26.絶望(1)
次の日、ようやく暴風圏を抜けて風雨が弱まってきた。
昨日がピークだったのだろう。
今回の台風は本当に異例だった。
十二月に来た時点で異例だったが、更に進行速度が極めて遅かったのだ。
こんなことは何十年ぶりとかでニュースにも取り上げられていた。
勇也は抜け殻のようになっていた。
授業中、話が頭に全く入ってこず、ずっと止まっていた。
自我を失っていた。
もはや、あらゆることが、どうでもよく感じられていた。
勇也は美雪のことを本当に大切に思っていた。
最初は美雪を支えてやりたい、そう思って付き合い始めたのだが、いつの間にか自分の方が彼女を支えにしていたのだ。
もはや美雪なしの生活など考えられなかった。
だが昨日、美雪は勇也に怒りをぶつけ、勇也を拒絶した。
それは美雪の勘違いが原因だったが、そんなことは勇也には関係なかった。
美雪に拒絶されたこと――
そのことが深く心に突き刺さっていたのだ。
勇也は自分の存在理由を失った気がした。
一限目の休み時間になると、流山が二年B組にやって来た。
「おい、木下!」
「…………」
「木下! おいっ、木下!」
「………………ん?」
勇也はゆっくりと流山の方を見た。
「……何だよ、そんな大声出して……?」
「何言ってんだ。お前が無視するからだろ?」
「………………で?」
「お前なあ……。まあいい。それより昨日はどうしたんだ。一体何処に行っていたんだよ? 心配したんだぞ」
「昨日…………」
その言葉を聞いた途端、勇也は我を忘れた。
突然、流山の胸ぐらを掴む。
「おい、昨日の話はするな!!」
流山はたじろいだ。
クラスの連中も驚いてシンとなった。
「わ、分かったよ。もう何も訊かん。だから離してくれ……」
勇也は振り払うようにして手を離した。
流山は苦しそうに咳をした。
「……そう言えば、神代さんも同じタイミングで、行方不明になっていたんだぞ?」
「知るか、んなもん!!」
いつもの勇也なら、その話を聞いたら、かなり心配しただろう。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
他人のことまで気を遣っている余裕はなかった。
勇也は流山を無視して教室を出た。
流山は慌てて勇也を追う。
「一体どうしたんだよ? 今日のお前、何か変だぞ?」
流山は心配してそう言ってくれたのだが、今の勇也にとってはうざったいだけだった。
「ゴチャゴチャうるさい! 頼むからついて来ないでくれ!」
「木下……」
「俺は今学期いっぱいで転校するんだ! だからもう構うな!」
「おい、そんな話、聞いてないぞ! おい、おいったら!」
流山が呼びかけるにも関わらず、勇也はそのまま走って行ってしまった。
流山は暫くその場に立ち尽くした。
「一体、木下に何があったって言うんだ……?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇也は学校を途中で抜け出して、自転車で走り回っていた。
どこを走っているのだろうか。
そんなことはどうでもよかった。
俺は、俺は一体何なんだ!?
何なんだよ!?
俺は、どうしてこんな辛い気持ちを味わっているんだ。
美雪……。
広田美雪……。
やはり、彼女には俺のようなクズは相応しくなかったのかもしれない。
だから彼女に、美雪に嫌われたんだ。
そうだ。
きっとそうなんだ。
彼女は何も悪くない。
すべて俺の責任だ。
俺が至らなかったせいだ。
どうして俺みたいな奴がここに存在してるんだ。
美雪を傷つける為にここにいるのか。
自分のエゴを美雪にぶつけ、それで自分は満足だろう。しかし、それでいいのか!?
美雪を傷付けてまですることなのか!?
俺はどうしてここに居る――――
「うわっ!!」
ドタン!!
勇也はタイミングを崩して自転車をひっくり返した。
勇也の体はその場に叩き付けられた。
気が付くと、そこはいつもの公園の前だった。
かのえと五年ぶりに再開し、唯と過去の自分と決別する為に来た公園だ。
昔の癖で、無意識のうちにこの場に来てしまったのかもしれない。
勇也はゆっくりと体を起こすと、公園の中に入って行った。
すると、脳裏にあの時のことが甦った。
『俺はもう孤独じゃないんだ。今は流山達だけじゃなく、君という子に知り合えた。もう大丈夫だ。神代さん、君のおかげだよ』
気付くと、勇也の目から涙が溢れていた。
涙…………?
また俺は、この場所で泣いているのか。
勇也はこの地に来て以来、ずっと耐えてきた。
孤独に満ちた中学時代……。
嫌なことはあったが、決してくじけなかった。
泣いたりしなかった。
泣くということは、あいつらに、無視している奴らに負けることだと思っていた。
だから決して泣かなかった。逃げたりしなかった。
独りで耐えてきた。
だが、今、勇也は涙を見せた。
学校から逃げ出した。
あの孤独な時代よりも辛いのだ。
美雪という女性に拒絶されたことが。
これは小学生時代に、かのえに拒絶されたことも関係していたのかもしれない。
あれ以来、他人に拒絶されるのが怖かった。
その最も恐れていた事態が今訪れたのだ。
かのえが、唯が、美雪が、みんな居なくなってしまった。
そして、この街での経験や関係ももうすぐ失われてしまう。
五年前と同じく、また全てがリセットされてしまう。
勇也はその場に倒れ込んだ。
じっと雲を眺めた。
台風が去った後であるせいか、とてもきれいな雲なはずなのに、涙で濁って、汚く見えた。
「もう嫌だ……、嫌だ…………」
勇也は、首にぶら下げていたチェーンを引っ張り出すと、かのえから返して貰った指輪をぎゅっと握った。




