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二話


 セシリーに監禁屋敷を案内してもらった。

 普通に大金持ちの洋館だ。

 部屋は十二部屋もあり、洋式トイレは勿論、立派な厨房や大浴場なんかもある。

 中央のホールは吹き抜けで豪華なシャンデリアがぶら下がってるし、廊下のいたるところに絵画や壺、胸像が飾ってある。庭は広いし、女神像付きの噴水も完備だ。

 この屋敷には俺のお世話係として、セシリーを含めて三人が住んでるらしい。男性執事が一人と女性メイドがもう一人。他の二人は外出中で、もう少しで戻るらしい。


「案内はこれくらいでしょうか。普段は私とアシリーの二人でアルウィン様のお世話をしてるのですが、男の人の手を借りたい時はハンスさんにお願いしてます。ハンスさん、凄く強いので」

「そうか、強い、か……」

「あ、もちろん、アルウィン様の方が強いですよ。アルウィン様は最強ですっ!」

「……ありがとう」


 この世界の強さというのが俺にはさっぱり分からない。

 なんせ、魔法なんてあるファンタジー世界だ。当然、剣などの技術もそれに相応しいものだろう。近代兵器は……ないだろうな。そんなものがあったら魔法よりも目立つだろうし、セシリーからも説明があるはずだ。戦争の話があったのに魔法の話ししかなかった。

 そんな異世界。その中で俺こと『アルウィン』は、世界最強と言われているらしい。だから監禁されたのだと。

 今の魔王は『魔王の地位』への執着が強く、自分の敵―――魔王の座を奪おうとする者は、疑惑の段階でも容赦なく粛清するらしい。

 俺の場合も本来であれば粛清対象になるらしいが、俺の強さと民衆の支持を考慮した結果、豪邸への監禁という事で落ち着いたらしい。洗脳もしてあるから大丈夫だと。

 ……だったら、洗脳が解けた今はどうなんだ?

 俺は魔王の地位になんか全く興味がない。

 俺の記憶は『アルウィン』ではなく、普通の一般人『相川 勝』であり貧乏警備員だ。魔王とか人族との戦争とか、そんな大それたことは考えられない。

 強いと言われても、強いのは『アルウィン』という存在であって俺じゃない。

 魔法の事は分からないし剣の振り方も知らない。実戦経験ゼロの雑魚だ。

 武道といえるのは、高校時代の弓道部での三年間だけ。部活レベルが通用すると思えない。

そもそも、弓道は相手を傷つけるというより自分との戦い……精神面を重視してる感じだ。礼に始まり礼に終わる。剣道や柔道でも言われてるが、それを一番重視してるのが弓道だと思ってる。が、実戦では意味がない。礼をしてたら攻撃が飛んできて終わりだろう。

 ……俺、このまま洗脳されたふりをして、この屋敷で静かに暮らした方がいいんじゃないか? セシリーと居ると楽しいし……。

 戦闘には自信が無いし、瞬殺される様子が簡単に想像できる。

 ……どうするかな。


「案内は終わりましたが、この後はどうされます? お休みになりますか? お風呂に入りますか? あ、もうすぐ夕食の時間ですね。ご飯にします?」

「……疲れたので、休む」

「分かりました、アルウィン様!」


 空は夕暮れで日は沈みかかっている。

気温は十五度前後。春だと仮定すれば体感で十八時(午後六時)。

 これは警備員の特殊スキル『周囲の情報で時間がほぼ正確に分かる』だ。

 時計を持ってる人には無用なスキルだし、普通は必要ない。だが、時計を使えなくなった時やとっさの時には意外と役立つ時がある。

 ……ここ、本当に日本じゃないんだな……。

 名前が外国風だし、今の日本は真夏だった。連日三十度越えは当たり前。過去最高気温を連日更新していた。俺の住んでた札幌も東京ほどではないが暑かったし、連日熱中症のニュースをやっていて救急車のサイレンもずっと聞こえていた。

 そのせいか、今は非常に心地いい。外にいるのにクーラー強設定だ。

 部屋に戻って来ても快適だ。時間はかなり早いが、これならぐっすり寝られるだろう。頭が情報でパンクしてくらくらするし……。 


「では、お召替えをさせて頂きますっ!」

「え?」


 部屋に戻り、ベッドに直行しようとした俺の服をセシリーは手際よく脱がす。

 俺の来ていた服は手触りの良いバスローブみたいなもの一枚。下着などはつけてない。それを脱がされれば当然のごとく真っ裸だ。


「なっ!?」

「今まではお世話の手間を減らすために簡素な魔法ローブでしたが、正気に戻られたのであれば普通のお洋服の方がいいかと……」


 いや、そういう事じゃない。

 三十五歳の男が、若い女性に真っ裸にされてコレを見られることが問題なのだ。

 俺は銭湯以外では裸を見られたことはない。ましてや、女性に裸を見られたことなんて全くない。女性免疫が皆無の童貞だ。美人の年頃女性に見られるのはかなり恥ずかしい。


「着替えはこちらでよろしいでしょうか? アルウィン様の好みが分からなかったので、シンプルで動きやすい物をご用意しました!」

「……」


 俺がフリーズしてる間も、セシリーは衣服を合わせ、下着と寝間着のような物を俺に着させた。俺は思考停止状態なので、言われた通りに手や足を動かしただけだ。

 ……なんだこれ? 現実か?

