3.文化祭
勇也の努力も虚しく、光の速さで文化祭当日が迫って来ていた。
今回の中間テスト結果は出揃ったが、辛うじて三位以内は死守できたようだ。
今回も≪不動の魔人≫の牙城は崩せず、岸山にもだいぶ追い上げられたものの、一番得意としている世界史Bで満点を取って、ギリギリ引き離すことができた。
生徒会の仕事として会場の設営などを終わらせてから、絵に取り掛かる訳であるから、八時過ぎから本腰を入れるのである。
更に季節外れの熱帯夜が今日も続いており、クーラーも存在しない美術室はもうとにかく死ぬ程暑い。
部屋に入るとムワッとしていた。
「あれ? 俺の画材がない」
慌てて辺りを見回したが、描きかけのキャンバスと道具が無くなっていた。
「おい、俺の画材知らないか?」
「あっ、先輩、来たんですね。もう間に合わないから来ないかと思って、あそこに……」
川田が指を差した方向を見やると、一式が隅の方に追いやられていた。
「か~ま~た~!!」
「川田ですって! わわっ!!」
流石にこれ以上邪魔されては堪らないので、川田の奴を壁に貼り付けにした。
「ひ、ひどいですよぅ」
「黙れ、かべがみ」
「だから、かわだですって……」
「うう……、もう何が何だかわからなくなってきたぞ!」
勇也は意識が朦朧としていた。
今は何時だろうか……?
何を描いているのだろうか……?
それさえ分からなくなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇也は知らぬ間に夢の中に居た。
どこに立っているとも分からない、そんな世界の中で。
あの少女は、勇也のことを見つめていた。
「……君か」
彼女はいつもと変わらない優しい笑顔で、勇也のことを包み込んでくれる。
「……待っていたんだよ」
「えっ」
俺は、じっと彼女を見つめる。
「君は、君は一体誰なんだ?」
いつも俺の夢に出てくる少女。
俺だけを見つめていてくれる少女。
何も言わず、彼女はただ優しく俺を抱き締めてくれた。
言葉が出ない。
何をしたらいいか分からない。
何とも居心地のいい世界。
その腕は俺と呼ばれていたモノを壊していく。
深く、深く、浸食されていくふたり。
ふたりの間には体なんてないんだ。
俺達はひとつだから。
ずっと一緒だから。
「君は、君は……」
「私はずっと一緒に居るよ。側に居るから……」
「えっ、待ってくれ、君は」
「側に居るから」
世界がぼやけ、徐々に霧が晴れていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うう……」
勇也が目を醒ますと、誰かが目の前にいた。
「き、君はまさか夢の……!」
「木下、寝ぼけとるんか?」
「えっ!」
勇也は慌てて目をこする。
一瞬、夢の中の女の子かと思ったのは、西山純だった。
「あ、あれ……、西山先輩じゃないですか……! どうしてこんな時間に?」
「お前なあ、いくら今日が文化祭やからって学校に泊まり込まんでもええやろ」
「えっ!?」
勇也は外を見た。もう明るくなって来ていた。
「そんな……、もう朝になっちゃったのかよ……」
「昨日の夜、お前の親父さんから電話があったんやで。お前がお邪魔していませんかって……」
「えっ……! 親父の奴、珍しく帰ってきていたのか」
正直、少し驚いた。
「ったく……、さっきわてが連絡入れといてやったから安心せい」
「あ、ありがとうございます」
純は、コンビニの袋に入っていた菓子パンを取り出すと、豪快にかぶりついた。
「お前も食うか?」
「あ、済みません。戴きます」
勇也も菓子パンにかぶりつく。
腹の中に入ると、じわっと生き返るような感覚を受けた。
よく考えてみると、昨日の夜から何も食べていなかったのだ。
「そういやお前、えらい幸せそな顔して寝とったな」
「そ、そうですか? そういえば何かとてもいい夢を見ていたような気がします」
「そうか、まあやっとのことで絵も完成したんやしな。それでええ夢見とったんと違うか?」
「えっ!!」
勇也はその言葉を聞くや否や、自分の絵に見入った。
「あれ、ほんとに出来てる」
