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魔法で電気を作っている世界で俺は能力で使い放題なんだが追放しても大丈夫か?

作者: サテブレ

「またか」


俺は多羽(タビ) 釜夫(カマオ)、今はパワジェネ国で王様をしている。


前世で発電長をしていた俺は感電事故に遭ってしまい、『発電長』という能力のオマケつきでこの世界に来てしまった。


どういう原理かわからないが、電気をほぼ無制限に作り出すことができる能力を手に入れた俺は勇者パーティにスカウトされ、仲間と共に魔王を討伐することになる。


その功績のおかげで王様となり、今は魔王との戦争で疲弊した国を立て直すため日々奔走していた。


王の仕事は例えるなら終わりのない夏休みの宿題やっているようなものだった。


次から次に問題が発生し一つ解決した頃には新たな問題が三つはできている。


「はぁ、なんで最近になってこんなに増えたかな」


ここ最近、1日のほとんどをパワジェネ城の一室で執務に明け暮れている。


働き詰めのせいか俺の頭が考えるのを放棄し初めていた。


書類を見ないように椅子を傾け、天井のシミを数えているといい感じに現実逃避することができる。


天井も壁も床も何もかもが石で作られた城は、昔は砦として使われていた。


外見だけお城っぽく改築したが、中は砦時代の無骨さとボロさを残しており、ここが魔王軍を相手取る要所だった名残を残している。


一国の王が住まう場所にしては少々見すぼらしいかもしれないが、新築するほどの余裕は我が国にはなく、仮にあったとしても他に優先するべきことがたくさんあった。


荒廃した国土の復興、街のインフラ整備、法の制定…あげればキリがないのだが、その中でも特に問題になっていたのは魔物についてだった。


「まだ、魔王がいた頃に比べれば可愛いものだが…理由が不明となると先々が不安だよな」


民に国の復興に集中してもらうには、魔物の対応は最優先で対処する事項だった。


命の保障なくては、ぼちぼち仕事にも出れないからだ。


配下に原因調査を命じてはいるのだが、魔物の対応も同時にする必要があるので遅々として調査は進まなかった。


増えるばかりの仕事に、思い悩んでいると部屋のドアをノックする音がした。


コンコン


「うお!」


この音には毎度のこと驚いてしまう。


付け加えるが、決して物思いにふけていたのが原因ではない。


この部屋とドアをノックした人間が悪いんだ。


石が音を反射するので小さな音でも、中にいる人間にはそれなりに大きく聞こえてしまう。


それなのに、何回注意しても毎回力を込めてノックする人物がこの城にはいる。


「失礼します」 

「エレか…何回もいっているだろう。もうちょっと優しくドアと叩いてくれ」


お辞儀をして入室してきたのはエレ・キャレンという俺の側近をしている女性だ。


凛々しい顔に真剣な眼差し、背中に一本筋の通った立ち姿は見るからに真面目そうという印象を受ける。


実際、彼女の性格は真面目…真面目だと思うのだが、そのベクトルが俺の思ってるそれとは違うことがよくある。


「王に会えると思うとはやる気持ちを抑えきれず…申し訳ありません」

「そこまで畏まらなくてもいい。次から気をつけてくれ」

「はい!天地神明に誓ってお守りします」


このやりとりも何度やったことか、次も盛大に叩かれることを心の中で覚悟をしておくことにした。

そこから、国の運営について定常報告を受けるいつもの流れだ。


「本日は以上になります」

「特に変わりなし、いいことだ」

「…その割には元気がないように見えますが?」

「ああ、すまない。表情にでも出ていたかな」

「ふ〜ん、また魔物について悩んでいたのでしょう」

「それと仕事が全然減らないことだよ。何もかもが足らなさすぎる」


エレは机の上に投げ出していた、魔物についての報告書に気がついたようだ。


盗み見するのはいかがなものかと思ったが、投げ出していた俺も悪いのでお互いに様ということにしておこう。


それより、彼女の真面目・・・な性格を考えると嫌な予感がしてきた。


「分かりました」

「待て、俺は何もいっていない」

「何か問題でも?」

「お前ののことだ、軍隊でも作って四六時中働かすつもりだろ?」

「同時に武器型のオーパーツの生産を始めようかと」

「話が飛躍しすぎだろ」


エレは非常に仕事ができる、いやできすぎるという方が正確だろうか。


異世界人の俺がパワジェネの王をやれているのも、ひとえに彼女の手腕によるものが大きい。


だが、頭の回転が常人より早いせいか暴走してしまうことが度々あった。


今回も俺の予想は正しかった。


このままエレに任せると、他国に戦争の準備をしているように思われるかもしれない。


「ですが、もうすでに軍の編成に必要な予算は確保していますし…それに安心してください!危険な場所に送るのは犯罪を犯したものや、更迭された無能な高官を当てがいますから」

「却下だ。そんなことしたら周りの国…とくにカーボンになんていわれるか」

「なら他に代案があるのですか?」

「…ない、でもダメなものはダメだ。これ以上余計な緊張を生むわけにはいかない」

「そうですか…」


案を採用しなかったせいか、エレはみるからに元気をなくしていた。


怒られた犬のように俯きしおらしい雰囲気をだされると、なんだかこっちが悪いことをした気になってくる。


似たようなことが度々あったのだが、この態度を取られると譲歩せざるを得なくなってしまう。


「はぁ、次の五国会議でみんなから了承をもらってくるから、それまで待ってくれ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、だが一人でやるなよ。内容は俺が確認するから」

「はい!」


エレの表情がさっきまでの落ち込んだものから、嘘のように明るくなる。


これを素でやるのがエレの怖いところだ。


「さて、五国会議に向けて資料でも作るかな」

「あ!忘れてました。王に封書が届いております」

「封書?」

「ソックス王から、五国会議についてのようですが」

「貸してくれ」


受け取った封書は、ご丁寧に封蝋で封印され金糸で装飾が施されている。


封蝋を避けて上部をナイフで切り開くと、中から一枚の紙が出てきた。


見るからに安物の紙に汚い文字で箇条書きに文字が書かれている。


流石に一国の王に送りつける物とは思えなかったが、だからといって内容を確認しないわけもいかず、二つ折りにされた紙を開いた。


「なになに…」


『発電長へ、五国会議は7/22の午後からになったから、それまでにエコロジ城にくること』


「なあエレ、今日は何日だ」

「7/22ですね」

「ソックスのやつ!エレ、馬車の準備だ。それと正装の用意も頼む」

「た、直ちに取り掛かります!」


こうして、急な予定変更に城内は慌ただしくなったのだった。


◆◆◆


正午を過ぎたころ、五国会議の開催場所であるエコロジ城に到着した。


他の四国の王様は昔の勇者パーティの頃の仲間なのだが、ここ一年間は一人を除き殆ど交流がない。


一国の王として威厳のある態度で臨むべきなのだろうが、久しぶりの仲間との再会に心は少しだけ弾んでしまう。


そんな気持ちを切り替え会議室の扉を開いた。


「発電長、遅かったな」


会議室に入ると仲間は皆勢揃いしていた。


連絡が来るのが遅かったとはいえ、自分は遅れたことになるのだから当たり前だ。


「…これでも急いできたんだ。許してくれ」

「言い訳か?まぁいい、今日は気分がいいんだ大目に見てやる」

「はぁ」


こいつは勇者カーボン、パーティのリーダーで昔から粗暴で横柄なガキのような奴だったが、王になってもそれは変わらないようだ。


パーティとして活動していた頃は、皆で倒した大型の魔物なども一人で倒したなどと周りに吹聴していたこともあり、一番の功績と栄光を得ていた。


アルカナクラスのオーパーツ、聖剣エクスカリバーの使い手で火力だけなら最強といっても過言ではない。


「あんた大事な会議を何だと思ってるの?常識がないんじゃないの」

「お前の連絡が遅いせいだろ!なんでもっと早く封書を送らなかったんだ」

「知らなーい。私はちゃんと送ったもの」


このいちいち人をイラつかせる話し方をする女は神官ソックス、カーボンとは幼馴染でいつも一緒に行動していた。


ろくな女じゃないと思うのだが、カーボンは彼女がお気に入りで何かと優遇している。


戦い方はクリスタルメイスと治癒魔法を使った接近戦をするスタイルで、神官というより狂戦士(バーサーカー)がお似合いだと個人的には思っていた。


治癒魔法は神官として祝福を特別な人間しか行使することができないのだが、自分以外はカーボンぐらいにしか使っているところを見たことがない。


「お姉ちゃんそれぐらいにしときなよ。は、発電長が怒っちゃう」


仲裁に入ってきたのはソックスの妹で魔法使いのノックス、高圧的な話し方をする姉とは正反対で、いつもオドオドして自分に自信がないような話し方をする。


神杖アスガルドの使い手で火炎魔法を得意としており、パーティ内では貴重な遠距離攻撃をおこなえる存在だった。


俺がパーティに参加するまでは、電気魔法でオーパーツのチャージを担当していたらしく、よく『発電長』がきてくれてよかったと話をしていたのを覚えている。


「……」


そして最後が沈黙の戦士ハイパー、全身が黒色の鎧で覆われて誰も素顔を見たものはいない。


無口…というかこの世界に転生してから一切言葉を聞いたことがない、出自や性別など一切が不明で俺より少し前にパーティに加入したこと以外は何も分からなかった。


初対面のときにカーボン交わした話は今でもよく覚えている。


「カーボン、ハイパーのやつ何者なんだ?」

「魔王を倒せれば、正体なんてどうでもいいだろう。」

「そ、そうかもしれないが、戦闘の時の連携とか大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」

「即答だな」


実際、この時の心配は杞憂に終わった。


戦闘になれば言葉を発さずともいち早く敵の前に立ち塞がり、ハイパーシールドと持ち前の防御力を活かし敵の攻撃を全て受けきってみせた。


まさにパーティの守護神といえる活躍をしたハイパーは、この中で唯一尊敬に値する人物だ。


今ではこの中でも交流があり、パワジェネが国として立ちゆくようになったのもハイパーのおかげであった。


「遅れたのは謝る。それで今日は何について会議するつもりなんだ?」


ソックスの奴に何を言っても無駄だろう。


会議を円滑に進めなければ、後から話す軍備増強の件にまでいちゃもんをつけられるかもしれない。


早々に謝罪して会議を進めることにしよう。


「簡単なことだよ。五国全域で『発電長』の電気を使うのを禁止しようと思ってな」

「は?」


あまりにも予想外のことを言われ素っ頓狂な声が出てしまった。


同時に何故という気持ちが込み上げてくる。


「エコロジのころに戻すんだよ。だって不自然だろ?電気が湧いて出てくるなんて」

「急にいわれても無理なことはお前も分かっているだろ!」


五国の中でもパワジェネは特に戦争の爪痕を残していた。


魔王討伐の功績があるとはいえ、すんなりと即位できたのも国の全体の価値が下がったという理由があったのかもしれない。


毒素により草木は枯れ果て、深く抉られた大地により川の流れは変化し人々が満足に生活できる土地が激減していた。


そんな中パワジェネでは『発電長』の電気を使い国民の生活を支えてきたのだ。


今更止めるなんて出来ない相談だった。


「関係ない!でもそうだなお前の国から俺たちの国に電気を融通するのなら、考えを改めてやらないでもない」

「無理だ!初めにいらないといってきたのはお前達の方じゃないか」


すでに発電長の能力で発電できる電気はパワジェネ国の国内需要を賄うのに精一杯だった。


そもそも、他の国に送れる送電線もないのにどうやって融通しろというのだ。


「おい、みんな聞いたか?発電長はいうことを聞かないみたいだぞ」

「やっぱり、あなた私たちのことなんて何も考えてないのね」

「あ、あ、あわわ」

「………。」

「パワジェネを守るために電気がどうしても必要なんだ。せめてどうか…復興が終わるまでは」

「いいや、だめだ。これからは俺主導で持続可能で自然な世界を目指す!お前は邪魔なんだ」

「…王としてその決定に従うわけにはいかない」


こんな理不尽なことはない。


自分の国の復興が上手くいってない腹いせに、言いがかりをつけているとしか思えなかった。


「従わなければお前の側近を処刑するぞ?」

「な!?エレは関係ないだろう!」

「それは俺が決める。やつにはいくらでも余罪がある。お前もよく知っているだろう?」


エレは昔、エコロジの事務官を務めていた。


普段から優秀と持て囃されていたようだが、その能力が真価を発揮したのは国が戦争状態になったときだった。


国を存続させるために汚れ仕事を一身に引き受け、それを見事にこなしてみせた。


戦争の影の功労者といってもいい。


だが、戦争が終わると汚れ仕事のツケが回ってきた。


汚れ仕事の内容が露呈することを恐れた高官から、いわれのない罪を着せられ処刑されそうになったのだ。


そんな彼女を俺は見捨てることができず、五国建国のドサクサに紛れて彼女を救い出した。


カーボンのことだ、ただの脅しではなくすでに手のもの動かしているはずだ。


「くっ、大人しく従えばエレの無事は保証されるんだな?」

「ああ。それと、お前はこの国から追放することにした」

「な!」

「さっさと五国…いや四国の全ての領地から出ていけ。もちろんパワジェネに帰っても無駄だぞ?」


やはり何かしらの工作を張り巡らしているのだろう。


エレに危険がおよぶ可能性がある以上、大人しく言葉に従う他ない。


「長い間、世話になった」

「ふん、さっさと出ていけ」


こうしてこの世界で積み上げていたものを何もかも失った。


溢れ出そうな怒りを抑えて城を後にする。


初めは歩いていたが次第に駆け足となり、気がつけば城の裏手から抜けだし目的地もなく闇雲に走りだしていた。


今は誰とも会いたくなかった。


◆◆◆


「よし、素直に出ていきやがったな」


会議室の小窓から、発電長が町外れに走って離れていくのが確認できた。


「はぁ、清々した。これでカーボンの天下ってわけね。でも当初の話と違ったわよね?」

「うるせぇ、想定外に食い下がっくるから、つい切り札を使っちまったんだよ」

「あぁ、確かに…あそこが発電長の最大の弱みですもんのね」

 

