15.剣道大会
放課後になると、唯がK高校の正門前で待っていることが多くなった。
部活に参加している日もあるようで、毎日ということは無かったが、勇也の予定も確認した上で来てくれるらしい。
勇也の方はというと、生徒会の打ち合わせは月曜日に役員が集まる日があったが、それ以外は任意だ。たまに壇ノ浦から緊急召集が掛かる場合があるのが恐ろしいが。
美術部は、特に強制的なものは無いが、三年生が受験を控えて引退したこともあり、勇也が部長に昇格したこともあって、短時間でも顔を出すことが増えていた。
勇也と唯は、駅へ向かってふたり並んで歩く。
勇也と唯のカバンを、川田に貰ったママチャリのカゴに一緒に乗せて、彼女の歩幅に合わせて進む。
「えっ、神代さんってチアリーディング部にも入っていたの? てっきり水泳部だと思っていたけど」
「水泳部には所属してるよ。でも、正式に所属しているのはそのふたつなんだ」
I女学院は室内プールがないため、水泳部の活動は春から秋に限られているようだ。その分、秋から春にかけては、チアリーディング部の方を主体で活動しているらしい。
驚いたことに、正式に所属しているクラブ以外にも、テニス部やバトミントン部、園芸部など、一時的に応援で参加するクラブがいくつかあるようだ。
色々なことに興味を持ち、交友関係も広い、唯らしい部活動の仕方ではある。
「今度の週末に剣道の県大会があるらしくて、そこでチア部として応援に参加するんだ」
「今週末だと、流山が確かその大会にエントリーしていたはず」
「あ、そうなんだ!? それならば、尚更応援しがいがあるかも。あたし、応援頑張るね!」
「本当だね」
「それなら、一緒に応援に行こうよ? あたし、お弁当の用意していくから」
「いいの? ……何か悪いな」
「もう……、そんなこと言わないで! あたしは勇也くんと一緒に出掛けられるのが、すごーく嬉しいんだから」
「あ、ありがとう」
突然の唯の真っ直ぐな告白に、ドギマギしてしまう。
神代唯は、自分のことを大切に想ってくれている。その気持ちは、節々から伝わってきていた。
唯は、勇也の側にいることが当たり前のようになっているようだ。
きちんと告白をされた訳ではないが、それに近い存在。
昔の勇也とかのえの関係に、少しずつ近づいてきている気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
週末の土曜日、勇也は、南加佐未の外れにある谷川市総合体育館へと向かった。
この間、話題に上がっていた剣道の県大会が、この体育館で開催されるからだ。
県大会ということもあって、体育館前には、普段見かけないような制服を着た高校生やその父兄がたくさん集まっていた。
男子女子ともに県内の市大会で上位に入った六十四名ずつの強豪たちが一堂に会し、トーナメント戦で勝ち進んでいき、優勝者を決めるのである。
単純に決勝戦まで勝ち進もうとすると、五戦五勝する必要があり、なかなかの狭き門と言える。
「流山、おはよう」
「木下か。おはよう」
今大会の出場者である流山は、気合十分なようで、既に胴着を纏っていた。
恐らく、早めに会場入りして、ウォームアップに励んでいたのであろう。
今回の県大会は三年生が引退した後の初めての大きな大会であり、流山は谷川市の代表として参加する形になっていた。
先日、市大会を実施していたようだが、その場では他者を寄せ付けず、圧勝していたらしい。
伊達に、十六歳という最年少で三段に昇段している訳ではないようだ。
谷川市からは、優勝した流山と、準優勝の神崎山高校の二年生がトーナメントにエントリーしているらしい。
「勇也くーん! 流山くーん!」
可愛らしい元気な声が聞こえてきた。
振り返ると、由美子を連れた唯が、ぶんぶんと手を振っていた。
「神代さん、おはよ」
「勇也くん、おはよ〜!」
唯は既に着替えてきていたのか、チアガールの衣装を着ていた。
赤をベースに白のラインをアクセントとしたユニフォームには『I女学院』と縫われており、シャツの丈は短く、腰やおへそが露わになっていた。
真っ赤なミニスカートから覗く太ももは、水泳部で鍛えられているからか、引き締まっており、とても魅力的だった。
「どう、この格好? 似合ってる?」
というと、唯はくるっと回った。
ミニスカートがふわっと持ち上がって、アンダーショーツがチラチラと見える。正直、目のやり場に困る。