「お前なあ、自分で描いたんやろ?」
「は、はあ……」
なぜだか出来ていた。もしかしたら気力だけでやっていたのかもしれない。
あるいは、あの夢の中の少女のおかげかもしれない。
勇也はそう思った。
「せや、今日の文化祭に唯の奴を呼んであったんや。後で紹介したるわ」
「本当ですか!? それは楽しみです」
「今日はあいつと一緒に文化祭を回ってやらなあかんねや」
「デートですか? いいですね」
「か、勘違いするなよ。そんな付きおうてるとかそないな感じやないんや」
「先輩、なんか動揺してません?」
「うっさい、放っときや!」
純は気分を害したのか、美術室を出ていってしまった。
「ちょっと冷やかしすぎたかな。……でも、いいな。仲良さそうで」
同じ幼馴染みでも全然違う。
かのえと自分の関係性と比べて、軽く凹んだ。
ボーっとしていると、生徒達がパラパラとやって来たようだ。
そろそろ登校時間になるらしい。
「そういえば、西山先輩は俺のことを心配して朝早くから来てくれたんだよな……、マズッたな」
勇也は、手に持っていたパンの残りにかぶり付いた。
後悔先に立たず。
「あのう、僕にもパンください……」
びくっとして壁の方を見ると、壁紙がしゃべっていた。
「壁紙じゃなくて、川田です!」
まさか、こいつも一晩過ごしているとは夢にも思っていなかった。
面白い奴だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十時になった。ついに文化祭の幕開けだ。
開会前の生徒会のミーティングを終えた勇也は、美術室に戻って来ていた。
文化祭実行役員として生徒会で迎えるか、美術部として迎えるかは悩んだが、岸山が熱心に張り切っているのを見て、不要だろうとこちらにやって来たのだ。
「いよいよですね、先輩」
「そうだな、川岸」
「川田です!」
などといつもの漫才を繰り返しながら美術室の窓から外を見ると、K高校の生徒以外にも女学生や保護者などがちらほらと見え出してきた。
ギリギリまで頑張って用意した絵画は、他の部員の作品を含めて、何とか飾り付けに間に合った。
美術室の隣の教室も借り切って、様々な作品をふんだんに並べていた。
水彩画、油絵、石膏デッサン、粘土作品など。
多種多様な個々の特性を活かした作品だ。
ピカソのような独特の作品を用意してきていたのは、川田の作品だった。
口だけではなく、本当に作品を用意していたらしい。
今回、勇也が特に注目して欲しかったのは、例の文化祭用パンフレットだった。
勇也は美術部の絵画に負けないくらい、このパンフレットの方に力を注いでいたのだ。
美術部の展示へは必ずしも全ての人が来てくれる訳ではない。
一方で、パンフレットは文化祭に来場した人全員に受け取って見てもらえる。
自称芸術家の端くれと思っている身としては、こんな光栄なことはないのだ。
勿論、実際の所、勇也が描いたとは分からないだろう。
また、イチイチ背表紙に記載されたスタッフリストを見て、このデザインは木下勇也って奴が描いたのかなどと思う人もいるはずはない。
――と思っていたのだが、開始早々、パンフレットについて訊きに、美術部に押し掛けて来た二人組がいた。
「あのう、すみません。このパンフの絵を描いた人が美術部に居るって聞いたんですけど……?」
店番をしていた勇也は、いきなりのことに目を丸くした。
着ている制服からして、ふたりともI女学院高校の子のようである。
話し掛けてきた方の子は、勇也よりも頭ひとつぶんは低く、栗色の髪は肩に掛からない程の長さであり、大きくてぱっちりとした瞳が印象的な可愛らしい小柄な子だった。
もうひとりの子は、セミロングの髪に耳にはピアスをしており、身長は百六十位か。全体的に落ち着いた大人びた雰囲気を醸し出していた。
「え、あの、その……」
勇也は突然のことに、恥ずかしくて何を話したらいいか分からない。
「……違うんですか?」
栗毛の子が、勇也に顔を近づける。
なかなかに距離が近い。甘い匂いにドキリとする。
「あ、あ、あの、それは俺が描いたんですけど……、なんか気に障ることでもありましたか?」