「本当によかったのかな、これで…」

「なに?ノックスはカーボンと私の決めたことに文句があるわけ?」

「ひっ!そ、そんなこと」


取り止めのない返事をしたノックスにソックスは「フンッ」と踵を返す。


そんないつものやり取りをする姉妹を横目に見ながら、カーボンは次の標的に視線を移した。


「発電長の次はハイパーお前だ」

「………。」

「とぼけても無駄だぞ。お前の工場で作ったオーパーツ…あいつの国に優先して渡していただろう?でなければあそこまで復興が進むはずがない」

「………。」

「次からは俺の国を最優先にしろ!でなければお前も追放してやる」

「カーボン!話が違うよ。発電長の追放に口を出さなければハイパーは許してやるって」

「そんなことは忘れたなぁ。とにかく俺の決定は絶対だからな」


カーボンが言いたいことをひとしきり話終えると、腕を組んで話を聞いていたハイパーがザッと席を立ち上がる。


「な、なんだ。文句があるのか!」

「………。」


ハイパーはノックスのことを一瞥したと思うと、会議室を後にした。


「あいつまで追放したら三国になっちまうな」

「いいんじゃない?むしろ元通り一つの国に戻しましょうよ!」

「それもいいな。よし、ハイパーがいうことを聞かなかったらカーボン帝国でも作るか!」

「「ははは」」


二人が大声で笑い声を上げたその時だった。


ドゴォ


会議室の壁が突然壊れ、部屋中が粉塵で満たされた。


「ゴホゴホ、な、なんだ!」

「何よこれ」

「あわわわわ」


「ん〜おかしいのう。フェニクスを倒した5人がいると聞いておったが、3人しかおらんじゃないか」


粉塵が晴れるとそこには一人の魔人が佇んでいた。


女性のような風貌に背中には漆黒の羽が生えており、猛禽類に酷似した手足には鋭い爪がキラキラと光を反射している。


そして頭から伸びる悍ましい2本のツノが、己を魔人だと悠然に語っていた。


「魔人か!」

「まぁ、3人で我慢するかの。我が名はハルパス、存分に我を楽しませてくれ!!」


カーボン、ソックス、ノックスの3人は突如現れた魔人と戦うことになる。


3人は各々が武器を取り出したのはエクスカリバー、クリスタルメイス、アスガルドどれもアルカナクラスの特別なオーパーツたちだ。


「ハイパーは…くそ!もういないか。ソックス代わりにあいつの注意を引け、その間にノックスはエクスカリバーに充電しろ!」

「いやよ!電気のチャージ無しで魔人の相手するなんて!」

「いいからやれ!お前には治癒魔法があるだろ?」

「治癒できるっていっても痛いんだから…うう、分かったわよ!やればいいんでしょ」

「ごめんなさい、お姉ちゃん。私じゃ複数のオーパーツにチャージできなくて」

「知ってるわよ!こんなことになるなら発電長を追放するんじゃなかった」

「早くかかってこい、フェニクスを倒したという力を見定めてやろうぞ」


「神々の加護よ宿れリジェネイション、無限の力をパワーアンプ、普遍の存在にプロテクション…よし、いくわよ!くらえクリスタルメイジ!」


ソックスは身体強化の魔法を自分に唱えてメイスで果敢に攻撃を仕掛けた。同時にノックスもエクスカリバーに電気魔法を唱えチャージを開始する。


ハルパスはクリスタルメイスの単調で直線的な攻撃を軽々と避けると、カウンターで鋭い爪を脇腹に突き入れた。


そのまま爪を真横に振り払い、細い腹が半分切り裂かれたがソックスは攻撃の手を緩めなかった。


致命傷をおっても全く怯まい敵にハルパスは少し動揺する。


「おぬしまさか…痛覚遮断をしておるな。後で後悔しても知らぬぞ」

「心配してくれるの?ならこのまま帰ってくれると嬉しいんだけど!」

「カカ!それはできぬ相談じゃ」


「うぉぉお、チャージ完了だ!」


決死の攻撃のおかげでエクスカリバーのチャージを終えると、カーボンはソックスと入れ替わるかたちでハルパスに攻撃を仕掛けた。


「死ねぇぇえ!!」


不意をついた渾身の一撃をハルパスの眉間に叩き込む。

いくら魔人とはいってもフルチャージのエクスカリバーの一撃をくらえばひとたまりもないはずだった。


「弱い…こんなものか?」

「なん…だと!」

「う、嘘!」


光り輝く聖なる剣は確かにハルパスの眉間に直撃したが傷一つ付くことはなかった。

その光景を目にした二人は驚きのあまり動きが止まってしまう。


「ふん!」


ハルパスが翼を仰ぐと、竜巻のような突風が三人を襲う。

その威力は凄まじく、エコロジ城の上層はあらかた吹き飛ばされてしまった。


「信じられぬ、こんな奴らにフェニクスは負けたのか?」

「「うぅ…」」

「まだ息があるようじゃな…よし、命取らないでやるから残りの二人を連れてこい!さもなくはこの国の人間を諸共お主らを殺し尽くしてくれようぞ」

「あわわ」


近くにいた二人は、衝撃をもろに喰らったせいで気を失っており、話を聞いていたのは少し離れていたノックスだけだった。


「さっさと行け、我の気は長くはないぞ?」

「は、はい!」


ノックスは二人を連れて脱兎のごとく城から逃げ出した。


◆◆◆


「はぁはぁ、ここはどこだろうな」


発電長こと釜夫は闇雲に走り続け、気がつけば見知らぬ森の中で日が暮れようとしていた。


道中で王の証である王冠をぶっ壊して、勇者パーティの頃にもらった勲章を取っ払い、手元に残ったものは発電長の能力と腕から外れないオーパーツだけになってしまう。


このオーパーツはハイパーと初めて会ったときに無理矢理つけられ、以後何をしようと外れることはなかった。


ほんの2年前のことなのに、その時のことを思い出すと遥か昔のことだった気がしてくる。


「お、おい、いきなりなんだ!」

「………。」

「こいつ本当に話さないのか…というかこれ取れないぞ」


外そうとリングを探ってみるも、ツルツルと表面を滑るばかりで金具のようなものは付いていない。


ハイパーはリング状の金属を取り付けたことに満足したのか、気がつけば消えていた。


「クソ、なんなんだ一体」

「あ、発電長も貰ったんだ」


リングを取ろうと四苦八苦していると、通りすがりのノックスに声をかけられた。


「どういうことだ?」

「みんなハイパーからオーパーツ貰ってるんだよ」

「あの理屈の分からない武器のことか…たけどこれは違うだろ?」

「た、試しにチャージしてみればどうかな?そしたら何かわかるかも」

「確か電気を送ればいいんだったな…こうか?」


この時は『発電長』でいくら電気を送ろうと、リングに変化はなかった。


ガラクタを押しつけられたと、憤りを感じたことを今でも覚えている。


追放された今となってはノックスの言葉を信じていた自分が馬鹿らしい。


リングを取り付けてきたハイパーの意図は最後まで分からなかったが、気がつけばこのリングの違和感にも今は慣れてしまっていた。


「野宿をするのも久しぶりだ…」


周囲から薪を集めて電気を指先でショートさせ火を着ける。


手頃な石に腰をかけ、時々薪を焚べては火の世話をする。


ゆらゆらと揺らめく火の光を眺めていると、荒れた心も多少は気持ちが落ち着いた。


落ち着くと今度はぐぅ〜とお腹が鳴る。


「こんな時でも腹は減るもんだな。明日は食べ物でも探すかな」


この辺に食べれるものがあるのか心配をしていると、後ろからガサガサと動物の気配がした。


気配の正体を確かめるため、松明代わりに焚き火から燃えている薪を一本抜き取ると、そっと草むらにむけて歩を進める。


「神様もまだ俺のことを見放してないってことかな。食いでがあるといいんだが」

「ま、待って!カナリーは食べ物じゃないんだよ!」

「なんだ人か?」

「…人でもないんだよ」


ただの動物かと思ったら、草むらから聞こえたのは人の声だった。


初めは暗くてよく見えなかったが、草むらの向こうに子供のようなシルエットが見える。


さらに近づいてみると背中には山吹色の翼が折りたたまれ、小さな頭には特徴的なツノが生えている。


「お前魔人か?」

「正解!カナリーは魔人さんなのです」

「魔人が俺に何のようで…もしかして魔王の敵討か?」

「ううん、敵討なんて興味ないんだよ!カナリーはあなたにお願いがあってきたの」

「他を当たってくれ、今はそういう気分じゃない」

「あぅ…そんなこと言わないで、話ぐらい聞いてほしいんだよ」


駄々をこねるように腕にしがみついてくる姿は、見た目が子供ということもあり中々にあざとい。


振り払ってもよかったのだが、それはそれで大人がない気もしてしまう。


魔王フェニクス以外の魔人を知らなかったので身構えてしまったが、カナリーは何故か無害のように思えた。 


「はぁ、話を聞くだけだぞ」

「やった!えっとね。虫をやっつけて欲しいんだよ」

「虫?」

「そう虫だよ!ちょっと固くて魔法に強くて強力な酸を撒き散らすだけの虫だよ」

「まて、もしかしてそいつの名前は」

「カイガラビートルっていうんだよ」


カナリーの口から最悪の名前が告げられる。


虫は虫でもカイガラビートルは魔物の一種で、その討伐難易度はSクラスに匹敵する。


勇者パーティに参加していたころ、一度だけ討伐に成功したことがあったがあれは厳しい戦いだった。


「無理だ」

「ど、どうして戦う前から諦めるんだよ」

「経験則、それに戦力も準備も何もかも足りてないからだ」

「あぅ」


成虫のカイガラビートルなんて、一国の軍隊か一流の冒険者に依頼しない限り討伐は補償できないだろう。


それだけ強力な魔物なのだから、残念だけどカナリーには諦めてもらうしかない。


前回も討伐されるまで相当な被害をだしていた。


今回は一体どれだけの被害がでることやら、村の一個や二個はなくなるかもしれない。


「まて、そのカイガラビートルは今どこにいる?」

「魔の丘なんだよ」

「魔の丘だって!パワジェネのすぐ近くじゃないか」


最近魔物の報告が増えていた方面でもある。


いくら、警備を増やしたところでカイガラビートルなんかに襲撃されれば、今のパワジェネはひとたまりもないだろう。


最悪、魔王との戦争後より酷い状況に陥るかもしれない。


「気が変わった。そのお願い聞いてやる」

「本当に!」

「あぁ、そうと決まれば魔の丘まで急がないとな」

「ふふん、カナリーが連れてってあげるんだよ」


そういうとカナリーは俺のズボンのベルトを掴んできた。


掴まれると爪のひんやりとした感覚が伝わってくる。


「何をするつもりだ?」

「もちろん、魔の丘まで飛ぶんだよ」

「飛ぶ?う、うおぉ」


最後まで言葉を発するまもなく、気がつけば遥か上空へと連れ去られていた。


満月に照らされた地表を見渡しながら、そのまましばらく空の旅をすることになった。


◆◆◆


「いてぇ」

「あ、カーボン!よかった目が覚めた」


目が覚めるとエコロジ城下町にあるいつもの宿屋の一室だった。


意識はまだはっきりしなかったが、どうやら自分は生きているみたいだ。


魔人ハルパスとの戦いはどうなったのか、最後に受けた攻撃のダメージが残っているせいで体が満足に動かない。


「あの後どうなった?」

「そ、それが…」


ノックスに経緯を聞いた自分は、体の痛みも忘れて渾身の力を込めて拳をベットに振り下ろす。


鞭打ちになった背中の痛みで悲鳴が出そうになったが、意地で無理やり押さえ込んだ。


「くそ!クソ!くそ!これも全てハイパーがあの場にいなかったからだ!」

「そ、それはカーボンが」

「うるさい!ノックスお前は今すぐにハイパーを連れてこい!」

「あう、発電長はどうするの?」

「今更あいつに頼れるものか!いいから行け!」

「は、はいぃ」


怒声に驚いたのかノックスは堪らず宿屋を飛び出した。


部屋にはまだ目が覚めないソックスと二人きりになる。


「エクスカリバーは完璧に決まったのになぜあいつは死なない…これは悪い夢なのか?」


あの魔王フェニクスでさえ、このエクスカバーの一撃を耐えることなどできなかったのだ。


いくら考えを巡らしたところ、自分が負けた理由が思い当たらない。


それどころか自分とハルパスとの絶対的な戦力差を認識してしまい、さっきまで怒りで昂っていた気持ちが次第に恐怖に塗り替えられていった。


次に対峙すれば殺される。


そう考えると震えが止まらなくなった。


「いやだ死にたくない。に、逃げるんだ」


まだ目覚めないソックスには悪いと思ったが、置いて逃げることにしよう。


軋む体に無理をいわせ、荷物をまとめているときだった。


「そんなに死にたくない?」

「だ、誰だ!」

「誰だっていいじゃない。あなた死にたくないんでしょ?」