 美人の若い女性に裸を見られ、金持ちの様に服を着させられる。

 貧乏童貞にはありえない異常事態だ。


「あ、えっと、セシリーは、俺の裸が恥ずかしくないの、か?」

「裸が恥ずかしい……ですか? 全然平気ですよ」

「そう、か……」


 セシリーには「何を当たり前のことを」みたいな表情をされてしまった。

 この世界……というか、アルウィンのような立場だと普通なのだろうか?

 『アルウィン』は世界最強らしいから、監禁されていても相応の立場があるのかもしれない。こんな豪華な屋敷に監禁されてるくらいだし、大貴族みたいな扱いなのかも……。


「私はアルウィン様のメイド―――お世話係として、一年間ずっとお世話してたんですよ。最初はちょっと恥ずかしかったですけど……」


 そう言って赤面し、うっとりしたように俺の身体を見る。

 確かに、脱がされた時に見た俺の身体は凛々しかった。というか、逞しすぎた。

 ゴリゴリのボディービルダーの身体を無理やり圧縮して、普通の体形に見せているような、そんな異様な雰囲気を感じた。全身には切り傷や矢傷、火傷のようなものが無数についており、いかにも歴戦の勇士って感じで自分でもビックリだ。『アルウィン』がどれだけ過酷な状況にいたか……それが分かるような気がする。

 そして気付いたことがもう一つ。俺の肌は褐色だった。

 こんがりした日焼けの状態とは違う、立派な褐色肌。

 これで顔が良ければ、モデルとかハリウッド映画とかに出られそうだ。

 ……未使用のはずの『息子』もかなり立派だったな。

 とにかく、俺の全てが変わったようだ。完全な別人に。

 これが夢じゃなければ、俺は『アルウィン』の身体を乗っ取ったという事になる。

 自分で言うのも変かもしれないが、悪魔付きとか幽体憑依とかだろうか?

 だとしたら、『アルウィン』とセシリー達お世話係には申し訳ないな。

 過酷な戦場を生き残って洗脳を解いてもらい、今から人生再スタートだったはずだ。

 それなのに、俺なんかに身体と意識を乗っ取られたのだから。

 

「……すまない。寝させてくれ」

「はいっ!」


 セシリーの元気な笑顔が眩しい。完全に俺に好意を持ってる笑顔だと思う。

 いや、俺じゃないな。『アルウィン』に向けられてる笑顔だ。

 セシリーと付き合えたら幸せだとか思ったが、『アルウィン』には勝てないな。

 男としての次元が違い過ぎる。

 なにかのセリフで『戦場を経験した男は一回りも二回りも成長していい男になる』というのがあった。だとしたら、多くの戦場を経験して生き残ったアルウィンは相当いい男だ。アルウィンの為だったら反乱も起こすという信者がいるのも納得だ。

 俺に戦場の経験はない。

 当然だ。

 平和な日本で暮らしていて、戦争のような戦場を経験してるはずがない。

 俺の戦場と言えば……警備施設だ。

 日常の維持が基本任務。出入り管理と巡回、電話対応をして、たまにクレーマーの対応をする。そんな普通の……日常の延長が俺の戦場だ。

 ……あぁ、何回かはナイフを振り回した不審者に対応したな。

 従業員に恨みがあるとかで、「○○を呼んで来い!」みたいなことが何度かあった。同僚とさすまた(先端がY字になった槍)で囲んでとっ捕まえて警察に引き渡して終わったが。

