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2 エミリアの事情

「アレクサンドル、その令嬢は少々やっかいだな」


 兄のグリード国王が眉を寄せて考え込んでいる。


「妹のプリシラならなんら問題はないんだ。ハンフリー伯爵と奥方の子供だからな。しかしエミリアはあの夫妻の子ではない。遠縁からの養子だ。その上、年齢はハロルドより四つ上の二十才。その年まで婚約していないのも、その事情だろう。次期国王の婚約者としてはどうだろうね」

「いえ、婚約者としてではなく、乗馬に誘うというだけの話です」


 アレクサンドルは兄の話に少々慌てた。


「アレクサンドル、本当はわかっているのだろう? エミリア嬢の立場に立って考えてごらんよ。ハロルドと噂になったらそれこそ他の貴族は近寄らなくなる。お付き合いはしましたが婚約はしません、では二十才の令嬢にとって死活問題だよ」

「乗馬もまずいですか」

「ああ、まずいね。今までハロルドは貴族の令嬢とは一度もそんなお付き合いをしていない。二人が共に楽しく過ごしたとなれば皆同じことを考えるさ」


 アレクサンドルは(それもそうだな)と思う。


「少々時間をいただきます」

「ああ、そうしてくれ」



□ □ □



「自分の子供なのに兄に相談してお伺いを立てないと乗馬にも招待できないとは」


 そうこぼすアレクサンドルにマリアンヌは微笑んだ。マリアンヌのおなかはふっくらと膨らんでいる。四人目の子供は順調に育っていた。


「養子と言っても、ハンフリー家の先の奥様の親戚の子供なのですし、問題ないでしょう」

「まあ、そうなのだが」


 エミリアはハンフリー伯爵の最初の妻が子に恵まれなかったので、妻の親戚の子供を養女として引き取ったのだが、その直後に夫人が流行り風邪で儚くなった。

 ハンフリーの親戚の方には丁度いい年頃の子供がいなかったから仕方なく妻の方から養女を得たのだが。その妻が早々に亡くなるとは養女にする時には想像していなかった。


 後に伯爵が再婚して生まれたのがプリシラである。エミリアが亡くなった妻の親戚の子供というのが少々微妙なだけではない。その親戚というのが男爵で、ハロルドの婚約者としては身分が、と兄のグリード国王は気になるらしい。


「まあ、伯爵としてはプリシラ嬢の方が嬉しいでしょうけれど、ハロルドが乗馬したいのはエミリア嬢なんだから」

「そうなんだが。兄上は彼女の年齢的に親しくするなら婚約しなければ気の毒ではないかと心配していてね。彼女はハロルドより四歳年上だから」


 マリアンヌは困った顔になる。


「あらあら、グリード様は随分と心配性なのね。二十才はまだまだ若くてたくさんの可能性がある年齢なのに。それに、もしも夫婦となったら四十才と四十四才なら見た目じゃわからない程度の差だわ。長い先を見てあげましょうよ」

「たかだか乗馬に誘うだけなのだがなぁ。なんとも厄介だ」

「厄介なことなんてないわ。乗馬は乗馬よ。そうだわ、私が彼女を誘ったことにするわよ。乗馬と言えば私じゃない?」

「おなかに赤ん坊のいる君が?それならフローラが誘ったことにしよう。フローラなら問題はないよ」


 マリアンヌも了承し、フローラがお茶会と乗馬に誘う形でエミリアが招かれる運びとなった。

 当のハロルドは大人たちがそんな心配や配慮をしていることは知らず、すんなりと乗馬の約束ができたとばかり思っていた。



□ □ □



 乗馬の日、天気に恵まれ風もない。

 馬場に出てハロルドは驚いた。母のマリアンヌと妹のフローラがそこにいるからだ。


「え?」

「色々あってね、フローラの名前でエミリアさんをお誘いしたわ。ハロルドとエミリアさんは二人で乗馬を楽しめばいいわよ。私はフローラとお茶とお菓子を楽しむから」


 あっけらかんと告げる母に「あ、そうなんですね」とよくわからないまま納得するハロルド。基本おっとりしている長男だ。

 妹のフローラがニヤニヤして自分を見るのが(なんだよ)と少々腹立たしいが、もうエミリアが到着する時刻なので、妹のニヤニヤは無視することにした。


 やがてハンフリー家の馬車が到着して御者がドアを開き、エミリアが顔を出した。ハロルドはマナー通りに手を差し出してエミリアが降りるのを手伝う。手が触れ合うのに緊張した。

 すぐに着替えたエミリアをハロルドが馬場に案内して、母マリアンヌと妹フローラに紹介する。


「エミリア・ハンフリーでございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 品良く挨拶するエミリアにマリアンヌが「今日は絶好の乗馬日和ね。ハロルドとたっぷり走っていらっしゃい」と気さくな挨拶をして、名前を言っただけのフローラを連れて二人でさっさとどこかへ行ってしまった。


「あの、フローラ様からのお誘いとうかがっていたのですが、いいのでしょうか」


 話しかけられたハロルドはエミリアの瞳の色が淡い紫色なのに見とれていて、わずかに返事が遅れてしまった。


「あ、ああ。いいんだ。なぜか僕ではなくて妹の名前で誘ったらしいですね。不愉快な思いをさせたのなら謝ります」


 するとエミリアは事情を察して表情に哀しげな色が浮かんだ。


「ハロルド様、わたくしで良かったのでしょうか。妹が来るべきだったのではないでしょうか。私も私の両親も、何かの手違いではないかと案じております」

「え?あなたが乗馬が趣味だと言っていたから、一緒に走りたいと思って誘ったのだけれど。迷惑でしたか?」

「いいえ!嬉しゅうございます」


 その瞬間に薄紫の瞳に力が宿り、キラキラと光るのを(美しい瞳だ)と見返すハロルド。


 ハロルドの初恋が確かに芽生えた瞬間である。


読んでくださってありがとうございます。

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