34.クリスマスパーティー
勇也は、親父を加佐未北駅で見送った後、その足で北上して氷上駅に向かった。
いつもの秘密基地で、美雪がとっておきのクリスマスパーティーを開いてくれるのだ。
自転車を一足先に送ってしまったので、初めて電車に乗って向かっていた。
いつもは自転車を漕いで向かっていただけに、その移動は少し新鮮だった。
勇也は手に小さな箱を持っていた。
その箱にはきれいな包装とリボンがかかっている。
そう、美雪にあげる為に買ったプレゼントだ。
重たいと言われるかもしれないが、離れ離れになる前に何か想いを形に残しておきたかった。
勇也はそのプレゼントを大事に持って、氷上町に着く迄、電車の窓から谷川の街並みを眺めていた。
山手の方は更に冷え込んでいるのか、氷上町に近づくにつれてパラパラと雪が舞い始めていた。
「雪か……」
この景色も、これで暫く見納めになる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
五時過ぎに、あのゲームセンター跡地の前に着いた。
冬の日の入りは早く、既に辺りは暗くなり出していた。
ちらほらと雪が舞い始めており、この勢いのままでいくと少し積もるかもしれない。
初雪でホワイトクリスマスとは随分と味なことをしてくれるものだ。
勇也は腕時計を見て焦る。予定よりも到着が遅れてしまった。
「やばいな……、氷上駅からここまでの距離を見誤っていた。四時半に来てって言われてたのに。美雪の奴、怒っているかな?」
勇也はゆっくりと中に入った。
ふたりだけの秘密基地のドアから、明かりが漏れている。
「やっぱりもう来ている――――」
その時だった。
「ゆーちゃああああああああああん!!」
「……!!」
美雪の叫び声が聞こえた。
勇也は部屋に駆け込んだ。
部屋に入った途端、勇也は我を忘れた。
美雪が、あの変質者に襲われていたのだ。
黒いコートに、黒いサングラスと目出し帽。
間違いなかった。
勇也は、慌てて変質者に掴みかかった。
その体格差は、なかなかに大きい。
「お前ぇ! よくも美雪にぃ!!」
バキッ!!
勇也は、怯みもせずに、その男を殴り飛ばした。
黒ずくめの男は身じろぐ。
こんなに勇也は強かっただろうか。
それもそうだ。
命よりも大切な、美雪に手を出されたのだ。
普段の勇也なら絶対にケンカなどしたりしない。
自分が弱いことを自覚しているからだ。
――だが、今は違った。
激しくその男と殴り合う。
相手に何度倒されても、起き上がって立ち向かった。
「馬鹿野郎! こんなことをして何が楽しいんだ!!」
バキイィ!!!
勇也のパンチが男の頬に直撃した。
男が掛けていた、黒のサングラスと、目出し帽が吹っ飛ぶ。
「お、お前は――――!!」
勇也はその顔を見て驚いた。
「き、岸山……」
なんとその男は、生徒会会長の岸山だったのだ。
信じられなかった。優等生のはずの岸山が、どうしてこんな馬鹿げたことをしているというのか。
「ゆーちゃん!!」
美雪が、勇也に抱き付いてきた。
彼女の着衣は少し乱れていたが、大したことは無さそうだった。
「美雪、何ともないか?」
「う、うん……」
辛うじて何ともなかったようだが、美雪はガタガタと震えていた。
勇也の身体中に怒りが込み上がってくる。
あと一歩遅かったら、美雪がこいつに……!
勇也は岸山に向き合った。
「今までのことは、全部お前がやってきたと言うのか!?」
「…………」
「どうなんだ、答えろ! 岸山!!」
すると、岸山は大声で笑い出した。
「ハハハハハハハハハハハハっ!!」
「何がおかしい……!?」
「……全ては復讐だよ」
「復讐?」
「そうさ、これは復讐なんだよ。ボクを馬鹿にしてきた奴らに、復讐をしているのさ」
岸山は、落ちたサングラスの代わりに、お馴染みの牛乳瓶の底のような分厚いメガネを取り出すと、掛け直した。
その目付きは常軌を逸していた。
「でもね。ただ相手を殴る蹴るだけじゃ面白くない。ボクは女には興味は無いが、それなら憎む相手の大切な人を傷付けてやろうと思ってね。その方が楽しいだろ? 精神的にズタズタにしてやれるんだからね」
勇也はそれを聞いて、はっとした。
一人目の被害者である野崎は、岸山に石を投げ付けて、ガラスで怪我させた三年生の彼女だった。
他にも数人被害者が居るという噂はあったが、勇也は把握してなかった。
となると、被害者は皆、岸山に関係する人物だったということか。
「それじゃ、どうして美雪を!?」
「ハハハハ……っ!! 木下クン、今ボクが一番憎いのはキミなんだよ」
「……!!」
「最初はそんなことなかったさ。ボクはキミが大好きだったから。むしろ尊敬すべき憧れの存在だと思っていたから」
「えっ!?」
「……中学の頃から自分の外見や言動からずっと孤立していて、勉学に逃げ道を作っていたボクは、K高校に特待生で入学した。入学式で学年代表としてキミがスピーチをしているのを見たのが、ボクが初めてキミを認知した時だった。苦手ながらも一生懸命頑張っているキミに親近感を抱いた。その後も試験の度に上位に入るキミに胸が躍った。興味を持った。……そんなキミを見習って、自分を変えるために、無理言って早く生徒会会長になったんだ」
