ルーペルト・クリスタ外伝3
肩口で切りそろえた髪は軽くウェーブしており、同じ色の瞳はアメシストのように輝いていた。
綺麗な子だ。
おそらく同年代。
綺麗な人はたくさん見てきたけれど、目を惹かれるのは滅多になかった。
変な話ではあるが、ルーペルトからすれば綺麗なものは見慣れているから。
そんなルーペルトが見惚れたのは、少女が美しかったのもあるが、纏う雰囲気が神秘的だったから。今まで会ったことがないタイプだった。
「相手は残り六人。二人は引き受けるから、残りをなんとかしてくれる?」
「任せて」
「じゃあ、それぞれ二人ずつだな?」
ルーペルトの後ろからやってきたウォルフはそう言うと、笑みを浮かべた。
「それじゃあお先に行くぜ!」
走り出したウォルフは窓から飛び出し、相手に突っ込んでいく。
それを見て、少女がため息を吐いた。
「連携って知らないのかしら?」
「狭い部屋で暗殺者相手に戦うのは不利だし、即興の部隊じゃ精度の高い連携はできない。亜人の運動能力を生かして、敵に突っ込んで分断してるんだよ。理にかなってる」
「勉強得意?」
「ほどほどに」
「でしょうね」
少女の言葉を聞き、笑いながらルーペルトも窓から飛び降りる。
すでに戦っていたウォルフが背中から襲われないように、死角になっている敵と相対する。
何の話し合いもなしに突っ込む野生児と、見るからに育ちの良さそうな優等生。
正反対そうなのに、なぜ二人の息はぴったりだった。
夜うるさかっただけはあると、感心しながら少女はルーペルトに意識が向かっている相手に魔力弾を放ち、吹き飛ばす。
完全な不意打ち。
騎士なら卑怯者と言いかねない場面だが、どちらも騎士ではない。
ゆえに少女の死角からも敵は忍び寄っていた。
それに気づいたルーペルトは、目の前の相手を一瞬で斬り伏せると、持っている剣を投げつける。
高速で投擲された剣が突き刺さり、少女を狙った暗殺者は動かなくなる。
「危ない!!」
だが、それと引き換えにルーペルトは獲物を失った。
残る敵は三人。
ウォルフが二人を抑えているが、もう一人はルーペルトへ向かっていく。
「くっ!!」
短刀がルーペルトの首に迫るが、ルーペルトは相手の腕を抑えて、刃が届くのを防ぐ。
そして、体の力を抜いて倒れこむと、その勢いを使って相手を放り投げた。
瞬時に暗殺者は体勢を立て直し、ルーペルトも体勢を立て直す。
しかし、二人の距離は開いていた。
その瞬間、少女の魔法が暗殺者に直撃した。
「よっと!」
それとほぼ同時にウォルフも二人の暗殺者を片付ける。
残る敵がいるかもしれないため、ルーペルトはすぐに宿屋の二階へよじ登ると、倒れている男に突き刺さった剣を引き抜いた。
「……助けてくれてありがとう」
「こっちこそ。助かったよ」
お礼を言いながら、ルーペルトは周囲を見渡す。
とりあえず新しい敵はいない。
剣を鞘に納めたルーペルトに対して、少女は腕を指さす。
「腕、怪我してるわ」
「うん? ああ、かすり傷だよ」
ナイフが掠っただけ。
ルーペルトが笑うと、少女は少しムッとした様子でルーペルトの腕に手をかざす。
すると、緑色の光が少女の腕から発せられて、すぐにルーペルトの傷が治っていく。
「これは……治癒魔法? いや、これは……」
「先天魔法よ。原理は知らないわ。できるのよ」
少女はそう言うとため息を吐く。
そして。
「この力を狙って、この人たちは私を追ってきたの。いつもならやり過ごせるんだけど」
「ごめん、僕らのせいだね」
「いいわよ。手伝ってくれたし。それじゃあ、私はもう行くわね」
「待って! 一人は危ないよ?」
「平気よ。いつも一人だったから。それに頼る人もいる」
「頼る人?」
「南部筆頭貴族、アロイス・フォン・ジンメル侯爵。その人を頼れと言われているの」
その名を聞いた瞬間、ルーペルトは笑顔を浮かべた。
それなら自分も力になれると思ったからだ。
「僕も彼に用事があるんだ。一緒に行かないかな?」
「……物好きね。暗殺者に追われている女と一緒にいると危ないわよ?」
「僕らは強いから平気だよ」
「まぁ、たしかにこの程度ならいくら襲ってきても返り討ちにできるな」
自信満々なウォルフを見て、少女は肩を竦める。
護衛としては優秀だが、二人は目立つ。
プラスマイナイでいえばトントンくらい。
しかし。
「ついてきたいって言うなら好きにすれば? どうせ道は一緒なんだから」
「それじゃあ一緒に行こう。僕はルート、彼はウォルフ。君の名は?」
