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花言葉は「真心」

 花々が咲き誇る春が終わり、葉は少しずつ緑を深め、日差しが日々強まってきている。

 もうすぐ本格的な夏が来る。


 ファニィはたんぽぽの根を必要な数だけ掘り起こすと、手をかざして空を見上げた。


 ここしばらく雨が降っていない。

 今日辺り夜に雨が降るような気がして、ファニィは綺麗に咲いた花を摘まずにおこうと決めた。


 妖精の集めた朝露には力がある。

 それは口にした者の肉体や精神のみならず、ときに運命すらも大きく変えて人生を成功に導く。


 その朝露を集めて村の祠に捧げ、自分たちでも飲む。

 そうやって、ファニィの家では妖精たちとずっと繋がってきた。


 ファニィの家は魔女の家系だ。


 と言っても、たいした事はできない。

 妖精に好かれる者が多く生まれ、力を貸してもらえる事が最大の力だ。

 妖精たちがいなければ、ほんの少しカンが良く、おまじないが少し効きやすいだけで普通の人間と何も変わらない。


 今日はこのくらいにしておこう、と立ち上がりかけて、妖精に服の裾を引っ張られた。


「なあに?」


 聞いてみても、妖精たちはくすくす笑っているだけで、何も語らない。

 今日はなんだかやけに妖精たちが楽しげだ。

 つられて、ファニィも微笑んだ。


「へんなの」


 へんなの。

 みんなへん。

 今日はへんなの。


 くすくす、くすくす、と妖精たちが笑う。


 くるくるとファニィの周りに集まって回る。

 ファニィは気にしてもしょうがない、とそれを見て笑った。


 一度止められると、なんだか立ち上がるのが億劫で、ファニィは花畑の真ん中で座り込んだままぼんやりと空を見上げる。


 青い空をゆっくりと白い雲が流れて、ファニィは子供の頃のように寝転びたくなった。


 村に戻れば、きっとまたユーリがやってくる。

 ファニィは仕事で忙しいのに、遊びに行こう、話をしようと誘いにくるのだ。

 村長の次男坊というのは気楽でいいと少し腹が立つが、ユーリにしてみれば、自分は長男に何かあったときのためのスペアだ。

 ままならない立場に鬱屈もあるだろうと同情する気持ちが無いわけでもない。


 しかし、それなら村の仕事を手伝うとか、街で領主の館で働くとか、何かしてもよさそうなものだ。

 他の家の次男たちは、分けてもらえる畑が少ないため自身で開墾を進めたり、最初からそれを諦めて働きに出たりしている。


 その事を考えれば、ファニィの目にはユーリはただ甘えているだけに映った。


 この森にいれば、ユーリはファニィに近づけない。

 妖精たちが守ってくれるからだ。

 いつも迷わされて痛い目にあっているため、ユーリは森へ入ろうとはしなかった。


 もう少し。

 もう少しだけこうしていたい。


 蜂の世話に夕食の支度に収穫したものの仕込み。掃除に洗濯、畑仕事。

 やる事はたくさんある。


 けれどもう、なんだか面倒な気がしてきた。

 兄さんが帰ってきてくれれば、そうしたら縁談はきっと減る。

 少なくともユーリはもう声をかけてこなくなるだろう。


 いずれはどこかに嫁に出なければいけない。

 でも、今はまだそんな気にはなれなかった。


 レイは今どうしているだろうか。


 ぼんやりと空を見上げていると、背後から声をかけられた。


「ファニィ」


 知らない男性の声だ。

 誰だろう、とファニィはゆっくりと振り返る。

 妖精たちが家族以外をここへ招くはずがないのに。


 兄たちだろうかと振り向いて見上げた先には、茶色い髪の、穏やかな表情の青年が泣きそうな顔で微笑んでいた。


 知らない顔、知らない声、けれど全てが懐かしい。


「ただいま、ファニィ」


 ファニィは返事をしなかった。

 ここにいるはずのない相手だったから。


「帰ってきたよ。待たせてごめんね」


 言いながらたんぽぽ畑の中を歩いてくる。


 ニンゲンはバカばっかりね。

 バカばっかり。

 でも大好きよ。

 大好き、ファニィ。

 バカなファニィが大好き。


 レイが側まで来るとゆっくりと跪いてファニィを抱きしめた。

「ファニィ」


「どうして、」


 喉を引き攣らせてファニィがそれだけ言うと、レイは微笑みを深め、ファニィをさらに強く抱きしめる。

「妖精の悪戯だよ」


 バカなファニィ。

 バカなニンゲン。

 幸せにしてあげる。

 ずっとずっと幸せにしてあげる。

 ニンゲンってほんとダメなんだから。

 ぼくたちがいないとダメなんだから。

 だから一緒にいてあげるね。

 幸せにしてあげるね。

 だから笑って。

 笑って、ファニィ。

 笑っていてね。


 風が吹いて綿毛を飛ばす。


『ねえ母さん』

『なあに』

『妖精たちの朝露をね、レイにも飲ませたいの』

『でもそうしたら、レイもお兄ちゃんみたいに街へ行って帰ってこないかもしれないわよ?』

『うん。いいの』

『いいの?』

『レイは三男だから、畑がもらえないの。街へ行って仕事を探さなきゃいけないの』

『そうね』

『だから飲ませてあげたいの』

『そう。それでレイがどこかへ行って、もう会えなくなってしまっても?』

『うん』

『レイと結婚したいって言ってたのに?』

『うん。だって母さん、たんぽぽの花言葉は真心だって、教えてくれたのは母さんだよ』

『ファニィ、それは』

『考えたの。レイにたくさんいい事があるように。いっぱいいっぱい、考えたの。お願い、母さん。レイに妖精の力を分けてあげて』


 たんぽぽの綿毛は『別離』。

 たんぽぽの花は『真心』。


 日が一年で1番長くなる夏至の日。

 レイとファニィは村で結婚式を挙げた。

 その日は前日の雨が嘘のような晴天で、参列者には蜂蜜を混ぜた冷たい水が振る舞われたという。



 幸せにね。

 幸せにね。

 ずっとずっと幸せにね……。






挿絵(By みてみん)

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