「当たり前だろう!散々泥を啜って生きてきたんだ。こんなところで人生終わってたまるか」

「あはは、なんて醜いの…あなたのこと気に入ったわ。特別に死なない方法教えてあげる」

「ほ、本当か!どうすればいい」

「それわね」


それはまさに悪魔の囁き、だが死の恐怖に支配された自分には神からの救済に思えた。


◆◆◆


「あんなに怒ったカーボン久しぶりに見たな。ふふ」


宿を追い出された私は言われたとおり、ハイパーを呼びに向かうため転送装置に向かっていた。


カーボンは勘違いしていたけど、会議の時にハイパーが急に席を立ったのは怒ったからではない。


単純にカーボンにいわれたことを実行するため動いただけなのだ。


「久しぶりに会ったから忘れていたのかな?今までも、パーティのみんなから命令されたことは即実行してくれてたのに」


独り言を話していると転送装置に到着した。


転送装置は古のオーパーツ、クラスはアンティークに属している。


チャージをすれば特定の地点を一瞬で移動することができる。


電気魔法が使えない人間だと専属の魔法使いにお金を払わないと使えないけど、幸い私は使えるので問題ない。


「チャージ」


転送装置に手をかざして、魔法でチャージを開始する。


しばらくすれば起動してハイパーのいる場所に行けるはずだ。


「あの魔人…発電長がいなくても大丈夫だよね?ハイパーがいればきっと」


一方的に敗北した不安のせいか、独り言がポツポツと口から漏れでる。


「あ、動いた」


ぼやいているうちにチャージが完了した。


転送装置から光の柱が立ち上がったのがその証拠だ。


目的地は勿論、ハイパーのいるインダストリアル、エコロジ川の河口に面する魔鉱と魔石の機械化産業地帯を有する一代工業国家だ。


「転送装置起動、目的地インダストリアル」


装置は問題なく動き、私は光の中へと歩みを進めた。


◆◆◆


俺は今、パワジェネにいた。


玉座の間にはエレを筆頭にパワジェネの役人と貴族を集め、あることを告げようとしていた。


「カーボン王、その話は本当なのですか!?」

「あぁ、1回で理解できなかったなら何度でもいってやる。発電長は魔人を前に逃亡した腰抜けだ!今やパワジェネを除く四国から裏切り者として抹殺令がでている」


俺の言葉を聞いた奴らが、ざわざわと浮き足立つ。


無理もない、さっきまで王だった者が何の前触れもなく裏切り者になったのだ。


「やはりこの世界の人間ではない者に王は務まらなかったのだ」

「電気を作りだせる以外は無能もいいところだったからのぉ」

「そうだ!国民を優先する施策ばかり承認しよって!もっと我ら貴族階級のものを優遇するべきなのだ」


俺が忍ばせておいたスパイの一言を皮切りに、各々が発電長への不満を口にし始めた。


夜中にわざわざ集めた甲斐があったというものだ。


真実を知らないアホ共の姿は、思った以上に滑稽で笑いが込み上げてきた。


自分達の王は何も悪くないというのに、口汚い言葉を並べ発電長を貶していく。


その度に俺の中で愉悦が湧き上がり、傷ついた自尊心が癒やされていく。


「(ククッ、国の復興事業で鬱憤が溜まっていたとはいえ、ここまで予想通りなるとはな。このまま、この国をめちゃくちゃにしていずれ俺の国が吸収してやる)」


自分の理想の未来に陶酔しているとそれに水をさす奴が現れた。


「クズめ」

「エレ殿!今なんとおっしゃいましたのじゃ」

「いくら王の右腕といえど聞き捨てなりませんぞ」


俯いていて表情はよくわからないが、怒っているのか体を震わせ拳を握りしめていた。


混乱はこちらの望むところ、このまま内乱でも発生すれば介入するいい口実になる。


「皆さん違います。今のは王…いえ、裏切り者に対していったのです」

「左様でしたか」

「血迷ったのかと思いましたぞ」


張り付いたような笑顔を浮かべているが俺にはわかる。


こいつは間違いなくキレている。


昔であればこの部屋のもの全て殺していたかも知れない。


「そこでカーボン王、一つお願いしたいことがございます」

「ほう、なんだ言ってみろ」

「私が裏切り者を討伐に向かうことをお許し下さい。我が国の責任の取り方はこれしかないと考えております」

「ふ〜ん、まぁいいだろう。ただし許可するのはお前一人だけだぞ」

「はっ、ありがたき幸せ」


エレも少し見ない間に成長したみたいだ。


内心では血の雨が降ることを期待していたので残念ではあったが、ここでエレの提案を遮れば嘘に勘づく輩ものもあらわれるかもしれない。


浮き足立っていた奴らもエレの立ち振る舞いを見て、冷静さを取り戻していた。


「ふん、忌々しいやつだ」


だが、同時にこれはチャンスだ。


エレがこの国からいなくなるのはこちらとしても好都合、存分にこの状況を利用してやる。


こうしてエレは単身、裏切り者となった王を探すことになるのであった。


◆◆◆


同刻、カナリーに魔の丘まで連れてこられていた。


ここは魔王フェニクスと最後の戦いをした場所で、その時の影響で大地は荒れ果て雑草ひとつ生えない不毛の土地に変貌していた。


「こんなところに本当にカイガラビートルがいるのか?」

「あそこを見て欲しいんだ」


カナリーは大きなクレータの底を指差した。


指の先に視線をを向けると、そこには一本の木を中心に取り囲む無数の白い球体があった。


「あれはなんだ?」

「あの白いのがカイガラビートルの卵だよ」

「なんだって!?」

「静かに!奴らが目覚めちゃうんだよ」


驚いても無理がないと思う。


一匹でも倒せるか分からないカイガラビートルの卵が大量にあったのだから。


初めてみたが卵の状態は不幸中の幸いというところだろう。


あれが全て羽化した姿など考えたくもなかった。


「す、すまない」

「カイガラビートルの卵は少しの衝撃で産まれてくるから気をつけるんだよ」

「にしてもすごい数だな。だが、衝撃を与えないと産まれないのならほっておけばいい」

「ダメ!明日の朝になったら全部羽化するようになってるんだよ」

「はぁ?なら明日の朝まで慎重に一匹ずつ倒していくしか…」

「一匹でも死んじゃったら全部の卵が孵化するかも…」

「なら全部同時に倒さなければいけないのか?」

「う、うん」


カイガラビートルは魔力を餌にする性質上、デフォルトで魔力吸収の特性が備わっている。


その特性上、魔法による攻撃は無効化されるだけではなく魔法による防御も通用しない。


また、虫型魔物特有の高硬質の外皮は物理防御力も抜群で、物理破壊に特化しているクリスタルメイスでも打ち砕くことは叶わなかった。


倒す方法は魔力を伴わない攻撃を与えるしかなかった。


そう例えば、高圧電流を全身に喰らわすとか。


「それは無理だ」

「でも今晩中になんとかしないと何だよ」

「今からパワジェネに戻って電線を…だめだ朝までなんて到底時間が足りない」

「電線?」

「ああ、電気が流れやすい金属製の紐のような物だ」

「それなら…カナリーが用意できるかも何だよ」


そういうとカナリーは山吹色の羽を抜き取るとこちらに差し出してきた。


なんのつもりか分からなかったが、差し出されると反射的に受け取ってしまう。


形状も質感も普通の鳥の羽とほぼ同じ、月明かりの角度を変えるとキラキラと光沢がある。


「この羽がどうかしたのか?」

「カナリーの羽は電気をよく通すの!お空を飛んでる時に雷さんが落ちても翼を通り抜けていくんだよ」


半信半疑ながらも手に持った羽根に『発電長』で電気を流してみる。


羽は見事に通電しバチッと火花を上げて燃え尽きてしまう。


「本当だ。でもこの大きさの羽なら全て毟り取っても足りないかもしれない」

「ひぃぃ!怖いこといわないでほしいんだよ」


本当に毟るつもりなどなかったのだが、カナリーは本気で怯えてしまった。


カナリー曰く、自分の意思で羽の形状や大きさを自由に変えることができるそうなので、一本あればそれで事足りるみたいだ。


この能力があれば、昔カイガラビートルを討伐した時と同じ作戦を取ることができる。


カナリーに羽の形状を事細かに指示を出して、全ての箇所に均等に電圧が掛かるように結線した。


あとはこの羽根電線をカナリーに上空から落としてもらうだけだ。


「時間が掛かったけど、これで全ての卵に大電流を流し生卵をゆで卵に変えてやる」

「ふぅ〜疲れた。でもこれであいつらをやっつけれるんだよ」

「そうだな…まずい日が昇ってきたぞ!」

「は、早くしないと夜が明けちゃうよ」


どうも羽根電線を作るのに時間をかけ過ぎたようだ。


気がつけは夜が明けており、東の空からだんだんと太陽が昇ってくる。


急いで飛び立ったカナリーが、クレーターの中心付近で羽根電線を離し卵に向かって落ちていく。


空気抵抗を受けながらゆっくり落ちていった電線が全ての卵にほぼ同時に触れる。


するとパンと空気が炸裂する音が響き、そのあとバチバチと火花が上がりだした。


次第に焦げ臭い匂いがあたりに立ち込め、卵の表面にリヒテンベルク図形の跡が浮かび上がってくる。


確実に全てのカイガラビートルを駆除するため、流すは電流は前回退治した時の倍ぐらいにしておいた。


「成功だ」


流れた電路の後には黒い稲妻模様が浮かび上がり、カイガラビートルの卵は産まれることもなく電子レンジで卵をあたためたように破裂している。


「やった!本当に全て倒せたんだよ」


仕事を終えたカナリーが空から降りてきた。


「何とかなったな」

「うん、ありがとう…えっと」

「あぁ、そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は多比釜夫、釜夫とでも呼んでくれ」

「あ、そういう名前だったんだ」

「ん?」

「き、気にしないで欲しいんだよ!」


自己紹介を終えたころ、昇った太陽の光が徐々に地面を伸びていき卵の中心にあった木に差し掛かる。


その瞬間、一際強い光が発せられ視界が真っ白になる。


「ま、眩しい」

「あぁ、再誕の光りなんだよ」

「ふあぁ、よく寝たのぉ」


光の中からどこかで聞きいた声が聞こえる。


視界が回復するとさっきまで木が立っていたところに、倒したはずの魔王フェニクスの姿があった。


「フェニクス、おかえりなんだよ」

「ん?なぜカナリーがここにおる」

「大変だったんだよ!マルファスにカイガラビートルの卵を置かれちゃって」

「むむ、マルファスのやつ姑息な真似を…確かに再誕後であやつら襲われたらちと面倒だったな」

「ふふん、助けたのはカナリー何だよ」

「ほう、カナリー褒めて遣わすぞ!よく我を助けてくれた」


目の前の光景が信じたくなかったが、話をしていたのは間違いない魔王フェニクスだ。


紅蓮の翼に頭の横から伸びる捻じ曲がったツノ、金色に輝く瞳は禍々しく輝いている。


最悪、最強の存在がどういうわけか復活してしまった。


この事態をいち早く仲間に伝えなければと思ったが、よく考えると今の俺にはその手段がないことに気がついてしまう。


一方的に見捨てたあいつらなんてどうなろうと知ったことではなかったが、エレとパワジェネの行末だけが気がかりだった


「じ、実はカナリーだけじゃなくて発…釜夫も手伝ってくれたんだよ」

「はは、そんなことだと思ったわ!だが、かまおとは誰だ?新人の魔人か?」

「おい、カナリー…どういうことか答えてもらうぞ」


とにかく状況を把握することが優先しよう。


灰になったフェニクスがなぜ生きているのかを知れば、何か対策を練れるかもしれない。


「お、お主は!なんぞまた我と殺死合いにきたか!」

「今はそんなことをするつもりはない。死んだはずのお前がなぜここにいる?」

「我が生きておるのがそんなに解せぬか?ならば教えてやろう…我の魔力は再誕と創成の火、死から蘇ることなど造作もない!」

「…つまり生き返ったということか?」


意気揚々と話す割にはほとんど意味が伝わってこない。


要するにフェニクスは生き返ることのできる魔人ということなのだろうか。


「さてはお主、カナリーから何も聞いておらんのだな。こやつはわ」

「フェニクス!おしゃべりはそれぐらいにするんだよ」


後ろめたいことがあるのか、カナリーはフェニクスの言葉を遮った。


確かに初めから違和感はあったのだ。


なぜ魔人のカナリーがカイガラビートルを倒したがるのか…魔物は普通、魔人の僕なのだから。


「釜夫、黙ってたことは謝るんだよ」

「本当の目的はフェニクスを生き返らせることだったんだな」