「ええっ!! そうなんですか!!」
勇也の言葉を聞くや否や、話しかけてきた栗毛の子の目が輝いた。その子はとても嬉しかったらしく、もうひとりの子にその喜びを伝えている。
勇也には何が何だかさっぱりわからない。
暫くポケーッっとやり取りを見ていたが、ふたりが入り口を塞いでいることに気付いた。
「あ、あの……」
「えっ!」
「ええと、ここは入り口でして……。他の方の迷惑になると思うので、よかったら控え室に行きませんか?」
すると、女の子達ははっとして辺りを見回した。
後ろで人が何人か待っていることに気付き、頬を真っ赤に染めた。
「は、はい……、すいません」
勇也は店番を川田に任せると、ふたりを控え室に案内した。
川田がなぜか親指をぐっと突き上げていたので、首を切るアクションをして追い払った。
控え室と言っても、実は勇也が今朝まで絵を描いていた美術部の部室である。
デッサン用の石膏像が不気味に並んでいるわ、画材が山のように積み重なっているわ、絵の具が床にこびり付いているわで客を持て成す場所ではなかった。
勇也はふたりを中に入れた瞬間、恥ずかしくて死にそうだった。
「済みません、汚くて……」
「あ、気にしないでください。もとはと言えば、あたし達が悪いんだもの。ねえ、由美子」
「そうですよ」
「は、はあ……」
勇也は、なんとも会話がギクシャクしていると思った。
すべては自分のせいだと思い、うまく話さなければと焦った。
「そ、それで一体どうしたんですか? 何か訊きたいということでしたが……」
「あ、そうだった」
女の子は再びパンフレットを取り出した。
「あのう、この表紙のイラストって、よく見ると『RAIZA』っていうゲームのワンシーンを元にしていません?」
「えっ!!」
勇也はほんとに驚いた。
「な、なんで分かったんですか? かなりひねったはずなのに……。というか、それ以前に『RAIZA』を知っているなんて」
すると、由美子と呼ばれていた子が答えた。
「こうちゃんは『RAIZA』の大ファンなんですよ」
「へえ、あなたもなんですか」
「やっぱりそうなんですね! キャハッ! やっぱりあたしの思った通りだった」
勇也はなんか嬉しかった。
人見知りも忘れて、言葉が勝手に出て来る。
「いやあ、あれを知っているのは俺だけだと思っていたのにな……。でも、これでふたり目かな」
「ふたり目?」
「あ、俺の先輩の彼女も大ファンなんだそうです」
「へえ、そうなんだ!」
可愛らしい綺麗な瞳がキラッと輝く。
「先輩が今日紹介してくれるって言っていたから、三人で話が合いそうですね」
「あたしの他にもファンがいるなんて信じられない!!」
「俺もまったく同じ気持ちです」
「あ、そういえば、敬語なんか使わないでよ。あたし達同級生だよ、多分」
「あ、高二なんですか?」
「だから今、言ったのに〜」
「そ、そうだった。ごめん」
勇也からみると、女子高生の歳の区別などつかない。
この子達には分かるというのだろうか。凄い能力だ。
「あの、俺は木下勇也といいます」
「木下勇也? どっかで聞いたような名前ね。私は水島由美子」
「あたしはーー」
カチャ。
その時、西山純が控え室に入って来た。
「あれ先輩」
「よお、木下……、ってあれ!!」
「じゅ、純!!」
名前を名乗ろうとしていた子が立ち上がった。
勇也はその子を見る。
「も、もしかして、あなたが神代唯……さん……?」
勇也は信じられない展開に、暫くその場に立ち尽くすしかなかった。
「しっかしお前、待ち合わせの場所におらんと思うとったら、こんなとこに来とったとはな」
由美子が謝る。
「西山君、ごめんね。こうちゃんがどうしてもって言って……」
「どうして由美子が謝るのよ。純が約束の時間に来なかったからじゃない。……それより、誰があんたの彼女だって!? あたし達は単なる幼なじみだったと思ったけど……?」
唯は純をにらんだ。ちょっとだけ怖い。
「えっ……、わ、わて、そんなこと言うたか?」
なんか純は妙に弱々しくなっている。どうも唯には頭が上がらないようだ。
「なんだ先輩、そうだったんですか。俺はてっきり……」
