一話
俺は罪を犯し過ぎた。
俺には理想を語る資格も、夢を叶える資格もない。
だから託す。
この想いと力を。
この世界の外の者に。
世界の常識に囚われず、理想を語れる者に。
お願いだ。
俺の夢を……貴方の夢を、叶えてくれ―――。
「……、……ン様!?」
「ん……」
「ア……ィン様!」
……俺は、どうしたんだ? 集中治療室で入院してたはず……。
ベッドで寝ている状態には変わりはない。だが、天井が全く違う。
どう見ても病院ではない。飾りが多い天井で、外国の洋館の様に見える。
周囲の壁にも豪華な装飾がされており、家具も洋風の美術品のような感じだ。
「ここは……」
……声がおかしい。俺が発したのに俺の声じゃない。
俺より若そうな声なのに、妙に重みがある声だ。
「アルウィン様! 正気に戻られたのですね!」
話しかけてきたのはベッドの横にいた若い美人女性だ。20歳くらいだろうか。違和感のない日本語で日本人っぽい顔立ちだが、金髪で青い瞳をしている。ハーフとかだろうか?
なぜかメイド服を着ているが、違和感なく着こなしている。
メイド喫茶の店員メイドとは違う、本物を感じるメイドだ。ここが洋館の様に見えるので、余計にそう見えるのかもしれない。
「よかったー……。こんなに高価なマジックアイテムは中々買えませんので、効果があって本当に良かったですっ!」
「マジック、アイテム?」
「はいっ! 洗脳魔法を解除するマジックアイテムです! みんなでお金を貯めて買いました!」
寝ている俺の胸のあたりに、5センチほどの綺麗な純白の天使像が置かれている。
これがそうらしい。
……だけど、なんて言った? マジックアイテム? 洗脳、魔法?
完全にファンタジー世界の単語だ。それを彼女が大真面目に口にしている。
変な宗教や危ない薬でもやってるのか?
「大丈夫ですか? アイテムが発動した後、暫く呆然としてましたけど……」
「……大丈夫、だと思います」
「おかしいですっ! その口調っ!」
おかしいと言われても、初対面の人に対して気軽な口を利けるはずがない。
人付き合いの上手い人なら相手に合わせられるだろうが、俺は生粋の陰キャだ。誰に対しても敬語で話し、距離を置いてきた。
警備員の場合はそれで上手くいく場合が多かったので日常でもずっとそうしてきた。今更どうこうするのは難しい。
「アルウィン様の長所は野性味ですっ! 昔の様に、もっと堂々とカッコよくしましょう!」
「野性味……カッコよく……」
俺とは正反対の単語だ。
同僚からの俺の印象は陰キャ、口下手、根暗、生真面目、センスゼロ……そんな感じだった。あの匿名アンケートは本当にバカバカしい企画だったと思う。仲間意識を強める為に、それぞれの印象を正直に書いて意識改革を、だったか。くだらない。あの……思い返しても悲しくなるだけだな。やめよう。
「それよりも、状況を説明してほしいのですが」
「むぅー……。きっと、正気になったばかりで混乱してるんですね。えっと、どこから説明しましょう? 洗脳中の記憶とかってどうなってるんでしょう? 魔法の事はあまり詳しくないんです。どの程度覚えてますか?」
「……」
洗脳中の記憶と言われて考えてみる。
……そもそも、俺は誰だ?
声は自分のものじゃないし見た事のない場所にいる。明らかに自分じゃないし日本とも病院とも思えない。彼女は俺のことを『アルウィン様』と呼んでいる。外見は『アルウィン様』なんだろう。
……本当になんなんだ。全く意味がわからない。夢か?
「最初から、全部説明してくれると助かります」
「むー、むー! アルウィン様らしからぬ口調でムズムズしますぅー!」
彼女は口をとがらせ、両手を握って怒っている。
ずっと叫んでるような感じで、リアクションがいちいち大げさで元気過ぎる。
それだけ、彼女にとって『アルウィン様』という存在は大きいのだろう。
だったら、それっぽく振舞ってあげようか。外見は『アルウィン様』なんだろうし。
野性味……だっけ? 乱暴な感じで話せばいいのか?
「……最初から説明してくれ。頼む」
「はいっ!」
彼女の顔が笑顔でいっぱいになり、声にも明るさがついた。この口調で正解らしい。
難しいな。真似したり合わせるっていうのは。
彼女が喜んでくれるならいいけど……そういえば、まだ名前を聞いてないな。
「あー……、まずは、お前の名前を聞いていいか?」
「ひどいですっ! 私の事、覚えてないんですか!?」
今度は手拭いを口で引っ張ってギィーって感じで怒ってる。
漫画やアニメみたいな反応するな、この人。
「えっと……すまん」
「まあ、当時は私もまだ子供でしたしぃー、だいぶ成長しましたからぁー、分からないのかも知れませんねぇー!」
今度は頬を膨らませてふてくされてる……。
表情が多くて面白いな。日本ではかなり珍しい性格だと思う。芸人のリアクション大会とかに出れば結構いいところまでいけるんじゃないか?