「正確には生き返ることはできていたんだよ。ただ、あの状態で生き返っていたら、魔力不足でまたすぐに死んでしまってたんだよ」

「そういうことか…俺はまんまと利用されたわけだ」


初めから利用するつもりで近づいて来たのなら、初対面の時にカナリーが無害に見えたのも納得できる。


俺の前に現れたのも偶然ではなかったのだろう。


「ハッハッハ、状況がようやく理解できたわ!我のことを知らずに助けておったわけか。これは笑いが止まらん」

「今更お前なんてどうでもいい…それよりまたエコロジと戦争をするつもりか?」

「いずれそうなるかものお、だが先に魔王の座に返り咲くのが先決よ」

「魔王はお前のことだろう?」

「忌々しいがお主らに負けたせいで、我は魔王ではなくなったわ。おい、カナリー!魔王バトルロイヤルはどこまで進んでおる?」

「あとはハルパスとマルファスの二人なんだよ」

「やはりその二人か面倒な…のう、釜夫といったか。我の部下にならぬか?」

「はぁ?」


突拍子のない話に素が出てしまう。


だが、これは同時にチャンスかもしれない。


フェニクスの近くにいれば、何があってもすぐに対応できる。


「どうだ?今は少しでも戦力が欲しい。決して悪いようにはせぬぞ」

「…いいだろう」

「おぉ、話が早い!では特別に我が城に案内してやろう。喜べ!人間の入城を許すのはお前が初めてのことだぞ」


フェニクスが宙空に手をかざすと、掌を中心から薄暗い闇が渦を巻きながら広がっていった。


闇から闇へと瞬時に移動する、魔人がよく使う移動方法だ。


「釜夫ほんとにいいの?嫌ならカナリーがフェニクスを説得するんだよ」

「気にするな。別にお前達を信用したわけじゃない。悪さをしないか見張るのにちょうどいいと思っただけだ」

「何を話しておる。いくぞ」


闇の準備ができたのかフェニクスが闇の中に歩みを進めた時だった。


「王!!!やっと…見つけました」


クレータの外から聞き慣れた声がこだまする。


声のした方に視線を向けると、そこには鬼の形相をしたエレがこちらに向かってきていた。


「王!なんで私たちを裏切ったんですか!!!」

「やっぱりエレか…ここで変に対応するとカーボンの思う壺だしな」

「なんだあいつは?」

「お前には関係ないやつだ」


俺が魔人と近くにいる理由をエレに説明するのは面倒だ。


それにぐずぐずしてると隣の魔人が何をするか分かったものではない。


「何とかいって下さい。私はあなたの臣下として」

「目障りじゃのう、殺すか?」

「やめろ。無視してさっさと移動する」

「お主がそういうなら…よかったなお前!命拾いしたぞ」


これ以上余計なことをされる前に、この場を離れることにした。


足早にフェニクスが作った闇に足を踏み入れる。


すると視界が闇に覆われ地面の感触がなくなった。


自分が今浮いてはいるのか落下はしているのか分からない。


それでも歩みを進めると硬い床の上に出ることができた。


歩いた距離は数メートル程度だったと思ったが、移動には完了したようだ。


「それにしても、暗いな」

「む、確かにそうだの…カナリーどうなっているのだ?」

「わ、分からないよぉ、フィニクスが死んでから城の周りは人間に占領されちゃったから」

「何だとぉ、おのれ人間の分際で我が魔王城を…許さんぞ」

「あぁ、思い出した。お前の使っていた城は確か…」


その時、暗闇の中で「ガシャ」と鎧と鎧が擦れるような音が響く。


するとものすごい勢いで、何かが隣を通り過ぎて行った。


「ごはぁ」

「フ、フェニクス!?」


どうやらフェニクスが攻撃されたようだ。


少し遠くでドゴォという激突音がした。


「なになに?ハイパーどうなってるの!」

「その声はノックスか?」

「え!?発電長?」

「ふ、不法侵入者がいるんだよ」


この場所は魔王城で間違いなかったが、不法侵入したのはどっちかいえば俺たちの方だった。


なぜなら元魔王城は改造され、工場兼城として活用されていたのだから。


「ノックス!ここはもしかしてインダストリアル城か?」

「そ、そうだよ!発電長こそなんでここにいるの?」

「ちょっとした手違いだ。すぐに出ていくから、カーボンには黙っておいて」

「わ、分かったよ。それよりこの暗いの何とかしてよ」

「まさか停電しているのか?」


他の国と違いインダストリアルには、パワジェネから電気のインフラを通している。


オーパーツの生産工場を稼働させるため、電気を提供しその見返りに生産したオーパーツを受け取っていた。


パワジェネには俺が国を離れ『発電長』で発電できなくとも、普段から余剰を電力を充電している魔イオン充電池というものがある。


『発電長』がなくとも3日は持つように設計されているはずなのだが、何故かここの電気は停電していた。


ズガガガッ


「この鎧!調子にノるなよ」

「………。」

「相変わらず無口なやつめ!」

「おい、戦うな」

「戯けが!ここは我の城で襲ってきたのはこいつなのだぞ!?」


暗闇の中で確証はないがフェニクスと戦っているのはおそらくハイパーだろう。


そうであれば、フェニクスさえ止めることができれば後は説得できる自信がある。


「くそ、カナリーなんとか戦いを止める方法はないか?」

「止める?襲われてるのはフェニクスのほうなんだよ」

「そ、そうなんだが…襲ってるやつに心当たりがあるるだ。ここは信じて俺に任せてくれ」

「…再誕直後だがら、大魔法一発でも放てば倒れると思うんだよ」

「あれか…」


頭の中で嫌な想い出が蘇る。


大魔法は魔人だけが使える強力な魔法だ。


戦争の時も、フェニクスの大魔法でエコロジ軍は甚大な被害を受けていた。


とにかく大魔法を何とかする方法を考えなければならない。


「フェニクスに大魔法を使わせるにはどうしたらいい?」

「う〜ん、カナリーがピンチになるフリをすれば使ってくれると思うんだよ」

「…演技できるのか?」

「任せて欲しいんだよ!これでも演技は得意なんだよ」


カナリーは自信満々の様子だ。


暗くてよく分からないが、腰に手を当ててふんぞり返っているのが容易に想像できた。


「ノックス!居場所を教えてくれ」

「うぇ、な、何で?」

「いいのか?このままだとハイパーが死ぬかもしれないぞ」

「え、嘘!なんで!?そんなのいやだ…フ、フレイムボール!!これでわかるよね?」

「あぁ…助かる!」


ノックスが唱えた呪文により炎の球体が現れる。


照明ほど明るくなかったが、居場所を知るには十分だった。


炎の灯を頼りにカナリーを連れて走った。


「わ、釜夫、大胆なんだよ」

「冗談をいってる場合じゃない」

「え!?また魔人!」

「詳しい説明は後でする。カナリーいまだ!」

「任せて!フェニクスーーー助けてなんだよ!!この人間に乱暴されちゃうんだよ!」

「わ、私?」

「何だと…汝等覚悟はできておろうな!!!」


力強く指さしながら助けを呼ぶカナリーだったが、あれだけ自信たっぷりだったわりに大根役者もいいところだ。


誰がどう聞いても演技だとわかるレベルの棒読みだったが、おつむが弱いのかフェニクスは信じてくれた。


怒り狂ったフェニクスが、内包する魔力を盛大に放出し初めている。


「ひぃ、ハ、ハイパー助けて!」

「まとめて消し炭にしてくれる!ブレイジング・カタストロフィ!!!」

「………。」


ノックスの助けに応えてハイパーが大魔法の射線上に立ち塞がった。


オーパーツであるハイパーシールドを展開し絶対防御の体制で迎え打つつもりだ。


「くるぞ!」


次の瞬間、灼熱の熱気を纏った魔力の塊がハイパーシールドに直撃する。


シールド越しに伝わってくる熱で、思わず体が溶けると錯覚してしまいそうになる。


「きゃー」

「フェニクス、完全にカナリーがいること忘れてるんだよ」

「大丈夫だ。チャージなしでこれなら確実に防げる」


『発電長』を発動し電気をハイパーシールドにチャージする。


チャージしたハイパーシールドは光を放ち、周囲に電磁フィールドを発生させる子機を展開した。


展開された電磁フィールドは、今まで押されていた大魔法を抑えこみ威力を抑えることに成功している。


「また…その盾か…忌々しい」

「………。」


ドサッ


フェニクスが魔力を使い果たしたのか前のめりで倒れる。


すると大魔法は砕け散り、炎の破片は霧散して消えていった。


大魔法を防いだハイパーは、ハイパーシールドを使った反動で片膝をついて停止している。


両者には悪いが、気を失っているうちに拘束することにした。


「これでようやく、ひと段落できそうだ」


◆◆◆


我は魔王、魔王フェニクス。


魔王バトルロイヤルで勝ち残り、魔王の座を手に入れ人間に敗れた。


この世界で一番強い魔人である我が、人間なんぞか弱き生物に負けるとは思っていなかった。


だが、結果は惨敗もいいところ、それもこれもあの異世界からきた人間のせいだ。


忌々しいアルカナクラスのオーパーツを、4つも同時にチャージさせる超常的な存在。


一つチャージするのにも、1000人の魔法使いが同時に電気魔法を唱えてやっと稼働できる代物なのだ。


だが、我も最強と誇った魔人の王、4つ同時に相対するだけならまだ造作もなかった。


個々のオーパーツは驚異的ではあったが、使い手は所詮人間の域をでない。


総合的な能力は魔人に比べてだいぶ劣っていた。


これは夢…夢なのだろう。


前世の最後の記憶、魔の丘で最終決戦をした時の光景が目の前に広がっていく。


戦いは勇者パーティを各個に撃破し、こちらの優位に戦いが進んでいた。


「くそ、ソックスがやられた。こうなったら…発電長!全ての電気を俺によこせ!」

「待て、カーボンいま出力を上げられたら」

「え、急にアスガルドのチャージが…きゃあ」

「………。」


そうだ、このとき一人を仕留めたことで勇者が先走ったことで連携に隙ができたのだ。


鎧と小娘はチャージが切れたことで動揺し、もう一人の異世界人は何故か膝をついて苦しそうだ。


その隙を見逃すほど我は優しくない。


すかさず動揺した二人を吹き飛ばす。


この時の我にとって連携の崩れた勇者たちなぞ、赤子の手を捻るより簡単なことだった。


「大丈夫か二人とも!?くそ、電気を制御出来ない。周波数が乱れているのか」

「はは、これだけチャージできれば…これで最後だ!」

「ふん、愚かな」


あとは勇者と虫の息の異世界人だけそう思い、先に脅威になる勇者を排除することにした。


勇者が剣を構えて斬りかかってくるが、強力な攻撃も当たらなければ意味がない。


振り下ろされた剣を半身を逸らすことで躱し、隙だらけとなった顔面に渾身の拳をお見舞いする。


「へきょ」と変な声と共に勇者は彼方へ飛んでいった。


「あっけないものよ。楽しめたのも初めの女を倒すまでだったな」


初めの女の攻撃があまりにしつこいので、攻撃をわざと受けることで意表をついて倒した。


だが、その時のオーパーツの攻撃力を甘く見積もっていたせいで想定以上の深傷を負ってしまったのだ。


あわや死の可能性を考えたほどだったが、その後の勇者の行動のせいで特にスリルを楽しむことなく決着がついてしまう。


「まぁよい、それよりあとは雑魚一人は…どこにいった?」


いくら不完全燃焼だといっても敵を見逃すほど惚けてもいない。


しっかり息の根を止めてやろうと最後の敵を探そうとしたが、勇者の攻撃で巻き上がった土煙が邪魔だった。


「モクヒョウヲカクニン、テキセイセイリョクヲハイジョシマス」

「そこにおったか!さあ、お前で最後…誰だお主は?」


土煙の中、異様なシルエットが浮かび上がっている。


思えば声もさっきまでと明らかに違い、生物の発するものではないように感じた。


新たな敵の可能性を考え身構えていると、土煙の中から純白の鎧が現れる。


全身に金の装飾が施され、背中には天使を連想させる羽が生えている。


こいつは別次元の力を持っていることを本能的に理解した。


「(さっき倒した鎧か?いや色や形状からして違うこいつはいったい…)」


次の瞬間、視界が真っ白に塗りつぶされた。


攻撃されたと気がついたときには、すでに体の崩壊が始まっておりこれから自分が死ぬと分かる。


「(こんな馬鹿げたことがあるものか)」


ここで前世の記憶は途絶えている。


◆◆◆


「用事が終わったなら早く出て行ってよ」

「…別に構わないが、ここの電気がまたなくなることになるぞ」

「そ、それは、困る」


騒がしい周りの声で目が覚める。


長い夢を見ていた。


どうやら、敗北という屈辱は再誕しても忘れることはないようだ。


