推測
身支度を整えた村君が商店街に到着すると奈園が不機嫌そうな顔をして入り口に立っていた。
「なんなんだよいきなり」
開口一番不満を口にする。電話越しに『ジュースはもういいんで大至急隣町の商店街に来てください』とだけ言われてわけもわからずここまできたのだから当然だ。
「さっきの子から依頼を受けたんですよ。今から商店街の雑居ビルに向かいます。詳しいことは道すがら説明しますから」
「あぁそうなん。んであの子は?」
「同行させるわけにもいかないので事務所で待機してもらってます。白瀬が面倒見てるから大丈夫ですよ」
「手際いいな…お前」
「助手ですから」
村君は得意げな表情を浮かべる。久々の依頼でテンションが上がっているのはどうやら奈園だけではないようだ。
そして村君は先程の依頼の内容を奈園に話しながら早足で商店街を駆け抜けた。
「…というわけで六時を目安に家まで送り届けるのが最終目標ですね」
一通りの説明を終えた辺りで目的のビルに到着した。最初は不貞腐れていた奈園だったが話を聞き終える頃にはすっかり機嫌も直り、目を輝かせていた。
「なるほどな。任せろ、何人たりともこの俺の目から逃れることはできない!」
「人捜す時に言う台詞じゃないと思います」
二人は雑居ビルに足を踏み入れた。
エレベーターホールに行き階層表示を見た奈園は不思議そうに呟いた。
「あれ?六階までしかないじゃん。九階建てなんだよね?このビル」
「建設当時は六階建てだったが想定を上回る繁盛っぷりを見てテナントを希望する店が殺到。急遽増築され九階建てになった…だそうですよ。増築部分にはエレベーター通ってないみたいですね」
いつの間に調べたのか村君が建物の歴史を説明した。
「へぇ~」
気のない返事を返しながら上りのボタンを押す。エレベーター待つ間、しばらく沈黙が続いていたがやがて奈園が口を開く。
「ん?ちょっと待てよ。おかしくないか」
「何がです?」
「森の中とか廃村とかならいざ知らず、ビルの中ならいくら迷子でも外に出るくらいのことはできるでしょ。中学生なんだし。百歩譲ってビルから出られなかったとしても店閉める時に警備員に見つかって補導されてるはずだぜ。なんか流れで九階目指してたけどさ、今から行ったっているわけないだろ」
奈園の意見は尤もだった。瀬田くんが行方不明になったのは昨日の夕方なので未だに九階に留まったままとは考えにくい。
「いきなり核心を突く推理しますね。まるで探偵みたいですよ」
「まるで、みたい、じゃなくて探偵そのものだよ。これでも」
村君のからかいに奈園は自虐気味の返しをする。二人は漸くやってきたエレベーターに乗り込むと六階のボタンを押した。他に乗客はいない。
エレベーターが動き出すと村君は先程の奈園の推理に反論を始めた。
「確かに先生の言う通り外に出るなり補導されるなりで既に九階にいない可能性はありますね。けどもしそうなら少年がうちの事務所に来るのはおかしいですよ。今朝家を訪ねた時に無人だったからこそ彼は捜索依頼を出したんです。自力脱出か補導なら家にいるはずでしょう」
村君の反論も、これまた尤もだった。今朝の時点で家にいないということはつまり、自力で家に帰った可能性と補導されて送り届けられた可能性がなくなったことを意味する。
「まぁ誰にも告げずにいきなり家出した、なんて可能性もなくはないですが…初手で考えるにしては突拍子もないですからね。『入り組んだ造りの増築部分で警備員に発見されないまま未だに迷ってる』と仮定してまずは九階目指しましょうよ」
「そうだな」
二人の考えがまとまったところでエレベーターの上昇が止まり、アナウンスが流れた。
『六階です』