ヒロインは悪役令嬢と殿下の仲を推せません!!
昨日、リリアンヌ様に呼び出され、可愛さに触れ、
推しの幸せは私の幸せ、目指せ殿下とリリアンヌ様のハッピーエンド!を目標に掲げたものの
私はなにも出来ないでいる。
「私はこのゲームのヒロインなのに!攻略方法も覚えているから絶対リリアンヌ様のお役に立てたのに!!
テスト、テストさえなければ…」
恨みがましく独り言をこぼしながら誰もいない廊下を歩く。この学院の試験はまず座学の学科試験があり、その一週間後にマナーやダンスといったいわゆる貴族の嗜みの実技試験がある。
平民特待生枠の私は余裕、とまではいかないが日々の努力により学科試験は上位が手堅く、テストがあろうとそこまで問題はない。ちなみに、リリアンヌ様に呼び出されたのは学科試験の最終日であり、学生は早々に帰宅していたため誰にも見つからずリリアンヌ様が私を呼び出せた訳である。リリアンヌ様は学科実技ともに好成績なので試験前に必死で勉強する、なんてことはないんだろうな。流石、推し。スペックが高いところも好き。
話が逸れたが、特待生である私は実技試験でも悪い成績を取るわけにはいかない。平民なのである程度は仕方がないと思われているものの、それでも要求されるのは高いレベルでのマナーである。おそらくこれは特待生の進路が王宮勤めになることが多いからなのだろうけれど、正直私は本当にマナーが苦手なのだ。貴族の皆様は家庭教師や親から学べるため、試験期間はさっさと帰宅するが私が頼れるのは学院の教師のみ。昨日質問にいけなかった分、今日こそはしっかり復習せねばと質問内容をまとめたノートを見ながら職員室に向かう。
「あら、ジェシカさんじゃない。」
この声はリリアンヌ様!は、え、なんで。なんで?
「リ、リリアンヌ様?どうしてここに!」
顔を上げるとそこにいたのはやっぱりリリアンヌ様で。今日も艶やかな薔薇色の髪を豪奢に巻き上げ、ツンと済ましたお顔が最高です。
「私は先生に頼まれていたものを届けに。あなた、ノートを見ながら歩くだなんて非常識じゃなくて?この私にぶつかったらどうするつもりだったのかしら」
「申し訳ありません。来週の試験に向けて勉強しようかと。」
確かにノートを見ながら歩いてたのは危険だったかもしれないけど、誰もいないと思ったんです!なんて言えない平民メンタルが悲しい。実際リリアンヌ様がいたわけだし、ぶつかってたらやばかったな…
あぁ、でも不機嫌そうな顔も美しい。あああ!勝手に私のノートを取り上げないで!パラパラ中身を見ないでぇ!
マナーの授業中は実践ばっかだし、みんな知ってて当然みたいに受けてるからこっそり授業後に習ったことをまとめてたんだけど、それをこの学院でトップレベルの教養の持ち主に見られるってなにこの地獄。
「ふーん、あなたこんな簡単なところでつまづいてるの?」
「リリアンヌ様、ノートをお返しください!」
「ちょっとあなたついてきなさい。」
スタスタと歩いて行ってしまう後ろ姿は綺麗なんだけど、私、質問に行きたかったんですけれど。
いくら怖がってたリリアンヌ様が実は怖くないかもで、推しになったとはいえ相手は公爵令嬢で王太子の婚約者。
彼女の不興を買えば確実に待ち受けるは、死。大人しくついて行くしかないよね。あぁでもどうしよう今度の実技試験。
お互い無言で、というより私は声をかけられるような状況じゃなかったけど、たどり着いたのは学院にあるサロンの一つだった。
一応学院内での身分は等しく学生であれ、と謳われてはいるものの、どうしても貴族としての差異は出てくる。
それを如実に示すのがサロンだ。サロンは学院内の貴族の中でも高位貴族のみが使える、いわゆる教室サイズのカフェみたいなもので、ゲームの中では攻略対象者との仲がよくなるとサロンに連れて行ってもらえたりする。そこでイベントがあったりもするわけなんだけど。攻略を行ってない私にとっては当然未知の世界。
こんな貴族の象徴のような空間に足を踏み入れるのは遠慮したい。全力で。なんとか、なんとか言い訳を考えろ、ジェシカ!ここで特待生としての頭の回転を見せつけるのよ!