「うぅ、誰ぞ我の眠りを妨げるのは」

「あ、フェニクスが目を覚ましたんだよ」

「おお、カナリー無事か?」

「フェニクスのせいで死にかけたんだよ」

「…ハハハ、まぁ我にも間違いはある。許せ」

「次はないよ?」


針のような視線を向けられ、背筋が凍るような思いがした。


ここまで本気怒マジオコだったことは未だかつて見たことがない。


あまりの恐怖に目から涙が溢れてくる。


「目覚めたか」

「お、お主の!?部下ならちゃんと主人を守らんか!」

「あんな暗闇で守れるわけ…俺が悪かったから、泣くなよ」

「ぐぬぬ、次はないと思えよ…あの鎧はどうなったのだ?」

「別の部屋に移動させた。またお前と争われては敵わんからな」

「ふん、鎧一つ壊せんとは、我も落ちぶれたものだ…ん?」


弱くなった自分に落胆して俯くと、見慣れない丸い物が足元を通りすぎた。


魔物の類かと思ったが、それにしては警戒心もなく動きも鈍重に見える。


その物体の正体を確認するため、後ろを振り返る。


するとそこには信じられない光景が広がっていた。


「な、なんだこれは」


先ほど見た丸い魔物が何匹も床を這っている。


だが、驚いたのはそっちではない。


自分の魔王城が全く別の何かに置き換わっていたからだ。


石畳に苔が生えていた床は、ツルツルとした陶磁器製の物に張り替えられ、石の柱も金属製の物になっている。


壁や天井も見たこともない素材になり、自然光を取り入れていた格子窓や天窓はどこにもなくなっていた。


光源は無駄に明るい光る棒のみで、それが天井に所狭しと取り付けられている。


さらに壁に取り付けられた風を吹き出す奇妙な箱が、部屋を快適な温度に保っているようだ。


お陰でせっかくの陰湿で重苦しい城の雰囲気が台無しである。


「くそ、我が城を好き勝手にしよって…おい!あの丸いのはなんだ!?」

「あれはル○バだな。部屋を自動で掃除してくれる」

「あれは!」

「照明だな」

「あの風が出ているのは!」

「エアコンだな」

「オソウジガカンリョウシマシタ。ジュウデンヲサイカイシマス」


部屋の隅に移動して停止したル○バから音声が聞こえる。


「ぐす……もとに戻してよぉお」

「そういわれてもな…こっちの方が何かと快適だぞ?」

「そんなもんいらん!ああ…いとしの我が城は何処にいったのだ」

「諦めてくれ」

「嫌だぁ!」


大好きだった魔王城の哀れな姿を目の当たりにして、城中に響き渡るほどの悲鳴が出てしまった。


◆◆◆


「ねぇ、なんで発電長がこの魔人とここにいるの?」

「追放されたからな。お前達に復讐してやろうと思ってな」

「えぇ!?」

「嘘だ。ここに来たのは手違いなんだが…まぁスパイをしているとでも思ってくれ」


今の説明で納得したのかこれ以上追及はこなかった。


もしかしたら、冗談の方を信じて寝首をかく算段でもしているのかもしれない。


早々にここから離れた方がいいのだが、肝心の目覚めたフェニクスは部屋から外出中である。


改造された城が気になるらしく、半べそをかきながら城内の探索に出ていった。


時折、悲鳴が聞こえるのは気のせいだろう。


「発電長、もし…もしだよ。帰ってきて欲しいっていったらどう?」

「はぁ?」


あまりに無神経なことをいわれ、素の声がそのまま出てきてしまう。


まだ昨日のことを自分の中で処理しきれていないのに、さらに心を乱すことを平気でするノックスに心底苛立ちを覚えた。


「やっぱり、だめかな?」

「…とりあえず理由を聞こうか」


怒気を表に出さないように努めて冷静に返事をするが、隠しきれている自信はない。


少なくともノックスの方を見ると睨んでしまうので、そっぽを向いて話をしていた。


「昨日、発電長が出て行った後に魔人に襲われたの…それでみんなボロボロにやられちゃって」

「魔人だと?それで、カーボンに連れ戻すようにいわれたのか」

「ち、違うの!これは私の独断…つれて来るようにいったのは寧ろ魔人のほう」

「考えさせてくれ」


話が本当なら、かなり強力な魔人が現れたことになる。


『発電長』なしとはいえ、勇者パーティの名は伊達ではない。


それこそフェニクスに匹敵するレベルの魔人でなければ、討伐は無理かもしれないが撃退ぐらいできていただろう。


そんなことを考えつつも、自分を追放したせいでカーボン達が負けたという事実は、溜飲を下げるには十分効果があったようだ。


スーっと心の中の蟠りが抜けていくのが分かる。


同時にこんなことで気持ちが楽になる自分の浅ましさを、醜いと自嘲してしまう程度には余裕が出てきた。


自業自得とはいえ、奴らは報いは受けたのだ。


許してやってもいいと思えるほど、余裕が出てきた矢先の出来事だった。


ボガーン!!!


爆音と共に城が大きく揺れた。


「な、なんだ」

「あわわ」


爆音の原因を確認するため、急いで城の外へと向かった。


◆◆◆


「やたらと硬いのぉ、昨日の城とは全くの別物じゃ」

「やはりハルパスか!」

「おぉ、フェニクス!逃げずに出てきたのは褒めてやるぞ」

「なぜお主から逃げる必要がある?また、ボコボコにされないうちに負けを認めることだな!」

「ほざけ」


城の外に出るとフェニクスが何者かと空中戦を繰り広げていた。


お互いに縦横無尽に動きまわり、軌道が重なる度に拳や蹴りの応酬を繰り返している。


「無茶苦茶な戦い方だな」

「な、なんであの魔人がこんなところにいるの」

「相手の魔人を知っているのか?」

「いやだ、今度こそ殺される」


フェニクスの相手が先ほど聞いた魔人なのだろう。


姿を見たノックスはガクガクと震えだし、一目散に城の中にUターンした。


あまりに気が動転したのか、いつも大事に肌身離さず持っていた神杖アスガルドが投げ捨てられている。


確かにここにいるより、特殊な金属で造られた城の中の方が安全だろう。


「あれはハルパスなんだよ」

「ハルパス?どこかで聞いたような…」

「今回の魔王バトルロイヤルの参加者何だよ。前回はフェネクスの圧勝だったんだけど…」

「歯切れが悪いな。一度、勝っている相手なら問題ないだろ?」

「で、でもその時は魔力も体力も全快だったはずなんだよ」

「今でも十分動けているように見えるけどな」


いつの間にか隣にいたカナリーに経緯を聞くと、探索の最中に突如として現れたハルパスに攻撃を受けたそうだ。


心配をしているようだが、戦うフェニクスの姿は敵に遅れを取っているようには見えない。


だが、そんな俺の感想とは裏腹にカナリーの危惧したことは現実になる。


上空の二人の間から、太陽が二つになったと感じるほどの光が発せられた。


するとフェニクスがゴーンッ!!という重く鈍い金属音と共に城壁に叩きつけられた。


「ぐはぁ」

「つまらんのぉ、こんなものか」

「クソォ、我に魔力があればお主の魔法なんぞに」

「はは、負け犬はよう吠える。いや、鳥というべきか?」

「バカにしよって」


フェニクスは威勢よく立ち上がるのだが、足に力が入っていない。


よく見れば右腕が真っ黒に焼け爛れ、これ以上の戦闘は不可能のように思えた。


「これ以上戦ったら、また死んじゃうんだよ」

「おい、無茶するな」

「離せ!ここまでコケにされて、おめおめと退き下がれるものか」


元魔王としてのプライドなのか、退き際を知らないようだ。


このまま戦いを続けたら、間違いなくフェニクスは死ぬだろう。


それでも構わなかったのだが、この時の俺は何故かこいつの味方をしてやりたいと思ってしまった。


「お前が退かないのは分かった。だが、この戦いは俺が引き受ける」

「お主…何を」

「部下として上官より前に出るのは当たり前だろ?」

「…ハルパスの魔法に気をつけるのだ。我を焼くことなど前はできなかった」

「肝に銘じておく。まぁ、魔人相手に一人でどこまでやれるかは分からないけどな」


幸いここにはノックスの捨てていった神杖アスガルドがある。


こいつがあれば一方的にやられることもないだろう。


ノックスには悪いがありがたく使わせてもらうことにした。


「あの白い鎧にはならんのか?」

「…零相トランスフォーマを使うつもりはない」

「な、なぜだ!?」

「お前に話すつもりはない」

「ふん、なら勝手に死ね。ハルパスは魔人の中でも我の次くらいには強いのだからな」


俺とフェニクスの様子を傍観していたハルパスが空中から降りてきた。


警戒していたのだろうが、痺れを切らしたというところか。


「貴様は誰じゃ?ワシらの戦いに水を刺すとはよほど命がいらないと見える」

「俺は釜夫…この世界だと発電長って名前の方が有名か」

「おお、貴様が発電長か!どこにおるのかと思っておったら、こんなところで油を売っていたとわ」

「フフ」

「何がおかしい?」

「いや、何でもないんだ」


初めてのことではないが自分の名前より、能力の名前の方が通りがいいことについつい笑ってしまう。


しかもその名前が前世の仕事の役職と同じなのだから余計に面白い。


「なんで俺を探していたんだ?」

「フェニクスを倒した勇者パーティをこの手で屠るためよ!」

「仇討ち…というわけではなさそうだな」

「単なる当てつけのつもりじゃったが、昨日の奴らは弱すぎた。こんな奴らにフェニクスが負けるわけないと思っての、残りを探しておったのよ」

「当てつけ…確かに勇者パーティを倒せばフェニクスより強い証明になるってわけか。でもタイミングが悪かったな」

「カカ!もうどうでもよいことじゃ!肝心のフェニクスが復活した今、本人を叩くのが一番気持ちよいわ」

「悪いがこっから先は俺が相手をする」

「ほう、なら魔王フェニクスを倒した実力とやらとくと見させてもらおう」


ニヤついていたハルパスの顔が突然視界から消えた。


次の瞬間、念のためにと持ってきていたハイパーシールドのオートガードが作動した。


別に無断でハイパーシールドを持ってきたわけではない。


オーバーヒートして動けないハイパーから託されたのだ。


理由は分からないが戦闘になることを予想していたのかもしれない。


「盾!?人間にしてはいい反応じゃ」

「嘘だろ。何にも見えなかったぞ」


ハルパスの拳を防いでいる盾が、バチバチと音を立てている。


直撃していたら即死していたかもしれない。


思わず直撃したことを想像してしまい、背中に冷や汗が流れる。


「ふむ、拳は届かぬようじゃ」

「サンダーストライク!」

「そんな低級魔法効くわけ、ガッ」


反撃されるなど思いもしなかったのかはたまた自身の防御力に自信があったのか、拳を突き出したままのハルパスは隙だらけだった。


原理は知らないわが、ハイパーシールドは手で持たずとも自動で攻撃を受けてくれている。


この状況で攻撃しない理由はないので、自分が使える魔法の中で一番威力があるサンダーストライクを唱えた。


本来、ハルパスほどの強者にダメージを与えられる魔法ではないのだが、神杖アスガルドは充電することで魔法の効力を増幅させる能力があった。


能力で電気を供給している間はどんな魔法であろうと最高の威力で放つことができる。


『発電長』の電気のほうが桁違いに威力があるのだが、魔法の電気は大気中であろうとも指向性を持って任意の方法に放つことができる利点があった。


「バ、バカな!ワシの体にダメージを与えるとは」

「流石にこの魔法だけでは倒せないか」

「人間風情がよくもやってくれたな!次は本気でいくぞ」

「ア、アイスラン!エアジェット!」


さっきと同じ拳による殴打かと思ったが、直前で違和感を感じる。


直感でこれは防げないと判断し、咄嗟に移動用の魔法を唱えた。


魔法で地面と足裏に氷を纏わせ摩擦を少なくしたところに、空気を押し出す反動を利用して一気に距離を離す。


その判断は正しかったようだ。


再び拳を受けたハイパーシールドは弾き飛ばされ、さらに余波で地面が大きく抉れていた。


「これは盾では受けきれないのじゃな」

「お前の魔法が強力すぎるんだ」

「カカ、力の差を理解したようじゃな!ワシの魔力の本質は暴風、解き放てば貴様らなどけしつぶ同然よ!」

「でも、今の攻撃はそれだけではないんだろ?」

「ほう、一度見ただけで見抜いたのか」

「今の攻撃は風の魔法だけでは説明がつかないからな(あともう少しだ)」

「よくぞ見抜いた!暴風とは外に拡散する力のこと、それだけではいくら魔力を注ごうが散らばるばかりで、威力は一向に上がらん。そこで力の向きを内に収束するように変化させ、拳と共に相手にぶつける。すると見ての通り!この頑丈な城であっても大穴ができるという理屈じゃ」

