ルーペルト・クリスタ外伝1
「本当にお見送りに行かなくてよかったので?」
「二人とも子供ではない。それに会えなくなるわけでもない」
帝都における宰相の屋敷。
そこでリーゼロッテは静かにお茶を楽しんでいた。
宰相であるユルゲンは、その言葉に肩を竦める。
今日、ルーペルトとクリスタは帝都を旅立った。
帰ってこられないわけじゃない。各地を見て回り、帰ってくるのも本人たちの自由だ。
とにかく自分の意思で行動しろ、というのが皇帝の命であり、二人はそれをしっかり実行するだろう。
「なにより」
「なにより?」
「私が心配などせずとも、世話焼きは大勢いる」
そう言ってリーゼロッテはユルゲンの後ろを見て、フッと微笑む。
振り返ると、たしかにそこには世話焼きがいた。
「これは閣下、来ておられましたか」
「世話を焼きに来たわけじゃありませんよ。見送りに来ただけです」
「そう言いながら、問題が起きたら駆けつける気なのだろう?」
「どうでしょうね?」
リーゼロッテの問いかけに、世話焼きと言われたアルノルトは肩を竦める。
そしてアルノルトはリーゼロッテの隣に座る。
「俺が出るような事態にはならないと思いますけどね」
「それはわからん。なにせ、二人もアードラーだからな」
「嫌な説得力ですね」
苦笑しながらアルノルトは窓の外へ目をやる。
騒動は向こうからやってくる。
だとしても、問題ないだろうと思えた。
二人もアードラーだから。
■■■
帝国東部。
「ルート! その薪で最後だ!」
「はーい!」
小さな村。
そこで薪を運ぶルーペルトの姿があった。
本名を名乗るわけにもいかなかったため、ルーペルトはルートという偽名を名乗っていた。
「ルートがいてくれて助かるよ!」
「本当だよ! 見た目に反して力があるしな!」
「鍛えてますから!」
周りの大人たちはせっせと働くルーペルトを見て、笑顔を浮かべる。
ルーペルトが村にやってきたのは一週間前。
旅の途中で宿を探しているルーペルトを、村の人々は暖かく迎え入れた。
金銭でのお礼を受け取ってもらえなかったため、ルーペルトは仕事で返すことにしていた。
人の何倍も働き、村の人々を助ける。
笑顔を見られるのが嬉しかった。
「ルート! この村で暮らしなよ!」
村の若い娘がルーペルトにそう声をかけた。
元々、この村は流民の村。
余所者が来るのはいつものことだった。
けれど。
「ごめん、嬉しいけど旅の途中だから」
「残念、どこに向かう旅なの?」
「帝国を見て回る旅だから、次は南かな」
「最近、モンスターが活発になってきてるし、気を付けなね?」
「大丈夫だよ」
そう言ってルーペルトは笑う。
暖かい村。暖かい人々。
だから。
その日の夜。
ルーペルトは静かに村を出て、森の中に入っていた。
その森の中には、数十人の男たちがひそんでいた。
「村への襲撃はやめてください」
「一人で来るとはいい度胸じゃねぇか」
悪魔との最終決戦。
帝国を舞台に行われたその戦いで、帝国は二分された。
各地で戦いが起きて、多くの敗残兵が生まれた。
皇帝レオナルトに与した者は、レオナルトの下に戻ることができたが。
敵に回った者たちは山賊に身をやつしていた。
頭目らしき男が騎士の鎧を身に着けていることに気づき、ルーペルトは悲し気に目を伏せた。
誇りは劣化する。
誇りだけでは生きていけない。
主に捧げた忠義も、民を守ろうとした高潔さも。
飢えを防いではくれない。
いつしか誇りは消え去り、不道徳に身を染めた。
かつては山賊を狩る側だったのに、今はその山賊となっている。
「これは警告です。襲撃をやめてください」
「うるせぇ! お前が最初に犠牲者だよ!!」
頭目の隣にいた男が斧を振り上げる。
自分は未熟だ。
不敵な兄なら言葉で止められたかもしれない。
優しい兄なら改心させることができたかもしれない。
自分にはどちらもできない。
世界は救えない。帝国をより良い方向に導くこともできない。
大きなことはできない。
力が足りない。経験が足りない。
けれど、それをもう受け入れている。
それでも自分は自分だ。
及ばないにしても。
兄が誇れる程度の弟ではありたい。
やるべき時に躊躇ってはいけない。
「残念です」
斧を振り上げた男の首が飛んだ。
男たちの視界からルーペルトの姿が消え去り、そして森の中は惨劇の舞台となった。
見えない敵に首がどんどん飛ばされていく。
元騎士の頭目は震えながら剣を構える。
落ち着けという号令は出ない。
ただ、部下たちが殺されていくのを見ていることしかできない。
そして。
「あなたで最後です」
ルーペルトは静かに頭目へ剣を向けた。
絶望の表情を浮かべる頭目は咄嗟に胸元のペンダントを握った。
「騎士でありながら……なぜ山賊に?」
「……戦で負けた……主は死んでしまい……帰る場所がなくなった……生きるために仕方なかった……」
「選べ。騎士として罰を受け入れるか、山賊として斬られるか」
結末は変わらない。
けれど、ルーペルトは選択を与えたかった。
「……いまさら騎士を名乗れない……」
「かつて騎士だった頃の心があるなら……名乗れ。恥を感じながら名乗れ。愚かな自分を悔いるんだ」
「……ヒースコート男爵家の騎士……リーヌス」
「よろしい、騎士リーヌス。皇弟ルーペルトの名において……お前を許そう。お前は悪くない」
リーヌスはルーペルトの言葉を聞き、驚いた表情を浮かべる。
そして少し晴れやかな笑みを浮かべると、静かに頭を下げた。
ルーペルトがやりやすいように。
「感謝します……殿下」
言葉と同時にルーペルトはリーヌスの首を落とした。
言葉にどれほど救いがあるかはわからない。
リーヌスのしてきたことは許されない。
けれど、帝国で戦を起きたのはアードラーの責任。それさえ起きなければ、リーヌスは高潔な騎士のままでいられたかもしれない。
だから、その罪をルーペルトは許した。
世界の命運をかけた戦いは終わった。
これからは復興の時代。
そして安定の時代。
けれど、負の遺産はいまだ多い。
それと向き合うのがルーペルトの戦いだった。
そして。
「もう行っちゃうの?」
「うん、お世話になりました」
村の人々にお礼を言うと、ルーペルトは村を旅立った。
笑顔で見送ってくれる村の人々に、ルーペルトも笑顔で応じた。
自分には大きなことはできない。
けれど、小さなことならできる。
国を救うことはできないかもしれない。けれど、小さな村の笑顔を守ることはできる。
なにも、兄たちと同じことをする必要はない。
自分には自分のできることがあるのだから。
些細なことかもしれない。
だが、出会った人たちの笑顔を守り続ければ。
少しは世のためになるだろう。
「さて、アロイスは元気にやってるかな?」
国境守備軍の長から、元の領主へと戻った友のことを考えながらルーペルトは南部へと向かうのだった。