「あ、あの、サロンは試験期間中は利用禁止なのでは…」
そう!学院則として試験中はサロンの使用が禁止されているはずである。全く自身には関係ないものの、学院で問題を起こさぬよう入学前に徹夜で読み込んだ甲斐があった…
「あら、あなた。私がそこらの貴族と同様な扱いを受けるわけないじゃない。高位貴族の中には個人のサロンを学院から提供されるの。暗黙の気遣いってやつね。もちろん、いつだって自由に使えるわ」
まじですかぁぁぁ!!不文律でも学院則に書いといてよ、そんなの。いやでも普通の平民はそもそもサロンには入れないわけだしサロンの区別なんてつく必要無いのか?もう世界が分からない、わかるのはただ逃げ場が塞がれたと言うことのみ…
思わず百面相をする私に、リリアンヌ様は変な顔ねと相変わらずキツい言葉を掛けながら控えてる侍女様がたにお茶の手配を頼んでいる。
「それよりも、今期のマナーの試験範囲はお茶会だったわね。私たちはお茶会を開催する側としての振る舞いが課題なの。あなた暇そうだし私の準備を手伝いなさい。」
「え、いや、あの…」
「そこにお座りなさい。」
「はい…」
もうこうなれば拒否権なんてない。セッティングされたテーブルに座ったリリアンヌ様が対面を扇子で指し示されたならば私はすごすごと席に着くのだ。でも、マナーの課題ってどういったお茶会を開くかなのに、もうセッティングされてたら意味ないんじゃあ…私みたいに平民特例でお茶会で招待を受けたときの振る舞いならともかく…って、ん?
「あなた、姿勢が悪いわ。それにそのお菓子の取り方は美しくないし。私のお茶会で無作法なんて、これだから平民は…」
小言を言いながら一つ一つ私のマナーをなおしていくリリアンヌ様。その姿を見た私に雷が落ちる。これは、まさか、やはり、そうか。
そうだ、マナーに関しては学院の教師陣が教えることはないとされているリリアンヌ様が準備なんてする必要はないんだ。これは私のためにリリアンヌ様が開いてくれた補習授業。教師役は推しであるリリアンヌ様。え、最高。
「リリアンヌ様!ありがとうごさます!!」
「なに、うるさいわね、お茶会で大声はマナー違反よ。私はお茶会で出すお菓子を決めたいの。これから試験日まで毎日放課後に来て、お菓子を食べて感想を言いなさい。平民は最新のお菓子なんて食べれないでしょう。せいぜい味わうことね」
「ありがとうごさます!食べ方の分からないお菓子もあって困ってたんです!!」
「だからうるさいですわよ。はぁ、全く落ち着いてお茶も楽しめませんわ」
「申し訳ありません、試験が終われば必ずお礼に殿下とリリアンヌ様の仲を深めるお手伝いをいたしますから!!」
「だ、誰がそんなこと頼んだと言うの!!私はただ、平民にいきなりマナーの課題としてお茶会は難しいだろうと…」
「そうですよね、私のことを心配して教えてくださるんですよね、リリアンヌ様大好きです!!」
「な!!!!」
顔を真っ赤にして紅茶を飲むリリアンヌ様も可愛いなぁ。もうそのカップ空だと思いますけど、完全な照れ隠しですね。
あぁリリアンヌ様って意外とわかりやすくて優しくて可愛いな。なんで殿下と不仲なんだろう。全然私の知ってる悪役令嬢のリリアンヌ様とは違うのに、なんで設定は変わってないんだろう。私が記憶を持っていることのバグ?
でもとりあえず今はせっかくリリアンヌ様が教えてくださるんだから、リリアンヌ様に恥をかかせないように頑張らなきゃ!
こうして私とリリアンヌ様の放課後の幸せな特訓は一週間続き、私は試験で担当教師から期待以上の出来だ、とお褒めの言葉までもらえてしまった。完璧なリリアンヌ様にみっちり教えてもらったので当然なんだけど、推しに教えてもらうと言うのは幸せな時間だし、学ぶ姿勢にも力が入るしで実力以上の頑張りができた気もする。はぁ、好き。リリアンヌ様を見かけたらこっそりお礼を言いたい。そのために今朝は早起きしてクッキーを焼いてきた。きっと受け取ってくれるはず、多分。もしダメだとしても自分で食べたら良いし。こういうときにリリアンヌ様が恐れられて周りに人がいないのは良かったのかもしれない。リリアンヌ様自身がどう思われているかが分からないから一概に良いこととは言えないのだけれど。この時間なら恐らくサロンに向かっているだろうから誰にも会わずに渡せるはず。浮かれてた私は前からやって来る存在に気づかなかった。
「あぁ、ジェシカ嬢じゃないか。こんなところで会うとはね」
「お、王太子殿下…」
「そういえば、最近リリアンヌが君をサロンによんでいるようだが、何をされた?」
この人は一体なにを言ってるのだろうか。いつも通りの口調で、当然のようにリリアンヌ様が”何か”をすると思っている。どうして、あの人の優しさに気づかないのだろう。たった一度話しただけの私が気付けたのに、どうして…?
