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夢の少女 〜Be Brave〜  作者: みずたにみゆう
33/35

33.夢の少女

 世間はクリスマス前ということで、あちこちでクリスマスソングが流れたり、クリスマスツリーが飾られるようになっていた。

 加佐未センター街は特に夜になるとイルミネーションが美しく彩られるようになり、大通りに沿って街行く人を楽しませている。

 チラシ配りの人や、店先の店員が真っ赤なサンタ帽子を被っているのをよく見かけるようになった。


 これまで勇也が生きてきた中で、この行事を嬉しいと感じたのは東京に住んでいた小学生時代までだったかもしれない。

 谷川市に引っ越して来てからというもの、この季節は嫌で仕方なかった。

 早く通り過ぎて、正月にならないかと思ったものだった。


 だが、今年のクリスマスは違っていた。

 隣には美雪が居る。

 彼女が側に居てくれるからこそ、辛いと感じていたはずの時間がとても輝いて見えた。



 引越しまでの残り少ない毎日、勇也は美雪とデートをして過ごした。

 氷上山でのデートが主で普段と余り変わり映えはしなかったが、そんなことはどうでも良かった。


 離れ離れになる時間はもう目の前に迫って来ていた。

 だから、少しでも美雪と一緒に居たかった。



 流山は、由美子が一般病棟に移された後も、付きっきりで看病をしていた。

 面会時間の兼ね合いもあるのか、剣道部の部活にも余り顔を出さなくなり、少し話題になっていた。

 だが、当の本人は、早朝や他の時間にきちんと鍛錬を重ねており、特段気にしてないようだ。


 由美子は暫くリハビリが必要だということだが、幸いにも後遺症は残らない見込みだという。

 春までには学校に戻れるように、引き続き、谷川総合病院で療養を続けていく形になる。


 事故の責任を強く感じていた唯も、流山と由美子の逢瀬の邪魔にならない範囲で、お見舞いに来たり、リハビリに付き合う約束をしていた。



 久しぶりに学校に登校した純は、生活指導部の壇ノ浦先生や担任の上松先生などに、たっぷりとお灸を据えられた。

 それもそうだ。失踪していた理由を、女に釣られて現実逃避してました、なんて言ったからだ。

 彼からすれば、中学時代にも停学を食らっており、これくらい何ともないようだ。

 大学進学も考えておらず、就職に向けて年明けから色々と動き出していくらしい。


 ただ、決して裕子のことは口にしなかった。

 彼女の新しいスタートに水を差したくなかったのだ。


 それがK高校での、大きな変化だった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 引っ越しの前日、勇也は、ホームルームで二学期最後の号令をかけ終えた。


