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夢の少女 〜Be Brave〜  作者: みずたにみゆう
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28.絶望(3)

 勇也はじっと空を見つめていた。


 一体どの位この状態で居るのだろう。

 ゆっくりと流れて行く雲は時間の感覚を忘れさせてくれる。


 今の勇也にとっては都合がよかった。

 何か逃げ道を作りたかったのだ。

 美雪のことを、引っ越しのことを暫く忘れたかった。


 引っ越しまでの日数は刻一刻と迫っている。

 それを考えると怖かった。

 もちろん、美雪と離れたくなかった。


 だが、怖い。怖いのだ。

 美雪にもう一度会って誤解を解こうという勇気が持てないのだ。


 勇也は意気地なしだ。

 これ以上、拒否されることを恐れている。

 それが結果的にはその行動が更なる悲しみを招くことも分かっていた。


 でも勇気が出ない。

 今直面している恐怖に勝てないのだ。

 勇也はそんな自分を嘲笑った。



 ある時、突然空が見えなくなった。

 誰かが勇也を見ているらしい。


「すいませんが、退いてくれませんか? はっきり言って邪魔です」

 すると、その人はニヤリとした。


「ほう、俺に楯突こうと言うのか、木下?」

 勇也はその声を聞いてゆっくりと起き上がった。


「壇ノ浦……」


「先生をつけろ、先生を!!」


「…………」


 勇也は黙ったまま、背中に付いた泥を払った。


「先生、どうしてこんな所に?」


「無断早退したお前を捜していたんだ。一体何してやがった! こんな所で!!」


 すると、勇也は空を見上げた。

「別に……、ただ生きていることが馬鹿らしくなっただけですよ」

 勇也の口振りは重い。


「……木下、あのベンチに座って話さないか?」


「あなたと話すことなんかありませんよ。……さよなら」

 勇也は壇ノ浦を無視して歩いて行こうとした。


「お前、殴られたいのか!」

 と、壇ノ浦が声を荒たげたが、


「別にいいですよ? 殴るなら殴ってください」

 と、勇也は諦めた感じで吐き捨てた。


「木下……」


 壇ノ浦は、勇也の背に向かって語り掛けた。


「お前、一体どうしたって言うんだ! 今のお前は俺の見込んだ木下じゃない! まるで死人だ!」


 勇也は振り返る。


「……あなたとも来週いっぱいでお別れですね。先生は嬉しいんじゃないですか? 俺が居なくなるんだから……」


「ふざけるな!」


 バキッ!

 壇ノ浦は勇也を殴った。


 勇也はゆっくりと口の血を拭う。


「立て、立つんだ、木下!」


「……全く困った先生ですね。すぐ手を出しやがる」


 今日の勇也は間違いなく、いつもの勇也ではなかった。

 普段なら壇ノ浦を見ただけでオドオドしている勇也が、今は面と向かってタメ口を利いているのだ。


 壇ノ浦もそんな勇也の様子に気付いていた。

「木下、いつものお前に戻れ! 何をそんなに意地張ってるんだ!」


「…………」


「俺はお前のことを初めて見た時、磨けばどこまでも光ると感じた。お前の人に対する消極性さえ改善すればきっと将来成功するとな。だから俺は、鬼にならなければならなかった。お前に対しては、特に厳しい教師であるようにした。無理矢理、委員長に任命して、人と接触を増やすようにしてやった。お前は逆境を利用出来る力を持っている。それを伸ばしてやりたかった。そんな俺の気持ちを、お前は受け取ってくれてたじゃないか!」


「……!」


「しかし今のお前はどうだ? 俺がお前がいなくなってせいせいするだと? 馬鹿野郎! そんな訳ないじゃないか!! 俺はお前がちゃんと卒業して、自分の道へと進んで行くのを見届けなければ、納得が行かん!!」


 そう言うと、壇ノ浦は横を向いてしまった。

 その目には今まで見せたことのないモノが光っていた。


「壇ノ浦……」


 勇也は何とも言えない気持ちになった。

 この人はこんなにまで俺なんかのことを思ってくれていたと言うのか。こんな俺を……?


「木下! お前がそうしていたいなら俺はもう何も言わん!! とっとと何処へでも行きやがれ!!」


「…………」


「消えろと言うのが聞こえないのか!!」


 勇也は仕方なく公園から走り去った。


「馬鹿野郎が……」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 アパートのドアが開いた。

 唯の緊張は頂点に達した。


 しかし、出て来たのは純ではなく、裕子と呼ばれる女性だった。


 確かに、美雪と顔の形や雰囲気は似ている。

 美雪に比べると若干身長が高く、バストも少し大きめだった。

 大きく違っていたのは、髪の長さが肩につく程度の短さなのと、目に光りが宿ってなかった点だ。

 案内してくれた男が言っていた通り、生気を感じられない。


 唯は一瞬怯んだ。


「誰……? 何の用?」

 と、裕子は恐る恐る問い掛ける。


 唯は暫く思い詰めたように黙っていたが、思い切って叫んだ!


