18.戸惑い(3)
「もうこんな時間だ……! 西山先輩はどこに行ってしまったんだよ!」
勇也はベッドに鞄を投げつけた。
時計は既に九時を指していた。
勇也は、あれから毎日、純のことを探して街中を駆け巡っていた。
一度約束をしてしまったからには、探さない訳にはいかなかった。
当てもなく、自分の力だけでは限界があるので、川田ら美術部のメンバーにも声を掛け、各駅周辺を中心に、探すのを手伝ってもらった。
生徒会の方がもっと本格的で、壇ノ浦の指揮の下、人海戦術で、教職員を含めて各所に聞き込みを進めていた。
壇ノ浦は、当初事件性を考慮して、警察にも協力を仰ぐべきと考えていたが、失踪から数日経った頃に、純の母親宛に一度だけ当人から連絡が入ったらしい。
自分は元気にやっている。心配しなくて良いと。
その連絡があった段階で、皆が懸念していた最悪の想定からは外れていたが、所在が掴めていない状況なのは変わらなかった。
早く彼の居場所を特定し、その真意を訊くべきだろう。
だか、勇也は、イライラして仕方なかった。
どうして自分が探さなければいけないのか。
神代さんとの今後を考えれば、逆にこのまま純が帰って来ない方が良いのでは。
そういう嫌らしい負の感情が、身体全体を支配していた。
自分の器の小ささにうんざりする。
勇也はベットに寝転んだ。
「ふう、大変な一日だったな」
冷蔵庫からふんだくってきた缶ジュースのプルトップを開ける。
少し口を付けたが、何か眩暈のような感覚があった。
駄目だ、随分と参っているのかもしれない。
「今日はもう、風呂に入って寝るか……」
その時、電話が鳴った。
プルルルルルル……、プルルルルル……。
無視したい気持ちを押し殺しながら、ゆっくりと応答した。
「もしもし」
「勇也くん、こんばんは! どう、純のヤツは見つかった?」
開口一番、唯は、純のことを訊いてきた。
勇也の胸がズキリと痛む。
「いや、今日もこれと言った手掛かりは見つからなかったよ」
「そっか、残念……」
唯は、がっかりしたような声のトーンになった。
勇也は、更に胸が締め付けられ、息苦しくなった。
「……神代さん、俺……」
「ほんと、純のヤツ、どこ行っちゃったんだろ?」
「……あ……」
「……ね、勇也くん」
「…………」
限界だった。
コップいっぱいに張り詰めていた水が溢れるように、今まで怖くて訊けてなかった言葉が溢れ落ちた。
「神代さん……、君は、俺と西山先輩のこと、どちらを大事に思ってるんだ?」
「えっ……!?」
「俺は君のことを見ているけど、君の瞳には最近、俺のことなんて全く映っているようには見えない。……そう考えると本当に辛いんだ。虚しくなってくるんだ」
「勇也くん……」
「どうなんだ、神代さん?」
「…………」
「……なぁ……?」
「……分かんない、分かんなくなっちゃった……」
唯は、打ちひしがれた顔をして、言葉を絞り出す。
「正直、この間まで、勇也くんが好きって気持ちは揺るがなかったのに。あのアホがどっか行っちゃってから、あたしはおかしくなっちゃったみたい。自分が自分じゃなくなってしまったような、変な感じなの」
薄々は分かっていたことだったが、その言葉は、勇也を深く傷付けた。
勇也は、振り絞るようにして、声に出した。
「神代さん。俺も、西山先輩が行方不明になって心配しているよ。だけど、何よりも君が俺を見てくれてないのが辛い。本当に申し訳ないけど、これ以上、君の助けになれる気がしない。自分を保てる自信を持てないよ」
「……あ、あたし……」
その時、唯は初めて、事の重大さに気付いた。
自分の言動が、勇也を疑心暗鬼にさせていることに気付いた。
「勇也くん、ゴメン。……あたし、自分の事しか見えてなかったみたい」
「良いんだ。それだけ、神代さんが参っているということだし」