「う、うん。凄く似合っているよ」
「キャハ! 良かった!」
唯は無邪気に笑うと、その場でぴょんぴょんと跳んでいた。
可愛らしい自分の姿を、勇也に見せられて嬉しかったようだ。
由美子は、あまり好ましく思わなかったのか、特に反応はせず、流山に声をかけた。
「流山くん、おはよう。今日は頑張ってね」
「水島さん、ありがとう。今日までの練習の成果を試合にぶつけて来るよ」
「ええ。私も応援させてもらうわ」
「ありがたい」
唯とは違って、ふたりはクールだ。
県内随一の広さを誇る谷川市総合体育館とはいえ、各地から父兄や関係者などがたくさん集まっており、思っていたよりも体育館は応援者でいっぱいになっていた。
部員全員で応援することは難しそうだったので、I女学院チアリーディングの部長は、七名の選抜メンバーで応援をすることにした。
「うちら二年生レギュラーの四人と一緒に、今日の応援に参加する一年を三人発表するよ!」
「「「はい!」」」
円陣を組んでいたチアリーディング部の一年生が一斉に声を上げる。
「一人目、山峰!」
「はい!」
「二人目、島崎!」
「はい! ありがとうございます!」
呼ばれた二名が順に前へと出た。
いずれも緊張した面持ちではあったが、選抜されて、とても嬉しそうだ。
「そして、最後の一名! ――広田、あんただ!」
「はい!」
と、最後に呼ばれた少女が、前に出た。
大きな黄色のリボンでポニーテイルを結わえた女の子。
そう、あの氷上山の本屋でアルバイトをしていた、広田美雪だった。
「神代、この三人に今日のフォーメーションを教えてやってくれ」
「うん、わかった」
唯は一年生三人を集めると、七人でできるフォーメーションを説明し始めた。
これまでの練習で、人数に応じたフォーメーションは何度か練習していたが、経験の浅い一年生にはきちんと説明する必要があったのだ。
「木下センパーイ!」
勇也が振り返ると、川田と他の美術部の一年が数人一緒に現れた。
「あれ? どうしたんだ、こんなところで?」
「写真部顧問に応援頼まれて、微力ながら、僕たちも駆けつけました!」
と、川田はビシッと敬礼をした。
「なるほど、そういうことか」
美術部と写真部の顧問は、同じ大山先生だった。
写真部は、三年生が抜けた今、廃部の危機を抱えるほどに人数が減ってしまったようで、人材が不足しているようだった。
その為に、同じ芸術志向の美術部の面々に急遽、依頼をしたのだろう。
気付くと、勇也の周りにいるメンバーが随分と集まった状態になっていた。
岸山を始めとした、生徒会の面々(顧問の壇ノ浦を含む)については、これ以上の参加はご遠慮願いたいところだが。
激しい声援の中、男子トーナメント一回戦が始まった。
まず、Aブロックの十六名が十メートル四方程度の試合場に上がって、各々試合を開始する。
流山はBブロックのようで、勇也たちがいる観客席のある二階からは、試合場の近くにその後ろ姿が見えた。
彼はウォームアップをしながら、精神を集中しているようだった。
高校生の試合時間は四分間。
一試合は三本勝負で、相手から有効打突を二本先取したほうが勝利となる。
各選手がこぞって大声を上げて、相手に向かっていく。
実力差が大きい場合は、制限時間を消費し切る前にあっという間に勝敗が決することもあるが、県大会ということもあってか、大差で決することは無いようだ。
勇也は、その気迫に圧倒されていた。
中学時代に水泳部を引退してからというもの、まともにスポーツに打ち込んだことはないが、やはり試合を見ていると、胸が熱くなってくる。
横にいた川田はパシャパシャと写真を撮っており、関係者をターゲットとしている訳でもなく、純粋なベストショットを狙っているようだった。
Aブロックの試合は、十分ほどで終了した。
続いて、Bブロックの十六名が試合場に上がってくる。その中には流山の姿もあった。
彼が登場すると、横にいた由美子や、少し離れた場所で陣取っていたI女学院のチアリーディング部の精鋭たちが大声を上げた。
「神代さん、張り切っているな〜」
と、微笑ましく思っていたところ、チアガールの中に見知った顔があることに気付いた。
「えっ、あっ、あれ?」
唯の後ろで元気よく踊っていたのは、美雪だった。
唯よりは少し身長は低いが、胸は大きく腰もくびれていて、スタイルが良かった。
先日、氷上山で会った際に見かけた、制服姿よりも更に刺激的だった。
