21.一転して闇
十一月も終わりが近づき、すっかり冬らしくなってきた。
吐く息が白くなり、出掛ける際には、手が悴むようになってきた。
その日も勇也と美雪はあの営業停止になったゲームセンターで会っていた。
ふたりの秘密基地でのデートが当たり前のようになっていた。
美雪と付き合うようになってから、勇也は出来るだけ毎日ここへ来ていた。
学校が終わると、部活や生徒会に参加する時間も惜しんで、自転車を漕いでやって来るのだ。
ここまで一時間近く掛かるのだが、美雪に会えると思えば、ちょっとした準備運動程度にしか思わなかった。
更に美雪も本屋のバイトがあるので、ふたりが会える時間は毎日ほんの一時間位である。
しかし満足だった。
美雪の顔さえ見れれば、声さえ聞ければ……。
今にして、唯が放課後に学校前で待ってくれていたり、電話してきてくれた気持ちが分かった。
これは理屈ではなかった。
恋に落ちると、少しでも一緒に居たくて堪らなかった。
美雪と付き合うようになってから勇也は変わった。
何事に対しても、随分と積極的になった。
人見知りも、少しマシになった気がする。
あの日以来、自分でも人が変わったように感じられた。
美雪を好きという気持ちが、美雪が自分を必要としてくれているという自信が、勇也をここまで変えたのだろうか。
「美雪の誕生日っていつなんだ?」
「私は、六月二十四日生まれだよ」
「そっか、美雪の誕生日は過ぎちゃったのか。残念、プレゼントをあげられなかったな」
「仕方ないよ、まだ出会ってなかったんだもん。……そうだ、クリスマスにここでパーティーやろうよ! ケーキ作って、ご馳走食べて、そしてプレゼント交換しよう!!」
美雪は、凄い嬉しそうだ。
トレードマークのポニーテイルが、ぴょこぴょこと跳ねる。
「お、いいな。美雪がご馳走作ってくれるのか?」
「んー、どうしようかな?」
「俺、美雪に作ってほしいな〜」
「じゃあ、考えとくね」
「やった! 今から楽しみだな」
勇也は胸を踊らせた。
「あ、もうこんな時間だ」
勇也は腕時計に目をやる。もう九時を回っていた。
「えっ、あ、ほんとだ」
「家まで送って行くよ」
「うん!」
勇也は美雪のこの笑顔がたまらなく好きだった。
この笑顔の為なら何でもしたいと思ってしまう。
勇也は心底、美雪に惚れているようだ。
美雪の家は、あの本屋から大して離れておらず、五百メートルちょっとの所にある。
徒歩で行っても、いつもあっという間に着いてしまう。
「それじゃ美雪、また明日な」
「うん! パーティー絶対やろうね! 約束だよ」
「もちろんだ、約束する」
「破ったら、絶交しちゃうからね!」
「ああ、それじゃ」
「バイバイ、ゆーちゃん!」
そう言うと美雪は家に入って行った。
玄関に明かりが付き、何か話しているような声が聞こえてきた。
毎日遅くまで付き合わせてしまって、お母さんに怒られていないかは少し心配だった。
彼女の家はかなり古く、お世辞にもきちんと手入れされているようには見えなかった。
美雪とは、唯と遊びに出掛けていたような感じで、一日に千円以上使うようなことは無かった。
寧ろ、飲み物も買わず、一円も使わないことが殆どだ。
それだけ、ふたりの家庭環境に違いがあるのだと思われた。
この部分を何とかしてやりたい気持ちもあったが、一介の高校生にどうこう出来る話でもない。この感情は傲慢だ。
今は彼女の精神的な支えになれていれば十分だと考えている。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇也は、夜道を自転車で南下し、十時過ぎに自宅に辿り着いた。
すると、家の中から明かりが見えていた。
「親父の奴、今日は帰ってきているのか……?」
相変わらず予定を共有してくれないので、いつ帰ってくるのか、全く分からない。
「ただいま」
と、玄関のドアを開けると、母親が出迎えてくれた。
「お帰り、勇也」
「あれ、母さん。どうして、ここに?」
「勇也の帰りを待っていたのよ。あなたちょっと遅すぎるんじゃない?」
「分かってる。急に帰ってきて、偉そうに言わないでくれよ」
勇也は自分の部屋に鞄を放り投げた。
「それより、これから父さんから大切な話があるの」
「…………」
何か嫌な予感がした。
そして、前にもこんなことがあった気がした。