「やけに親切に説明してくれるんだな」

「賢しい貴様なら、知れば知るほど、恐怖に慄き愉快に顔を歪ませてしてくれると思ってのぉ。じゃが期待外れのようじゃ」

「いや、十分恐怖していたよ。準備が済むまではな」

「何?」

「氷が溶けて、お前の周りに水たまりが出来ているだろう」

「水?もしやまた電気魔法か?あの程度くるとわかっておればいくら受けようと」

「違う!お前がくらうのは直の発電長だ。リケージ!!!」


長々と説明してくれたおかげで、アイスランで凍った地面の氷が溶けて水へと変化していた。


先の攻撃で地面は窪み、ハルパスのいる位置が周囲より低くなっていたのも好都合だった。


発電長の能力全開で漏電させた電気は、水を伝ってハルパスを襲う。


「オ゛オ゛オ゛」

「はぁはぁ、まだだ!」


発電長で作り出せる電気に限界はなかった。


だがそれは、一定の出力で継続して発電した場合のことだ。


瞬時で出力できる電気には限界があり、もし出力がオーバーシュートしてしまったら、保護装置が働いたように一時的に発電が不可能となる。


大部分の電気が地面に逃げることになる今の状態で、発電長を使い続ければいつオーバーシュートしてもおかしくない。


それでもハルパスにダメージを与えるため、無理やり出力を維持しようとしていた。


「くそ、周波数が乱れる。これ以上は」

「オ゛オノレ、許さんぞ」


バサッ


発電限界が近づき、出力が乱れた一瞬の隙にハルパスは遥か上空に飛び去った。


「ゼェゼェ、もう手加減せぬ。この大地ごと消し去ってやる」


上昇したハルパスは両手を掲げ莫大な魔力を放出している。


おそらく大魔法を使うつもりなのだろう、強大な魔力により両手がドス黒く染まっていくのがこの距離からでも確認出来た。


「ワシが唯一名前をつけた魔法じゃ。圧縮された大気の熱に焼かれるがよい!ストーム・トリニティ!!!」


ハルパスの頭上には破壊という概念が形となったかのような魔法が渦巻いている。


あとは腕を振り下ろすだけで魔法が発動する…はずだった。


「死ね!」

「ガッ、なんじゃこれは!?」


突然、ハルパスの体が見覚えのある光刃に貫かれる。


「あ、あれはエクスカリバー?」


勇者パーティの象徴、この国のものなら誰もが知る黄金に光輝く刃。


すでに虫の息だったハルパスは無慈悲にも真っ二つに切り裂かれた。


「ぎゃあぁぁあ」

「カーボンと…もう一人誰かいる」


ハルパスは塵となって消滅しストーム・トリニティもそれに合わせて霧散する。


「やった!やってやったぞ!俺をコケにした報いだクソ魔人め!!

