Mission-06 無理
「えいっ!」
朔夜の雄叫びに合わせ、ククリが放った岩が――ポトリと落ちた。
それも目標のギガドン機のはるか手前に、みじめなほどの山なりで。
(…………はい?)
戦況を見守る一同が、同じ思いを抱く。
「い、今の……投げたんですよね?」
「ああ……たぶん……投げたんじゃろうな」
ウズメとモイカが呆然とする中、
「き、きっと、何か手違いが……そう、きっとすっぽ抜けたんだと思いますよ」
ミコトはそれでも、自身が召喚した朔夜とククリを擁護する発言をした。
だが、ククリの二投目――
結果は、ドスンという音と共に機体の手前に岩を打ち落とす、一投目をはるかに凌ぐノーコンぶりであった。
「…………」
もはやミコトも絶句するしかなかった。
ギガドン機が、硬度のある反面もろい青銅製である事を見抜き、その破壊のため投石を試みた朔夜。
以前は投石で割れた、というウズメの発言から、ククリのロボットパワーなら強化されたギガドン機の装甲も割れるのでは、と考えたその発想自体は悪くなかった。
だが問題は、朔夜の運動神経であった。
前述の通り、ククリの両腕はモーショントレーサーで、コクピットの朔夜の動きとリンクしている。
つまり――この結果は、朔夜が『投球センスゼロ』という事を、如実に表していた。
(あ……あわわわわ)
冷静に考えれば、これまで学生時代にソフトボールはおろか、球技全般から逃げてきた理系女子には、どだい無理な話であった。
おまけに高天原工科大学に入ってからも、ロボット開発の研究に没頭したそのプチぽっちゃりボディは、なまりきってゆるみきっていたのだ。
朔夜もその現実に気付き、
(ヤバイ、これはヤバイぞ!)
と、恐る恐るギガドン機を見ると、それがゆっくりと迫ってくるではないか。
そして、次なるピンチに朔夜が下した決断は――
「三十六計逃げるに如かず!」
リケジョのくせに、いらん文系知識は持っていた。
「あー、白銀の勇者の奴、逃げ出しましたよ!」
すかさずチルル陣営から、グッチが声を上げる。
ギガドン機の間合いから離れようとする、その逃げっぷりは見事と言いたくなる潔さで、状況判断としては決して悪いものではなかった。
「あらー、ボインちゃんと違って、おデブな勇者は岩一つ投げられないんですかねー」
そんな朔夜に、ウズメの見事な投石を引き合いに出して、グッチがさらに罵声を浴びせかける。
別にグッチも朔夜本人の体型を言った訳ではなく、ククリの小型ロボット特有の『ずんぐりむっくりフォルム』について、それを揶揄しただけだが、
(な、な、なんですとー!)
そうは言ってもお年頃の女子大生、かつ拗らせ喪女、かつ貧乳ぽっちゃりには、聞き捨てならないセリフであった。
だが、
「えーい、なんとでも言え! ポテチが……この世のポテチがおいしいのが、いけないんだー!」
窮地において朔夜は、悔しまぎれの言い訳を一人叫ぶと、それでも逃走を継続した。
(私の……考えすぎだったか……)
それを眺めるチルルは、ククリ起動時に抱いた懸念が杞憂だったと思い、
(そうよ、あんな奴が私と同じな訳がないわ)
と、仮面の下で安堵の吐息を漏らす。
それから、
「アッハッハッ、アーッハッハッハッ!」
ひときわ甲高い声で嘲笑をぶつけてから、
「無様ね! やはりこの世界を救うなんて、お前には無理なのよ!」
完全な上から目線で、朔夜が救世の勇者である事を、真っ向から否定した。
「――――!」
救世の勇者であるかはさておき――朔夜の耳に突き刺さったのは、『お前には無理』という言葉であった。
次の瞬間、朔夜の脳裏にいまわしき記憶が蘇る。
『あいつ本気で、二足歩行のロボット作る気らしいぜ』
『しかも有人機って、ガ○ダムかなんかの見すぎじゃねーの』
『無理無理、できる訳ねーよ』
『あいつには無理だよ』
『そうそう、無理無理ーっ』
二足歩行の乗れるロボットを作るという夢を抱いて以来、同級生、研究室の学友、そして教授に至るまで、様々な人間から浴びせられた――『無理』という言葉。
(やっぱりアタシには……無理だったのかな)
緊迫した状況下での錯乱した心に、それは深く突き刺さった。
(アタシ、なんで戦ってるんだっけ。えっと……)
これまでの経緯を振り返ろうとしても、何も考えられない。
もはやその思考回路は、完全にフリーズしてしまったのだ。
(悔しいな、悔しいな…………悔しい)
己の無力に対し、ただ繰り返される思い。
頑張って、頑張って、頑張ったのに――結局、何も成し遂げられず、『無理』という言葉を噛みしめなければならない現実と屈辱。
「悔しいよぉ……」
ついに口をついて出た言葉と共に、下を向いた朔夜の眼鏡に、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
同時にククリもその動きを止め、向かってくるギガドン機に対し、もはや無抵抗の状態となってしまった。
「まずいぞ!」
「えーっ、勇者さん、どうしちゃったんですかー⁉︎」
モイカとウズメが、迫る危機に慌てる中、
「サクヤさーーーん!」
ミコトは二人を押しのける様に前に出ると、力のかぎりの大声で呼びかけた。
(――――!)
すべてを諦めかけた朔夜の心が、再び目覚める。
そして声の方向に顔を上げると、そこにはククリを――朔夜を真っすぐに見つめるミコトの目があった。
「そうだ……アタシと同じ目……」
悔しさに負けず、夢に立ち向かい続けた――自分と同じ、真剣で淀みない少年の真っすぐな目。
それを助けるために、自分は立ち上がったのだと思い出しかけた瞬間、
「サクヤさん、頑張って! 僕がついています!」
少年の偽りない真心のエールが朔夜の心を貫くと、まばゆい白銀の光がククリを包み込んだ。