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第一話 フィーネとアル



「なぜ我が領地にもっと戦力を派遣していただけないのですか!? 我が領地の窮状はお伝えしたはず! 議長はどうお考えなのですか!?」




 評議会は各地の貴族の声を拾うことも役目の一つだ。


 そのため、議長であるフィーネは様々な貴族と面談する。


 その中には横柄な者もいる。


 今日やってきた貴族の男もそんな一人。


 声を拾い上げる評議会なのだから、地方貴族の自分の言い分を拾い上げて当然。


 そんな風に思う者は少なくない。


 あくまで皇帝の助言機関であり、地方の声を届けるのが評議会。


 地方の要望をすべて拾い上げるわけではない。


 それを理解していないからこそ、横柄で強気な態度に出てくる。




「伯爵、何度も申し上げたはずです。ほかの領地と比較して、伯爵の領地が特別困っているというわけではありません。戦力の派遣は非常手段。できるだけ領内のことは領内で解決してほしいというのが陛下と皇太子殿下のお考えです」


「私が嘘をついているとでも!?」


「ほかとの比較の話です。申し訳ありませんが、どの領地もまだ苦しいのです」




 何度説明してもわかってくれない。


 自分の要望が通って当然と思っているから、却下されたことが理不尽と感じているのだ。


 三年前の大戦で帝国は大きな損害を受けた。それは冒険者ギルドも同様。


 モンスターの被害はもちろん、野盗なども増えてしまっている。


 各領地の治安維持には領主の戦力があてられる。


 どこも苦しいからこそ、本当に苦しいところを見定める必要がある。そのための評議会なのだ。


 しかし、伯爵は理解してくれない。


 ひたすらフィーネに文句を言って、恫喝に近いことも告げてくる。


 フィーネはそれを聞き流す。


 真面目に聞いても仕方ないからだ。伯爵程度ではフィーネ相手に何かできるわけもない。フィーネに対して強く出てきているのも、人気だけの小娘と考えているからだ。


 認識は人それぞれ。ただ、事実として伯爵には力がない。それをフィーネはよく理解していた。


 だから相手にしない。


 今日はどんな料理を作ろうか? そんなことを考えて、やりすごす。


 今日は久しぶりに〝我が家〟に帰れるのだから。






■■■






 評議会議長に近衛騎士隊長。蒼鴎姫に勇者。


 二人が黙って帝国を抜けることをアルはよしとはしなかった。


 極秘裏に銀爵領として割譲された皇帝領の一部。そこにある屋敷を自らの拠点とすることを決めたアルは、フィーネとエルナに仕事へ戻るように伝えた。


 せめて後任が決まるまでは。


 自分はここにいるから。


 三日間、ごねにごねたフィーネとエルナだったが、穏やかに過ごすアルを見て、しぶしぶと要望を受け入れた。


 実際、今の帝国にはフィーネもエルナも必要な人材だった。


 ただ、収まりがつかなかったのは二人の男。


 アムスベルグ勇爵とクライネルト公爵だ。


 挨拶もなしに娘を連れて行って、後日、送り返された。


 本気でアルを殴りにいこうか迷う二人に対して、アルの味方になったのは意外にも皇太子妃レティシアだった。


 帝国のための判断。そういう判断をさせないためにも、今、頑張るべきは帝国に仕える者の務め。


 帝国が安泰ならばそういう判断にはならなかった。


 レティシアはそう告げると、すべての大臣、上位貴族に下知を飛ばした。


