四章 令嬢のイヴ②
振り返ると、そこには狩猟用の衣服に身を包んだグランツの姿があった。他の狩猟仲間は銃なども手にしていたように見えたが、グランツが手にしていたのは長剣だった。
「グランツ……魔物が、黒狼が出たと聞きました。討伐しに行かれるんですよね」
「嗚呼。黒狼が群れを成しているのは不吉の前兆とも言うからな。危険な芽は早めに摘んでおくに限る」
「そう、ですか……。あの、気を付けてくださいね?」
自分がわざわざ言うまでもないことだとは思ったが、やはり心配や不安といった気持ちが先ん出てしまう。
「あの……、あの……っ」
(こんな時、守護魔法の一つでもかけてあげられれば良いのに……!)
そんな言葉にできないもどかしさに、悔しさと悲しみが込み上げてくる。
「……イヴ……」
私があまりにも不安そうな表情をしていたからだろう。不意にグランツは私を抱き寄せると、ポンポンと背中を軽く叩いた。
「見送りに来てくれてありがとう。怪我なく帰ってくることを約束しよう」
「本当ですか……?」
「嗚呼。……そうだ、帰ってきたらイヴ手製のアプフェルシュトゥルーデルが食べたいな。頼めるかな?」
「……! は、はい! 頑張って用意しておきますね!」
初めてグランツから任された『任務』だと言わんばかりにコクコクと頷く。
「それじゃあ、行ってくるよ」
ポンポンと優しい手つきで頭を撫でられる。
そう言い残してグランツは出ていくと他の狩猟仲間と打ち合わせをした後に、馬を駆って屋敷を後にした。
「グランツ……」
遠ざかる馬影を見えなくなるまで見送ることしかできない。そんな寂しさから次第に目線を下へと落としたその時だった。
「さあ、お屋敷に入りましょう」
不意に、一人の執事が声をかけてきた。顔を上げるとそこには、いつもグランツの傍に控えていて身の回りの世話をしている青年が立っていた。
「あの……、貴方は……?」
「ああ、申し遅れました。私はオブシディアンと申します。グランツ様の執事兼家庭教師です」
「グランツの……」
それならとても付き合いが長いのだろう。色んな話を聞いてみたいなと興味がわくものの、今の私にはやるべきことがある。一先ず言われた通りに屋敷の中に入ると、私は改めてう~んと頭を悩ませた。
狩りは夕方頃には終えて戻るらしい。
それまでにアプフェルシュトゥルーデルはできるが、どうせなら焼きたてを食べてもらいたいと思考を巡らせる。
「フフッ、色々と悩んでおられるようですね」
オブシディアンの楽しげな声に振り返る。
「だって、グランツには焼きたてを食べて貰いたいですから。上手くできるかは、少し自信がないのですが……」
「それなら料理長と話してみたらどうですか? いいアイディアをくれるかもしれませんよ?」
「……! なら、厨房にいる皆様に挨拶をしないとですね!」
イヴはオブシディアンに礼を言うと、意気込みながらも厨房へと向かった。