「木下、てっきりやないやろ!!」
「す、済みません」
「そうよ! 木下くんは悪くないわ!」
「えっ!」
突然、勇也をかばうように唯が割って入ってきた。
「唯、なんでお前が木下をかばうんや!」
「だって、あたしと木下くんは数少ない仲間だもん。ね、木下くん!」
「えっ……、はっ、はい」
「……ぐっ……」
純は反抗出来ない。勇也も唯の勢いには逆らえない。
「こうちゃん、やめなよ。西山君も木下君も困ってるよ」
「えっ、本当に? ゴメンね、木下くん」
明るくぺろっと下を出してと謝ってくれた。
「神代さん……」
勇也はその可愛らしさに戸惑ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
嵐のような唯の訪問を乗り切った勇也は、気分転換も兼ねて、生徒会の方に顔を出すことにした。
文化祭実行役員としては事務的な仕事を中心として受け持っていただけに、当日走り回るような作業はなかったものの、何もしないという訳には行かなかった。
壇ノ浦や各役員と状況を共有し、今のところ大きなトラブルは発生していないことは確認できた。
「おい、木下」
「なんですか? 壇ノ浦先生」
「お前にお客さんだ」
「えっ」
壇ノ浦が示した方向を見ると、御崎かのえが立っていた。
「かのえじゃないか」
かのえは、嬉しそうに勇也の元へ近寄ってくる。
「勇也、来ちゃった」
「お、おう」
そういえば、偶然にも再開したあの日、K高校に通っていることを少し話した気がする。
今日はわざわざ調べてやって来てくれたのだろうか。
今日も変わらず、色白で華奢な体が際立っていた。
真っ白なワンピースがよく似合っている。
小学生の頃のかのえはショートヘアーで、どちらかというとスカートも履かずに勇也と服を泥だらけにして遊んでいたことも多く、保護者から男の子と間違われることもあった。
今では当時の面影も無く、すっかり年頃の女の子になっていた。
「生徒会に入ったんだって? 凄いね」
「そんなことない。無理矢理やらされているだけだよ」
「でも、今回の文化祭、裏方作業はだいたい勇也がやったって聞いたよ?」
「壇ノ浦がそう言っていたのか? それは表に出るのが嫌だっただけだよ。色んな奴と接しなくていいしな」
「ううん、それでも凄いよ。そういう真面目な所は昔と全然変わらないね」
かのえは優しい笑みを見せてくれた。
勇也はドキッとしてしまう。
――そんなことはない。
俺は変わってしまった。
昔みたいなやんちゃができなくなった。
人が怖くなった。
昔、お前とどんな風に接していたのかも忘れてしまっている。
それに、お前の方こそ、だいぶ変わってしまったじゃないか。
それから、勇也とかのえは、文化祭の催し物を見て回った。
勇也は文化祭実行役員として、どのクラスが何を出しているのを把握していたが、かのえは勿論部外者であり、何も知らない。
各クラスが試行錯誤して出展していた模擬店や展示物を嬉しそうに眺めていた。
特に広場を貸し切って展開されていたバザーには興味を持ったようだ。
色々な古着やアクセサリーなど、女の子でも楽しめそうな出品物がたくさんあった。
かのえは、掘り出し物がないか、色々と探しているようだった。
そんな姿を見ていると、五年前のかのえの姿が思い出されてくる。
外見や身なりはすっかり女性になってしまったが、根本部分は昔のかのえのままなのかもしれない。
「ねえ、勇也。次はあそこに――」
と、かのえが言いかけた時、元気な声が聞こえてきた。
「木下くーん!」
唯は軽く息を切らしながら走ってくると、ぴょこんと勇也の前に立った。
「神代さん、どうしたんだい?」
「うん、もっと木下くんと話したくなっちゃって」
遅れてやってきた由美子が、両手をあわせて謝るポーズを取っていた。
「一緒に回ろうよ! あっちに面白そうな出し物やっている店見つけたんだよ」
唯は嬉しそうに勇也の手を引く。
「あっ、でも――」
と、かのえの方を見やったが、彼女は帰り支度をしていた。
「じゃあまた、勇也」
「お、おう」
かのえは、すっと居なくなってしまった。
彼女は何を考えているんだろうか?
