表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/45

ルーペルト・クリスタ外伝2


 城で皇子として育ったルーペルトにとって、一人で道を歩く、ということすら新鮮だった。

 もちろん遠巻きに護衛がいるだろうことはわかっていた。

 ただ、ルーペルトが気づかないということはかなり離れた位置にいる。それだけルーペルトを信頼しているということだ。

 監視されてはいるが、一人は一人。

 これは今だけ与えられた特権だ。

 最大限に楽しもうと、ルーペルトは鼻歌を歌いながら道を歩いた。

 そしてたどり着いたのは東部と南部の中間地点にある都市、デッサー。


「今日はここで一泊かなぁ」


 路銀はたくさんある。

 贅沢をしようと思えばできるが、野宿すら楽しいと感じているルーペルトにとって高価な宿に泊まることは贅沢とはいえなかった。そちらがルーペルトの日常に近いからだ。

 安宿でいい。

 今はなにもかもが新鮮だから。

 そんな風に思っていると、良さそうな宿屋を見つけた。

 良さそうにボロく、良さそうに治安が悪そう。

 こういうのがいい、とルーペルトは笑みを浮かべてその宿屋へ入る。

 レオナルトが見れば、ため息を吐きそうな行動だが、ルーペルトは気にしない。それが良いのだから。


「おっさん! ぼったくりだろうが!」

「ああん!? 文句あるのか!?」


 入って早々、店主と客がもめていた。

 揉めている理由は料金。


「さっきの奴と同じような部屋でなんで俺のほうが高いんだよ!」


 客が階段の方を指さす。

 階段ではフードを被った小柄な客が部屋へ向かっていた。

 その客と自分の待遇の差に客は怒っているのだ。

 しかし、店主も負けていない。


「嫌なら別のところに行くんだな! 亜人が泊めてもらえるだけありがたく思え!」

「なんだと!?」


 料金が高い理由。

 それは揉めている客が亜人だから。

 灰色の毛並みを持つ狼の亜人。

 年はルーペルトとさして変わらない。

 琥珀色の瞳が店主を鋭く見据える。

 このまま揉め事が続くと、この亜人の少年が宿屋を壊しかねない。

 そう判断して、ルーペルトは金貨を一枚取り出すと店主に放り投げた。

 この安宿で金貨を見る機会は早々ない。それを見て、店主は目を輝かせる。


「部屋を一部屋。それと彼と僕の分の食事を」

「おっ! 気前がいいね! わかりました! 階段上がって左から三番目の部屋へどうぞ!」


 部屋番号の書かれた札を受け取り、ルーペルトは亜人の少年に目で上へ向かうように伝える。

 少年はルーペルトを訝しむが、これ以上の揉め事は求めていなかったのか、素直にルーペルトと共に上へあがった。


「礼は言わねぇぞ?」

「いらないよ。お礼が欲しいわけじゃない」

「じゃあなんで助けた?」

「……帝国は亜人に寛容だけど、それでも地域によっては今日みたいな差別もある。僕は帝国人として、帝国が亜人を差別する国だと思ってほしくなかった。それだけだよ」

「それなら取り越し苦労だったな。どれだけ差別を受けようが……帝国に悪感情を向けるほど恩知らずじゃねぇ」


 恩知らず。

 少年から出てきた意外な言葉にルーペルトは興味がわいた。

 ゆえにルーペルトは自分の部屋の扉を開けると、部屋に招いた。


「僕の名はルート。良ければ話さないかい? 一人旅で話し相手が欲しいんだ」

「……物好きな坊ちゃんだな。俺はウォルフだ」

「……わかる?」

「隠せてねぇよ、育ちの良さが」


 ウォルフの指摘にルーペルトはまだまだだなと反省するのだった。




■■■




「俺はレチュサ同盟の出身だ」


 それだけでルーペルトはウォルフが帝国に恩を感じている理由を察した。


「あの大戦で……レチュサ同盟は王国にめちゃくちゃにされた。とくに亜人はどんどん拉致されて……どうにか生き延びた奴らも追い詰められた。もう駄目だと思ったとき……ぱったりと王国の動きが止んだ。あの時はわからなかったが……アルノルト皇子が率いる連合軍が王国を追いつめていたから、こっちに人を割いていられなくなったんだ。それから帝国は復興にも手を貸してくれた。この恩は忘れねぇ」

「……だから帝国に?」

「そうだ! 俺は帝国で名をあげる! 冒険者としてな!」

「じゃあ冒険者ギルドに登録を?」

「まだしてねぇ。俺は大物を討ち取って鳴り物入りで冒険者になるんだ。シルバーみたいにな! 見たことあるか? シルバーを!」

「いや、残念ながら」

「俺も見たことねぇんだ! けど、話は聞いてる! 知り合いのエルフが話してくれたんだ! 王都での決戦! すげぇぞ! 銀色の魔法と共に空から舞い降りたんだ!! それでなんて言ったと思う?」