大きく足を振り上げ、真っ赤なアンダーショーツが見え、胸が大きく揺れる。
想定もしていなかった美雪の姿を目の当たりにして、勇也は、顔がカーッと赤くなるのを実感した。
その瞬間を逃さず、川田の奴がパシャパシャと写真に収める。
「おい、やめろ」
と、勇也は、川田の手を取った。
「先輩、何言っているんですか!? I女学院のチアガールの活躍を写真に収めないと!」
「越田、お前の目がエロい」
「かーわーだーです!」
「いいから黙れ、越田!」
「あうっ!」
などと、川田とやり合っていると、ワーっという歓声が上がった。
試合場の方を見遣ると、開始三秒で、流山が面あり、で一本目を先取していた。
「なっ……!」
その電光石火のような一本先取に、ふたりは目を丸くした。
黙って、と鋭い眼光を向けた由美子を尻目に、試合再開直後、流山はまた面あり一本を奪取していた。
その試合時間は、わずか七秒である。
「圧倒的ですね……、流山先輩、強過ぎます」
「ああ。凄いな」
勇也も思わず息を呑んだ。
両者は礼をして、試合を終了させると、流山は勇也に向かって右手を上げた。
勇也もそれに合わせて、右手を上げ返した。
自分が凄い訳では全く無いのだが、親友の活躍が何とも誇らしく感じてくる。
二回戦以降も、流山は圧勝を続けた。
流石に開始七秒とまではいかなかったが、いずれも二本連取で勝利しており、相手に試合をさせていなかった。
四連勝したところで、Bブロックの勝者は流山に決まり、準決勝へと駒を進めたのであった。
ベストフォーが決まったところで、男子の試合は一旦休憩となり、入れ替わりで女子のトーナメント戦が開始された。
I女学院から一名だけ県大会に出場している選手がいたようで、彼女が登場すると、唯たちI女学院チアリーディング部が元気よく応援を行っていた。
勇也は、写真を取ろうとする川田を羽交い締めにしながら、唯と美雪の応援姿を見守った。
元気に引っ張っていく唯は、部長とともにセンターできちっと応援をまとめている。
その後ろで端を任されて踊っているのが美雪だ。
比較的全員身長は低いようで、一矢乱れぬフォーメーションとあっており、遠目で見ていて非常に美しかった。
先日、氷上山の本屋前で再開した時に、I女学院の制服を着ていたので、唯や由美子と同じ高校に通っていることは気付いてはいたが、まさか唯と同じクラブに入っていようとは。
日曜日に部活で学校に行っていたと言っていたのも、今日の応援に向けて練習に参加していたに違いない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
女子の部がベストフォーまで揃うと、お昼休憩の時間になった。
更衣室に戻った唯が、お弁当箱の包みを持って、勇也と由美子の前に走ってやってきた。
「勇也くーん! 由美子ー! お弁当食べよ!」
「ああ。でも、ちょっと待ってくれ。今日の主役にも声を掛けてくるよ」
「あっ、そうだね! うん、じゃあ、あそこの木陰でシートを引いて待っているね」
「ありがと」
勇也は、流山に声を掛けに、選手控え室へと向かった。
「確か、こっちだったはず……」
と、勇也が案内図を見ていると、その横顔に気付いた女の子がいた。
「あれ、ゆーちゃん……?」
「えっ」
「やっぱり、ゆーちゃんだ!」
美雪が、勇也に気付き、走ってやってきた。
チアガールの格好のままで、走る度に胸が揺れる。
それに合わせて、ポニーテイルも揺れていた。
「広田さん」
「ゆーちゃん、どうしてここに?」
「俺の親友が今日の試合に出ていてさ。その応援で来ているんだ」
「そうなんだ。私も同じだよ。個人的な応援というよりは、部活の一環での応援だけど」
「その格好を見ると、そうみたいだね」
改めて、チアガール姿の美雪を見た。
先ほどまでは遠目で見ていただけだったが、目の前で見ると、改めてドキリ、としてしまう。
身体のラインがくっきりと見える格好が刺激的過ぎて、どこに目線を合わせれば良いかわからなかった。
「……? 相変わらず、ゆーちゃんは面白いね」
ドギマギしている勇也を見て、美雪は笑みを零す。
「みゆき〜!」
と、女の子が呼ぶ声が聞こえた。
「あっ、ごめん! みんなが呼んでいるみたい。もう行かないと」
「俺も、親友を探している途中だったんだ」
「わかった。それじゃ、またね。ゆーちゃん」
「ああ」
美雪は手を振ると、彼女を呼んでいた部活メンバーの元へと戻っていった。
