31.前に進む勇気(1)
勇也は、川田のお古のママチャリに跨って山道を爆走していた。
唯の家がある加佐未から氷上町までは一時間は掛かる。
だが、そんなことはなんでもなかった。
時間などあっと言う間だった。
今は一刻でも早く美雪と話がしたかった。
氷上町までノンストップで走り切った勇也は、ママチャリをまともに止めずに打ち捨てて、『ブックスファイン』に入った。
「美雪は? 広田さんは!?」
と店内で大声を上げる。
すると、店長が出て来た。
「あれ、君は確か広田君の彼氏。……どうしたんだい? そんなに息を切らして」
「ハアハア、……美雪は?」
「それがここ数日無断欠勤しているんだ。……もしかして君達ケンカでも――――ってあれ?」
既に、その場には勇也の姿はなかった。
美雪の家に向かって走り出していた。
「ハアハアハア……!」
勇也は、数分もしないうちに美雪の家の前に辿り着いた。
美雪の家はいつ見ても古く、かなり年期が入っているように見えた。
壁の一部にトタンが貼り付けてあり、冬の季節には随分と寒そうである。
勇也がチャイムを押そうとすると、偶然にも美雪が玄関の擦りガラスの引き戸を開けて出て来た。
「……!!」
美雪は、勇也の顔を見るなり、家の中へと戻ろうとした。
「待ってくれ、美雪!!」
勇也は美雪の腕を掴んだ。
美雪は全力で彼の手を振り払おうとする。
「離して! もうあなたの顔なんて見たくない!!」
パシッ!
勇也は美雪の頬を叩いた。
美雪は、カッとして、勇也を睨む。
「何するのよ! ――――えっ!」
美雪は勇也の目に光るものを見た。
勇也はとても悲しそうだった。
美雪はそんな勇也の顔を見ていられなかった。
くしゃっと顔を歪ませて、言葉を絞り出す。
「どうして、どうしてそんな顔をするの……? 私が嫌いになったんでしょ?」
「違う、俺は君が好きだ! 世界で一番君が好きだ!!」
「じゃあ、どうして、見え透いたような嘘をつくの?」
「嘘なんかついてない。本当に親父が転勤になったんだ。うちが転勤族だっていうのは前に言ったことがあったろ? それが今来てしまったんだよ。……だが、俺は嫌だ! この地に残りたい! ずっと美雪と一緒に居たいんだ!」
「……だったら……」
「でもどうすることも出来ないんだ。高校生という身分の俺ひとりでは、ここに残って暮していくことは出来ない……」
「……じゃあ神代先輩のことは?」
「確かに以前は、仲が良くて気になっていた。ずっと助けられていた。異性として意識していたよ。それは事実だから否定しない。でも今は彼女には西山純という大切な人が、そして俺には広田美雪という世界一大切な人が居る」
勇也は美雪を抱き締めた。
「俺が、あの時もっとちゃんと説明していれば、君を悲しませるようなことにはならなかったはずだ。……済まない。でも、例え遠く離れたとしても、俺は君を一生愛し続ける。この想いは変わらない。信じて欲しいんだ」
「ゆーちゃん……」
美雪は勇也の背中に腕を回した。
勇也もそれに答える。
そしてキスをした。
戸惑うことなく、素直な気持ちで。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ふたりは、あのゲームセンター内の秘密基地に移動した。
落ち着いて、お互いにもっと話したかったからだ。
しっかり冷え込んだ室内を温める為に石油ストーブに火を入れると、カーテンを開けて陽の光を取り入れた。
室内なのに、吐く息が白くなっている。
勇也はやかんでお湯を沸かし、ふたり分のコーヒーを作る。
いつもは美雪が用意してくれていたが、今日は勇也が進んで用意を行なっていた。
彼女がいつも勇也が来る前に用意してくれているからこそ、こんな寒い思いをしたことが無かったのだろうと今初めて気付いた。
美雪はいつも勇也のことを考えて動いていてくれたのだ。
「はい、美雪。これを飲んで身体を温めてくれ」
「ありがと、ゆーちゃん」
マグカップを受け取った美雪は、嬉しそうにふーふーと冷ましながらコーヒーを啜る。
「あったかい……、まるでゆーちゃんの心みたい。ぽかぽかとした気持ちで心が満たされていくよ」
そして、美雪は勇也を上目遣いで見た。
「……ごめんね、ゆーちゃん。あなたの話を聞こうともせず、一方的に嘘だなんて決めつけちゃって……」
「もう、いいよ」
「あのね、あの日は本当に幸せだったの。ゆーちゃんとずっと一緒に居られて……。だから逆に怖かったの。幸せ過ぎて怖いって言うのかな? もしかしたらこれは夢なんじゃないかって……」
「美雪……」
「そう考えていた時、ゆーちゃんがあんな話をしたから、やっぱりこの幸せは夢だったんだって、そう思っちゃったの」
その時、なんて可愛い奴だと思った。
この前の美雪の過激な行動は、不安な気持ちの裏返しだったということだ。
勇也を想う気持ちが強すぎて起こってしまったのだ。
こんなに嬉しいことはない。
勇也の恋愛感情は一気に最高潮に達した。
愛おしい美雪の気持ちに応えたかった。
「美雪、お前を抱き締めたい」
「えっ!」
勇也は、美雪の返事も待たずに、力強く彼女を抱き締めた。
途端に美雪の顔が真っ赤になった。
「ちょっ、ゆ、ゆーちゃん……?」
その反応はとてもいじらしかった。
あの日、からかい半分に勇也に過激に迫っていた美雪ではない。本当に純情な女の子だった。
「俺は、自分の気持ちに素直になりたい。……美雪が好きだから。誰にも渡したくないから。そして、俺のことをこんなにも思ってくれる美雪の気持ちに応えたいから」
すると、美雪はコクリと頷いた。
そして、彼女からも勇也を抱き締めた。
勇也はやさしくキスをした。
とても長く、そして深いキスだ。
「好きだよ、美雪……」
「私も……、大好き」
そして、ふたりは遂に結ばれた。
凍てついていた心が、身体が、ぽかぽかと温かくなっていくのが感じられた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇也は横で眠っている美雪を見た。
髪を優しく撫でてやる。
少し汗ばんだ髪が頬に張り付いていた。
それも、優しく掻き分けて整えてあげる。
それに気付いた美雪が、目を開けた。
「おはよ、ゆーちゃん」
「美雪、起こしちゃったか、ごめん」
「ううん。それより、そんな顔してどうしたの……?」
美雪は勇也が神妙な顔をしていることが気になった。
「こんなことしちゃって、俺のこと嫌いになっただろ?」
と勇也は不安な顔をする。
「……そんなことない。ますます好きになったよ。だって私とゆーちゃんの気持ちがひとつになったんだもん。もう、ゆーちゃんが引っ越しても大丈夫」
「美雪……」
「私、いつもゆーちゃんのことを思っているから。私の心がゆーちゃんで埋め尽くされる位に。だから寂しくないよ」
美雪の真っ直ぐな言葉が、勇也の心を温かくする。
力を与えてくれる。
「俺、高校を卒業したら絶対にこの地に帰って来る。だから、待っていてくれるか?」
「嬉しい! うん、待ってるから……! ずっと、ずっと待ってるから……!」
ふたりは、改めてお互いの存在を確かめ合うようにキスを交わした。
これからふたりは遠く離れて暮らすことになる。
だが、この時、ふたりに恐れるものは、何も無くなったのだった。
前に進む勇気を手に入れたのだ。