暗殺者に襲われた以上、この街に長居は無用。
すでに少女は歩き出していた。
「私の名前はセラフィマ。呼びにくいならセラでいいわよ」
「じゃあセラ。よろしく」
「よろしくな」
ルーペルトとウォルフはセラの隣に並び、歩き出す。
一人で始まった旅。
三人となった。
護衛ではない。仲間だ。
それがルーペルトには嬉しかった。
■■■
「くっ……」
撃退された暗殺者たちだが、セラの魔力弾を受けた一人は辛くも生き残っていた。
死んだと思われたのも無理はない。
何本も肋骨が折れている。生きているのは運が良かった。
「報告しにいかねば……」
気力で立ち上がり、壁に手を突きながら暗殺者は歩き始める。
ターゲットには強力な護衛が二人ついた。それを雇い主に伝えるために。
けれど。
そんな男の前に立ちふさがる者がいた。
見たことのある顔に暗殺者は顔を青くした。
帝国で活動する以上、必ず顔を覚えておく必要がある集団がいた。
帝国近衛騎士団。
その隊長たちだ。
出会ったら死。出会わないようにするしかない。
皇帝自慢の最高戦力。
「……近衛騎士団所属第十騎士隊隊長……リンフィア……教えてくれ……我々は誰を狙った……?」
近衛騎士隊長。
それが陰から護衛しているなど尋常ではない。
触れてはいけない事象に触れてしまった。
そのことに気づいた暗殺者は冥途の土産に訊ねた。
リンフィアは静かに皇弟殿下と発した。
理解し、暗殺者は自分の運命を受け入れた。
ここは帝国。
アードラーの庭だ。
そこで意図せずとはいえ、アードラーを狙えば命はない。
一瞬のうちにリンフィアは男の首を落とす。
「隊長、全員、死亡しております。街の外にいた連絡係も始末しました」
「ご苦労様です。殿下は?」
「順調に次の街へ向かっております」
「引き続き、距離を取って追跡を」
指示を出し、リンフィアは剣を鞘に収めた。
ルーペルトの護衛にはリンフィアと少数の部下がついていた。
しかし、ルーペルトの実力を信頼しているため、リンフィアはルーペルトの後を追い、揉め事に巻き込まれそうなときだけ介入していた。
護衛というよりは、後詰。
ゆえにルーペルトといえど気づけない。護衛とは呼べない距離から追跡しているだけだからだ。
だが、今回は少し違う。
「困りましたね……」
困った理由はこの一件をどう処理するか。
通常なら皇帝に対して、ルーペルトが暗殺者の一団に襲われた、と報告するところだ。
けれど、素直にその行動をとれない理由がリンフィアにはあった。
前皇帝であるヨハネス、そして皇太后であるミツバによって、なるべく皇帝レオナルトには過激な報告はしないように、という命を受けているからだ。
理由は、危険だと判断したらすぐにレオナルトがルーペルトを呼び戻すからだろう。
わざわざ反対派を黙らせて、皇族を一人旅させるのはそれが必要だったから。
今回だけではない。これから先、皇族の伝統としていきたいとヨハネスは考えている。だからこそ、呼び戻されては困るのだ。よくない前例ができてしまう。
常に皇帝が監視し、介入していては意味がない。
命の危険があるまでは報告を控えてほしい。それがミツバやヨハネスの命だった。とはいえ、命というよりは頼み。
無視したところで罰せられたりはしない。
だが、予感があった。
この一件を報告したら間違いなくルーペルトは呼び戻される。
それではルーペルトは不満を溜めるだろう。せっかく自分の成長のために旅をしていたのに、急に呼び戻されては納得できない。
兄弟間のしこりになりかねない。
そこまで考えて、リンフィアは部下に指示を出した。
「伝令!」
「はっ!」
「今回の一件を銀爵へ報告を。陛下への報告は銀爵にお任せする、ともお伝えしてください」
「よろしいのですか……?」
「銀爵なら上手くやってくれます」
皇帝に嘘をつくわけにはいかない。
だから銀爵に報告する。
皇帝を止められる人間に。
「それでは後を追います。この街の領主には近衛騎士隊による作戦と伝えておいてください」
お忍びで旅をしている殿下が殺人の容疑で後を追われては困る。
根回しを忘れず、リンフィアはルーペルトの後を追う。
姿はすぐに捉えられた。楽しそうに話をしながら歩くルーペルトの姿が。
その姿を見て、リンフィアはフッと微笑む。
兄の後ろに隠れていた泣き虫皇子はもういない。
立派に育ったのだ。
そのことに感慨深いものを感じながら、リンフィアは指示を出す。
「追跡は二人一組。十分な距離を取るように。殿下は鋭い、バレないようにしましょう」