「純を、純を返して!!」


「…………!」


 裕子は一瞬驚いたようだったが、それほど動じずにキッと睨み返した。


「純ちゃんは私のたった一つの希望なの。誰にも渡さない。ずっと一緒に暮らして行くんだから……!」


 唯は裕子の強い意気込みに圧倒された。



 いつもの唯ならここで引き下がっていたかもしれない。

 しかし、今日の唯はそんなことでは引かなかった。

 裕子に言い返す!


「純とあたしは幼なじみなんだよ。だから、分かるんだ。突然あなたの元に行くなんておかしいよ!」


 裕子はすぐさま反論する。


「純ちゃんは私の心の支えなんだ。……私は、幼い頃、親に捨てられて、ずっと独りぼっちだった。あちこちを転々として生きてきた。時にはいじめられ、時には引き取ってくれた人に捨てられたこともあったわ」


「……な……」


「でも、純ちゃんは違った。本気で私のことを考えてくれる。初めてだった。私なんかのことを心配してくれたのは……」


「…………」


「もう独りは嫌なの! 私は彼に頼って生きたいの!」


 唯は言い返せなかった。

 裕子のとても悲しい過去を知ったからだ。


 この女は、自分よりもずっと辛い思いをしてきたんだ。

 自分が、純が居なくなって寂しかったように、この女も親に捨てられて寂しかったんだ……。


 唯は黙ったままだった。

 裕子を前にして止まっていた。

 自分と裕子の状況を考えて、自分の方が負けていると思ったからだ。


 これでは純を返して欲しいとは言えない。

 言えない……。


 そんな唯を見て、裕子は更に口撃した。

「分かったら、もう帰って! 私からこれ以上何も奪わないで!!」


「…………はっ!」

 その時、唯は思った。


 裕子が奪われたモノ――――


 それは両親の愛情だったのではないか。

 この女は純を、いや愛情を注いでくれる人が欲しいだけなのではないか。


「……あなたは誰でもいいんじゃないの? あなたは純に家族の温もりを求めているだけじゃないの……?」


「な……!」

 その言葉は、裕子の胸に深く刺さった。


 その通りだったのかもしれない。

 裕子が必要としてるのは、純ではなく、温もりだった。


 裕子は滅茶苦茶に大声を上げた。

「いや! 絶対に渡さない! 渡さないわ!!」


 バタン!!

 激しくドアが閉められた。


「ま、待って! 純に、純に会わせて!!」

 ドアを無理矢理開けようとする。


 ガチャ!

 しかし、鍵まで掛けられてしまった。


「純に……、純に…………」

 唯はその場に崩れた。


 さっきまでの自信は完全にうち砕かれていた。



 唯の叫びを聞いた由美子が、慌てて階段を駆け上がって来た。


「こうちゃん、どうしたの! ――はっ!」


 由美子は絶句してしまった。

 なぜなら、唯が魂の抜け殻になっていたからだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 唯は、来た道をトボトボと歩いて引き返していた。

 由美子はそんな唯の後ろを歩いていた。


 今の由美子には、その気落ちした背中を見守ってやることしか出来なかった。


「……こうちゃん……」


「…………」


「……ねえ、今回駄目だったからって諦めちゃ駄目だよ。人間押しが肝心なんだからさ……」


 すると、唯はゆっくりと振り返った。

「……もうそんな気休めはいいよ。これ以上頑張ったって結果は見えてるよ……」


 由美子は言い返せない。

 唯の目が希望を失っていたからだ。


 今回は今までとは違う。

 直接押し掛けており、その失敗のダメージは尋常ではない。



 十分ほど歩いて、加佐未センター街の大通りまで戻って来た。


 ふたりは、赤信号の前で止まる。


 由美子は唯の顔をちらりと見た。

 そして、その顔に恐怖心を覚えた。


 唯が今にも道路に飛び出して死んでしまいそうだったからだ。

 怖くて唯をこのままにしておけなかった。


 由美子は何とか励ましてやろうと思った。


「こうちゃ――――」



 その時だった。

 反対車線に純の姿が現れたのは。


「純!!」

 唯は慌てて駆け出した。まだ赤信号だ。


「馬鹿! こうちゃん!!」


 純も由美子の叫び声に気付いたらしく、慌てて声を上げて止めようとしたが遅かった。


 猛スピードで車が迫ってきた。


 走行車からクラクションが鳴る。


「!!」


 唯はそれを見た瞬間、恐怖で動けなくなってしまった。


 ドカッ!!!!



 何が起こったのか、暫く分からなかった。


「――――!!」


 唯の前に由美子が横たわっていた。

 彼女の周りは、真っ赤に染まっていた。



 唯は錯乱する。

 由美子は倒れたまま動かない。


 純が唯の所に走って来たのはその時だった。

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