四章 令嬢のイヴ⑪
食堂に行くと、そこは既にお茶会の用意が終わっていた。他の焼き菓子やサンドイッチなどの軽食は勿論のことだが、メインの焼きたてのアプフェルシュトゥルーデルがテーブルの中央に置かれていた。そしてその脇で、
「……………………」
なんとも言えない表情――強いて言うなら解せない、といった表情のまま立っているオニキスがいた。
「オニキスおじ様……!」
「お嬢ちゃんよぉ……。その呼び方、いい加減やめてくれないか?」
「おや、いい呼び名じゃないか。“オニキスおじ様”」
私のすぐ後ろから入って来たグランツは、クスクスと笑いながらもそう告げる。
「旦那様まで……やめてくだせぇ」
「ふふっ、わかったよ。私はこれまで通りオニキスと呼ぶから安心しなさい。――それにしても、オニキスもお茶会に参加してくれて嬉しいよ」
「ワシの仕事の範疇じゃねぇでしょう。なのにこの嬢ちゃんが――失礼、イヴリース様があまりにも言うもんで……。マナーとかも分からんのに、すみません」
「謝らなくていいよ。お茶会なんていうのはね、みんなが楽しめることが一番なんだから」
グランツはそう言うと、私とオニキスに席に座るよう促した。そしてテーブルの中央にあるアプフェルシュトゥルーデルを見ると目を瞬かせた。
「薔薇? 林檎で薔薇の花を作ったのかい」
「はい。グランツの好きな花を取り入れてみたくて、頑張りました。オニキスおじ様から編み方も教えて頂けて、美味しくできたと思うんです」
そう話していると、オニキスが長い包丁を取り出した。六等分に切り分けるとグランツ、私、オニキスの順で配った。
「お嬢――イヴリース様の力作でさぁ。食べてみてくだせぇ、旦那様」
「嗚呼」
その言葉に頷くと、グランツは焼きたてのパイとフィリングを一口分口に入れる。優しい酸味と甘み、そして香ばしいパイの食感と匂いが口いっぱいに広がった。
「…………っ」
グランツが食べる様子を緊張した面持ちで見守っていたが、美味しい! というグランツの言葉にホッと胸を撫で下ろした。
「確かに……初めて作ったにしちゃ、上出来だ。美味いぞ、お嬢ちゃん」
加えて大きめのパイを口に運んだオニキスから褒められると頬が嬉しさから緩んだ。
「良かったぁ、嬉しいです。美味しくできて」
「ほら、イヴもお食べ」
「はい……!」
勧められるがまま、私も一口大のパイを口に運ぶと、その美味しさから微笑んだ。なんて幸せなのだろうと、文字通りパイという名の幸せを噛み締める。
「幸せです、とても。私、こんなに幸せでいいのかしら」
少し前まで不幸に塗れていた筈なのに、今は生きていて幸せとさえ思えてくる。
「お嬢ちゃんはやっぱり変わりモンだな。このファブリーゼ家にいて、不幸であっていい奴なんざいねぇんだ」
オニキスはさも当然のことのように言う。
「そうだよイヴ。イヴはもう此処の家族なんだからね」
「家族……」
そう言われると、リセッシュ家でのことを一瞬思い出しズキリと胸が痛んだが、努めて笑顔を浮かべると再びパイを口に運んだ。
「美味しい……」
手作りだからだろうか。グランツのために心を込めたからだろうか。両方かも知れない……胸がギュッと暖かい物に包まれる心地がした。




