277
まずは先程同様九階全体を把握するためフロアマップを頼りにくまなく歩き回る。所々に空き店舗があり、寂しげな雰囲気が一層強まっていること以外は七階八階と特に変わらない構造になっていた。やがて九階の突き当たり、雑居ビルの最深部に到着した。
「まぁビルの中歩き回るだけで見つかるなら苦労しないわな」
そう言うと奈園は大きく伸びをした。もともとここに来る過程で見つかるとは思っていなかった様子だ。
「では聞き込み調査を始めましょう」
村君がペンと手帳と瀬田くんが写っている写真を取り出した。
「だな。─────あれ?」
通路の奥を見た奈園が足を止める。
「ねぇ村君、九階ってエレベーターないんだよね?」
「ええ、増築部分は階段しかないはずですけど」
「じゃああれ何?」
奈園の指差す通路の先にはエレベーターホールがあった。九階のフロアマップには記載されていなかった場所だ。
「エレベーター…みたいですね」
首をかしげながら村君が答える。
「七、八、九階を繋いでるやつかな」
「でもさっき七階にも八階にもエレベーターなんかなかったですよ。空調室じゃないですか?」
あれこれ仮定を述べつつ二人は通路を突き進む。着いてみるとそれは紛れもなくエレベーターだった。中央に溝のある鉄扉、上りを表す三角形の図形が書かれたボタン、階層を表示するためのモニター。そこの数字を見た奈園は驚きの声を上げる。
「二百七十七階!?」
そのモニターにははっきり『277』と表示されている。見間違いかとも思ったが隣にいる村君も同じように驚いているところを見ると、どうやら『277』で正解のようだ。
「いや、あり得ません。世界一高いビルですら二百六階ですよ。二百七十七階なんて、ましてや日本にそんな高さの建物はありません」
「じゃあこれはなんなんだよ」
「………ア、アトラクションか何かですよきっと。ほら遊園地とかにあるでしょう、『地下何百メートルの大冒険!』とかいうキャッチコピーのジェットコースター乗り場に案内する時に乗るエレベーター。本当は地下三階くらいだけど出口付近を洞窟っぽくしてあたかも地下深くにいるように見せるって…いう……やつで………」
後半は声が掠れてほとんど聞き取れなかった。現実逃避するため反論してみたものの、村君自身話しながらそんなことあるわけないと思っている様子だった。消沈した村君を横目に奈園は考える。
「おふざけで作ったにしても意味が無さすぎるし、というかこんなとこに作っても誰も見ねぇだろ。モニターの故障にしたって三桁表示されてんのは変だしなぁ。まさか本当に二百七十七階建て…なわけないし、う~ん…。ん?」
考えながらホールをうろうろしていると壁際に何か落ちているのを見つけた。それはリストバンドだった。
奈園は聞き込み調査で使う予定の瀬田くんの写真を取り出す。写真には瀬田くんと友人たちが写っており、四人全員腕にお揃いのリストバンドを付けている。今、目の前に落ちているものと同じだ。
キーホルダーやストラップと違い、腕にはめるリストバンドはそうそう落とすものではない。仮に落としてもすぐに気づくだろう。拾われもせずに落ちたままということは、つまりここで何かがあったということだ。普通なら誘拐事件かもしれない、と考えるところだが何せ今は場所が場所だ。『何かがあった』の『何か』の部分にこの得体のしれないエレベーターが関わっているのは明白だった。
「マジかよ…」
奈園は大きくため息をついた。