プロローグ
探偵は地味な商売だ。失せ物探しや人捜し、浮気調査や信頼調査などの地味で地道な仕事をコツコツとこなして日銭を稼いでいる。漫画やドラマのように難事件を華麗に解決!なんてことはない。美術品を盗む怪盗も密室で殺される被害者もフィクションの中だけの登場人物だ。実際の窃盗犯や殺人犯は探偵が出る幕もなく警察が捕まえてしまう。
そんなわけで今日もこの探偵事務所は閑散としている。無駄に豪華な社長椅子に腰かけている探偵と来客用のソファーに寝転んでいる助手の二人が退屈そうにダラダラと過ごしている。
「やっぱり表に看板立てた方がいいんじゃない?」
暇に耐え兼ね奈園が問う。
「知名度のせいじゃないですよ」
村君は漫画を読みながら素っ気なく答えた。
この町は平和なうえ治安がいい。落し物は流れるように交番に届けられるし浮気するような不貞な輩もいない。そのおかげで奈園探偵事務所は他の探偵事務所に比べて格段に依頼が少ない。最後に依頼が舞い込んだのは十日前の花火大会の後片付けだった。
「昼何にする?」
依頼人を呼び込む作戦会議があっという間に終わってしまったので別の話題を持ちかける。壁際の振り子時計は十二時三十分を指していた。
「イタリア料理がいいですね」
間髪入れずに村君が言う。いつもはあれこれ悩んだ挙句になんでもいいと言うくせに今日はやけに具体的だな。さてはさっき読んでた漫画でイタリア料理が出てきたな。レベルの低すぎる推理を繰り広げていると事務所の扉が遠慮がちにゆっくりと開いた。
「す、すみませ~ん…」
おずおずと顔を出したのは小柄な少年だった。中学生くらいだろうか。
「あの、奈園探偵に依頼があって…」
突然の来客に二人はしばらくきょとんとしていたがようやくその少年が探偵事務所にやってきた依頼人だと理解すると奈園は大喜びで叫んだ。
「らっっしァーーーッせ!!」