七章 匂いの調べ⑮
「私も皆さんのように魔法が使えたらいいのに」
叶わない願いだと分かっていても、つい言葉が零れ落ちてしまう。魔法を得られなかった代償として得たのは、特異な鼻。どんな匂いも嗅ぎ分けられるこの鼻だけだというのに、うまく使いこなすことができない。
それがとても歯がゆくて悔しい。
我が儘かもしれない。そう口に出したところで無駄なのに、駄々をこねる子どもみたいだ。グランツに呆れられるだろうか。ふとそんな考えが過ぎりながらも、イヴは言葉を紡いだ。
「他人と比べられるものではないと分かっているのに、心が、頭が多分まだ納得をしていなくて……足掻いて希望を持ってしまうのかも」
「……イヴ、他人と比較をするほど辛いものはないよ。他人は他人自分は自分だ。魔法で得た力もできることも所詮限りがあるし、別邸の芝生を見ているようなものさ。同じ環境で産まれても同一の人間にはならないように、それは過ぎた願いなんだよ」
「……過ぎた、願い」
グランツの言葉がを噛み締めながら、イヴは手の届かない星を無理やり掴もうとしていたのだと気付く。
「難しいものですね……」
「そうだね。比較をしても意味がないと理解していても、私も時々、他人を羨ましく思ってしまうことがある。羨望というものはなかなかに消えてくれないものだよ」
「グランツも……?」
「嗚呼、勿論さ。私も人間だからね」
どこか苦笑いを浮かべるグランツ。
イヴにとってグランツは完璧になんでもできる人物だと思っていた。けれど実際は「羨望」に塗れた生き物なのだとグランツは呟いた。
「完璧な人間なんていない。そうは解っていても、自分のできない事をあっさりと熟していたりするのを見ると、やはり憧れるものだよ」
「羨望……。そう、ですね。私はみなさんのように魔法が扱えないので人一倍魔法に対して憧れがあるんだと思います」
「……そうなんだろうね。キミの抱く“誰かの役に立ちたい”という気持ちも、もしかしたら“魔法を使って”役に立ちたい、ということなのかもしれない」
グランツの言葉に、ハッとする。
鼻を使い郵便物を仕分けて舞踏会に同席しても満足できないのは、“魔法”で役に立てた実感がないからかもしれない。




