伍.厭世の記憶
≪厭世の記憶≫
***
黒でもない、白でもない。
光にも闇にも入れない。
自分はいったい、どこに属すのかわからず、意味もなく泣いた。
みる夢はいつも悪夢で、だれかの跫音が聞こえるたびに期待に胸をふくらませる。それが無駄だと気づくまで、何度も何度も顔を輝かせた。
泣き叫ぶと人々が怖がる。だからひっそり、声を殺して泣く。
社の隅で、ひとり膝を抱えて蹲り、ひたすらに耐えた。
人間よりも、化け物に近いのかもしれない……そう思うこともあった。けれど、やはり人間として生きたいという希望を捨てることはできなかった。
退治されるのは、自分だ。
いくら化け物ではないと訴えても、「普通の人間」には立派な怪物に見えることを知っている。
だから選びたかったのは、決して生などではなかった。
なかったのに。
死にたくないと、心のどこかで叫んだ。
灰色のなかで。
***
「どうして蛇をやっつけなくちゃいけないの」
ずっと、シコリのように心のなかに溜っていた疑問。もやもやとして、泣きたくなった。
「人間の敵だから」
「クニの人々を守るため」
「禍々しい、忌むべき悪だから」
問うた疑問の答えは、万人の人から万様にかえってくる。蛇を人間の配下にするべきだという理由はいくらでもあがるのに、傷つけてはならないという人間はひとりもいなかった。
いつしかその疑問を押し込めて、気持ちを殺した。
どうして“蛇遣い”にならなくちゃいけないの……?