 中学時代に勇也を無視していた奴らとは、今ではすっかり打ち解けており、勇也との別れを悲しんでくれた。


 嬉しかったのは、勇也に内緒で、クラスのみんなが寄せ書きを書いてくれたことだった。

 それを貰った時、勇也は感動のあまり、泣きそうになった。


 この学校での五年間が走馬燈のように甦る。


 ――中学時代、クラスで孤立したこと。

 ――あの公園で、そんな寂しさを紛らわせていたこと。

 ――《不動の魔人》三ツ谷と首席争いをしたこと。

 ――水泳部で虐められていた時に、純に助けて貰ったこと。

 ――高校に入って流山に出会ったこと。


 そして、高二になってからの、かのえや、唯や、美雪達との様々な出来事を……。



 教室を出ると、流山が迎えてくれた。


「木下……、明日、本当に行ってしまうのだな」


「ああ。俺も悔しくて仕方がないけどな」


「また谷川に来たら、一緒にツーリングに行こうな」


「勿論。その頃には川田のママチャリじゃなくて、きちんとしたマウンテンバイクを買ってくるから。一緒に谷川中を走り回ろうぜ」


「ああ」


「水島さんとは、最後までなかなか仲良くなれなかったけど、よろしく伝えてくれ」


「なんで、俺が……」


「流山、いい加減、正直になれよな」


「……ああ、分かった。伝えておくよ」

 と、流山が笑みを見せた。



 そして、美術部へと向かう。

 川田達、後輩部員が、そして顧問の大山先生が、一斉に出迎えてくれた。


「木下センパーイ!」


「おう、川田。今まで世話になったな」


「もう、なんで名前を間違えてくれないんですか……、調子狂いますよぉ」


「それもどうかと思うが……。川田、一年生なのに申し訳ないが、部長の役目をお前に託す。美術部を任せたぞ」


「はい! 分っかりました! 僕の腕に掛かれば、全国大会で大賞だって目じゃないはず……! 先輩の学校にも僕の名前を必ず轟かせますからね!!」


「ああ、楽しみにしてるぞ。俺も新しい学校で美術部に入るつもりだ。負ける気はないからな」


「はい!!」



 そして、最後に生徒会へと顔を出す。


「吉本副会長」


「おう、木下か。今日が最後の日になるのか。寂しくなるな」


「本当にな。正直、生徒会の活動は嫌で仕方なかったけど、今になって思い返してみると、寂しくなるよ」


 二学期の始めに、岸山に無理矢理ここに連れて来られた時にはどうなるかと思っていたが、あれから文化祭や勉強合宿など、役員メンバーで色々なことに挑戦して、自分自身も大きく成長できたような気がしていた。

 今では、ここでの経験が、本当にかけがえのないものだったと感じられるようになっていた。


「あれ、岸山の奴は居ないのか?」

 勇也は、生徒会室内を見回してみたが、あの巨体の男の姿は見当たらなかった。


「会長殿は今日は見てないな。年内の締めの日だっていうのに、何やってるんだか」

 吉本も首を捻る。


 岸山とはそこまで関わりたくもなかったが、最後に一言は言いたかったのだが。

 これきりと考えると少し残念であるが仕方ない。



「おい、木下」

 勇也は、壇ノ浦に呼ばれた。


「何ですか、先生? 最後の日まで俺をとっちめる気ですか」


「何を言ってるんだ。――――これを受け取れ!!」


「えっ!!」

 壇ノ浦が差し出したのは、一枚の賞状だった。


「これは……?」

 勇也は驚いて壇ノ浦を見遣った。


「この学校で、お前が頑張ってきたことに対する証だ。今でよくやったな」


 相変わらず、形に残したがる壇ノ浦らしい餞別だった。


「壇ノ浦先生……、ありがとうございます」


 勇也は、感動のあまり、胸が苦しくなった。


 接し方は厳しかったが、本気で勇也に向き合ってくれた先生は、壇ノ浦だけだったと思う。

 学級委員長や、生徒会書記に任命されていなかったら、中学時代のままの塞ぎ込んで、勉強に逃げ場所を作るだけの詰まらない人間のままだったように思う。


「もう完全に立ち直ったようだな。そうだ、それでこそ、俺が見込んだお前なのだ!!」


「はい、ありがとうございました」


「はは……、俺は待ってるぞ。必ずまたこの街に戻って来い! いいな?」


「はい!!」



 勇也はお世話になった方々への挨拶を終えると、堂々とK高校の校門をくぐった。


「さよなら、そしてまた会う日まで……」


 勇也は、学校に向けて深く一礼をすると、その場を去ったのだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 翌朝、数時間掛けて、五年間暮らしてきた社宅を引き払った。


