2. 『ノウリョクフヨ』
「はいはい、新入りだよ。」
シノがそう呼びかけると、天井も床も真っ白なリビングに集まっていた人間の目が、一斉にこちらを向く。ある者は好奇心で目を輝かせて。ある者は怪訝そうに顰めながら。仲がいい子の後ろにさっと隠れた者もいた。
同じ生成りの服に身を包んだ彼らは、リビングの床に横たえた新入りを囲む。
水だ、と誰かは言った。
体を拭く物を、とお湯を汲みに行った。
毛布でくるもうかと、自分の毛布を取りに行き、
もうこれは必要ないねと、赤札をちぎる。
そんな彼らの様子を、シノとイオリはリビングのダイニングテーブルに腰をかけながら眺めている。イオリの顔を覗けばすっかり研究者の顔で、彼らに異常がないか顔色を見ていた。
その日の夜。
電気を消したリビングには、青白い月明かりが刺していた。毛布にくるめられた彼は未だに目を覚まさない。
リビングに2人の影が音もなくぬっと現れた。イオリの白衣の裏に刺さっている注射器が擦れて、カチャリと鳴ってみせてそれが唯一の音であった。
ごろりと横を向いた新入りの頭。シノがその首筋にはぐりと噛み付いた。
ちゅるっと口内に入ってくる彼の血液。思わず、不味いと呟く。
「ろくなもん食べてないんだ。しょうがねぇだろ。」
けほけほと咳込めば、隣から薄紫のグラスが差し出される。中の水を一気に煽れば、鉄の匂いは喉の奥に消えた。
「さて、何の能力かね。」
「そもそも、彼は生きているのか、からだけど。」
一仕事終えてふっと笑いあった後、リビングに彼を残して、2人は消えた。