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村の日々

R15、残酷な描写あり。

ハッピーエンドですが、容赦のない表現が途中で出てきます。

残酷な表現の苦手な方は閲覧をお控えください。

 夜が明けるまだずっと前。

 暗い中、星が満天に輝く、静かな時間。


 世界が夜明けを待って息を潜めている。

 そんな時間に、レイは起き出した。


 上着を羽織って、昨夜のうちに用意してあったバックを肩にかけると、家族を起こさないようにそっと家を出る。


 夜のうち降った雨のせいか外はひどく寒くて、息を吸うと冷たく凍えるような空気が肺を満たした。

 人がまだ活動を始めていない夜明け前の空気は、匂いも味も、なにもかもが新鮮で心地良い。

 その空気を吸うためだけにでも、起きる価値はあるというものだ。


 だが、レイがこんな時間に家を出るのには他に理由があった。


「ファニィ」

 道の先にカンテラの灯りを見つけて声をかけると、その人物は立ち止まって振り返り、言葉を返す。

「おはよう、レイ」

 静かな、優しい声だ。嬉しくなって、レイは小走りに近づいた。


「おはよう、ファニィ」


 ファニィはレイより2つ下の10才。

 たっぷりの長い黒髪がくるくると渦を巻く、大きな瞳の優しげな少女だ。


 レイはファニィが持つ大きな籠に手を伸ばした。


「重いだろう? 持つよ」

「平気。いつも言ってるけど、無理して起きてこなくていいよ?」

「大丈夫、無理してないよ。かして。」


 言って、レイはファニィから籠を受け取り、並んで歩を合わせる。


 まだ鳥も起きていない、暗い夜明け前。

 しっとりと水を含む空気の中、2人はカンテラの灯りを頼りにゆっくりと歩いた。


 村を出てしばらく歩くと、道の先に大きく開けた花畑がある。

 そこに着く頃には、起き出した鳥たちが木々の間で鳴き交わし始めていた。

 もう日の出も近い。


 花畑に着くと、2人はその端のベンチに腰掛け、それぞれ朝食のパンを取り出した。


 もそもそとパンをかじりながら夜明けを待つ。

 聞こえるのは鳥の声と、かすかなファニィの息遣い。

 レイは2人きりのこの静かな時間がとても好きだった。


 しだいに東の空の色が変わり始める。

 ほんのわずかなその変化が、いつも同じであることはなく、けれど確かに同じ毎日の始まりで、レイには不思議に思える。


 濃紫色の空がしだいに薄紫や桃色混じりの淡さを増していく中、日が昇る。

 その輝きが昨夜降った雨の記憶を辿るように、きらきらとあちこちの雨粒の名残をきらめかせる。

 そしてファニィのたんぽぽ畑に今日最初の日が差した。



 雨が降った翌日、晴れた朝の1番最初の露をたんぽぽ畑で集めるのがファニィの仕事だ。


 季節によっても違うが、今のこの時期ファニィはたんぽぽ畑に露を集めにくる。

 1人でたくさんの畑の朝露を集めるのは、まだファニィには無理だからだ。


 ファニィの家は蜂を飼っていて、家族で花の蜜を集める仕事をしている。

 その花畑の朝露を集めるのが、雨上がりの朝の仕事だった。


 ファニィの家の花畑は村の周囲にいくつかあるが、このたんぽぽ畑は普段からファニィが管理を任されている。

 貴重な花の蜜を採るため、村の子供たちは花畑に入らないよう言われているが、ファニィとレイだけは別だった。


 太陽がたんぽぽ畑にその日最初の光を降り注ぐ。

 光が充分に行き渡ったとき、ファニィはベンチから立ち上がり、両の手を前に向かって差し出した。


「妖精たち、お願い。朝露を集めて、私のもとへ持ってきて」


 ふわり、と空気が動いてファニィの髪を浮き上がらせる。

 ファニィの周囲に小さな光の人がたをしたものが集まってきた。妖精たちだ。

 そして、風がたんぽぽ畑へと吹く。


 風に乗って妖精たちはたんぽぽ畑の上を舞った。


 舞に合わせてたんぽぽの花から朝露が集められていく。

 朝日を浴びてきらきらと楽しげな妖精たちの様子に、レイは目を細めた。


 一度、レイはなぜ朝露を集めるのか聞いた事がある。

 ファニィは「きまりのようなもの」とだけ答えた。


 くわしく教えてくれたのはファニィの祖母だ。

 妖精が集めた朝露には彼らの力が残り、そして害のあるものは払われている。

 前夜の雨で清められ、妖精の力で清められ、太陽の力を授かった朝露は、村の小さな祠に納めるのだそうだ。


 朝露を求めて、雨が降った翌朝は様々なものが夜明けから動き出す。

 人や獣だけでなく、魔物さえも。


 ファニィはそんな中、一人で出かける。

 花畑の管理を任されるようになった6才の頃からずっと。


 それを知って以来、レイは花畑に行くファニィに付き添っていた。

 ファニィはいつも必要ないと言うが、帰れとは言わない。

 長い付き合いのレイにはファニィが本当は拒んでいないことが分かっていた。


 ファニィは妖精が集めてきた朝露を透明なガラスの壺に入れ、しっかりと蓋をする。

 一抱えもあるそれを大事そうに布にくるんで、籠の中に入れた。


 レイは籠をもう1度預かると、落とさないようにしっかりと持って歩き出した。

 太陽がゆっくりとのぼっていく。

 2人きりの時間はまだもう少しあった。



 ファニィの家に着くと、ファニィの母・イェンナが朝食を作って待っていた。

 花畑の朝露は、たんぽぽ畑以外全てイェンナが集めている。

 家に居ながらにして妖精たちに集めさせているのだそうだが、レイはその場を見たことはない。


 畑の管理と比べれば、行き帰りの安全などは確保できて当たり前、というのがイェンナの考え方だった。


 それからすると、レイのやっている事などはイェンナにとって必要のない事、むしろ邪魔なのではないかと思えるのだが、イェンナは笑って「ファニィをお願いね」と言っただけだった。


「お疲れ様」

 そう言うと、イェンナは子供たちに水の入ったコップを渡した。

 その水を一息に飲んで、レイはふう、と息をつく。

 重たい籠を抱え、花畑の行き帰りを歩いた体に、冷たい水が心地好く沁み渡る。

 ここでこうして飲む水は何よりのご褒美に思えた。


 イェンナはレイの分も朝食を用意している。

 ファニィの祖父母、父と母、ファニィとレイ。計6人分。他にもう2人兄がいるのだが、もう何年も前に領主の館で兵士となって、普段はそちらで暮らしている。

 1人分増えるだけなど何の手間でもない、とイェンナはレイを必ず朝食に誘った。


 食卓に上るものは、村の家ならどこも似たようなものだ。

 だがファニィと一緒にいられる時間が伸びる事が、レイは単純に嬉しかった。


 朝食が済むと、レイは家へと戻る。

 そして父や兄とともに畑仕事や家畜の世話に精を出す。

 それがレイの毎日だった。


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