23.再会(2)
深夜一時頃、由美子と流山は、由美子の家に戻って来た。
雨ガッパを着て、傘を持って出掛けていたはずなのに、横風が強く、結構濡れてしまっていた。
もう三時間近く心当たりをあちこちと探していたが、唯を見つけることは出来なかった。
由美子は泣きそうだった。
激しい雨音が由美子の不安を増幅させる。
玄関に用意していたバスタオルで濡れた手足を拭いたが、寒さや不安から身体の震えを抑えることは出来なかった。
「水島さん、大丈夫だ。絶対に彼女は無事だ」
「でも、もうこんな時間なんだよ!? それなのに……!」
「ひとまず水島さんは、このまま家に居るんだ。神代さんが家に戻って電話をくれるかもしれないだろ?」
「でも……!」
流山は由美子をそっと抱き寄せると、
「大丈夫だ。お願いだから、俺に任せて欲しい」
と、彼女が落ち着くまで暫くそのままで居た。
「……分かったわ」
予想外の流山の行動に内心驚いていたが、ようやく冷静さを取り戻した由美子は、彼の言葉を受け入れることにした。
「ありがとう。……それじゃ、俺はもう少し探してみる」
と、流山は早速外に出て捜索を再開しようとするが、
「えっ、うちで少し休んで行ってよ? 流山君もだいぶ疲れているはず」
「ふざけるな。女の家なんかにそう簡単に入れるか!」
と、流山は顔を背けた。
相変わらずの流山の反応だったが、
「……そろそろ正直になったら?」
と、由美子は真剣な顔をして、彼に問うた。
「えっ……!」
流山は驚いて由美子を見た。
「まだ母親にコンプレックスを持ってるの? 私は大事な家族に置いて行かれた流山君の辛さは理解出来ない。だけど、虐げられる孤独さや辛さは分かっているつもりよ? ……全ての女性を拒絶して心を閉ざさないで。私はあなたの母親とは違うわ」
由美子の問いが真っ直ぐに流山に刺さる。
「……うるさい。今は俺のことなんかどうでもいいだろ」
そう言うと、流山は由美子に何かを押しつけてきた。
「これは……?」
よく見ると、それは流山の電話番号が書かれたメモだった。
由美子はハッとして、流山を見遣った。
「……勘違いするな。神代さんが見つかったら連絡してほしい。ただそれだけだ」
と、流山は目線を合わせないまま答えた。
由美子は優しく微笑む。
「それじゃ、私も。こうちゃんが見つかったら連絡してね」
由美子は自分の電話番号を書いて流山に渡した。
「……分かった」
そう言うと、流山は雨の中を走り出して行った。
由美子は流山の姿が見えなくなった後、家の中に入ろうとした。
こんな時に不謹慎ではあるが、流山との関係が少し前進したことが嬉しかった。
すると誰かに呼び止められた。
「水島」
「えっ!?」
由美子が振り返ると、唯をおぶった男が立っていた。
「よ、よお」
「に、西山君!?」
由美子は余りに突然の出来事に我を忘れそうになった。
純が唯をおぶって連れて来てくれたのだ。
こんな状況は夢にも考えてみなかった。
「おいおい、わては幽霊やないで? そんなに驚かんでもええやろ」
真っ青な顔をした由美子を見て、純は困惑していた。
「だって……!」
「それより、唯を介抱してやりたい。ちょっと上がらせてもらってええか?」
「え、ええ……」
由美子は、呆然と立ち尽くしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
純は由美子に用意して貰った大きめのタオルで身体を拭いてやると、由美子のベッドに唯をそっと寝かせてやった。
唯の髪は乱れ、制服は雨に濡れて泥まみれになっていた。
純は、念の為、軽く触診をしたが、唯は特に怪我などはして無さそうだった。
「こうちゃんに一体何があったの……?」
「変態に襲われとったんや」
「えっ! まさか、あの黒ずくめの変質者が現れたの!?」
「何や、あいつのこと知っとるんか?」
「ええ……、私も以前一度見かけたことがあるの」
