漆.黎明の兆
≪黎明の兆≫
*
ずっと、君が来るのを待っていた。
僕を見つけて。
憎しみでも、なんでもいいから。
僕を見て。
僕をわかって。
僕はここにいるのだから――。
***
初游は笑みを浮かべる少年を見て、不思議に思った。
外は朝を迎えるらしく、光が徐々にさしこんでくる。そしてそのあたたかな光は、そっと包み込むように那蛇叉を照らしていた。
「あたしに、できること?」
この人のために、それから孤独を恐れる蛇のために、自分になにができるのだろう。それは初游の切実な問であった。
なにかしてやりたい。互いに生きてゆく方法は、無理矢理調教するだけではないはずだ。
『なにができる?この小娘に』
蛇はせせら笑うように、那蛇叉に話しかける。
『なにもない。そうだろう?』
頭に響く彼の否定的な言葉を押しやり、那蛇叉は口を開いた。
――夜があけた。
「初游。君が、そばにいて」
――「僕ら」の、そばに。
穏やかな気分で那蛇叉はつづける。今までで、いちばん清々しい心持ちであった。
「僕らは器用ではないけれど。蛇はとてつもない寂しがり屋なだけなんだ。僕らには、孤独から救ってくれる存在が必要なんだ」
*
――ごめんね。
あのときの、彼女の言葉が頭に響いて止まない。
――ごめん、ごめん、ごめんなさい……。
理由がわからなかった。
ただそのときは、裏切られたという事実だけが目の前につきつけられて、どうしようもなく悲しかった。そしてそこではじめて、自分がどれほど彼女に心奪われていたかを思い知ったのだ。
――大好きよ。
ならば、なぜ?
その想いは切ないほど迫る。
ならば、なぜ封印をした?
なぜ裏切った?!
俺様を愛していなかったのか!
悲しみと憎しみと、それから寂しさがどっと波のように押し寄せてきて、暗闇に突き落とされた。
もう、二度と光は見えない……。
それから何年も、何十年も、何百年もひとりだった。人間の身体に封印され、やってきた彼女そっくりの“蛇遣い”に調教される。
笛の音は心を切り裂いた――
今回も、同じだと思った。ハナから期待などしていなかった。
「君がそばにいて」
と、自分の憑いた人間が言う。“蛇遣い”は目を見開き、それから驚くことに、柔くほほえんで言ったのだ。
「あたしが、ずっとあなたのそばにいてあげる」
――ごめんね。
あのときの、彼女の顔が鮮明に蘇った。
――大好き。
そのとき、さすはずのない明かりが、一気に頭上に輝き、包むように暗闇を照らし出した気がした。
笛は……
ふいに目に入った、代々“蛇遣い”に受け継がれる、不思議な紋様の入った笛。
あの笛は、かつて自分がもっとも愛しい者にあげたものであったことを、そっと蛇は思い出した――。