「DEEP LOVER」
「君の願いはなんでも叶えてあげる。君が望むモノを手に入れ、君が望む言葉を詠い、君が望む女性になろう。それが僕の愛だ」
少女が、僕を抱きしめながら蠱惑的な声で囁く。
俺より頭一つ小さい彼女の顔を見下ろすと、蕩けそうなほどに甘い笑みがそこにはあった。
どこまでも無邪気な幼女の様でもあり。
何もかもを受け入れる聖母の様でもあった。
「僕に、君を幸せにさせて欲しい。それが僕の願いだ。だから――僕のものに、なってよ」
僕の背中を掻き抱く小さな手に、ぎゅっと力が籠められる。
ささやかな力。振りほどこうと思えばすぐにでも振りほどけそうなほどにか弱い力。
なのに、そこからは強大な決意が感じられた。絶対に離さない、そんな意志が。
「大丈夫。何も怖くないよ。何も恐れる必要なんてない。僕が君の怖れを、恐怖を全て無くしてあげる。だから――」
君はただ、頷くだけでいいんだ。彼女はそう言って、俺の言葉を待つ。
俺の手は震える。衝動的に彼女の身体を掻き抱きそうになる。彼女の言う通り、彼女の幸せに耽溺したいとさえ思う。
それはきっと幸せだ。俺の望みは全て叶えられる、愛に満ちた世界。
だが、それでも――
「――それは、きっと違うんだ」
俺は、彼女の肩を掴み、引き離す。
「愛は、きっとそんなものじゃない。そんな一方通行なモノじゃないんだよ」
引き離され、茫然とする彼女の目を真っ直ぐと見ながら、俺は言葉を続ける。
「君の愛だけを与えられたら――俺は溺れてしまう」
「いいじゃないか。溺れちゃえばいい。溺れても、僕が君を愛するから」
「それは、俺じゃないんだ。愛に溺れ、君無しでは生きていけない俺なんて――俺じゃない」
「それでも僕は君を愛するよ。君が君じゃなくなっても。君が名前さえ忘れて、何も出来ない存在になっても――僕は君を愛し続ける」
それの、何がいけないの? 彼女は聞き分けの無い子供を諭すように話す。何故こんな当たり前の事が分からないのだろう、と言う風に。
だから俺はこう断言する。
「俺は――俺が"俺"であることにそれなりにこだわりがあってね。だからそんな愛は――お断りだ」
「…………」
俺の言葉に何を思ったのか。彼女は俺から引きはがされたまま、茫然と立っている。
だがしばらくすると、彼女は表情を変えた。
聖母の様な、全てを受け入れる笑みに。
「大丈夫だよ」
彼女は言う。
「君が僕の愛を拒んでも、大丈夫。それでも僕は、君を愛するよ。僕を拒む君を、幸せにして見せる」
ああ――彼女は笑みを浮かべているのに。優しい言葉をかけてくれるのに。
どうしてそんなに――虚ろな目をしているのだろう。
何もかもを飲み込むような、光の無い真っ黒な瞳。まるでブラックホールだ。
「だから、安心して」
言って、彼女が再び手を広げて――俺を抱こうとしてくる。
その顔が、その声が、その手があまりにも怖くて。
俺は彼女に、銃を向けていた。
「来るな!」
「その銃で僕を撃つかい? それもいい。その銃弾を僕は愛そう。だから、怖がらなくていいんだ――」
彼女の笑みは、瞳はそれでも何も変わらなくて。
その恐ろしさに、俺の指は銃のトリガーを――
「DEEP LOVER」END