「そうなんか。それは知らんかった。唯を優先して捨て置いたんやが、もしかして逃がさん方がよかったか?」
雨に濡れて分かりにくかったが、よく見ると、純の顔や手が血だらけになっていた。
「もしかしてその血って……?」
「え、ああ……。奴をボコボコにしてもうた」
由美子は、純が喧嘩した所など見たことがなかったので驚いた。
純は優しい顔をして唯を見ている。
とても人に手を出すような感じには思えなかった。
「でも、どうして西山君が通り掛かったの?」
「たまたま、近所に買い出しに行く途中やったんや」
「……買い出し……?」
「それはいいとして、歩いとったら遠くの方から何か聞こえたんや。何を言うてるかは分からんかったが、なぜか唯のような気がした。中学ん時にお前が女子トイレでイジメられとった時と同じや。唯の心の声が聞こえたんや」
「心の声?」
「ああ。だから、わては走った。我を忘れていた。そしたらあの大男にレイプされる直前やったんや」
「…………!!」
「思わず、わては唯との約束を忘れてしまったよ」
「約束?」
「せや。絶対に喧嘩しないって、唯に誓ったんや……」
純は中三の時、勇也に対するイジメのことで水泳部の同級生と大喧嘩をした。
その時、怒りに我を忘れた純は、勇也を虐めていた部員を半殺しにしてしまう位に殴ってしまった。
部員は救急車で運ばれ、全治数週間の入院を余儀なくされた。
子供の頃から頭に血が昇ると手が出やすくなる気性であり、よく喧嘩していたものだが、この時は部活で毎日身体を作っていたのに加えて、大きく成長していたこともあり、相当な強さになっていたようだ。
親同士の示談で停学で済んだものの、一歩間違えれば、殺傷事件に発展して、少年院などのお世話になっていたかもしれない。
それを知った唯は、泣きながら彼を諫めた。
『純、お願いだからもう二度と人を傷つけないで』
それ以来、純は一切喧嘩をしなくなった。
唯の悲しむ顔を見たくなかったからだ。
だから、一ヶ月前のあの時、『下町』で三人組に絡まれていた女の子を助けた時も、一発も手を出さなかったのだ。
純は唯の頭をそっと撫でた。
唯を見遣るその顔はとても幸せそうだった。
「わてはいつも唯の笑顔を見ていたかった。唯の笑顔は『天下一品』やからな」
純は自分の上着を脱ぐと、唯に掛けてやった。
「……そんなにこうちゃんが好きなのに、どうして他の子と駆け落ちなんか……?」
すると純は顔を曇らせた。
「あいつには今、わてが必要なんや。支えが……」
「……支え……?」
と、由美子が疑問に思っていると、純は立ち上がった。
「待って、このままこうちゃんを残して帰るの?」
「ああ……、唯の奴が起きたら、ばつが悪いやろ」
と、純はふたりに背を向けた。
「西山君、こうちゃんの気持ちを知ってるの!?」
「何言うとるんや? 唯は木下の奴と付きおうてるんやろ?」
「違うよ。こうちゃんは木下君とは付き合ってない」
「そんな! うそ言うなや!!」
純は思わず振り返って取り乱してしまった。
「本当よ? こうちゃんは、こうちゃんは……!」
すると眠っているはずの唯がいきなり叫んだ。
「純! あたしが絶対に見つけるからね!!」
「うわっ!」
と、驚いた純は尻もちを付いた。
「じゅん……、むにゃむにゃ……」
「……って、なんや寝言かい……」
そして純は軽く笑った。
「何や、結局わての早とちりやったんか……」
笑ってはいたものの、その顔は寂しそうだった。
「こうちゃんね、この一ヶ月間、ずっと西山君のことを探してたんだよ?」
「そうか……、わてがアピールしとった時は全然気付かんかったくせに。……でも今は、今はまだアカン」
「どうして?」
「済まんな……、それはまだ言われへん」
そう言うと純は由美子の部屋から出て行ってしまった。
「馬鹿なんだから……、西山君もこうちゃんも……」
由美子は、純の後を追うことは出来なかった。
今の彼には、何を言っても無駄なような気がした。
自分には彼を動かすだけの力は無かった。