「一回しか言いませんよ、一回で覚えてくだいね!」
「あ、ああ」
「私はセシリー! 洗脳前、徴兵される前のアルウィン様を知る貴重な存在です!」
「そう、か。セシリーだな。覚えたぞ」
「もう忘れないで下さいね! そして、今は監禁されてるアルウィン様のお世話係ですっ!」
「……」
洗脳はさっき聞いた。だけど、今度は徴兵? 監禁?
なんだ、その物騒な単語は。
日本では馴染みのない単語で現実味がなさすぎる。
徴兵はまだ分かる。そういった制度を持つ国は世界中にある。でも、監禁は違う。
監禁は犯罪だ。俺は……『アルウィン』という奴は誰かに捕まってる? それとも、何かの罪を犯して監禁されてる?
だけど……ここに監禁? この、見るからに豪華な部屋に? メイド付きで?
……どんどん疑問が増えていくな。
「……説明を続けて、くれ」
「はいっ!」
ひとまずは彼女の知る限りの事を聞くことにした。
全部聞いて、その上で情報を整理しよう。
「―――と、言う訳ですぅー! 魔王様めー!」
「……」
全部を聞いた俺は呆然と頭を抱えるしかなかった。
ここは日本でも地球でもない。ファンタジー世界―――異世界だ。
しかも、俺は人間―――人族ではなく魔族。そして元兵士。
セシリーの話は俺が徴兵された後からの説明だった。
徴兵後に魔王に洗脳された俺は命令のままに人族相手に暴れまわり、その力を魔王に危険視された俺―――『アルウィン』は、謀反の罪を被せられて軍を追放、ここに監禁された。
この部屋―――監禁屋敷が豪華なのは俺を信望する魔族が相当数いるからで、それらに配慮して丁重に扱ってるんだとか。そうしないと、彼らが俺を救出するために反乱を起こす可能性があるとのこと。
セシリーが怒ってるのは、洗脳して魔王の命令で戦場に出した事と、それを理由に俺を監禁したから。洗脳は酷すぎるし、身勝手過ぎると。
さらに、徴兵される前の俺は優しい好青年で、人族に対しても悪感情は持っておらず、親しみを込めて語っていたらしい。そんな俺をセシリーは尊敬してたらしく、俺が人族相手に暴れ回ってることを聞いた時は酷く失望したそうだ。
ここでのお世話係を任命された時も最初は嫌だったそうだが、徴兵直後から洗脳状態にあることを知ってからは、手厚くお世話してくれてたらしい。
そして監禁から約一年後の今日。洗脳を解く為の高価なマジックアイテムをお世話係達で購入し、洗脳を解いてくれた。昔の、徴兵される前の優しい俺に戻って欲しくて。
……なんだ、そりゃ。情報量が多すぎだろ……。
どうして職場で倒れて緊急搬送されただけで、こんな訳の分からない展開になってるんだ。本当に夢なんじゃないか? 誰か、教えてくれ……。
「今は混乱されてると思うので、ゆっくりとお休みくださいね!」
「……ありがとう」
「あ、立ったり歩いたりは出来ますか? 今まではこちらの歩行器を使って一緒に行動してましたが……」
歩行器というか、これは車椅子だな。
洗脳状態の俺は、魔王の命令がなければ赤子同然の状態だったらしい。
自力で歩くことはもちろん、着替えもトイレも風呂も全部が出来ず、お世話係が介助してやってくれたとのこと……情けなさ過ぎるだろ、俺。
ベッドの中では手も足も自由に動くし力も入る。これなら立つのは問題ないと思う。
「よっ……」
ベッドから出て立ち上がり、室内を少し歩く。
全く問題なく歩ける。というか、身体が馬鹿みたいに軽い。前の身体よりも機敏に動ける。これなら、全部のエリアを巡回しても余裕がありそうだ。頭痛や吐き気もないし、体調は最高にいい。
「あぁ! アルウィン様がついに自由の翼を得たのですね! 私は幸せですっ!」
「……洗脳を解いてくれたおかげ、だ。感謝する」
つい「ですます」口調や敬語が出そうになる。
ここで「おかげです」とか「ありがとうございます」なんて口にしたら、またふてくされてしまう。気を付けて喋らないと。洗脳を解いてくれたらしい恩人だ、口調の希望くらいは叶えてやりたい。
「ありがとうございますっ! そうだ! 歩けるのでしたら、お休み前に一度お屋敷をご案内しましょうか?」
「……頼む」
「はいっ!」
セシリーは『アルウィン』のことを本当に尊敬してるんだな。俺が自由に動けることが相当嬉しいらしい。
高価なマジックアイテムを同僚と一緒に自腹で購入してくれるくらいだ、その気持ちはかなりのものなんだろう。俺は仕事以外で他人の為にそこまでしたことはないので、その気持ちと行動力は純粋に尊敬する。
……他人の為に自分を犠牲にして尽くし、明るく元気で可愛らしい女性か。
こんな女性と付き合えたら、人生楽しそうだ。
婚活の会場でセシリーが居たら大注目だろうな。どんなにライバルが多くても交際を申し込むと思う。この短い時間でも、彼女の明るさにはすごく救われてる。
この世界に来て、最初に出会えたのがセシリーで本当に良かった。