 死を感じたのは……巡回中に首吊り死体を見つけた時と、首を掻っ切った血まみれの自殺体くらいか。

 その時は動揺や恐怖よりも「報告書が増えたな」くらいにしか思わなかった。事務的に警察を呼んで、事務的に報告をして、事務的に書類を作って終わった。

 ……今思い返すと、首吊り死体とか血まみれ死体とか……結構なことだな。殺人現場の検視官とかだったら日常だろうけど、一般人には少し刺激的なことだと思う。

 今は別人の身体なので頭が冴えてるが、当時はカフェイン漬けの毎日で、頭痛が酷くてとにかく仕事に必死だった。

 先輩の『最悪を想定して行動しろ』だけを考え、全ての思考を警備業務に……施設の安全に割いていた。

 なにも無い日常の中で、最悪を想定して行動し続ける、か。


「はぁ……」


 ベッドに入り、気の抜けた俺は思わずため息をつく。

 同僚の勝気な女性には「溜息が多すぎてうざい。溜息ついたら蹴るから」と言われて何度も背中を蹴られた。

 はは、懐かしいな……。

 気が抜けると、昔の記憶がどんどん出てくる。

 入社時、新人の頃、中堅の頃、新人に教育してた頃、カフェイン中毒で入院した頃……本当に、仕事だらけの記憶だな。

 順に記憶を振り返っても、ほぼ警備の記憶しか出てこない。たまに、愛犬が死んだり母さんが死んだりした時の記憶が混じるが、それも微々たるものだ。次々と出てくる仕事内容にすぐに塗りつぶされる。

 そして最後の記憶が出てきた。集中治療室での記憶だ。

 ……物が残る、人の記憶に残る仕事、か……。

 警備員を辞めることなく、俺は『アルウィン』になってしまった。

 本当は退院後に退職届を出して、退職までの一カ月の間に引継ぎや次の仕事を見つけるつもりだった。今はハローワークに通って求人情報とにらめっこという事も出来ないだろう。この世界に日本のハロワがあるとは思えない。

 ……そもそも、今の状態で働けるのか、俺?

 ハロワなら自分に合った職場を探せる。未経験者歓迎とか札幌近郊とか。

 だが、今の俺は異世界にいて、軍を追放されて監禁状態。囚人みたいなものだ。

 ……詰んでないか?

 軍を追われた囚人が一般世間で就職出来るとは思えない。監禁されてるんだから、外出すら難しいだろう。

 ……洗脳されたフリをして、ここで一生過ごすしかない?

 それが一番現実的かな……。

 大人しくしているだけでメイド付きの豪邸で生活ができる。生活保護もビックリな好待遇だ。何もせず、セシリー達三人にお世話されながら一生を過ごす……。


「はぁ……」


 駄目だ。そんな生活は俺には耐えられない。

 十七年、仕事だけを考えて仕事のみに生きてきたんだ。仕事をしない生活は考えられない。何でもいい、仕事を見つけなければ。

 監禁中に出来る仕事……内職……何があるんだ?

 ここは日本じゃない、ファンタジー世界だ。日本の常識は通用しないだろう。

 何ができるのか……それはこの世界の住人に聞かないと分からない。

 部屋の隅にはセシリーが椅子に座って待機している。

 俺がベッドに入ったら出ていくと思っていたが、当たり前の様に隅の椅子に座ってこちらをジッと見ている。

 これも監禁の一環……監視業務とかなのか?

 まるで警備員みたいな仕事だな。その大変さはよく分かる。

 動きのない状況で様々なことを想定しながら待機する。当務明けの日勤には凄く堪えた。眠気と責任感の板挟みになり、カフェインで乗り切る……大変、だよな。

 寝るのも早い時間だ。仕事の事を聞いて、ほかの二人とも話をしてみたいから起きるか。


「……起きるぞ」

「はいっ!」


 本当に元気で可愛いな。

 三十五年、交際経験ゼロで女性免疫力ゼロの俺は、『アルウィン』に優しくしてくれる彼女に惚れてしまったらしい。

 彼女が優しくしてくれるのは俺が『アルウィン』だからだ。俺だからじゃない。

 分かってる。でも、その好意の目が真っすぐに俺を見つめてくるんだ。

 今までこんな風に見られて優しくされたことなんて一度もない。人生で初めて女性に優しくされて好意の目を向けられてるんだ、惚れないのは無理がある。

 三十五歳童貞、異世界で恋をする。

 なんかのタイトルみたいだ。奇跡が起きない限り、絶対に成就しないな。

 セシリーは『アルウィン』に好意を持ってる。それは間違いない。それが憧れなのか恋慕なのかは分からない。だが、俺が『アルウィン』らしく振舞えば彼女は喜んでくれる。今はそれで十分だ。女性経験ゼロの俺に彼女は口説けない。

 恋愛のマニュアル本でも読んでいれば、少しは口説き文句でも出たかもしれないな。

 ……いや、無理か。俺は口下手な陰キャだし。

 無理な事は諦めて、今は仕事の話を聞こう。


「……少し聞きたいことがある。いいか?」

「はいっ! もちろんですっ!」


 俺はベッドに腰かけ、セシリーは近くの椅子に座り直す。

 彼女を好きだと意識してしまったせいか、近くに寄られると少しドキドキしてしまう。改めて、俺には女性免疫力が全くないことを痛感する。




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