居間へ行くと、妹の奈美も帰って来ていた。
母親と妹と再会したのは、かのえの葬式の時以来だ。
父親と母親。そして、妹がテーブルにじっと座っている。
そんな中に勇也も腰を下ろした。
「何だよ、話って……」
勇也は、滅多に帰ってこない父親に対して、冷たく言葉を放った。
この両親は、本当に自分のことを考えてくれているのかと、言いたくなってくる。
「実はだな、金沢に転勤になったんだよ」
途端に、勇也の顔が青ざめた。
「嘘だろ、おい! そんな話聞いてないぞ!!」
「本当だ」
勇也は父親に怒りをぶつける。
「そんな! こんな時期にどうしてだよ!?」
「十二月一日付の異動が正式に決まってしまったんだ。……俺だってな、私立の高校に通っている子供がいるから、引っ越さなくてもいいように、この辺の勤務地への転勤を希望してたんだ。しかし、無理だったんだよ。既に一回やっているからな。……覚えているだろ? 勇也が中三になった時だ。あの時は、なんとか頼み込んで今の近場の支店に異動させて貰ったんだ。でも今回は……」
「嫌だ、俺はここに残る!!」
「無茶言うな、勇也。この辺にお前を預けられるような親戚は居ないんだ。それにK高校には学生寮もないし……」
「一人暮らしをすればいいじゃないか!」
「そんな余計な金はない。お前は自分で学費や生活費を稼げる立場なのか?」
「……くっ……」
「……分かってくれよ、勇也。本当は俺だって嫌なんだ。ちなみに、渚と奈美のふたりにはもう了解して貰った」
勇也は、母親を見ると、
「母さん、それでいいのか?」
と尋ねた。
「だって仕方ないじゃない……」
母親は、悲しそうな顔をしていた。
現在は已む無く別々に暮しているとはいえ、まだ比較的何とかなる距離だった。金沢となると、母方の実家からはだいぶ離れてしまう。更に行き来が厳しくなるのは、容易に想像が出来た。
やはり本心からは納得できないはずだ。
勇也は怒りに満ち溢れていた。
「それでいつなんだよ? いつまでここに居られるんだ……?」
「そうだな、俺はすぐに行かなければならないが、お前達には色々と手続きや引っ越し準備が必要だからな。勇也の終業式までと言った所か……。母さんと奈美は、何日かこちらに滞在して、先に荷物を纏める予定だ。勇也も終業式までに用意して欲しい」
「あと三週間ちょっと……」
勇也は絶望した。短過ぎる。
何もかもが一方的で、めちゃくちゃだ。
転校先は私立高校になることはあり得ないだろうし、受験も見据えたこの時期に、未知の場所に独り放り出されてどうしたらいいというのか。
この家族はバラバラだ。居場所が分かっていたとしても、心が繋がっている気はしなかった。
自分が親になり、同じ立場になった際、同じ選択をするとは思いたくない。
大切な存在を蔑ろにした幸せなんて絶対有り得ない。
勇也は、そのまま部屋に駆け込む。
「……勇也!」
父親が後を追おうとするが、
「あなた、暫くそっとしておいてあげて」
と、母親が引き止めた。
「……ああ」
父親は寂しそうに勇也の部屋の方を見つめていた。
勇也は自室に篭って、机を叩く。
ダン! ダン! ダン!!
力が強い為、手から少し血が滲んできた。
しかし、勇也はやめようとしない。
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!!
「なんでだよ、なんでなんだよ!!」
ダン! ダン! ダン!!
「なんでこんな時に来るんだよ! ……前もそうだった。小六の時、あの時だって……」
五年前のかのえとの別れの時を思い出す。
あの時も親父の転勤がきっかけで、それまでの交友関係やかのえとの距離感が壊れてしまった。
全ての原因とは言わないが、今の性格を後天的に形作るきっかけはこれだったのではないかと思い知らされる。
「また同じことを繰り返すのかよ……。美雪、俺はどうしたらいいんだ? お前と離れ離れになりたくないよ……」
勇也は絶望して項垂れた。
美雪の言葉が脳裏をかすめる。
『パーティー絶対やろうね! 約束だよ』
「……パーティー出来なくなっちまうよ」
『約束だよ』
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だあああああああ!!」
勇也の声が家中に響いた。