 長い文章ではあったが、要約すれば〝働け〟というものだった。


 影響力のある者が動けば、周りも動く。とにかく働け。ぼーっとするな。


 たった一人に心配されているようで、なにが大国か。


 皇太子妃として初めての仕事は、そういう文章を各地に飛ばすことだった。




「それでは少しの間、帝都を留守にします。レティシア様」


「ええ、ゆっくり休んでくださいね。フィーネ様」


「ありがとうございます……それと……様づけはよしてください。レティシア様は皇太子妃殿下ですし……」


「たしかに互いの伴侶は兄弟ですしね。では、これからはフィーネさんと。フィーネさんもさん付けで構いませんよ?」


「伴侶だなんて……そんな……」




 両手を頬に持って来ながらフィーネは顔を赤くする。


 照れるフィーネを見て、レティシアは苦笑した。


 自分もまだ慣れていないが、それよりも慣れていないようだったからだ。


 アルについていった以上、フィーネとエルナはアルの妃。


 それが帝国上層部の認識であり、当人たちも当然、そういうつもりだと思っていたが、思っていたよりもまだ関係は進んでいないようだった。




「戻ったら何をするか決めているのですか?」


「料理を作ろうかと……」


「よいですね。私も今度、レオに何か作ります。きっと喜んでくれますよ」


「はい!」






■■■





 日が暮れ始めた頃。


 フィーネは屋敷に到着した。




「おかえり、フィーネ」




 銀爵領はそこまで帝都と離れていない。北部と帝都の間にある場所だ。


 ただ、皇帝領の中でも比較的人のいない自然多い領地が選ばれており、ゆっくりするにはぴったりな場所だった。


 屋敷は湖の近くにあり、景観は文句なし。


 本来、皇帝の別荘として用いられる場所なため、当たり前といえば当たり前といえた。


 そんな屋敷に帰って来たフィーネを出迎えたのは、エプロン姿のアルだった。


 あまりにも意外な服装にフィーネは固まる。


 皇子であり、かつ皇子の中でも生活能力が低いアルがなぜエプロンを?


 混乱しているフィーネをよそに、アルはフィーネの手を取る。




「食事はまだだろ? 一緒に食べようと思って、作ってみたんだ」


「アル様が……料理を……?」




 衝撃的な発言にフィーネはショックを受けるが、アルは気にせずフィーネの手を引く。




「いつも君に作ってもらってばかりだろ? たまに作ってみようと思ってね。なかなか楽しかったよ」




 そんな風に言うアルの手にはいくつか小さな包帯が巻かれていた。


 自分のために指を切りながら料理を?


 それに気づいたフィーネはニヤニヤするのを止められなかった。


 帝国の皇子が作ったからではない。大陸を救った英雄が作ったからではない。


 ただ、自分が好意を寄せるアルという人物が、一生懸命に自分のために料理を作っていたという事実が愛おしかった。


 右足が不自由な今のアルでは、料理もそれなりに大変だったはずだ。


 それでも作ってくれた。


 自分のために。


 なんて幸せなんだろうか。


 疲れなど吹き飛んでしまった。今ならどんな罵詈雑言も機嫌よく聞くことができるだろう。


 そんな風に思っていると、料理が用意された机が見えてきた。


 そこには。




「私の好物ばかり……」


「君の、いや、義兄さんに手紙で教えてもらったんだ。聞いたら丁寧にレシピまで送ってくれた。母が亡くなってからも、クライネルト公爵家ではこの母のレシピを使っているってね」