勇也には、彼女の思考が理解出来ない。
やはり、昔とは変わってしまったような気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二日間の文化祭を終えた勇也は、美術部で先輩や川田たちと後片付けをした後、アンケート用紙を集めて集計した。
気に入った作品に対して、コメントを貰ったり、得票数を集計したりして、今後の参考にするのだ。
勇也の作品はまあまあの評価だった。
パンフレット同様に『RAIZA』の世界観を体現した幻想的な作品は、知っている人には魅力的なものだろうけど、大半の人には刺さらない内容だったようだ。
ある意味、川田のピカソ的な作品の方が、良し悪しはともかく目立っていた。地味に悔しい。
その後、生徒会に顔を出して各クラスの出し物の撤収作業を進めた。壇ノ浦に怒鳴り散らされたり、岸山に取り憑かれたりしつつ、テキパキと作業をこなした。
各クラスの模擬店の売上をまとめ、振り返り会などを実施していると、あっという間に日も暮れていた。
打ち上げ、という言葉が聞こえた気がしたが、流石にそこまで元気はなかったし、大人数でわいわいするのは苦手だったので、捕まらないように全力で撤収した。
ぐったりしながら家に帰り着くと、電話が鳴っていた。
プルルルル……、プルルルル……。
「はいはい」
カチャ。
「もしもし」
「木下、わてや!!」
「あ、西山先輩。お疲れ様です。いやあ、昨日は大変でしたね。結局、神代さんに振り回されっぱなしで……」
「きーのーしーたー!!!」
「な、な、何ですか、一体!!」
勇也は純の声に驚く。
「お前なあ、唯の味方ばっかすんなよ!! わての立場がないやないか!」
「済みませんでした。あの子の笑顔を見ると、何も反論も出来なくなってしまって……」
「そうかもしれんがな。せやかて……」
「そうかもって、先輩もそう思うんですか?」
「ああ、あいつの笑顔は『天下一品』や。わては幼い頃からあれを見てきたからな」
「そうか、だから彼女の方が年下なのに立場は一緒なんですね」
「余計なお世話や!」
「あ、キャッチ入りました。ちょっと失礼します」
「お、おい、ちょっと待てい!!」
ピッ!
「はい、木下ですが」
「あっ、木下くん?」
「こ、神代さん!?」
勇也はまた驚いてしまった。
「どうして、電話番号を知ってるの?」
「純に教えて貰ったの。だって、木下くんと話したかったんだもん」
「えっ!」
勇也はなんか嬉しかった。
話題は主に『RAIZA』についてだったが、気付けば、一時間近くも話し込んでしまった。
唯は嬉しそうに色々と語ってくれた。
女の子とこんなに長く電話で話したことなどなかったかもしれない。
「今日はゴメンね。いきなり電話かけちゃって……、迷惑だった?」
「そんなことはないよ、楽しかったし……。やっぱり話題が合うからかな?」
「んー、そうかもね」
唯も嬉しそうな顔をしている。
「あ、由美子がよろしくって言ってたよ。それじゃ、またね!」
「うん、それじゃ」
ピッ!
「うおぉい!!!」
「うわああああ!!!!!」
いきなり大声で叫ばれて、勇也は目を回す。
「き、木下あああ、何時間キャッチしとんじゃ!!」
「済みません、正直忘れてました」
「お前なあ」
忘れていた勇也も大概ではあるが、律儀に待っている純もなかなかもものだ。
「神代さんと話しているとなんかーー」
純が言葉を遮る。
「なんやて! あいつ、ほんとにお前んとこにかけたんかい。……ハァ……」
「ど、どうしたんですか? そんなに深く溜め息をついて」
「お前のせいや、アホ」
カチャ!!
電話は一方的に切られてしまった。
勇也は暫くツーツーと鳴っていた受話器を見つめていたが、ベットに投げつけると、窓から外を見遣った。
むわっとしていた。
体が熱いのは長時間電話していたせいではない気がする。
季節外れの熱帯夜は今日もやって来ているようだ。