Mission-07 白銀(しろがね)の勇者
「こ、これは⁉︎」
「光が!」
ミコトの声に反応し、突然光に包まれたククリ。その神々しい光景に、モイカとウズメが目を見張る。
そのククリの中で、
(アタシは今まで、さんざん馬鹿にされてきた……。応援してもらえた事なんて一度もなかった……)
朔夜は、涙に濡れた眼鏡のレンズを拭きながら、過去の自分としっかり向き合っていた。
(でも、あの子が、アタシと同じ目をしたミコトが……今のアタシにはついてるんだ!)
そして過去のトラウマを完全に振り払うと、機体の光がいっそう強くなり、それが弾け飛んだ瞬間――中から現れたのは、荘厳な出で立ちに変貌した白銀色のククリだった。
アルミとは一変した光沢を放つククリ。三メートルの全長と、ずんぐりむっくりのフォルムは変わらないが、のっぺりとした外装の各所には、それまでになかった鎧の様な装甲が追加されていた。
「えっ⁉︎」
ようやく我に返った朔夜も、機体の変化に気付き声を上げる。
「どういう事よ、これ……?」
モーショントレースのロボットハンドを握ってみると、伝わってくる拳の感触も明らかに違っていた。
(硬い! 硬度が増している⁉︎)
聡明な理系女子の感覚は、非科学的な現象に戸惑いながらも、その切れ味を取り戻し、
「これなら……これならいける!」
と、勝利への『物理的要件』が整った事に、その目を輝かせた。
(そんな馬鹿な……。神鎧の上に、さらに神鎧が憑着したっていうの⁉︎)
チルルの方では、彼女の理解を超えた展開に、ただただ唖然としていた。
そんなククリ覚醒の立役者ともいえるミコトは、
「これが……白銀の勇者……」
と、無我夢中で叫んだ自分の声が起こした事態に、これまた戸惑いながらも、
「サクヤさーん、今です!」
再び、力のかぎりの大声で、朔夜の背中を押す様にエールを送った。
それを受け取り、
「いくよ、ククリ!」
と、アクセルを全開で踏み込む朔夜。そのスピードも先程までとは一変していた。
(速い!)
安定した二足歩行で、ギガドン機に向けダッシュしていくククリ。そのコクピットで、朔夜は確かな手ごたえを感じていた。
(硬度はもはやアルミのものじゃない。空気抵抗も、重力は小さくても大気密度が変わらないなら計算内。それにこの速さなら――いけるはず!)
次々に論理的計算を組み上げていく朔夜。そのモニター越しの視線が、彼女を嘲笑したチルルに向けられる。
「誰が笑っても――アタシはアタシの道を行く! リケジョ、なめんな!」
咆哮と共にククリが高速で腕を振りかぶる。そのまわりに、電気がスパークする火花が散った。
「――――⁉︎」
戦況を見守る一同が、それに息を呑む。未知の現象であるが、朔夜は自身の推測が正しかった事にほくそ笑むと、
「やはりこれは……コイルガンだ」
と、ターゲットであるギガドン機を視界に捉えながら、そう呟いた。
電磁投射砲――コイルガン。
機体各所に配置したメビウス状のマグネットが、高速稼働による放電現象で電磁コイルの役割を果たし、その高出力で弾丸代わりの拳を撃ち出す『科学攻撃』。
当初のアルミボディでは、青銅に対しこちらの手が粉砕するはずであったが、機体が硬質化された今、その問題もクリアされていた。
そんなリケジョの、叡智の一撃が繰り出される。
「いっけー! メビウスパーンチ!」
螺旋の光を帯びた拳を、胴体のど真ん中に食らったギガドン機が、のけぞり倒れた。
「あっらー、ギガドン、吹っ飛ばされちゃいましたよー!」
自信作と豪語したギガドン機が、圧倒された事に慌てるグッチ。
これで勝負あった――かと思われたが、
「うぬぬ、まだまだー!」
痛撃を受けながらも、ギガドンも意地を見せ立ち上がる。
だが機体の胸には――メビウスパンチの衝撃による亀裂が、くっきりと入っていた。
「割れたぞ、ウズメ!」
それを見逃さず、モイカがウズメに投石を指示する。
「はいはいはーい! 連射ですー!」
すかさずウズメが投石器を振り回すと、連続で放たれた岩が全弾、ギガドン機の傷口に命中した。
次の瞬間――
ビキビキッという音を立て、黄金色のギガドン機が木っ端微塵に粉砕した。
錫の含有率が高い青銅は硬度が増す反面、もろくなる――という朔夜の論理が実証される結果となったのだ。
「くっ! いったん退くわよ!」
敗北を悟ったチルルが、我れ先にと逃走する。
「あーっ、チルル様。えーっと、お前ら覚えとけよー!」
グッチも悪党のお決まりのセリフを残し、チルルの後を追い、
「チルル様、グッチ、待っておくんなさーい!」
神鎧を失ったギガドンも、ほうほうの体でその場から退散した。
そして戦闘が終了すると、ククリも白銀から元のアルミ製ロボットへと姿が戻り、そのコクピットハッチが静かに開かれた。
(アタシ……やったんだよね)
昂揚、安堵、充実感。そのすべてが混ざった、言葉にならない感情に、朔夜は虚空を見上げる。
そこに、
「サクヤさーん!」
という声が飛び込んできた。
顔を向けると、満面の笑みでミコトが駆け寄ってきていた。
(そっか……この子の……おかげだったんだよね)
無力感に潰れかけた自分の心を支えてくれた、少年のエールと眼差し。
それを思い出し、胸を熱くすると、
「ミコトーっ!」
朔夜も叫びながらククリから飛び降り、大きく手を振ると、ミコトに向かって駆け出していた。
そして抱き合う二人。
「すっごい、すっごいですよーっ、サクヤさん!」
遅れてきたウズメは勝利に喜び、二人のまわりをピョンピョン飛び跳ねながら、はしゃぎまくる。
その光景を離れて見つめながら、
(これが……縁の力なのか。王よ……女王よ)
何か複雑な事情を知るモイカは、この救世の勇者の緒戦に、皆とは違う感慨を抱いていた。
そんな中――
困難を乗り越え、お互いの絆を確かめ合っているのかと思いきや、
(あー、ミコトきゅんの体、プニプニして柔かーい。それと、なんかいい匂いもするー)
救世の勇者は、少年の感触に拗らせ喪女の本性を発揮し、一瞬でただの俗物に成り果てていた。
こうしてリケジョ、木ノ芽朔夜のネの国を救う就職活動――異世界ライフは始まったのだった。