五章 閃風のフローライト②
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イヴがファブリーゼ家に迎え入れられてから一ヶ月が過ぎた。その間にイヴは少しずつ“令嬢”としての立ち振舞を学び始めていた。
それはいづれ社交界にデビューをするため。グランツの横に立っても恥をかかせることのないレディとしていられるようにと心に決めたからだった。
社交界にデビューするためには、6ヶ月ほどの謂わばトレーニング期間ともいえる『シーズン』がある。その間にマナーや礼儀作法を徹底的に叩き込むのだ。
そして、それをサポートするのはファブリーゼ家の侍女――シンシャ、フローライト、フォスフォフィライト、アンデシンの四人であった。
「イヴリース様ぁ、近々レーヴェ家での晩餐会がございますねぇ」
徐ろに告げられたフローライトの言葉に、イヴは緊張した。これまでリセッシュ家の中で引きこもっていたイヴにとって晩餐会は初めてのことだ。当然、緊張して仕方がなかった。
「レーヴェ家に参加される方々に、変に思われないかしら」
イヴが懸念していること。それは自らの目と髪の色だった。地味で、かつては黒豚と揶揄されていたせいもありコンプレックスになっていた。
「私はぁ、イヴリース様のお色、好きですよ。神秘的な色で大好きぃ」
フローライトはそういうとギュッと抱き締めてくれた。フローライトの嘘偽りのない言葉に笑みが溢れる。
(……ファブリーゼ家の人達からは、嫌な“臭い”がしない)
そのことに気づいてからというもの、心理的安全と呼べば良いのだろうか。酷く心が落ち着いたのだ。害されることがないという保証。それを確約する“匂い”はどんな言葉よりも信頼できた。
「ありがとうございます。フローライト」
「えへへ〜。あ、紅茶を淹れますからお待ち下さいね」
フローライトは私がミルクティー好きと知ってからというもの、頻繁に紅茶を淹れてくれるようになった。
おかげで様々な茶葉を楽しめて、それが密かな楽しみでもあった。
本当はグランツとゆっくりお茶を楽しみたいところだが、公務の忙しさから最近はゆっくりお茶をし合う時間がなくなっていた。
「ねぇ、フローライト。私がグランツの役に立てることって何かあるかしら?」
「え? えぇっと〜、ん〜む……」
イヴの唐突な問いかけにフローライトは固まってしまう。眉間に皺を寄せたまま数秒ほど経ったが、「思いつかないです〜」と項垂れてしまった。
「ご、ごめんなさい。フローライトに訊くより、本人に直接訊くべきよね」
「グランツ様の公務は多岐に渡りますからぁ、もしかしたら何かあるかもしれませんがぁ……」
フローライトは言う。
確かに、具体的には分からないが視察や書類の処理などオブシディアンさんとこなしているのを良く目にする。
「私は魔法は使えないけど、何か役にたてたらいいのに……」
そんなことを呟いていた、その時だった。
「イヴリースお嬢様、ただいま宜しいでしょうか」
「え? は、はい! 大丈夫です!」
オブシディアンの声にハッとするとイヴは思わず立ち上がり扉へと近づいた。そっと扉を開くとそこにはオブシディアンが申し訳なさそうな表情で立っていた。
「……? どうかされたんですか?」
「実は、イヴリース様に判別をなさって欲しい物があるのです」
「はい……?」
オブシディアンの思いがけない言葉に、イヴは小首を傾げた。




