太田悠里
「ほう、このあたしに茶道部で出すお茶請けを作れと?」
茶道部員の同級生の言葉を聞いて、太田悠里は眼鏡のフレームを中指で押し上げた。その仕草は若干芝居がかっていた。
「そう。週末に茶道部の一時代を築いてくださったOGの方々がお見えになるの。あの方々を喜ばせられるお菓子を作れるのはあんたしかいないと思って」
「ああ、よく話に聞くあの人らね。そらフツーのもんじゃ喜ばれんかもな」
悠里はウンウン、と首を立てに振った。
茶道部は数ある部活の中でもとりわけ濃い生徒が集まることで有名である。活動内容もそんじょそこらの茶道部と一線を画しており、この前悠里が覗きに行った折にはなぜかお茶を立てずアルティメットタックボールをやっていた。悠里はそれを見て「茶道部はわび・さび・狂気が入り混じった場所」と評したが、一応は褒め言葉だ。
「まー、太田ちゃんには拒否権はないけどね」
「なんで?」
「茶道部に顔出してはいっつも茶葉せびってくるけど全然お返しくれてないじゃん。茶葉は安物じゃないんだよ? 先輩らはいつも『もってけドロボー!』なんて言いながらホイホイ渡しちゃうけどさ。一回ぐらいお礼してあげてもいいんじゃないの?」
「お礼はあたしの笑顔でじゅうぶんだろう? わはは」
途端にバチバチ、という不自然な音がした。同級生の手にはスタンガンが握られていた。アルティメットタックボールで使っているれっきとした部の備品だ。
「うおおい、ちょいちょいちょい待て。話せばわかる」
「出力弱めでも(表記不能)や(表記不能)を刺激したら超痛いんだよ? 逆にそれで変な性癖に目覚めちゃったのが茶道部の中にいるんだけどさ。激痛を味わうか変態さんになるかどっちがいい?」
「どっちもヤだよ。わかったわかった。やってやるよ。だから物騒なもんはしまいな」
「楽しみに待ってるわね」
このとき、太田悠里の頭の中ではすでにお茶請けのレシピが完成しており、その日の放課後に早速試すことにした。
悠里は料理部に所属している。和食洋食中華スイーツと幅広いレパートリーを持っているが、彼女にしか作れない、いや正確に言えば彼女しか作ろうとしない料理がある。今回作るのは饅頭だが、悠里にしか作ろうとしない料理の類に入るものだった。
見た目は白い饅頭に過ぎない。しかしながら悠里は邪悪で満足げな笑みを浮かべた。
「太田ちゃん、凄い顔してるけど何作ってるの?」
高等部一年の先輩、朝倉夏樹が買い出しから戻ってくるなり尋ねた。
「おー朝倉先輩。できあがっちゃったんだよ。星花女子学園茶道部を見事に表現したスイーツが」
「茶道部……? 部員が濃い子ばかりだけに甘みが濃い、とか?」
「いやいやそんな単純なもんじゃねえ。とりあえず中を見たらわかるよ」
「?」
夏樹は饅頭を一個手に取って二つに割った。
「わっ、わわっ!?」
条件反射的に手放してしまった、割られた饅頭は宙を舞い元の皿の上にぽとりと落ちた。
「なっ、何入れてんのっ……」
「にひひひ。どうよ? 星花女子学園茶道部は傍目から見りゃお嬢様らしい王道的な部活だけど、実態はわびとさびと狂気の世界。そいつを上手く表現できてるでしょー?」
「いや、だけどこれはさすがに……」
「何? 味見してみたいって?」
「え、遠慮しとく!」
「まあそう言わずに食いなよ、朝倉先輩」
「いやー!」
「食えや先輩! ほれほれ!」
饅頭を手に迫る悠里と逃げ回る夏樹。結局夏樹は食べなかったが、味は思った以上の出来で茶道部どころか理事長のおやつに出しても恥ずかしいレベル、というのが悠里の自己評価であった。
*
そして週明け。
「太田ちゃん……あれ何なの?」
「おう、美味しかったろ?」
「味のことを聞いてんじゃないの。見た目の話よ」
同級生の子が見せつけたスマホの画像。茶道部OGのお姉さまたちがにっこりと笑って饅頭を二つに割って餡を見せつけていたが、白くシワが入った粒状のものが入っていた。
「まさか、芋虫を入れてくるなんて……!」
「芋虫じゃねえ、蜂の子っつーの。は・ち・の・こ」
「何よはちのこって」
「スズメバチの幼虫だよ。白あんと一緒に包んでみたんだけど、蜂の子自体にも淡い甘みがあるからな。濃淡の甘みのハーモニーは茶によく合っただろ?」
「味のこと聞いてんじゃないつってんの! まあ、OGの方々含めてみんなキャーキャー騒いで喜んでたけどさ……」
「なら良かったじゃん。ミッション成功!」
「私は虫がだいっきらいなの! いくらみんなが良くても私の中では0点だからね!」
「おいおい、そんな好き嫌い言ってちゃ茶道部やっていけねーぞ? 虫の一匹二匹食えねーで何が茶道部よ」
「……じゃあ茶道部が何たるか、ちょっとだけ体験させてやるわ」
バチッ。
「グワーッ!!」
スタンガンの電撃を鼻面に浴びせられた悠里は悶絶した。
太田悠里15歳。長野県は北アルプス地域生まれ。長野県は昆虫食が盛んな土地であり、悠里もまた昆虫を好んで食べる。料理部の部室には悠里が故郷から持ち込んださまざまな食材用昆虫が保管されているが、今のところ使うのは悠里しかいない。