ルーペルト・クリスタ外伝2
城で皇子として育ったルーペルトにとって、一人で道を歩く、ということすら新鮮だった。
もちろん遠巻きに護衛がいるだろうことはわかっていた。
ただ、ルーペルトが気づかないということはかなり離れた位置にいる。それだけルーペルトを信頼しているということだ。
監視されてはいるが、一人は一人。
これは今だけ与えられた特権だ。
最大限に楽しもうと、ルーペルトは鼻歌を歌いながら道を歩いた。
そしてたどり着いたのは東部と南部の中間地点にある都市、デッサー。
「今日はここで一泊かなぁ」
路銀はたくさんある。
贅沢をしようと思えばできるが、野宿すら楽しいと感じているルーペルトにとって高価な宿に泊まることは贅沢とはいえなかった。そちらがルーペルトの日常に近いからだ。
安宿でいい。
今はなにもかもが新鮮だから。
そんな風に思っていると、良さそうな宿屋を見つけた。
良さそうにボロく、良さそうに治安が悪そう。
こういうのがいい、とルーペルトは笑みを浮かべてその宿屋へ入る。
レオナルトが見れば、ため息を吐きそうな行動だが、ルーペルトは気にしない。それが良いのだから。
「おっさん! ぼったくりだろうが!」
「ああん!? 文句あるのか!?」
入って早々、店主と客がもめていた。
揉めている理由は料金。
「さっきの奴と同じような部屋でなんで俺のほうが高いんだよ!」
客が階段の方を指さす。
階段ではフードを被った小柄な客が部屋へ向かっていた。
その客と自分の待遇の差に客は怒っているのだ。
しかし、店主も負けていない。
「嫌なら別のところに行くんだな! 亜人が泊めてもらえるだけありがたく思え!」
「なんだと!?」
料金が高い理由。
それは揉めている客が亜人だから。
灰色の毛並みを持つ狼の亜人。
年はルーペルトとさして変わらない。
琥珀色の瞳が店主を鋭く見据える。
このまま揉め事が続くと、この亜人の少年が宿屋を壊しかねない。
そう判断して、ルーペルトは金貨を一枚取り出すと店主に放り投げた。
この安宿で金貨を見る機会は早々ない。それを見て、店主は目を輝かせる。
「部屋を一部屋。それと彼と僕の分の食事を」
「おっ! 気前がいいね! わかりました! 階段上がって左から三番目の部屋へどうぞ!」
部屋番号の書かれた札を受け取り、ルーペルトは亜人の少年に目で上へ向かうように伝える。
少年はルーペルトを訝しむが、これ以上の揉め事は求めていなかったのか、素直にルーペルトと共に上へあがった。
「礼は言わねぇぞ?」
「いらないよ。お礼が欲しいわけじゃない」
「じゃあなんで助けた?」
「……帝国は亜人に寛容だけど、それでも地域によっては今日みたいな差別もある。僕は帝国人として、帝国が亜人を差別する国だと思ってほしくなかった。それだけだよ」
「それなら取り越し苦労だったな。どれだけ差別を受けようが……帝国に悪感情を向けるほど恩知らずじゃねぇ」
恩知らず。
少年から出てきた意外な言葉にルーペルトは興味がわいた。
ゆえにルーペルトは自分の部屋の扉を開けると、部屋に招いた。
「僕の名はルート。良ければ話さないかい? 一人旅で話し相手が欲しいんだ」
「……物好きな坊ちゃんだな。俺はウォルフだ」
「……わかる?」
「隠せてねぇよ、育ちの良さが」
ウォルフの指摘にルーペルトはまだまだだなと反省するのだった。
■■■
「俺はレチュサ同盟の出身だ」
それだけでルーペルトはウォルフが帝国に恩を感じている理由を察した。
「あの大戦で……レチュサ同盟は王国にめちゃくちゃにされた。とくに亜人はどんどん拉致されて……どうにか生き延びた奴らも追い詰められた。もう駄目だと思ったとき……ぱったりと王国の動きが止んだ。あの時はわからなかったが……アルノルト皇子が率いる連合軍が王国を追いつめていたから、こっちに人を割いていられなくなったんだ。それから帝国は復興にも手を貸してくれた。この恩は忘れねぇ」
「……だから帝国に?」
「そうだ! 俺は帝国で名をあげる! 冒険者としてな!」
「じゃあ冒険者ギルドに登録を?」
「まだしてねぇ。俺は大物を討ち取って鳴り物入りで冒険者になるんだ。シルバーみたいにな! 見たことあるか? シルバーを!」
「いや、残念ながら」