勇也も改めて、流山が居る選手控え室へと向かった。
昼食は、結局、大所帯で食べることになった。
勇也と唯。流山と由美子。そして、川田と美術部の一年たち。
予想外に多くなってしまったが、唯は嫌な顔をひとつもせず、川田たちにもお弁当を振る舞ってあげていた。
由美子もお弁当を持ってきていたらしく、流山や川田に分けてあげていた。
勇也は、唯が用意してくれたお弁当を貰った。
手作りのお弁当を食べたのはいつ以来だっただろうか。
母親が妹と一緒に祖父母の看病の為に実家に帰ってしまってからは、基本学食で食べることが多く、休みの日はコンビニかスーパーで買ったお弁当や惣菜などを食べていた。
大勢で外でお弁当を食べるのは、東京に住んでいた頃に、かのえの家族と一緒にピクニックに出掛けた時以来だったような気がする。
唯のお弁当は彩りが綺麗で、タコさんウィンナーや卵焼き、唐揚げやプチトマトなど、食欲を唆るものが多かった。
口の中に入れると、じわっと美味しさが広がっていく。
純粋に美味しいというのもあったが、こういう手作りのものに飢えていた勇也の心が満たされたのも大きかったのかもしれない。
「神代さんは、料理上手なんだね」
「ううん。実は結構失敗しちゃって……、お母さんにだいぶ助けてもらっちゃった」
「そうなの?」
「うん……、卵焼きを綺麗に形作るのは、特に苦戦したかも」
「でも、本当に美味しいよ」
と、勇也は、卵焼きを摘むと、頬張った。
「うん、美味い」
それを見て、唯が笑みを見せる。
「やった! 勇也くんにそう言って貰えて嬉しいよ」
その顔は本当に嬉しそうだった。
それを見て、勇也も嬉しくなってくる。
流山は、由美子に貰った小さめのおにぎりを一つ口に入れると、すっと立ち上がった。
「流山くん……?」
「水島さん。美味しいお弁当を振る舞ってくれて感謝するよ」
「えっ、でもまだ一口しか食べてないじゃない?」
「ああ。だが、あまり食べ過ぎてしまうと、午後の試合に支障が出るかもしれない」
「……そっか」
由美子の顔が、すっと曇る。
「悪いな。でも、本当に美味しかったよ。だいぶ栄養を補給できた」
「それなら良かったけど」
「では、僕がいただきまーす!」
と、川田が流山用に取り分けていた分に手を伸ばそうとすると、由美子がビシッとその手を払っていた。
「ひ、ひどい」
由美子がキッと睨み付けると、川田はしゅんと小さくなった。
「良かったら、包んでおいてくれないか? 試合が終わったら、貰うからさ」
「うん、わかった」
流山の気の利いた一言に、由美子の顔に元気が戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
昼食後、男子の準決勝が開始された。
午後からは同時に二試合以上行われないこともあり、出場選手の関係者は、一階の試合場の外で応援することが許された。
勇也や由美子、川田たち撮影班やI女学院チアリーディング部の面々は、流山の近くに陣取って応援する体制を整えた。
Aブロック勝者である田辺高校二年の鹿嶋と、Bブロック勝者であるK高校二年の流山がそれぞれ前へ出た。
横の試合場では、Cブロックの勝者とDブロックの勝者が向かい合う。
午前の試合を見ていた観衆は、四人の入場を大きく讃えた。
「はじめ!」
開始と同時に、流山と鹿嶋は、互いを牽制する為、声を発した。
鍔迫り合いを繰り返し、相手の出方を伺う。
これまでの流山とは違い、一気に前に出て決着を付けようとしない。
それほど、相手の力量を認めているということなのだろうか。
こう着状態になったのを見て、唯たちチアガール達の応援が更に大きくなる。
開始から二分が経過しようとした時、痺れを切らした鹿嶋が動いた。
竹刀を振り上げ、右小手を狙う。
待っていたと言わんばかりに、流山はその隙を突いた。
凄まじい速さで竹刀を左から振り下ろし、自身が小手を打たれる前に、鹿嶋の左胴を打ち抜いた。
「胴あり! 一本!」
審判の声が響いた。
川田が撮るカメラのシャッター音だけがその場に響く。
一瞬遅れて、わっと観衆の声が上がった。
勇也も息をすることを忘れていたようで、酸欠気味になりながらようやく大きく息を吐いた。
横にいた由美子も同様のようだ。
二階の観客席で応援していた時とは違い、目の前で勝負していることもあって、その緊張感は倍増していた。
間髪入れず、二本目が開始される。
一本先取され、動揺した鹿嶋が一気に突っ込んでいく!