 退去手続きの為に有給休暇を取ってやってきた親父と共に引っ越しのトラックに荷物を詰め込んだ。

 川田のママチャリを、家財一式を、引越し先の金沢へ送った。


 今この谷川に残っているのは、今や勇也と、彼が背負ったリュックサックだけだった。


 勇也は今夜、寝台列車でこの地を起つ。



 世話しなく金沢へと戻るという親父を見送るにあたって、加佐未北駅までやってきたふたりは、構内の立ち食い蕎麦屋に入った。

 年末に差し掛かって急に冷え込んでいただけに、温かい食事はありがたかった。


 こうして外食をするのはいつ以来だっただろうか。


 昔ならばこんな場所は苦手で、中に入ることには抵抗があったが、唯と色々な場所に遊びに出掛けて、だいぶ慣れてきた気がする。


 美雪と付き合ってからは暫くご無沙汰になっていたが、それでも、何度か経験をしてからは、こういう場所も平気になっていた。



 ふたりで横に並んで無言で立ち食い蕎麦を啜っていると、普段仕事人間で、何を考えているか掴めない親父が、珍しく語り出した。


「勇也、友達との別れの挨拶はもう済んだか?」


「まだだ。これから一番大切な相手に会いに行く」


「……彼女か?」


「ああ、そうだよ。……本当なら谷川に残って、彼女と一緒に居たい」


「なら、自分で何とかするんだな。元々、家で面倒を見るのは高校卒業までと言っていたはずだ。あとは自分の力で道を切り拓け」


「分かってる。俺は必ず志望校の国立大学に受かって、奨学金を借りて、谷川市に戻ってやるんだ。親父みたいに、大切な家族を悲しませるようなことはしない」


「悲しませる……か」

 勇也の父親は苦い顔をする。


「あの家に独りで取り残されて、俺がどれだけ辛かったと思っているんだ……?」

 勇也が今まで考えていた思いを吐き出すと、その深さを示すように息が白く広がる。


「……お前にはまだ分からないだろうが、大人になれば、きっと見えてくるものがある。必ずしもべったりと一緒に居ることだけが、愛じゃないんだ」


「俺は、そんな言葉を理解できる程に人生を長く生きていない。今をどうするかで、いっぱいいっぱいだよ」


「……そうか」


「ああ、そうだよ。全く、俺を何歳だと思ってるんだ?」


「……しかし、少し見ないうちに、随分と大人になったな、勇也。かのえちゃんが亡くなった時や、引越しが決まった時とは、別人のようだ」


「あんたが密かに俺に求めていた自主性や自立性がやっと身に付いてきたのかもな」


「気付いていたのか……」


「いや、理解したのは本当につい最近だよ。俺はずっと自分のことで精一杯で、周りのことなんか何も見えて無かった」



 勇也は、かのえの形見の品を取り出した。


 それは、あの古ぼけた安物の指輪だった。

 小学生の頃に、かのえの誕生日プレゼントとしてあげたものだった。

 首にぶら下げることはなくなっていたが、まだ持ち歩いている。


 未だにこんなものを持っていて、美雪に浮気者だと怒鳴られるかもしれないが、これだけはどうしても手放せなかった。


 美雪が好きという気持ちはもはや揺らがないが、自分に初めて真剣に向き合ってくれた、かのえの存在を捨て去ることは出来なかった。


 彼女がいつも側で見守ってくれていたから、自分は頑張れたのだ。

 まだまだ苦手意識は簡単には拭えないが、人に対して、女性に対して、向き合う勇気を持てた。


 全ては、彼女が命を賭して、勇也を突き動かしてくれたからだ。



 夢の少女が、脳裏を掠める。


 頭の後ろで結わえていた小さなリボンが解け、腰近くまである美しい髪が宙にふわっと広がった。

 スレンダーとはいえ、その身体は女性的で、乳房やお尻は大人になりつつあり、肌は石膏像のように白くて美しい。


 肉体を留めない存在となったかのえが、勇也を優しく包み込む。


 ――そうだよ、勇也。

 もっと自分を認めてあげて。そして、褒めてあげて。


 あなたは何でもできる。本当に凄いんだから。

 伊達に学年トップクラスに入っている訳では無いでしょ?


 美雪さんと離れたって大丈夫なはず。

 今の勇也には目的があるから。

 それに向かって真っ直ぐ頑張れるから。


 ふたりの想いが、そんなに柔なものでは無いって証明して見せて。


 わたしは、身体を失った。

 だけど、勇也を想う気持ちは消えてはいない。

 いえ、誰にも消させやしない。


 わたしの分まで、精一杯生きて、幸せを掴んで。

 ずっと応援しているから。

 あなたの中で見守っているから。



 かのえの言葉が力をくれる。勇気をくれる。

 夢にまで出てきてくれて、俺を支えてくれたことに深く感謝している。


 そして、自分のことを認めてくれて、必要としてくれる美雪が側に居る。

 だからこそ、もうネガティブな感情に負ける気はしなかった。


 これからは、前に、前に進んでいくのみなのだ。

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