「おめでとう。これで貴方を脅かすものはいないわ」

「…ふん、もういいだろう。降ろせ」

「つれないわねぇ、もしかして高い所が怖いのかしら?」

「うるさい!いいから黙って降ろせ」

「はいはい」


空中にいるカーボンを抱き抱えるように後ろから、新たな魔人が現れた。


柔和な表情に艶のある唇が妖艶な雰囲気を醸し出している。


手足は人間のそれに近い形状をしているが、艶やかな濃紺色の翼と捻れたツノが魔人であることを主張していた。


その魔人はカーボンとゆっくり地上に降りてくる。


「お前、まだこんなところを彷徨いていたのか?どうやら、エレの命が惜しくないとみえる」

「なっ…そ、それよりさっきのエクスカリバーはどうなっている?並のチャージではあの威力は出せないはずだ」

「ハハハ…分かっているんだろう?お前の国から奪ってやったんだよ」

「この城の電気もそれで…もう電気は使わないといっていただろ!」

「忘れたな、そんなこと」

「なあ、やっぱり電気が必要なんだろう?昨日のことは俺も忘れるから元に戻そう。今ならまだ」

「黙れ!この世界の人間でもないくせに!」

「っつ!?」


怒声を上げ、まだチャージが残っているエクスカリバーで斬りつけられた。


ハイパーシールドが自動で攻撃を受け止めてくれなければ危なかった。


いきなり攻撃されるとは思わなかったので反応が遅れのだ。


エクスカリバーを受け止めたハイパーシールドはまばゆい火花を飛び散らしている。


「クソ!盗人め」

「やめろお前と戦う理由は」

「まだ、帰る場所があると思っているのか?能天気な奴め!」

「まさかパワジェネを!?」

「いつも見下してるお前が悪いんだよ」

「な、なんのことだ」

「死ねよ!『発電長』!!!」


叫びに呼応するように、カーボンの全身から邪悪で濃密な魔力が滲み出る。


その魔力を取り込んだエクスカリバーは全体が黒く変色して、形状も禍々しく変化していく。


魔力を取り込んだ影響なのか斬撃の威力も跳ね上がり、光刃を受けていたハイパーシールドごと吹っ飛ばされた。


「なんだ…こいつは」

「教えてあげる、その力は本当の勇者の力よ」

「勇者の力だと」

「そうよ。あなたがおもちゃ(オーパーツ)なんて使って戦うから、発揮されなかった本当の力」

「はは!なんだか知らねぇが、すげー力だ!」

「それともう一つ教えて上げる。私の魔力の本質は精神…負の感情が優位になった生物を隷属させることができるの」

「は?…」

「ソウル・ドミネーション…これであなたは私のかわいい従僕よ。さぁ、私たちの城に帰りましょう」


魔人が手をかざすと、フェニクスが使ったものと同様のゲートが現れる。


魔法をかけられ大人しくなったカーボンは、誘われるようにその中に消えた。


阻止したかったが、吹き飛ばされたダメージで思うように体が動かない。


「マルファス!逃げるのか」

「あら、フェニクス生きていたの?残念ね、今回の魔王の座は私がいただくわ」

「なら、今すぐ戦え!この卑怯者め」

「ふふ、安い挑発だわ。でも今はだめ、ちゃんと従僕を使えるようになったら殺してあげる」

「おい、待たんか!」


マルファスと呼ばれた魔人は、カーボンに続きゲートの中に消えた。


「クソ、逃げられた」

「何者なんだ。あの魔人は」

「奴の名はマルファス。裏でコソコソと策を考えるばかりの陰気な魔人よ」

「そうか!カイガラビートルの卵を置いた張本人か」

「覚えておったか、奴の魔法は消耗が激しい、今戦えば確実に勝てたというものお」


連れ去られたカーボンのことは確かに気がかりだったが、それ以上にパワジェネがどうなったのか気になって仕方なかった。


だがカーボンのことだ、きっと有る事無い事を吹聴されパワジェネに俺の居場所はもうないだろう。


さっき見たエレのあの態度をみれば一目瞭然である。


それに目の前の魔人も問題だ。


素直についてくるとは思えないし、かといって放っておくのも危険な気がした。


「我は今すぐ奴を追う」

「その怪我でか?」

「今が絶好の機会なのだ。心配するな足手まといのお主は連れていかぬ」

「はぁ?」

「白鎧になるなら別だがな」

「フ、フェニクス、待ってなんだよ」


ゲートが開かれフェニクスとカナリーの二人はその中に消えた。


追いかけようとしたがゲートが閉まるのに間に合わず、一人残されてしまう。


急に一人になったせいで、俺は今まで何をしていたんだろうと、ふと我に返ってしまった。


孤独を嫌い、自分のこと顧みずに身を粉にして仲間に尽くしてきたつもりだった。


「(だが結果はどうだ?)」


仲間と思っていたもの達には裏切られ、必死に作った居場所も壊された。


積み上げたものをぶっ壊され、0に戻ったようだ。


「王!」


途方に暮れていると聞き慣れたエレの声がした。


まだ半日と立っていないはずなのに、やけに久しく感じる。


彼女に否定されるのが恐ろしくて、つい声とは逆の方向に向いてしまう。


このまま裏切り者と後ろから刺されてもいい気もしてきた。


「エレ…なんでここに」

「…失礼ながら、王を追跡できるように細工をしてありますので」

「相変わらず抜けめないことだな。裏切り者の俺を捕まえにきたのか?」

「先ほどのカーボンとのやりとりをみておりました。王が帰れなかったのは、私のせい…何ですね」


見ていたとはいえ、断片的な事柄しか分からなかったはずだ。


だが、頭の良い彼女ならそんな情報からでもどんなやり取りがあったか分かってしまうのだろう。


「もう隠す意味もないようだな」

「やはり!死んでお詫びします」

「それだと本末転倒だろうが」

「ご、後生ですから、と、と、と、止めないでぇ」


本当に死にかねないので全力で羽交締めにしているというのに、動きを止めることができない。


この細い体の何処にこんな力を蓄えているというのか。


物理的に止めるのは不可能みたいなので、作戦を変更するしかない。


「お願いだから落ち着いてくれえ!エレがいないと俺は何をやってもダメなんだ」

「え!?本当ですか?」


さっきまでの狂乱はなんだったのか、満点の笑みを浮かべてこちらを振り返ってくる。


作戦通りとはいえ、こうも落差があるとなんだか釈然としない気持ちになってしまう。


「わざとじゃないよな?」

「はて?なんのことでしょうか」

「こいつ」

「ふふ、これで置いていったことは許して差し上げます」

「エレ…ありがとう」


これが彼女なりの励まし方なのかもしれない。


今回の件で王としての判断は下の下もいいところ、世が世なら殺されていたかもしれない。


例え一人の臣下が犠牲になろうとも、カーボンの威力外交に屈することなく国益を守るべきだった。


ただ、俺には彼女を見捨てることはできなかったのだ。


臣下に迎え入れたときは抜身のナイフのようにキレていた彼女だったが、国の復興を進めていく過程で苦楽を共にしたことで心を許してくれた。


そんな今では盟友と呼べるほどの仲になった彼女を奪われる

くらいなら、これでよかったのかもしれない。


「私には勿体ないお言葉」

「国はどうなったんだ?」

「お察しの通りです。帰ることはオススメできません」

「そう…だよな」

「自由に生きて下さい。王がこれ以上、身を砕く必要はありません」

「自由に生きるか…それなら冒険者にでもなってみるか」

「冒険者ですか?」

「ああ、昔に共闘した冒険者の話がずっと気になっててな。ダンジョンの探索や魔物を討伐する生活に憧れていたんだ」

「なるほど…では早速参りましょう」

「は?ついてくる気なのか」

「もちろんそのつもりですが?」


予想外の答えに頭を抱えてしまう。


パワジェネには彼女が残るから大丈夫と思っていたのだ。


ほぼ全ての仕事を兼任していた彼女が抜ければ、パワジェネは立ち行かなくなる未来しか見えない。


「もともと私が忠義を誓っているのは、国ではなく王ただ一人です」

「だとしてもだな」

「滅べばいいんですよ。あんな私利私欲に塗れた薄らハゲ達なんて」


恨み節を話しながら露骨に嫌なそうな表情をしている。


俺の知らないところで他の臣下とバチバチに争っていたのかもしれない。


この様子だと何をいっても無駄だろう。


残った元臣下達には申し訳ないが、後のことは信じて任せるしかない。


「お二人さん、ちょっといいかしら?」

「ソックス、なんでこんなところに」


振り返るとそこには、仁王立ちするソックスの姿があった。


ご立腹のご様子だが、それはいつものことかもしれない。


「そんなことはどうでもいいでしょ。城の中でノックスから話は聞いたわ。ハルパスはどこ?」

「あぁ、カーボンがマルファスとかいう魔人と共に倒していったぞ」

「遅かった…カーボンが取られちゃう」

「なんのことだ?」

「マルファスってやつに唆されてるのよ!それでカーボンはどこ!?」


唆すというか魔法で操られて連れていかれたのだが、その旨を伝えたところで火に油を注ぐようなものだろう。


そう思い事実を伏せつつ、ここにはいないことを伝えるにはどうしたらいいか思案していた時だった。


「カーボン王なら、その魔人に魔法をかけられて連れ去られましたよ」

「あんたには聞いてないのよ狂犬」

「事実です。そうですよね我が王」

「ああ」

「嘘…」


本当のことを話したところでソックスは聞く耳を持たないと思っていたのだが、予想に反して力なくその場にへたりこんでしまう。


それもそうか、ノックスの話だと昨日のハルパスとの戦いで一番の功労者はソックスだと聞いていた。


きっとここに来るのにも相当気力を使ったはずだ。


にしてもエレの話し方に嫌悪感が滲み出ていた。


一悶着あったとはいえソックスも王なのだから、機嫌を損なわないよう気を使ってほしいところである。


「発電長、あんたなら助けられたんじゃないの?」

「………かもな」

「なら!?ッ…何が欲しいの、金?女?それとも王に戻りたい?」

「そんなものいらない。二度と俺とエレに干渉してこないこと、それとパワジェネの国民をちゃんと面倒みることが条件だ」

「はぁ、そんなこと?…まぁいいわ。カーボンを連れ戻して来てくれたら私からいってあげる」


このままエレと旅に出るのも悪くないと思っていたところだが、流石にフェニクスやカーボンのことを放っておくのも後味が悪いと思っていた。


ソックスとの口約束に何の意味もないかもしれないが、助けにいく動機としては十分だ。


ただ、俺が動いたところで助けられる保証はどこにもない。


いよいよ、自分のオーパーツ『零相トランス』を使う時なのかもしれない。


「そういうわけだ。旅に出るのはカーボンを連れ戻してからになる」

「…はい。仕方ありません」

「とはいっても、まずはどこにいったか探すところからだな」

「カーボンならエコロジ城にいるわよ」

「分かるのか?」

「愛の力ってやつよ。あはは、そんな顔して驚いた?」


自分では気がつかなかったが、それはそれは驚いた表情をしていたのだろう。


こんな重要な場面で愛の力なんて素っ頓狂なことをいわれたら、誰でもこんな表情をすると思うのだが。


「なんだ嘘か」

「そこの腰巾着と同じ魔法を私も使ってるだけ」

「!?」


今度は無表情だったエレが、バツの悪そうな表情をした。


嫌悪感を抱いている相手と同じ魔法を使っていたのが余程嫌だったのだろう。


だがこの様子だと、エコロジ城にいるのは間違いなさそうだ。


「みんな危ないから離れていてくれ。零相トランス」


右手を空に掲げて、そこから大電流を放電させる。


辺りに大規模なアークが飛び散り、周囲の空気をプラズマ化させている。


ピコンッ


零相トランスの起動音がすると、空間にガラスが割れたような亀裂が入った。


亀裂はみるみると広がっていき、およそ人が10人ぐらいの通れそうな大きさとなったところで、亀裂の入った空間が崩れ落ちる。


異次元と繋がった通路から純白の鎧が姿を見せると、崩れるようにバラバラにパーツが分離した。


分離したパーツは個々が意思を持つように飛来して、身体の各箇所に順次に装着される。


「何!その姿…ハイパーの鎧?でも色が違うわね」

「それが話に聞いていた零相トランスの姿なのですね」

「ええ!壊れて使い物にならないっていってたじゃない!?」

「管制システムオールグリーン、対魔生物殲滅兵装起動」

「あ!それ私のクリスタルメイス!」


周囲のオーパーツが宙を舞い零相トランスに吸い寄せられてくる。


クリスタルメイス、ハイパーシールド、神杖アスガルド、全てが初めからそこにあったかのように自然に装備されていった。


勝手に動作するので、また制御できていない可能性が頭を過ったがどうやらこれ以上は何もないみたいだ。


「よかった。今回は俺の意思で動かせそうだな」

「ちょっと、クリスタルメイス返しなさいよ!」

「外す方法が分からないんだ。終わったら返すから我慢してくれ」

「っ、約束は守りなさいよ」

「王、お気をつけて」

「ああ、ではいってくる」


おかしな感覚だが、鎧は自分の思考通り動くようだ。


エコロジ城の方に意識を向けると、背中にある筒から火が噴出され足が地面から離れた。


そう、翼もないのに空を飛んだのだ。


未知の感覚に戸惑っていたがシステムが優秀なのだろう、飛行には何ら悪影響はなくエコロジ城を目指して飛んでいった。


「いっちゃったわね。そういえばあんた、いつの間に発電長とわけありになったの?」

「な、なってません」

「はあ?でも狂った愛の魔法かけたんでしょ」

「魔法の条件を王に伝えたら、貴女を殺します」

「お〜こわ…そんな脅してこなくても、あんた達の色恋なんて興味ないわ」


そんな不穏な会話をする二人のことを、すでに遥か彼方を飛んでいた俺は知る由もなかった。


◆◆◆


エコロジ城の玉座に、虚な瞳をしたカーボンが鎮座している。


その脇をゆらりと飛んでいるマルファスは、下段にいる元魔王を嘲笑っていた。


「あら、元魔王様に追いかけてもらえるなんて光栄だわ」

「また策を練られては鬱陶しいのでな」

「強がちゃってかわいい。魔法を使った今しか、私を倒せないと思ったから追いかけてきたんでしょ?」

「分かっておるなら話が早い!今すぐその減らず口を聞けなくしてやる」


紅蓮に燃え上がった拳には、必殺の意志が込められていた。


直撃すれば骨の髄まで燃やし尽くされ、昇天することになる。


ガシィ


だがその拳が標的に届くことはない。


立ち上がったカーボンにより切り払われ、フェニクスは大きく後退することを余儀なくされた。


「雑魚が!そこをどかぬか!」

「………」

「あは、無駄無駄、今は私の支配下だもの声なんて聞こえてないわ」

「………」

「ぬはぁ!」


光刃が城の瓦礫諸共、魔人特有の硬質な皮膚を袈裟斬りにする。


カーボンはエクスカリバーの形状を細く長くすることで、攻撃が届く間合いを広くしていた。


咄嗟に腕を交差させて急所を守ったが、それでも甚大なダメージを受けてしまう。


「残念、次で終わりみたいね」

「フェニクス!」


カナリーの悲痛な叫びも虚しく、上段に構えられたエクスカリバーがトドメを刺すため、無慈悲にも振り下ろされた。


ドン!ドン!ドンッ!


突如として現れた純白の鎧にその攻撃は阻止された。


何層もある城壁をぶち破ってきたというのに、光沢のある白鎧には傷一つ付いてない。


「な、なんなのこいつは!」

「か、釜夫…」


乱入者の姿はこの場においては、異様な存在感をだしていた。


純白の鎧によく栄える白銀の翼には生物のような曲線はなく、無機物のような無骨で直線的なデザインをしている。


さらに複数のオーパーツで全身が武装され、全てがフル稼働していた。


盾を使った突撃をもろに受けたカーボンは、玉座を突き抜けさらに後ろの壁まで弾き飛ばされていった。


「待たせたな」

「うぅ、ほんとにその通りだ!その姿になるなら初めから連れてきたというのに」

「落とし前はつけるさ」


白鎧は左手をマルファスに向けると、掌の中にある結晶が光り輝く。


「ッ…貴様何者なの!?そんなオーパーツ見たことが…まさか異世界人!!」


◆◆◆


エコロジ城に向かって飛行している最中、鎧の内部が意外に快適なことに感心していた。


原理は不明だが、装甲が身体と直接密着しないように隙間が開くように作られており、適温に保たれた空気がそこを流動する仕組みになっている。


前に呼び出した時は意識が朦朧としてよく覚えてなかったが、これは嬉しい誤算だった。


「目的地周辺ニ、魔生物ノ反応ヲ検知」

「な、なんだこれ?」


フルフェイスで囲われた兜の内側は、モニターのようになっており、外の状況を逐次分析しては情報を映し出している。


城が視界に入ると画面が切り替わり、城壁の向こうが透けて見えるようになった。


「なんて恐ろしい技術なんだ…まずい、あいつ殺られるぞ」

「提案、最短距離ヲ強行突破スルコトヲ推奨」


思考を読み取ったのか、白鎧から作戦を立案される。


多少強引だと思ったが、考えてる時間はなかった。


「分かった。それでいこう」

「搭乗者ノ承認ヲ確認。自動操縦ヲ開始」

「おいおいおい」


何やら白鎧の様子がおかしい。


さっきまで思い通りに動いていたのに、今はその逆で白鎧の動きに身体が追従してしまうような感覚がした。


この状態は覚えている。


再誕前のフェニクスを一撃で葬った時の感覚だ。


ピクリとも手足を動かすことができなかったのに、この白鎧が装着された瞬間勝手に体が動き出した。


こうなるのが怖くて、あの戦い以降『零相トランス』を使うのを渋っていたのだ。


安易な気持ちで受け答えしたことを後悔してももう遅い、ハイパーシールドを前方に配し城に向かって加速していく。


そのまま3枚の壁をぶち抜き、勢いのままカーボンに激突した。


やりすぎたと思ったが、モニターの表示では健在となっているので生きてはいるようだ。


「作戦成功ヲ確認。自動操縦終了」

「う、動かせる。元に戻ったのか」

「か、釜夫…」


フェニクスは大きな切り傷を負っているようだが、こちらも健在と表示がされている。


むしろ危険と追加で表示がされていたが、半べそをかいてへたり込んでいる姿にそんな認識を持つことはできなかった。


「待たせたな」

「うぅ、ほんとにその通りだ!その姿になるなら初めから連れてきたというのに」

「落とし前はつけるさ」


カッコつけたものの、元凶であるマルファスに勝てる保証はどこにもない。


最悪、カーボンだけでも連れ帰ればいいかと逃げの選択肢を考えていた時だった。


「殲滅目標ヲ認識、最適兵装ヲ選択」

「えっと、なになに…指向性光学兵装?」


この世界の言語とは少し文体が違うみたいだが、概ねこういう意味だろう。


モニターに映し出された文字を頑張って解読していると、左手が勝手に動きマルファスに掌が向けられた。


「ッ…貴様何者なの!?そんなオーパーツ見たことが…まさか異世界人!!」

「対象ヲ排除シマス」

「こいつまた勝手に」


この白鎧には躊躇がない、好きさせると周りを全て灰にしかねない。


たが抵抗も虚しく左手が光り輝き、エネルギーが収束していくのが分かる。


「排除」


キュイーンという音が鳴り攻撃が発射される直前、瓦礫の中からエクスカリバーの投擲が飛んできた。


死角からの攻撃だったが、空中に浮いたハイパーシールドがオートでその攻撃を受け流す。


だがおかげで白鎧の攻撃は中断され、コントロールも戻ってくる。


「外乱ヲ検知、本機ノ保護ヲ優先…搭乗者ニハ、アンチエリミネーターモードノ起動ヲ推奨」

「絶対にだめだ!今後、自動で行動する行為は禁止だ」

「…マニュアルモードニ移行」


自分の意見を却下されて不機嫌にでもなったのだろうか、禁止を告げた後に妙な間があった。


まさか人間じゃあるまいし、そんなことはないだろうと気持ちをカーボンへと切り替える。


「………」

「やはり今までのカーボンとは何かが違う…操られているだけじゃない。さっきの突撃でダメージがないなんて」


これがマルファスのいっていた真の勇者の力というものなのか、瓦礫から立ち上がってきたカーボンは外傷を負っていないように見えた。


エクスカリバーが意思をもったようにカーボンの方へ吸い寄せられ、綺麗に手のひらの中に収まる。


すると邪悪なオーラを纏う光刃が現れ、切先が見えないほどの大きく長い形状を形作った。


そのまま縦に振り下ろされ、まともに受ければ唐竹割にされてしまうだろう。


咄嗟にハイパーシールドを右手に持ち最大出力で稼働させた。


シールドから発生した電磁場が攻撃を受け止め、斜めに軌道を逸らす。


体勢を崩したところにすかさずシールドごとタックルをお見舞いした。


完全に決まった!