だが、流山はその隙を見逃さなかった。
鹿嶋に、出鼻面をお見舞いする。
「面あり! 勝負あり!」
審判の声が響いた。
二本目は開始から五秒で決していた。
「つ、強い」
勇也は呆然としていた。
流山とはここまで凄い男だったのかと。
流山は今回も右手を上げ、勇也に勝利を示した。
由美子は、唯の元へ駆け寄り、その喜びを分かち合っているようだ。
その時だった。
隣で試合をしていたDブロック代表選手の迫田が、Cブロック代表選手に豪快に押し飛ばされ、唯や由美子等の所に、足がもつれた状態で突っ込んできた。
「「きゃっ!」」
唯達の悲鳴が響く。
「神代さんっ!」
勇也は咄嗟に飛び出したが、距離があり、間に合わない。
先に彼女達の前に走り寄ったのは、試合場にいたはずの流山だった。
流山は、自分の身を挺して、迫田を受け止めた。
右腕で抱えると、倒れる軌道を逸らして、そのまま一緒に倒れ込んだ。
「流山!!」
勇也は、そのまま流山の元へ駆け寄った。
由美子は、目の前の光景に悲鳴を上げた。
流山は、由美子が押し潰される間一髪のところで、迫田と共に倒れ込んでいた。
その際に引っ張った為だろうか。
流山の右腕は迫田に押し潰されていた。
勇也は、頭を打って気を失った迫田を抱き起すと、ゆっくりと流山の隣に寝かせた。
その下に居た流山に声を掛ける。
「大丈夫か、流山!?」
「あ、ああ。俺は大丈夫だ」
と、流山は何事もなかったように立ち上がろうとしたが、右手を突いた際に激痛が走り、硬直していた。
「ぐっ……」
右肩を抑える。
「流山くん、もしかして……」
異変に気付いた由美子が、流山の肩を気遣った。
恐らく、倒れ込んだ際に右肩を痛めたのだろう。
「流山くん、ごめん。私のせいで……」
「どうして水島さんのせいになるんだ? これは単なる事故だろうが」
「だって……!」
「俺は大丈夫だ。これからあいつと対峙しないといけないしな」
流山は立ち上がると、試合場の方を見遣った。
その視線の先には、流山と共に決勝に駒を進めた、Cブロック勝者の姿があった。
流山は、審判の静止も聞かずに、竹刀を持つと試合場へ向かった。
礼をして蹲踞の構えを取ったが、流山は竹刀を持つ手が震えている。
Cブロック勝者の名は、権藤という名のようだった。
「夏の全国大会に出場したK高校の流山か。しかし、ラッキーだったな。お前が負傷してくれて」
と権藤は、流山を嘲笑った。
「女がわいわいと五月蝿かったから黙らせてやろうと脅したつもりだったが。これはとんだ儲けものだったな」
その言葉を聞いた流山の気配が変わった。
「お前……、今、なんて言った……?」
「ハハ、そんなに冷静さを欠いて大丈夫か?」
権藤はゆっくりと立ち上がった。流山も立ち上がる。
「はじめ!」
審判が試合の開始を宣言した。
「キェーーーー!!」
権藤が先制して踏み込む。
流山の切っ先は、やはりグラついているように見えた。
権藤は、流山の右肩を集中的に狙って竹刀を打ち付ける。
「ぐっ……!」
流山は竹刀を落としそうになったが、何とか構え直そうとする。
が、権藤は間髪入れずに打突を繰り返してくる。
流山は幾度となく避けるが、権藤は右ばかりを狙って攻め続ける。
「キェーーーー!!」
その刹那、権藤の打突が、流山の右小手を打ち抜いていた。
「小手あり! 権藤、一本!!」
審判の声が響き渡った。
流山の初めての劣勢具合に、応援していた勇也達は固唾を飲んだ。
彼が負傷しているとはいえ、権藤の気迫や動きは先ほどまで対峙していた鹿嶋を軽く凌ぐ程だった。
だが、流山は特に気後れすることもなく、再度権藤に対峙した。
「そんな動きで、俺に勝てると思うなよ?」
と権藤は、更に流山を挑発する。これも奴の作戦なのだろうか。
その言葉を受けて、流山が血気盛んに攻め込んでくるかと思われたが、流山は竹刀を左手を軸に持ち変えた。
中段の状態から左足を前に出して腰をしっかりと落とすと、竹刀を上に振り上げ左手のみで上段の構えを取っていた。
「上段の構えだと!? 馬鹿にしやがって!」
その構えを見て、逆に権藤の方が苛立っていた。
「はじめ!」
と、審判が二本目の開始を合図する。
権藤が先行して流山の懐に飛び込み、面を奪おうとしたが、流山は権藤の手元が上がったところにすかさず打ち込む。
「せぇーーーーい!」
バシィッ!!