「お兄様が……」


「レシピ通り作ったから味はまぁ、たぶん大丈夫。味見もしたし。ただ、あんまり期待しないでくれ。君ほど上手にはできなかった」


「いえ……アル様が作ってくれただけで私はとても嬉しいです」


「そう言ってくれると作った甲斐があるよ。さぁ、食べようか」




 そう言ってアルはフィーネを椅子に座らせると、対面に自分も座る。


 そして二人だけの食事が始まったのだった。






■■■






 アルの作った料理はおいしかった。


 懐かしい味だったのもあるが、アルと楽しく食べられたというのが大きかった。


 その後、お風呂を済ませたフィーネは部屋にいた。




「あ、あのアル様……」


「気にしないで読んでていいよ」




 椅子に座ったフィーネの手には小説があった。


 最近読んでいる恋愛小説だ。


 元々、本を読むのは嫌いじゃない。


 ただ、さすがに今は集中して読めなかった。


 自分の髪をアルが乾かしているからだ。




「アル様にここまでしてもらうわけには……」


「仕事から帰って来たフィーネには楽にしてもらいたいんだ。昔はクリスタの髪を乾かしてたから、下手じゃないと思うけど?」




 暖かい風の出る魔導具でアルはフィーネの長い金髪を丁寧に乾かしていく。


 手櫛をして、風の通り道を作りながら、全体を乾かす。


 手慣れた手つきだ。


 下手ではない。むしろ上手い。


 ただ、フィーネは恥ずかしかった。


 人に髪を乾かしてもらうのはよくあることだ。ただし、それは侍女たちだ。


 皇子であるアルに髪を乾かしてもらうというのは、なにかいけないことをしている気分だった。


 自分がアルにするのは平気だが、逆となると話は違う。


 ただ、アルは気にした様子もなく髪を乾かしている。


 いつもはフィーネが尽くす側だが、今日はアルが尽くしてくる。


 それがなんとも恥ずかしかった。




「よし、いい感じ」




 自分の仕事に満足したアルは、フィーネの肩に手を置く。


 そして。




「ソファーに行こうか」


「はい……」




 言われるがまま、フィーネはアルと共に大きめのソファーへ向かう。


 とはいえ、とくに何をするわけではない。


 二人でまったりとするだけだ。


 別々に小説を読んでいるだけ。


 一緒に何かするのも大事だが、一緒の空間で別々のことをするのも大事だ。


 同じ空間にいることを楽しめるのもまた、信頼の証だからだ。


 ただ、ある程度時間が経った頃。


 フィーネが同じ体勢だったため、軽く伸びをした。


 それを見て、アルはフィーネを見ながら自分の足を叩いた。




「フィーネ」


「はい?」


「どうぞ」




 最初、言われている意味がわからなかった。


 けれど、すぐにアルが言葉をつづけた。




「横になって」




 それでフィーネは意味を理解した。


 これは……噂の逆膝枕。


 恋愛小説だけの出来事だと思っていたため、フィーネは思わず固まってしまった。


 こんなことをアルとできるとは思っていなかったからだ。


 自分がするならちょっと恥ずかしいくらいで済むだろうが、自分がされるとなると恥ずかしさは何倍にも膨れ上がる。


 早くと急かされてもなかなか動けない。


 自分の顔が赤くなるのがわかる。


 やってほしいかやってほしくないかで言えば、やってほしい。


 だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 そんなフィーネを見て、アルは苦笑しながら軽くフィーネの腕を引っ張る。




「あ……」




 バランスを崩したフィーネはアルに支えられて、そのまま膝の上に頭を乗っけられてしまった。


 上を向くと、自分の顔を見下ろすアルと目があった。


 直視できずにフィーネは視線を逸らす。


 そんなフィーネを気にせず、アルはフィーネの頭を撫で始める。




「仕事のあとに馬車での移動で大変だっただろうし、楽にしてくれ」


「そ、そう言われましても……」


「フィーネにはいつも頑張ってもらっているから、これくらいはしないと。仕事も頑張って、移動もして。わざわざ帰ってきてくれたんだ、ありがとう。いつも頑張っててえらいと思ってる」




