下が心配されるわけだと、リタはお供をつけた皇帝レオナルトの判断に賛同するのだった。
■■■
「寒い……」
「野宿も楽しいって言ってなかった?」
「朝は嫌い……」
森の中で野宿をしていたクリスタとリタは、夜明けと共に動き出していた。
「この森を抜けたらジンメル侯爵領だよ」
「……もっと先のはず」
「侯爵位を受けた時にここらへんも侯爵領になったんだよ」
「出世してる……」
「今じゃ南部最大の貴族だからね。功績も名声もあるし。世間的にはもっと広大な領地を貰ってもおかしくないだけの手柄をあげているよ」
「……でも、持て余しているみたい」
森を抜けた先。
小さな村があった。
そこから煙が立ち上っている。
そして耳に届くのはモンスターたちの鳴き声。
「モンスターの襲撃だ!」
「行こう」
二人はすぐに村に駆け付ける。
村では騎士団とモンスターが激しい戦闘を見せていた。
「派手にやりすぎないように!」
「……わかった」
強力な魔法で一掃しようとしているクリスタに対して、リタが釘をさす。
クリスタはリタの言葉に頷くと、魔力弾でモンスターを撃ち抜いていく。
そんな中、小型の鳥型モンスターが空を飛び回っていた。
旋回し、隙をみつけて降下してくる。騎士たちはそれに手を焼いていた。
素早く、そして空を飛んでいる。こちらを俯瞰し、隙をつく知能もある。
厄介なモンスターだ。
しかし、クリスタは静かに目を瞑ると、ゆっくりと目を開ける。
そして明後日の方向に魔力弾を放った。
ちょうど、そこに騎士が膝をつく。
迫る魔力弾に騎士は顔を引きつらせるが、魔力弾は膝をついた騎士を狙って降下してきたモンスターを直撃した。
さらにクリスタは空へ向かって無数の魔力弾を放つ。
追跡してくる魔力弾をモンスターは高速で飛び回って避けるが、進路上に突然、別の魔力弾が現れて撃墜される。
空の脅威を取り除き、クリスタはふぅと息を吐いた。
「姉様ならもう少しうまくやるのに……」
かつては翻弄された力。
未来予知の先天魔法。
完璧にコントロールしているわけではないが、それでも以前のように勝手に発動することはなくなった。
そして短い間での未来予知については、それなりに扱うことができるようになっていた。
他に類を見ない先天魔法。手探りでコントロールする方法を探すしかなかった。ただ、クリスタは幸運にも、自分より上手く使う見本を見ることができた。ゆえに今、それなりにコントロールすることができている。
周囲のモンスターを討伐し終えたあと、クリスタはリタと共に馬に乗る一人の若き騎士の下へ向かった。
騎士の一団を束ねる長。
そしてこの領地を束ねる長でもある。
「助太刀に感謝を……旅のお方」
気づかないわけがない。
しかし、気づいてはいけない。
馬に乗りながら騎士、アロイスはクリスタたちにそう告げた。
本音を言えば、いますぐ馬を降りて頭を下げたいが、それをするわけにはいかない。
アロイスが頭を下げるとなると、相手の身分は限られてしまうからだ。
お忍びの意味がなくなる。
「お気になさらず……お貴族様。たまたま通りかかっただけです」
「そういうわけにはいかない。我が拠点にご招待を。歓迎しよう」
フードの奥。
クリスタはクスリと笑っていた。
それに気づいているアロイスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、クリスタとリタを屋敷に招待した。
いろいろと話したいことがあったからだ。
「村長、我々は行く。すぐに人を送って、村の復興を手助けするから安心してくれ」
「感謝します……しかし、領主様……明らかにモンスターの動きがおかしいのです! 討伐はありがたいのですが……どうかこの現象を止めていただきたい」
村長の言葉にアロイスは頷く。
村長としてもこんなことは言いたくはなかった。
けれど、それが村の、そして領地の民の総意だったのだ。
「約束する」
そう言うと、アロイスは騎士たちを連れて引き上げていく。
しばらくの後、アロイスたちは砦へと入っていった。
中には大勢の騎士たちがいた。
皆、モンスターへ対処するために集められた騎士たちだ。
彼らに声をかけたあと、アロイスは自室にクリスタたちを呼んだ。
「大変みたいだね、アロイス」
「殿下、さきほどのご無礼をお許しください」
「気にしてない。そんなことより状況は?」
「……南部一帯でモンスターの行動が変なのです。人の生活圏に出没するようになりました。それも群れで。対処のために騎士たちを動員していますが、被害が出てからの行動なので解決には至りません」
「冒険者ギルドには?」
「すでに連絡済みです。南部への増員を約束してくれましたが、すぐに冒険者が到着するわけではないので、しばらくはこのままかと」
「原因に心当たりは?」
「わかりません。情けない話ですが、この問題のせいで民からの信頼を失っています。モンスターの討伐なら冒険者にでもできます。領主に求められるのは根本にある問題解決。けれど、僕にはそれができていない。国境守備軍では武力を示せば尊敬を勝ち取れましたが、領地ではそういうわけにはいきません」
アロイスはため息を吐く。
幼い時から戦い続けてきた。
軍歴だけならそれなりだ。
しかし、そのせいで領主として必要なことを学べていない。急激に拡大したジンメル侯爵家は常に人手不足であり、当主であるアロイスにも家臣との信頼関係が欠如していた。
これから領主として生きていくには、それが必要だとわかっていた。
ゆえに領地に戻ることを願い出たが、その矢先にこの問題。
いくらモンスターを斬っても、それは結局、場当たり的な対策でしかない。
アロイスは自信を失いかけていた。
だが。
「大丈夫」
クリスタはアロイスに笑いかける。
そして自信満々に告げた。
「私が来た」
何の根拠もない言葉だが、アロイスにはありがたい言葉だった。
今は信頼できる者が一人でも傍にいてほしいからだ。
「感謝します、殿下」
「ここじゃ殿下禁止」
「えっと……それでは何とお呼びすれば?」
「クーでいい。様付けも駄目」
「それでは……よろしく、クー」
「うん……ところでアロイス」
「なにかな?」
「お腹空いた……昨日、リタが取って来た獲物は小さかった」
「はぁ……今から帝都に戻って、陛下にクーちゃんには一人旅は早すぎますって言うべきかな? アロイス閣下」
「閣下はやめてよ、リタ。昔は名前で呼んでくれたじゃないか」
「昔は世間を知らなかったから……まぁ、今だけはいいか。あたしも力になるよ、アロイス」
「ありがとう。三人揃うと帝都でのことを思い出すね」
クスリと笑いながらアロイスはそう呟くのだった。