「……ごめんなさい……」
唯は重ねて謝る。
「……だけど、気持ちの整理が出来るまでは、暫くは連絡しないで欲しい」
「あっ……!」
勇也は、電話を一方的に切った。
静寂が場を支配する。
自分はなんて器が小さいのだろうと、自分自身がつくづく嫌になる。
だけど今は、こうすることでしか、自分自身をうまく保てなかった。
本当に最悪だ。
何かに縋りたい気持ちに陥るが、その振り先は存在しない。
苦し紛れに、残っていた缶ジュースを飲み干そうとする。
『ゆーちゃん』
「はっ!」
勇也は缶ジュースを落とした。
中のジュースが床にこぼれる。
『ゆーちゃん』
「な、何だろ、この気持ち……」
突然胸騒ぎがしたのだ。
気付くと、勇也は川田のお古のママチャリに跨って、走り出していた。
自分でも訳が分からなかった。
こんな時間にあの本屋へ行って何になるというのだろう。
しかし、どうしても行かねばならない気がした。
初めて彼女と出会った日と同じ気持ちだ。
どうしてこう思えるのだろう。
――分からない。
――分かるはずがない。
ただ、広田美雪があの場所で待っているような気がするのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時はその数時間前に遡る。
西山純捜索の為、由美子は加佐未センター街を歩いていた。
「こうちゃんが、だいぶやつれてきている気がする。早く西山君を見つけてこうちゃんを安心させてあげたい」
由美子は、あの日以来、毎日純が行きそうな場所をしらみ潰しに探していた。
雲を掴むような話だったが、今はそれしか手段が無かった。
何か少しでも手掛かりがあると気持ち的にだいぶ変わってくるのだが。
「――って、西山君!?」
由美子はその時、通りの反対側に純の姿を見つけた。
純は女の子と仲良く歩いている。随分と楽しそうだ。
「何あんな幸せそうな顔して歩いてるのよ? ……こうちゃんの気も知らないで……」
由美子は怒りを覚えた。
「私がこうちゃんの元へ引っ張り出してやらないと」
そう意気込んだが、すぐ躊躇した。
「今捕まえるよりも、西山君の居場所を突き止めて、こうちゃんに直接ギャフンと言いに行かせた方が効果的か」
由美子は、純と女の子を尾行する事にした。
ちょっとした探偵気分ではあるが、端から見ると、由美子の行動はかなりやばいような気もする。
純と女の子はデートしているのだろうか。
最初はデパートへ、次はレストランへと、如何にもデートコースを辿っていた。
「西山君ったら、こうちゃんというものがありながら一体何やってるの?」
尾行していくうちに、ますます腹立たしさが募っていく。
と言っているうちに、今度はボウリング場に入って行った。
「ちょっと、まだ行く気?」
由美子も慌てて後を追っていく。
由美子は、ボウリング場にて純達とはかなり離れたレーンで独り寂しく投げながら、ふたりの様子を窺う。
ボウリングは何人かで楽しく投げた方がいいに決まっている。独りだと虚しくなるばかりである。
遊びで来れたらどれだけ幸せだっただろうか。
由美子がふたりの様子を見ていると、後ろから誰かに名前を呼ばれた。
「キャッ!!」
由美子が驚いたのは言うまでもない。
振り返ると、流山が立っていた。
「水島さんじゃないか、何やっているんだ?」
「る、流山君!?」
由美子は、頬を赤らめる。
流山は、予期せぬ出会いに驚いている。
彼は剣道部の部員達と遊びに来ていたようだ。連れの中には、先日の県大会の際に見かけた顔も含まれていた。
先日の剣道大会の怪我は癒えておらず、右腕を包帯で釣って固定していた。
(こんな現場を、まさか流山君に見つかっちゃうなんて……)
「な、何って……、も、もちろんボウリングしてるの」