「小手あり! 流山、一本!」
流山は、権藤に片手小手を決めていた。
「るさぁーーん!!」
劣勢だったはずの流山に一本を取られてしまい、権藤の怒りは頂点に達した。
「キェーーーー!!」
権藤は、全身を使って流山の胴に重たい打突を打ち込む。その衝撃で権藤の竹刀がへし折れ、流山が宙へと突き上げられた。
先ほどの迫田選手も、この勢いで場外に飛ばされたのだろうか。
「流山くーーーーん!!」
と、由美子の声援が飛んだ。
その声にハッとなった流山は、宙を舞ったまま、空を蹴って左腕を振り上げた。
竹刀が折れて受けきれない権藤目掛けて、片手面をお見舞いする。
バシィィィィィン!!
「面あり! 勝者、流山!」
流山の二本目は、電光石火の一撃であった。
場外で応援していた勇也や、唯達は、暫くその場でポカンとしていたが、遅れて会場全体から大歓声が湧き起こった。
信じられない一戦ではあったが、流山が逆転勝利したのだ。
試合後の礼をした後、流山は、権藤に対して冷静にこう言い捨てた。
「神聖な道場にて、悪意を持って他人を傷つける行為を取るなど言語道断だ。お前には剣道を続ける資格はない」
「ぐっ……」
権藤は何も言い返せず、試合場から逃げるように立ち去っていってしまった。
勇也は、流山の主人公っぷりを褒め称えたかったが、右肩の治療が先だと、応援席に混じっていた剣道部顧問の上松先生と連携して、慌ててタクシーを手配した。
タクシーへの同行は、上松先生と由美子が引き受けてくれた。
「済まない、水島さんに迷惑を掛けてしまって」
「気にしないで。私を庇って怪我をしたんだから」
「流山、格好良かったぞ」
と、勇也も素直に賞賛していた。
「悪いな。授賞式の代理を頼まれてくれるか?」
「分かった」
流山は後を勇也に託すと、タクシーで谷川総合病院へと運ばれていった。
恐らく、この間まで勇也が通っていた整形外科に運ばれるのだろう。
大事に至らなければ良いが。
授賞式は、役者がだいぶ足りなかった。
同率三位の鹿島と迫田のふたりは両脇に並んでいたものの、準優勝の権藤は不在。
優勝の流山の代わりに勇也が代理で表彰状を受け取るという異例の形だった。
勇也は、流山の代わりに表彰状を受け取ると、
「治療の為、今この場にはいませんが、尊敬すべき親友である流山に、皆さん拍手をお願いいたします」
と、深々と頭を下げた。
その言葉を受けて、会場中から拍手喝采が湧き起こった。
今日の主役は、流山以外にはあり得なかった。
川田が嬉しそうにその姿を写真に収める。
I女学院のチアリーディング部も全員で、ダンスで賞賛を送った。
「勇也くーん!」
「ゆーちゃーん!」
唯と美雪がそれぞれの呼び方で勇也にエールを送り、
「「えっ!?」」
と、顔を見合わせた。
その時、唯と美雪は、これ迄とは別の意味で、互いを意識し合うことになった。