「ジェシカ嬢?」
「あ、いえ、なにも。むしろ試験を手伝っていただき、お世話になっているくらいです。」
「本当に?リリアンヌは私の婚約者だが、遠慮することなど…」
あぁこんなこときっとリリアンヌ様は望んでいない。これからすることは、無謀で、愚かな、馬鹿のすることだ。前の私は好きだった殿下。そのヒロインにあたる今の私。現状の殿下は単純にリリアンヌ様の悪評から平民の私がいじめられてるのではないかと憂いて声をかけてくださっただけなのだろう。でも、私はこの人のヒロインにはなりたくない。私がリリアンヌ様と過ごした一週間を独断と偏見で辛い出来事だったと、思われたくない。推しの不理解を推しの最愛の人から聞いて、冷静でいられるほど、人間ができてない。平民としての私を有用だといってくれたこの学院で一番偉い人に、今から私は喧嘩を売る。
「それでしたら恐れながら、殿下。一つよろしいでしょうか」
「あぁ許す。学院内では平等だ。好きに話せ。」
「では。リリアンヌ様の何を見ていたら殿下はそのような評価をなさるのでしょうか。私にとってリリアンヌ様は、美しく、気高く、優しく、可愛らしい方でございます。私がリリアンヌ様に傷付けられることなどありえません。」
耐えられなかった。あぁばか、目頭が熱くなってきた。リリアンヌ様の優しさに気付けない殿下が、リリアンヌ様の好きな人。私が殿下にリリアンヌ様はもったいないだとか、リリアンヌ様の良さをわかってくれる人の方がいいなんて考えるのは間違ってる。このモヤモヤも勝手な私の都合でしかない。こんなの、子供の癇癪だ。完全にやってしまった。急に頭が冷えてくる。それに、リリアンヌ様の優しさに気付けたのは私も偶然なのに。つい数週間前までは私もこの人と同じように判断して、リリアンヌ様が悪だと思っていたに違いないのに。
「平民ごときが不敬を申し上げました。」
「…いや、構わない。許したのは私だ。君にとってリリアンヌは良い人、なのだろうか」
「この学院の誰よりも。」
私の反撃に、少しあっけに取られた殿下は何かを言いたげに、それでもうまく言葉にならないようだった。
少しの沈黙の後、言葉を選ぶように答えてくる様子に悪い人ではないんだよな、なんてぼんやりと思った。
「…少し、意外だった。が、確かに昔のリリアンヌは…。いや、もし今後リリアンヌの言動に何かあればすぐに報告するように。私が対処する。私もリリアンヌを気にかけるようにしよう。」
そういって立ち去る殿下の後ろ姿を見ながら、これでリリアンヌ様との仲も進展するのだろうか、と思う。
誤解が解けるのかはわからないが、殿下の中でリリアンヌ様が悪い面ばかりではないという思いを植え付けられたわけだし。
これでリリアンヌ様の良さに気付けば最高の展開ではないか。一瞬、殿下のリリアンヌ様の評価にキレてしまったが、実際に学院でのリリアンヌ様が他の学生に厳しく当たっている姿を私も見かけたことがある。私は偶々リリアンヌ様がツンデレだと気付けただけだし、誤解されやすいのも仕方がない。
私は、リリアンヌ様の良さをみんなに知って欲しいのかもしれない。ヒロインとして行動は知っているから、リリアンヌ様に殿下への好かれ方を教えることができる。でもそれは、ヒロインが殿下に好かれるためのベストな行動だ。平民ながら貴族の集まる学院で健気に頑張り、時に殿下の癒しにもなる存在。それがヒロイン。でもリリアンヌ様の可愛らしさを知ってしまった私は、リリアンヌ様の可愛らしさで殿下に好きになってもらいたい。
なるほど、つまり?リリアンヌ様の良さを殿下に布教したら良い?
いや、でもとりあえず今はやっぱり
あの殿下とリリアンヌ様の仲は推せません!!
殿下はリリアンヌ様の魅力に自分で気付くべきだと思います!