「俺も見たことねぇんだ! けど、話は聞いてる! 知り合いのエルフが話してくれたんだ! 王都での決戦! すげぇぞ! 銀色の魔法と共に空から舞い降りたんだ!! それでなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「〝どうした? 自慢の戦力が減ってしまったようだが?〟だってよ! 悪魔相手にこの余裕! いいよな! シルバー!」
シルバーの口調を真似するウォルフにルーペルトは満面の笑みを向けた。
嬉しかった。話を聞いていると伝わってくる。尊敬と憧れが。
その感情はルーペルトも同じだったから。
「シルバーは……かっこいいよね」
「ああ、かっこいいんだよ。その正体がアルノルト皇子ってのも驚いたが……そんなことはどうでもいいんだ。皇子だからシルバーがよりかっこよくなるわけでも、かっこよさが損なわれるわけでもねぇ。シルバーがかっこいいのはシルバーだからだ」
「うん、そうだね」
正体がだれであれ、シルバーの功績がなくなるわけじゃない。
困った人のところに颯爽と現れて、問題を解決していく冒険者。
民のために、という絶対のルールを守るその在り方、その矜持。
それが人を惹きつけるのだ。
「俺はこれから南部に向かう。南部はモンスター問題で困っているらしい。俺の獲物になりそうなのもいるかもしれないだろ?」
「奇遇だね。僕も南部に向かうんだ。途中まで一緒に行かない?」
「へぇ、俺をボディガードにしようってのか? 坊ちゃんにしてはお目が高いな。自分も腕が立つのに、堅実なことで」
別にそういうつもりはなかったが、そういう勘違いをされるならそういうことにしておこうと、ルーペルトは頷く。
実際、ウォルフは腕が立つ。
一緒に行動するのに問題はない人物だった。
その日、ルーペルトとウォルフは長く語り明かした。
そして、そのおかげで。
都市の異変にいち早く気づけた。
「ルート……」
「うん……」
深夜。
そろそろ皆が寝静まる頃。
都市を走り回る音が聞こえてきた。
「なんだ? かなりの数だぞ?」
「十人以上……野盗? いや、それにしては動きがしっかりしている」
足音を聞きながらルーペルトを相手の正体を推察する。
夜の集団行動は昼の集団行動とは難易度が違う。
乱れないということは、訓練されている集団だ。
都市への侵入の鮮やかさといい、これは。
「暗殺者か……」
「こんな辺鄙な都市になんで暗殺者が? 誰を狙って?」
「さぁね。けど……」
ルーペルトはチラリと部屋の明かりを見る。
気づいたときにはもう遅かった。
消せば気づかれる。
だが、消さなくても注意を引いてしまった。
明かりのある自分たちの部屋。
そこに何人かが向かってきている。
「どうする?」
「やり過ごしたいけど……」
「やり過ごせるか?」
「難しいかも」
呟いた瞬間。
窓が割れて二人の暗殺者が部屋に乱入してきた。
ウォルフとルーペルトはそれぞれ武器を抜いて応戦した。
ルーペルトは剣を、ウォルフは二本の短剣を。
勝負はすぐに決まる。不意を突けなかった時点で暗殺者に勝ち目はなかった。
互いに暗殺者の喉を切り裂き、そして外へ目を向ける。
もはや交戦は避けられない。
「ったく! どうしてこんなことに!」
悪態をつきながらウォルフは窓から入ってくる暗殺者に備える。
だが、別の場所から悲鳴が聞こえてきた。
別室。
男の悲鳴だ。
ほかの客が犠牲になった。
そう判断して、ルーペルトはすぐに部屋を出て、悲鳴の部屋へ向かう。
「大丈夫ですか!?」
鍵がかけられている部屋をこじ開けて、ルーペルトは部屋に乗り込む。
しかし、そこでは二人の暗殺者が倒れていた。
部屋にはフードの人物。
「……あなたたちのせいで大丈夫じゃなくなった」
高い声。
すぐにフードの人物が女性だと察したルーペルトは、咄嗟に窓側からフードの女性を離れさせようとする。
しかし、その前に暗殺者が部屋に侵入してきた。
けれど、すぐにその暗殺者は吹き飛ばされることになる。
女性が魔力弾を放ったからだ。
「魔法……?」
「腕に自信は?」
「……それなりに」
「じゃあ全員倒す方針でいきましょう」
フードの人物はフードを脱いだ。
紫色の髪の美少女がそこにいた。
薄っすらと月明りに照らされたその少女を見て、ルーペルトは月の女神のようだ、と思いながら見惚れてしまうのだった。