20.希望
唯は勇也に拒絶された次の日、ついに学校を休んでしまった。
その日は土曜日で半日授業だったが、気持ちが追い付かず、身体が言うことを聞いてくれなかった。
純に続き、身近な存在だった勇也も、自分から離れてしまった。
勇也には謝りたかったが、何と伝えれば良いかが、分からなかった。
これまで勇也のことを相談していた純も行方知らずになっていて、八方塞がりだった。
四時を過ぎた位で、ようやくベッドから起き上がれた。
窓を開けると、外には気持ちいい風が吹いていた。
そろそろ冬も間近に迫って来ている今日この頃である。
唯は背伸びして、空気をいっぱい吸い込んだ。
「んー、気持ちいい!」
唯は暫くぼーっと夕焼けを眺めた。
そしてボソッと呟いた。
「このまま明日になったら、すべてが元通りになってくれたらいいのに……」
子供の頃に、思いを伏せる。
「そう言えば思い出すな……。幼稚園の頃、よく純と遊んだっけ。あいつはいつも、あたしを助けてくれた。給食に苦手なモノが出た時、怖い犬に追い掛けられた時。いつも純が居てくれたんだ」
なんだか、つい昨日のことのようだった。
「純の方が一つ年上だから純が先に卒園しちゃって泣いちゃったんだった。あたしを置いていかないでって。……そしたら純のヤツ、花の茎で王冠を作ってくれて、被せてくれた。わてらは一緒や。せやからお前は独りぼっちやないって」
唯は昔を思い出し、まるで女神のような笑顔を見せた。
純が、唯の笑顔は『天下一品』と言うのも無理はない。
唯は気付いていないようだが、彼女に目を付けている奴は多かった。
ただ、純が側に居るので、誰も手を出そうとはしなかっただけだ。
だが、そう思い耽っているうちに涙が溢れてきた。
「純、早く帰ってきてよ……、もう耐えられないよ……」
涙は夕日に照らされて輝いていた。
唯はベットに横たわった。
そして、棚の上に置いてあった小学生時代の唯と純が写っている写真立てを見た。
これは純の部屋にあったものと同じものだ。
以前、唯が焼き増しをして純にあげたのだ。
その中には笑顔を浮かべながらピースをしている、唯と純の姿があった。
プルルルルルル……、プルルルルル……。
その時だ。
電話の鳴る音がした。
しかし、取る気が起こらない。
プルルルルル……、プルルルルル……。
暫くして、ようやく重い腰を上げ、電話を取る。
「もしもし?」
「こうちゃん、今大丈夫……?」
相手は由美子のようだ。
「由美子……、取るのが遅くなってゴメンね」
「ううん、気にしないで」
「どうせ、今日も進展なしだよね?」
「……西山君を見たって言っても?」
途端に唯の顔色が変わる。
慌てて、電話を持ち直した。
「うそっ! 本当に!? いつ、どこで、何時……」
「ストップ、ストップ。少しは落ち着きなさいって」
唯は気が動転してしまったらしい。
冷静さを失い、しきりに由美子に尋ねる。
「ねえ、ねえったら! 教えてよ、由美子!!」
「こうちゃん!!」
「は、はい!」
由美子は、唯が冷静になるまで、時間を置いた。
「…………落ち着いた?」
「……ゴメン、由美子。あたし、本当にどうかしちゃってるね」
改めて、唯は、自分自身がおかしくなっていると自覚した。
あまりにも余裕がなく、周りが見えなくなってしまっている。
その時、これか、と思い当たった。
人間関係に不器用な勇也を追い込んでいたことに気付けてなかった自分が嫌になる。
「よし、ちゃんと聞いててね」
「……うん」
「私ね、昨日学校の帰りに西山君を見たわ。彼は女の子と一緒に歩いていた」
「えっ!?」
「場所は、加佐未センター街よ。ふたりはデート中だったみたい。だから私は気付かれないように尾行したの。ふたりはデパートに行ったりレストランに行ったりと。ま、その後色々あったんだけど。西山君、その子とラブホテルに入って行っちゃったの」
由美子は、この事実は唯にとってはかなりハードだと思った。
しかし、隠しておいては唯の為にはならない。最後まできちんと伝えることにした。
唯は頭が真っ白になった。
地獄に叩き落とされたような感じだ。
声も出ない。
息をすることすら忘れかけていた。
そして自然と涙が溢れ出して来た。
「こうちゃん、大丈夫だよ。元気出して……」
「気休めはよしてよ! 由美子に何が分かるのよ!?」
由美子はその勢いに圧倒される。
唯は、更に強烈な言葉を浴びせかける。
「ホテルまで行ってるなんて、あいつ失踪したと見せかけて、何遊び歩いてるのよ! ばっかじゃないの!! 信じられない!!」
何か事件に巻き込まれたかと心配する面もあっただけに、より頭に血が昇ってしまった気がする。
それを聞いて、由美子はとうとう純の気持ちを話すことにした。
「こうちゃん、西山君にはずっと前から好きな子が居たんだよ」
「それが、その子だって言いたい訳?」
「何言ってるの。西山君はこうちゃんが好きなんだよ」
「……う、うそ……」
唯は固まってしまった。
「嘘じゃないよ。私、初めて西山君に会った時、すぐ分かったもの。彼は、神代唯って子が好きなんだって。木下君も薄々気付いていたみたいだけど」
「そんな……、そんなはずが……」
その時、唯は失踪する前の純のことを思い出した。
『……そんなことあらへん。お前は今でも可愛いで』
『唯、明日デートしよう。冗談言うとるんやない。わては本気や』
そんな言葉が頭の中に浮かんできた。
「純のヤツ、あたしが勇也くんが好きだって言ったからあんなに様子がおかしかったのか……。それなのに、あたしったら、全然気付いていなかったのね」
唯はその時、ようやくすべてを理解した。
自分は随分とマイペースで鈍感なようだ。
生来、相手をきちんと見れない性質なのかもしれない。
「じゃあ、純がいつもあたしの側に居てくれたのは……」
「こうちゃんが気になって、仕方なかったんだよ」
「……あたし、なんて馬鹿だったんだろ……。純が側にいてくれるのは当たり前のことだと思っていた。だから分からなかったのかな……? 幼稚園の時も、小学校の時も、中学の時も、そして今も……」
「確信はないけど、人の気持ちなんて、そう簡単に変わるもんじゃない思うんだ。ましてや、ずっと想い続けていた西山君なら」
「…………」
「何か訳があるんだよ。あの子の側に居てやらなきゃならない理由が……」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。まだ諦めちゃだめ。絶対に西山君を見つけよう! そして、こうちゃんがガツンと言ってやるんだ。そうすればきっと……」
「……ありがと、由美子。分かったよ」
ようやく、唯の心が晴れてきた。
「もう大丈夫?」
「うん、本当にありがとう」
「それじゃ、切るね」
「うん、またね」
唯は電話を切った。
そして立ち上がった。
改めて、ふたりの子供の頃の写真を見る。
そうだ! 諦めちゃ駄目なんだ!
あたしはやるんだ!
必ず純を見つけて、連れ戻してみせる。
そして、自分の気持ちを伝えるんだ。
あたしの今の正直な気持ちを……!