 言いながらアルはずっとフィーネの頭を撫でる。


 それに対して、フィーネは顔を真っ赤にして震えていた。


 恥ずかしい。


 それは間違いない。


 けれど、嬉しい気持ちもあった。


 これは結構……いや、とてもいいかもしれない。


 体勢としても楽だし、頭は撫でてもらえるし、ずっと心地よい言葉が飛んでくる。


 上を見ればアルが機嫌よさそうに微笑んでいる。


 いい、とても。


 理想的といえた。本当に小説の中の出来事のようだ。


 料理を作って待っていてくれて、疲れているからと膝枕をして褒めながら頭を撫でてくれる。


 いい、すごいいい。


 心の中で何度も繰り返しながら、フィーネは興奮を抑えるために小説に目を移す。


 その間にアルは肩のマッサージを始めた。


 思ったより気持ちよくて、だんだん眠くなってくる。


 ウトウトしながら、けれど、眠るのはもったいない。


 なんとか眠気に抗っていたフィーネだが、さすがに抗えなくなって目を閉じ始めた。


 そんなフィーネにアルは優しく声をかける。




「眠い?」




 無意識にフィーネは小さく頷く。


 それを見てアルはフィーネの背中に左腕を回し、体を起こさせると、そのまま膝裏に右腕を入れて立ち上がる。


 もちろん魔力強化を使って。




「あ、アル様!?」


「寝てていいよ」




 お姫様抱っこ。


 別に初めてではない。


 記憶をたどれば何度かあった気がする。


 ただ、それは緊急時の話。


 こんな平時にやってもらったことはない。


 嬉しいと恥ずかしいが混在して、眠気が晴れてしまう。


 ただ、アルは寝室へとフィーネを連れて行き、そっとベッドに下ろした。




「それじゃあおやすみ」




 アルはフィーネの額に軽くキスをすると、笑みを浮かべて去ろうとする。


 だが、そんなアルの服をフィーネは掴んだ。


 今日のアルならいくらでも甘えさせてくれそうだったから。


 つい、手が伸びた。


 そして。




「アル様……」


「うん?」


「あの……眠るまで……その……」


「そばにいる?」


「……だ」


「だ?」


「抱きしめていただけませんか……?」




 精一杯の言葉。


 言った瞬間、フィーネは俯く。


 けれど、アルは少し驚いたような表情を浮かべたあと、フッと笑う。




「お安い御用だ」




 ベッドで横になると、アルは左腕を伸ばして呟く。




「おいで」




 おずおずとフィーネはアルに体を寄せると、アルの胸に顔をうずめる。


 アルの心音が聞こえてきて、そして自分の心音も聞こえてくる。


 うるさいほどの心音が聞こえてしまわないか心配になる。


 自分で言っておいて、恥ずかしくてたまらない。


 けれど。


 それでも。


 幸せだった。


 アルの温もりを感じられたから。




「アル様……」


「ん?」


「あなたの傍にいられて幸せです……」


「……こっちのセリフだ」




 苦笑しながらアルはフィーネの頭を撫でた。


 そのまま二人とも目を閉じたのだった。






■■■






 朝。


 フィーネを起こさないように起きたアルは、軽く伸びをして部屋を出た。




「見事なほど理想の男性でしたな」


「何か文句があるのか?」




 現れたセバスの言葉にアルはむっとした表情を浮かべる。




「文句はありませんが、相手のことばかり考えていると自分のことが疎かになってしまいますよ」


「それなら心配するな。自分のためだ。俺がフィーネを喜ばしたかった。帰ってきてよかったと思ってほしかったんだ」


「まぁ、それなら結構ですが。ただ、恋愛小説の男性を参考にするのはどうかと思いますな」


「どうしてだ? フィーネは喜んでたぞ?」


「もう少し自然体のほうがよいかと」


「まぁ、考えておく」




 そんな返しをしながら、アルは朝の準備に取り掛かるのだった。


 あのアルが朝起きて、せっせと準備をするとは。


 変われば変わるものだと思いつつ、セバスは肩を竦めるのだった。






■■■






「と、いうような次第でございます」




 帝剣城。


 その一室でセバスの報告を受けたミツバは天を仰いでいた。




「……何もなかったのかしら?」


「何もありませんでしたな。ただお二人とも幸せそうでした」


「……結構なことだけど、これじゃあいつになったら孫の顔が見られるかわからないわね」




 困ったという風にミツバはため息を吐く。


 そんなミツバに紅茶を出しながら、セバスは告げる。




「致し方ないかと。お二人は深い信頼関係を結んでおりましたし、寄り添い、支え合う特別な関係ではありましたが……それ以上、互いに踏み込むことはありませんでしたから。戦いや政争、周りの情勢がそれを許さなかったのです。本来なら、もっと前にゆっくりと関係を進展させるはずだったのが、今になっただけのこと。止まっていた時計の針がようやく動き出したのです。しばらくはプラトニックな関係かと」


「はぁ……レオは多忙だし、アルは子供だし、困ったわね。本当に」


「息子に孫を急かすのは年を取った証拠ですな、ミツバ様」


「あら? 言ってくれるわね。これでも母親として心配してるのよ? レオには早めに後継者が必要ではあるし、アルは……言い方が変になるけれど、そういう欲求があるかもわからないじゃない?」


「まぁ、一般的な男性と比べればだいぶ薄いでしょうな。フィーネ様とエルナ様に挟まれていて、平然としておりますから」


「ほかの女性がいれば変わるかしら?」


「アルノルト様が、というよりは、フィーネ様とエルナ様は変わるかもしれませんな。あの二人の場合、取り合いにはなりませんので」


「世話が焼けるわね」




 そんなことを言いつつ、どこか楽し気なミツバを見て、セバスはため息を吐く。


 裏で何か考えるのが好きなのは、親子なのだと思わされたからだ。

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