Mission-03 初体験と変態
神鎧――朔夜が卒業論文と就活のために製作したロボット『ククリ』を、モイカという初老の男はそう呼んだ。
しかも自分を見て、『ゲートをくぐってきた』と言った事に、朔夜は初めて警戒の色を滲ませた。
――ネの国、白銀の勇者、そして神鎧。
論理的思考から排除してきたキーワードを、あらためて並べ直す。
まったくピンとこない。
まあ、そうだろう。召喚、ナイト、世界救済、というキーワードを自身の就職難に対し、極めて都合よく解釈したのだから、そこから異世界へ転移したという結論に至るはずがなかった。
だがモイカという男の言葉には、これまでにない重みがあった。
(まるで、くせ者の教授を相手にしているみたいだ……)
これでも女子大生の朔夜は、キャンパスライフを振り返りそう思う。
そこに、
「サクヤさん――」
という声と共に、彼女の両手にぬくもりが伝わってきた。
「――――?」
ふと視線を下げると、ぬくもりの正体が分かった。それはミコト少年が朔夜の両手を握っていたのである。
(なっ、なっ、なっ、なんですとーーー⁉︎)
瞬間、朔夜の頭は沸騰した。
男子と手をつないでいる。それは驚愕の事実であった。
なぜなら前述の通り、異性とイチャコラしちゃったりする『青春』という時期を、朔夜はロボット開発という夢のため、すべて費やしてきた。
なので当然、男子を意識し始めた思春期以降も――ネットで仕入れた情報による、ねじ曲がった妄想以外は――チューはおろか、手さえつないだ事もなかったのである。
だが今、本物の男子の手が触れている。
そのリアルは、ある意味、朔夜にとっての『初体験』であった。
(ふひゃーっ!)
眼鏡がずり落ちた、朔夜の顔は真っ赤に染まっていた。
「この世界を救ってくださる事、本当にありがとうございます」
ミコトは、その感謝の気持ちを表すために手を握ったのだが、舞い上がった朔夜の耳にそれは届かない。
「彼らは王府から私の従者として付けられた、ナイトのモイカさんと、ポーン(兵士)のウズメです」
続けて、ミコトが二人を紹介するが、それも朔夜は聞いていなかった。
それどころか、
(お、おしべとめしべがドッキングー。あ、アタシ、妊娠しちゃうー)
冷静さを失った朔夜の思考は、三段飛ばしの暴走を始めていた。
「このネの国は平和な世界でしたが、今は『闇の女王』によって危機にさらされています」
ミコトもミコトで、拗らせ喪女の錯乱に気付く事もなく、ピュアな少年特有のKYさで構わず説明を続ける。
「闇の女王を討てるのは、武神の化身と呼ばれる『神鎧』……その中でも、白銀の勇者と呼ばれる神鎧だけなのです」
そして総アルミ製のククリの、銀色の機体へ目を移しながら、
「正直、ゲートを開けてみるまでは、僕に見つけられるのか不安でしたが……。でも、あなたをここに召喚できて、本当に良かったです!」
感無量の思いを口にしたミコトだったが、当の朔夜はだらしなく頬をゆるませ、十一歳の少年を相手に、あんな事やこんな事の妄想をふくらませていた。
(エヘ、エヘヘへへ)
いたいけな少年に向けるその眼差しは、もはや事案レベルであった。
またもやトンチンカンな流れになってきたが、そんな朔夜とミコトに構わず事態は動き出す。
「もうちょっと、おぼこちゃんのウブさを見ていたかったが……そうもいかなくなったな」
二人のやり取りを半笑いで眺めていたモイカが、不意にあさっての方角を向きそう呟いた。
「おぼこ?」
それにウズメが、間の抜けた反応見せる。
「んー? かわい子ちゃん、って事じゃよ」
「イヤン!」
答えながらまた尻を触るモイカに、ウズメがセクシーボイスを上げると、それが合図の様に、
「さて……おいでなすったか」
エロジジイの目が、一瞬で戦士のものに変貌した。
そして、モイカが見ていた方角に、黒い一団が現れた。
「アッハッハッハッ、見つけた、見つけたわよ!」
先頭の女の高笑いに、一同がそちらに目を向ける。後ろには男が二人いた。
「――――⁉︎」
投げかけられる敵意に――ではなく、別の問題に朔夜は動揺する。
その理由は、黒い一団の衣装。
男の一人は古代ローマの剣闘士の様な、やけに露出度の高い防具に身を包み、もう一人の男は布一枚を体に巻きつけただけで、こちらもやたらと地肌の露出度が高かった。
だが二人の前に立つ女は、それをはるかに超越したハイレグ仕様のボンデージ姿で、悠然と胸を張っているではないか。朔夜の知識でいえば、これは完全にSMの女王様であった。
しかも三人とも、目と口の部分だけが露出した怪しげなマスクを被っている。
「へ、変態……!」
「変態じゃないわよ、失礼ね!」
思わず口をついた朔夜の呟きに、ボンデージの女がすかさず抗議した。
いやいや、どう見ても露出狂の変態グループだろ、という朔夜の心の叫びはおいといて、
「もう許さないんだから! ギガドン、いくわよ!」
ボンデージの女は、マスク越しでも分かるくらい顔を赤らめながら、背後の剣闘士姿の男にヒステリックに呼びかけた。
「我輩にお任せあれ!」
ギガドンと呼ばれた筋骨隆々の男が、前方に進み出る。
「グッチ、今回は大丈夫でしょうね⁉︎」
「はい、チルル様。今回は小生の自信作ですので、これで白銀の勇者は我々のものです」
ボンデージの女をチルル『様』と呼びながら、その問いかけにグッチという布一枚の男が、腰を低くして答える。
どうやらチルルという女が一団のリーダーらしい。それにしても、グッチという男の衣装はJKのスカートよりも丈が短い。これ以上、腰を低くしないでほしい。何か出てきたら大惨事である。
なんて事を朔夜が考えていると、
「いくわよ――神鎧憑着!」
チルルが前方にかざした両手から光線が放たれ、それがギガドンの体を包み込んだ。
次の瞬間、朔夜の目に非科学的な現象が発現した。
光の中から現れたのは、全長三メートルの巨大な青銅の鎧――いやロボット。
「な、なんなの……これ……?」
化学、物理、科学。そのすべての理解を超えた展開に、理系女子の頭脳は混乱した。