「なんて言ったの?」

「〝どうした? 自慢の戦力が減ってしまったようだが?〟だってよ! 悪魔相手にこの余裕! いいよな! シルバー!」


 シルバーの口調を真似するウォルフにルーペルトは満面の笑みを向けた。

 嬉しかった。話を聞いていると伝わってくる。尊敬と憧れが。

 その感情はルーペルトも同じだったから。


「シルバーは……かっこいいよね」

「ああ、かっこいいんだよ。その正体がアルノルト皇子ってのも驚いたが……そんなことはどうでもいいんだ。皇子だからシルバーがよりかっこよくなるわけでも、かっこよさが損なわれるわけでもねぇ。シルバーがかっこいいのはシルバーだからだ」

「うん、そうだね」


 正体がだれであれ、シルバーの功績がなくなるわけじゃない。

 困った人のところに颯爽と現れて、問題を解決していく冒険者。

 民のために、という絶対のルールを守るその在り方、その矜持。

 それが人を惹きつけるのだ。


「俺はこれから南部に向かう。南部はモンスター問題で困っているらしい。俺の獲物になりそうなのもいるかもしれないだろ?」

「奇遇だね。僕も南部に向かうんだ。途中まで一緒に行かない?」

「へぇ、俺をボディガードにしようってのか? 坊ちゃんにしてはお目が高いな。自分も腕が立つのに、堅実なことで」


 別にそういうつもりはなかったが、そういう勘違いをされるならそういうことにしておこうと、ルーペルトは頷く。

 実際、ウォルフは腕が立つ。

 一緒に行動するのに問題はない人物だった。

 その日、ルーペルトとウォルフは長く語り明かした。

 そして、そのおかげで。

 都市の異変にいち早く気づけた。


「ルート……」

「うん……」


 深夜。

 そろそろ皆が寝静まる頃。

 都市を走り回る音が聞こえてきた。


「なんだ? かなりの数だぞ?」

「十人以上……野盗? いや、それにしては動きがしっかりしている」


 足音を聞きながらルーペルトを相手の正体を推察する。

 夜の集団行動は昼の集団行動とは難易度が違う。

 乱れないということは、訓練されている集団だ。

 都市への侵入の鮮やかさといい、これは。


「暗殺者か……」

「こんな辺鄙な都市になんで暗殺者が? 誰を狙って?」

「さぁね。けど……」


 ルーペルトはチラリと部屋の明かりを見る。

 気づいたときにはもう遅かった。

 消せば気づかれる。

 だが、消さなくても注意を引いてしまった。

 明かりのある自分たちの部屋。

 そこに何人かが向かってきている。


「どうする?」

「やり過ごしたいけど……」

「やり過ごせるか?」

「難しいかも」


 呟いた瞬間。

 窓が割れて二人の暗殺者が部屋に乱入してきた。

 ウォルフとルーペルトはそれぞれ武器を抜いて応戦した。

 ルーペルトは剣を、ウォルフは二本の短剣を。

 勝負はすぐに決まる。不意を突けなかった時点で暗殺者に勝ち目はなかった。

 互いに暗殺者の喉を切り裂き、そして外へ目を向ける。

 もはや交戦は避けられない。


「ったく! どうしてこんなことに!」


 悪態をつきながらウォルフは窓から入ってくる暗殺者に備える。

 だが、別の場所から悲鳴が聞こえてきた。

 別室。

 男の悲鳴だ。

 ほかの客が犠牲になった。

 そう判断して、ルーペルトはすぐに部屋を出て、悲鳴の部屋へ向かう。


「大丈夫ですか!?」


 鍵がかけられている部屋をこじ開けて、ルーペルトは部屋に乗り込む。

 しかし、そこでは二人の暗殺者が倒れていた。

 部屋にはフードの人物。


「……あなたたちのせいで大丈夫じゃなくなった」


 高い声。

 すぐにフードの人物が女性だと察したルーペルトは、咄嗟に窓側からフードの女性を離れさせようとする。

 しかし、その前に暗殺者が部屋に侵入してきた。

 けれど、すぐにその暗殺者は吹き飛ばされることになる。

 女性が魔力弾を放ったからだ。


「魔法……?」

「腕に自信は?」

「……それなりに」

「じゃあ全員倒す方針でいきましょう」


 フードの人物はフードを脱いだ。

 紫色の髪の美少女がそこにいた。

 薄っすらと月明りに照らされたその少女を見て、ルーペルトは月の女神のようだ、と思いながら見惚れてしまうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