そう思ったのだがタックルが当たる直前で、体勢を崩したカーボンがその勢いのまま地面を這うように低く伏せる。


足元に潜り込まれた俺はタックルの勢いのまま、カーボンに体に躓くようにぶつかる。


鎧の質量を考えると、何も防具をつけてないカーボンを蹴り飛ばすと思ったのだが、宙を舞ったのは自分の方だった。


宙空に放り出され隙だらけのところに、エクスカリバーで胴を一線に切られた。


オートガードも間に合わない、神速の攻撃を受けた箇所は熱を帯び装甲が赤くなっている。


致命傷にならなかったのは運がよかった。


縦振りをした時点ですでに出力が落ちていたのだ。


すぐに体勢を立て直し一旦距離を取る。


「あんなことができたのか?前のカーボンよりセンス良くないか」

「あはは、さすが覚醒勇者様だわ。早くそんなオモチャは捨てて本気を出すのよ」

「………」


マルファスの言葉に呼応して、カーボンは手に持っていたエクスカリバーを捨てる。


持ち主から手放されたエクスカリバーは、光刃が消え柄だけが残った。


「オォォ」


カーボンは両手指を組みこむように合わせ、そこから尋常ではないレベルで魔力を放出すると、濃紫色の光を放ち禍々しいオーラを纏っている一本の剣が出現した。


「美しい…それがあなたの本当の剣なのね。さぁ、かわいい下僕よ、その力で敵を打ち払うのよ」

「なんて馬鹿げた魔力…今生の我は短命だったな」

「おい、まだ分からないだろ…そういえばカナリーは?」

「だからよ。カナリーがいなくなるということは、それだけヤバイということよ」

「な、何とかならないのか?」

「こうなればヤケクソよ!あのクソ勇者に一泡吹かせてやるわ」

「待て、殺すつもりだろう?」

「何、案ずるな今の我では殺すことは叶わんさ。せいぜい支配を解く事ができる程度だろう」

「そんなことができるなら初めからやってくれ!カーボンさえ戻ればなんとかなるはずだ」

「はは!大船に乗ったつもりでおれ」


「発…電…長!!!」


濃紺の剣が殺意の塊が一切の加減なく叩きつけられる。


城を一刀で真っ二つにできるほど巨大な剣を避けることは不可能だ。


再びハイパーシールドを最大チャージして攻撃を受け止めた。


「なんて威力なんだ…おい、魔人無事か?」

「うむ、なんとかな」

「コロス、ころす、殺す!」

「くっ、な、長くは持たないぞ」


ハイパーシールドはすでに限界を突破して、全体が赤くなるほどの熱を帯びていた。


モニターにもオーバーヒートの警告が逐次点滅している。


「我は防御の魔法など知らん。大魔法で相殺ならできるかもしれんがな」

「相殺…そうかその手があったか」


このままハイパーシールドだけで攻撃を受けきるのはおそらく無理だろう。


ならどうするか…答えは簡単、こちらからも同様の攻撃を仕掛ければいい。


左手の光学兵器はなんとなく、嫌な予感がするので頼りたくない。


だがさっきエクスカリバーが捨てられた時に、モニターに新たな武装表示が追加された。


その名も…


「来い!二式電刃兵装・雷光丸」

「雷光丸ノ装着ヲ承認シマシタ」


名前を呼んだエクスカリバーこと雷光丸が、今度は白鎧の右手に吸い込まれるように飛んできた。


雷光丸を掴んだ瞬間、直ちに最大チャージを完了させ襲いくる魔力の剣にぶつける。


「とまれぇぇ!!」

「ガァァ」


光と光がぶつかると爆発したような衝撃波が発生して、カーボンと俺は吹き飛ばされた。


衝撃波は幾多の攻防で脆くなった城にトドメをさしたようで、残っていた城壁が崩れ落ちる。


「でかしたぞ!」

「!?」

「フェニクス?今更出てきて何するつもり」

「マルファス、我の魔力の本質を覚えておるか?」

「爆熱と再生…まさか!?」


膝をつき立ち上がろうとしていたカーボンの頭をフェニクスが押さえつけた。


もちろん抵抗されるが、体力の消耗が激しいのか振り払うことは出来ないようだ。


「そのまさかよ!」

「や、やめなさい!そんなことしたら私の魔法が」

「再生の炎で、お主の魔法ごと焼き尽くしてやる」

「………!?」


フェニクスの全身から金色の炎が吹き上がり、腕を伝いカーボンの身体まで伝播する。


一瞬カーボンを焼き殺すつもりかと思い止めようとしたが、炎の中で燃えているものは何一つなかった。


神々しい金色の炎はカーボンのキズを癒していく、ボロボロだった姿はみるみる新品のように整っていく。


しばらくすると炎は収まりフェニクスがその場に倒れた。


「大丈夫か!?」

「我の役目は果たした…後は任せたぞ」

「おい、しっかりしろ」

「再生の炎を今の魔力量で使えば、こうなることは分かっておった…さらばだ」


抱き起こしたフェニクスは体が灰となって崩れ落ちた。


突然の別れに魔人といえど一緒に戦ったものが死んだという現実に喪失感を覚えてしまう。


「死ぬことはないだろう」

「その声…お前発電長か?」

「支配されていた時のことを覚えてないのか?」

「なんのことかさっぱりだな」

「お前を助けにきたんだ。正気に戻ったのなら帰ろう」

「ふざけやがって、誰が思えの助けなど」

「ソックスからのお願いだ。大人しく帰ろう」

「なら力尽くでやってみせろよ。これが覚醒した俺の力だ!魔剣エクスカリバー」


カーボンは再び魔法で剣を出現される。


支配されていたころより魔力の量が増えているのか、纏っているオーラがより強大なものになっている。


「正真正銘、これで最後だ!」

「分かった。最後まで付き合ってやるよ」


この短期間に何度もカーボンの剣を見たことで、欠点があることに気がついた。


剣がデカすぎて大振りしかできない上に、持続時間も短いことだ


まさにカーボンを性格をあらわしたかのような魔法…故に初撃され凌ぐことができれば、後は隙だらけになる。


鎧の機動力で避けることもハイパーシールドで受け流すことも、何度も見た今なら容易くできるだろう。


だがどのような結果になろうと、カーボンが負けを認めることはない。


ならどうするか?考えた結果自分の出した回答は一つ…


「くらえぇ!!!」


三度振り下ろされる魔剣に対して無抵抗で攻撃を受けること、それが導き出した答えだった。


心の弱いカーボンに敗北感を与えれば、またマルファスの魔法の餌食されるかもしれない。


事実、こんな状況になってもマルファスはこの場を離れていない。


カーボンに未練があるのは一目瞭然だ。


「(これはケジメだ。元々この世界に俺がいることの方がおかしい)」

「警告、敵性勢力ノ攻撃ガ直撃シタ場合、本機二甚大ナ被害ガ発生スル可能性アリ」

「(エレのことは気掛かりだが、彼女は優秀だ。後のことは信じよう…)」

「回避可能限界地点突破、緊急離脱システム起動」

「は?おい!」

「搭乗者ノ思考制御ヲ切断、保護ヲ優先シマス」

「ポンコツがいうこと聞け」

「黙レ」


抵抗虚しく鎧が出現した時と同様に空間が割れると、その中へ吸い込まれた。


刹那の差で魔剣の攻撃を避けたので、側から見れば蒸発して消えたようにしか見えなかったことだろう。


◆◆◆


「やったか!?」


魔剣を振り下ろした後には何も残っていない。


それを見た俺は勝利を確信した。


「は、ははは!やった!ついに俺は発電長を超えたんだ」

「すごいわねぇ、ほんとに勝っちゃうなんて」

「魔人か…もうお前に要はない失せろ!今は気分がいいから、特別に見逃してやる」

「あら、案外優しいのね。ならお言葉に甘えて逃げようかしら、今のあなたを従僕にするのは無理そうだし」


当てが外れたマルファスは、ゲートを開き闇の中に消えていった。


ここで殺しておきたかったが、覚醒勇者の力は負担が大きいみたいで体も魔力も限界に近い。


マルファスという懸念が残ってしまったが、それ以上に発電長をこの手で葬れた高揚感が体を満たしている。


支配された屈辱を忘れるつもりはなかったが、今少しだけ生かしておくのも悪くないと思えたのもそれが原因だろう。


「新たな気がかりができたが、これからは俺の時代だ。あいつの国も他のやつの国も全て俺が統治してやる」


瓦礫の山で高々と宣言したが、誰もいないことに気がつき急に虚しさ襲ってきた。


「くそ、この城はもうダメだな。せっかく新カーボン城にしてやろうと思っていたのに…まあいい帰るか」


その後も無茶苦茶な政策を乱立させたカーボンは、民衆の支持を失い没落していくのであった。


◆◆◆


ゲート内部の異空間には魔人しか入ってこれない。


ひとまずここに逃れることができれば一安心といったところだった。


「はぁ、絶対あの白鎧が勝って勇者ちゃんの心が折れると踏んでいたのに」

「戦いは行方はどうなったんだよ?」

「え?それは勇者ちゃんの圧勝…ってあなたはだれ!?」

「あぁ、そういえば自己紹介をしてなかったんだよ。私はカナリヤ・アイランド、カナリーって呼んで欲しいんだよ」

「カナリー?あぁ、フェニクスと一緒にいた魔人ね。残念だけどあいつは死んだわよ」

「知ってるんだよ。フェニクスのことは何でも…あなたが持ってる種子を回収にきたんだよ」

「なんのことかしら?」


おそらく、種子とはフェニクスの灰から出てきたこれのことだろう。


綺麗だからと密かに懐に入れていたのだ。


ただの拾い物だが、こんな小娘に渡す義理などない。


「大人しく返してくれたら、痛い目に合わなくて済むんだよ」

「だれが、あなたなんかに!これは私が拾ったのだから私の…え?」


種子を取り出そうした、右手の感覚が突如として消えた。


所持しているのがばれているのなら、嫌がさせで見せつけてやるつもりだった、


取り返せないことを分からせることで、悔しがり懇願してくる表情を拝みたいと思ったのだ。


だが、その思いを果たすことはかなわなかった。


感覚の消えた右手に視線を向けると、手首から先が切り落とされていた。


「ぎゃゃあ、イタイ!?痛い!」

「同族だから殺さないであげるんだよ」


切られたと理解したことで、痛みが急に襲ってきた。


あまりにも綺麗な切断だったので、視界に入るまで切られたことを脳が認識しなかったのだ。


「わ、私の右手がぁ」

「それは。汚い手で私のフェニクスに触った罰なんだよ」

「はぁ、いったい…はぁ、どうやって」

「あなたにカナリーの糸は見えないんだよ」


用が済んだカナリーはゲート開き何処に消える。


その様子を見送ったあと、泣き別れた自分の右手を拾いあげる。


万全の状態なら接合面をくっ付ければ癒着が始まるのだが…


「はぁはぁ、だめ、くっつかない…」


魔人の回復力なら、失血死することはないだろうが痛いことに変わりはない、


右手がくっつかなかったどうなるのか、少なくとも自分の知見ではフェニクス以外で欠損した身体を再生できる魔人を知らなかった。


とにかく魔力が無くなる前に異空間を出なければならない。


異空間の中では魔力が回復しないのだ。


「まりょく!魔力が足りないわ。一体どこで選択を誤ったというの?覚醒勇者も支配して、フェニクスも再誕後すぐに死ぬようにしたのに…ハルパスさえ倒せれば、次の魔王は私のはずだったのに」


何とか最後の力を振りしぼし異空間から逃れた私は、見知らぬ森の中を彷徨っていた。


パリッ


完璧な計画が何一つ上手くいかなくて、失意の底に沈んでいると空間がガラスのように割れる。


自分たち魔人が使うゲートとは違う、割れたガラスの向こう側から誰か歩いてきた。


「新手の魔人?いや…」

「はぁ、やっと出てこれた…ここは?」

「お、お前は異能者!?」


中から出てきたのは魔人ではなく純白の鎧、死んだと思っていたがどうやら異次元に逃げて生き延びていたようだ。


「マルファスか!カーボンは…いない。よかった支配はされてないようだな」

「お前は死んだはずでしょ!なんで生きているのよ…いや、丁度いいお前だけは許さないわ」


魔王全盛だったフェニクスが勝てなかった相手に単独で挑む。


普段のマルファスなら考えられないが、この時は計画が全て潰され自暴自棄になっていたのだ。


少ない魔力を捻出して大魔法を唱えようとした。


「消えなさい!アビス」

「敵性勢力ヲ検知、リパルサー・レイヲ使用」


大魔法が発動するより前に、白鎧の左掌から攻撃が放たれてた。


視界が光で埋め尽くされ私の意識はこの世から消えた。


◆ ◆ ◆


「もしかして今のが光学兵装とかいうやつか?どう見てもビームだったな」

「敵性勢力ノ排除ヲ確認、緊急離脱システムヲ終了」

「だんだんと俺の聞かなくなっているような…それにしても、このビームを使わせなくて良かった」


マルファスに向けて放たれたリパルサー・レイは、射線上の全てのものを蒸発させていた。


攻撃は遥か遠くに見える、山のような大岩を貫通し向こう側の空が見えている。


城で使われていたら間違いなくカーボンを殺していたことだろう。


「これからどうするか…死んだ“フリ“になってしまった」


カーボンに倒されこの世界を去るつもりだったのが、想定外に生き延びてしまった。


生きていることがバレてしまっては、覚悟を決めて怖い思いをした意味がない。


「生き残ったのなら仕方ない。エレとの約束を果たそう」


そう思い事前に決めていた合流地点に向けて移動を開始した。


◆ ◆ ◆


エレとは元エコロジ国の領地の外れで合流する予定にしていた。


「王、ご無事で何よりです」

「王はやめろ話した通り、俺は死んだことになっているはずなんだから」


合流した後、経緯をエレに説明した。


これから冒険者として旅をするというのに、王という敬称はあまりに不自然だ。


「ではなんとお呼びしたらよろしいんです?」

「本名の釜夫で読んでくれ」

「よ、よろしいんですか!」

「ああ、それとその仰々しい敬語もやめろ」

「はい!」


とはいってもこれからどうしたらいいか皆目検討がつかなかった。


元エコロジ国以外の土地について全く知識がないのだ。


「さぁ、これからどうするかな」

「御心のままに」

「はぁ、とりあえず東に向かうか。確か冒険者の作った国があるって聞いたことがある」

「喜んでお供します」


「ホンキモドウコウシヨウ」


どこからか白鎧の音声が聞こえた。


まさかと思いつつ、音声のした方を向くとそこにいたのは


「ハ、ハイパー!?」

「釜夫、頼ミガアル」

「は?お前話せたのか!」


どうやら、俺が冒険者になるのはまだまだ先のことのようだ。

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