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短編集  作者: ホムラ
4/24

「ただいま」「おかえりなさい」

いつから当たり前になったの


●●●


「ただいま」

「おかえりなさい」


●●●


 俺の仕事は忍者だ。国の命令を受け、要人を暗殺するのが仕事。

 汚い仕事だ。だが誰かがやらなければならない仕事だ。手を血で汚す事に何も感じなくなったのは、もうだいぶ前になる。

 ある企業の役員を殺し。

 ある国の大臣を殺し。

 時には自国の現与党の敵となる政治家を殺した。

 恨みもだいぶ買った。

 無論正体がバレるような真似はしていないが、俺を殺したい奴は掃いて捨てるほどいるだろう。

 そのことについて、何か思うことは無い。

 人を殺すのだから、いつか殺されるだろう。その程度の覚悟はすでにしている。

 きっと俺の末路は、ひどいものになるだろう。だがそれがどうした。

 忍者なんて、そんなものだ。

 

●●●


「ただいま」

「おかえりなさい」


●●●


 仕事を終え、珍しく定時に帰る。

 郊外のベッドタウンの一軒家が、俺のささやかな城だった。

 そこでは、妻が俺の帰りを待っている。

 妻。

 良い人だと思う。素朴な顔立ちの、目立たないが美しい人。性格も大人しいが裏表が無く、話していて楽しい人だ。

 俺は、社会的な偽装(カモフラージュ)のために彼女と結婚したのだが、そんな自分にはもったいないほど良い女性だ。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」


 ドアを開けると、彼女の声が聞こえてくる。

 夕餉は焼き魚だろうか、美味しそうな魚の油が香ってくる。

 ――家に帰ると、おかえりの声がある。

 それが俺の「当たり前」になったのはいつからだろう。

 結婚当初は、何も言っていなかった。帰る時間も不定期だったし、それは彼女も了解済みだったから。

 だがある日、彼女がこう言ったのだ。

 

「ここは貴方の家です。帰ってきたら、ただいまと言わなければいけませんよ?」


 それが彼女の「当たり前」だったのだろう。俺はそうか、気を付けるとそれに了承した。

 それからだ。

 家に帰って「おかえり」「ただいま」と言い合うようになったのは。

 

「今日はサンマの塩焼きですよ~手を洗ってきてくださいね」

「分かった」


 彼女の言葉にうなずきながら、洗面所に向かう。

 手を、洗う。

 何もついていない/血の汚れが落ちない 手を。

 ――こんなに幸せで、いいのだろうか。

 最近よく、こんなことを考える。

 人殺しなんてことを仕事にしながら。ごく普通の家庭、なんてものを持ち――それに平穏を感じてしまう自分。

 それを、悪くない、とさえ感じてしまう自分。

 忍者に幸せなんて似合わないと思っていたのに。そんなものは不要だと思っていたのに。

 手に入れてしまうと、もう二度と放したくない、と考えてしまう。

 ――俺は、怖い。

 いつか俺の仕事/業が原因で、この幸せを――彼女に危害を加えてしまうのではないかと。

 それが嫌なら彼女から離れればいいのに――そうできない自分も。

 心に恐怖を抱えながら、それでも――

 

「洗ってきたよ」

「それじゃあ頂きましょうか」

「「――いただきます」」


 彼女を共にいることの幸せを噛み締めながら。

 俺は、普通の日常/忍者の非日常を過ごす――

 

「ただいま」「おかえりなさい」END

 

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