「……そ、そうだったのか」
そんなにも前から認知されていたことに、勇也は驚いた。
「……生徒会で実際にキミと行動するようになって、改めてキミの素敵な部分にたくさん触れられた。友達もいるし、彼女も居るキミを見て、高揚した。好きになった。絶対にキミを超える存在になりたいと、日々頑張った」
「…………」
「だけど、キミはボクを裏切ったんだ! 覚えてるだろ、あの勉強合宿の時のことを!!」
「はっ!!」
あの時の言葉が思い出された。
『お前は一体なんなんだよ! いつもいつも俺を追い回して!! 少しはこっちの迷惑を考えろよな!!』
『岸山、三ツ谷を押しのけての首席、おめでとう。凄いな』
勉強合宿中の勇也は、岸山を強く拒絶する言葉を吐いた上、勉強にまともに集中できず、順位を落としていた。
その状態を悔しがりもせずに、最後には岸山の首席を讃え笑った。
そんな勇也の姿を見て、岸山は酷く失望していたのだ。
「もしかして、お前……」
「ボクはあの時、自分を見失ったんだ。木下クンも結局は他の低俗な奴らと一緒なんだと痛感した。凡俗で、自分に誇りも無いような奴を、ずっと目標にしていた自分が恥ずかしく、許せなくなった」
「岸山……」
「キミという目標を失ったボクは、どうしたらいいか分からなくなった。……だから、キミも同じ目に遭わせてやろうと思った。神代唯をターゲットにしてね」
「!!」
「しかし、彼女は西山クンの女だったらしい。すっかり勘違いしていたよ」
「それで神代さんを襲ったと言うのか!?」
「いやあ、西山クンには、左腕を見事に折られちゃってね。ほんと失敗だった」
岸山は左腕にガッチリと巻かれたギブスを見せる。
「お前……」
「だからキミとお別れとなる日に、本当の彼女が泣き叫ぶのを見て、歓喜して貰いたかったんだよ」
岸山は、勇也に対して歪んだ愛情表現を示している。
それ程までに深く傷付き、追い詰められていたというのか?
「いい加減にしろ! 岸山!」
勇也は、岸山の胸倉を掴むと、そのまま壁に押し付けた。
「ぐっ……!」
「昔の俺は勇気がなかった。今のお前のように他人に拒絶されるのが怖かった。だから敢えて他人と接触しようとはしなかった」
「…………」
「でも、今は違う! 俺はたくさんの仲間たちと接して、勇気を手に入れた。それを、美雪から、神代さんから、学校のみんなから……、そして岸山、お前からも学んだんだ!!」
「ボクからも……?」
「ああ。ずっと言葉には出せなかったが、俺はお前をずっと尊敬していたんだ。相手を問わず、怯まずに話せるその豪胆さに。《不動の魔人》さえも凌駕するその勉強量に。……なのに、どうしてこんなことをしてしまったんだ? 岸山は岸山だ。他の誰でもない。お前はお前の良いところを伸ばして、嘲笑っていた奴らを見返してやればよかったんだ!」
「……木下クン……」
「他人に傷付けられる辛さは、お前が一番知ってるんじゃないのか!? 自分がされて嫌なことを、どうして相手にもするんだ!! 俺は悲しいよ……、胸が苦しいよ……」
「……う、ああ」
「俺は、そんなお前を見たくなどなかった。がっかりさせないで欲しかった。……でも、それよりも、済まなかった。お前がここまで追い詰められていることにずっと気付けずにいて」
「……ああっ! あああああっ!!!」
岸山は、耐えかねて外に駆け出して行ってしまった。
もしかしたら、ようやく自分の過ちに気付いたのかもしれない。
本当ならば、岸山を捕まえて、然るべき場所に連れていく必要があったのだろうと思う。
だが、その時間は残されていなかったし、何よりもその必要は無い気がした。
岸山は自分の過ちを認めたからこそ、逃げ出したのだ。
だからこそ、奴のことを信じたかった。
――これ以上、罪を重ねないことを。
――自分自身でそのケジメをつけることを。
勇也は、岸山が立ち去ったのを確認して、呆然としていた美雪を抱き寄せた。
乱れていた服を整えてやり、優しく頭を撫でる。
美雪にどれだけ怖い思いをさせてしまったのだろう。
そう考えると、胸が痛かった。
「ごめん。俺が遅刻したばっかりに……」
「ううん、ゆーちゃんは私を助けてくれたもの。……嬉しかったよ」
美雪は上目遣いをして、勇也を見つめる。瞳からは涙が溢れていた。
「美雪……」
「私、ゆーちゃんが絶対に助けてくれるって、信じてたもん。だから怖くなかった」
それを聞くと、美雪はつま先立ちをして勇也にキスをした。
勇也もそれに応える。
「美雪……」
「ゆーちゃん……」
「さあ、遅くなっちゃったけど、クリスマスパーティーを始めようか。プレゼントも用意してきたから、楽しみにしててくれよ?」
「うん! 私もたくさんご馳走用意したんだからね。一生忘れられないパーティーにしようね!」
「ああ、始めよう!」
窓の外を見遣ると、先ほどよりも更にしっかりと雪が降り出していた。
石油ストーブに火を入れているとは言え、秘密基地内もだいぶ冷え込んでいた。
だが、心は温かかった。
大好きな美雪と、彼女が用意してくれたご馳走が勇也の心をじんわりと温めてくれていた。




