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散文の一 夢限
一概に夢というものは、二通りの事柄が存在する。
一つは「睡眠」時。
視界は確かに瞼の裏を投影しているにも関わらず、映像を記憶している脳が日常を統括している五感を超越して疑似的な事象を引き起こす。
一つは『覚醒』時。
意識が目覚め、現実に戻ったその身を取り囲む現状にまだ訪れぬ未来の自身に期待を寄せ、思いを馳せる。空想は自らを最低限の美化と脚色を付け加え理想の形を思い描く。
「夢」は『夢』に勝る事無く、『夢』は「夢」より遥かに退屈である。
しかし総じて、双方ともに所詮儚い幻想に変わりない。
「夢」が大地に眠る鼓動であろうと、『夢』が天を貫く軌跡であろうと、現実という地上の束縛からは脱するに至らない。
五感から成る現状と、陸上生命の共通項である重力に雁字搦めにした社会は、埋もれる事も羽ばたく事も決して許しはしない。
それは桜桜の花々と共に散り、轟轟の虫の音と共に朽ち果てる。
脈動が生命の終わりを示すなら、夢は幻想の限りを示す。
それは正に夢限である。