投球フォームを取って練習するふりをするものの、メチャメチャ動揺している。
普段クールな由美子の、意外な一面が見えた気がした。
「そうか? なんか向こうの方をじっと見ていたような気がしたんだが……」
流山はその方向を見た。
「あれ、西山せ――うぐっ!!」
由美子は慌てて流山の口を押さえると、物陰に隠れた。
純が気付いたのか、辺りを見回している。
「う、うう……」
「あ、ごめん!」
由美子は手を離した。
右肩を痛めている流山に対して、酷いことをしてしまったと謝る。
だが、流山の方が冷静で、純に気付かれないように様子を窺った。
「失踪中の西山先輩があそこに居て、水島さんがここに居るということは……」
流山はじっと由美子を見た。
「なんで尾行なんかしているんだ。早く誰かに知らせた方がいいんじゃないか?」
すると、由美子は両手を合わせた。
「こうちゃん自身にガツンと言わせたいのよ。だから……ね?」
「俺に黙っていろと?」
「お願い!」
流山は、回りくどいと感じたものの、当事者達に任せるべきだと、由美子の考えを尊重することにした。
「……分かった。そこまで言われたら仕方ないか」
「ありがとう、流山君!」
「別に、礼を言われるようなことはしてない」
と、流山は横を向いた。
彼はあまり表情に出すタイプではないが、内心は照れているのだろうか。
由美子は、そんな流山が可愛いと思った。
少しずつ考えていることが分かるようになってきた気がする。
「お、西山先輩が外へ出るみたいだぞ」
「えっ!」
由美子が我に返ると、確かに純達は帰ろうとしていた。
先ほど、流山に名前を呼ばれて警戒したのだろうか。
「流山君、行くわよ!」
「行くわよって、俺は剣道部の奴らとボウリングを……って、おい!」
由美子は流山を無理矢理連れて、純達の後を追った。
由美子と流山は、純達の後を追いつつ、ふたりの行動を観察していた。
今はあの『下町』に来ている。
「なんで俺まで……」
「だってもうこんなに暗くなっちゃったし」
それもそうである。そろそろ九時を回ろうとしていた。
さすが夜の『下町』なだけあって、辺りには柄の悪そうな奴や酔っ払ったサラリーマンの姿も増えてきていた。
「……仕方ない。不良や変質者に絡まれたら困るからな」
「ありがと」
「……俺は男として当然のことをしているだけでな」
「はいはい。分かりました」
流山は完全に由美子のペースにはまっていた。
由美子は、コンビニにで買ったおにぎりと暖かいお茶を袋から取り出す。
流山にも分け与え、おにぎりにかぶり付く。
本格的に探偵になって、張り込みをしている気分になってきた。
「でも――」
「静かに!」
今度は流山が由美子の口を押さえた。
純と女の子が歩みを止めたのだ。
流山はそのままの状態で電柱の陰に隠れた。
すると、純と女の子は肩を組みながら、ラブホテルへと入って行った。
由美子の顔が真っ青になる。
その拍子に、持っていたおにぎりを地面に落としてしまった。
流山も顔をしかめた。
「これはどういうことだ? 先輩は、なぜ家出してまで、こんなことをする必要があるんだ?」
「…………」
「しかし、先輩がこんな女たらしだったなんて思わなかったな。あの女も一体なんだ? だから女は信用ならないんだ」
流山は冷めた目で見遣る。
「流山君」
「どうしたんだ、水島さん?」
「……もう帰ろう」
「えっ、急にどうしたんだ? さっきまであんなに意気込んでたのに」
「うん……、何かどうでもよくなっちゃった……」
「水島さん……」
「振り回してしまってごめんなさい。……あ、今日のことは」
「分かってる、内緒にしといてやるよ」
「ありがと」
由美子はラブホテルの方を見た。
(こうちゃん、これは予想以上に手強いかもしれないよ……? どうする、こうちゃん……?)




