「忍者、少女を拾う」
02、救助・救済
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助けたのか、助けられたのか。
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「朝ですよ。とっとと起きてくださいご主人様」
「――おはよう、冥。今日もいい四の字固めですねイデデデデデ」
朝。東から昇る太陽の日差しが射す寝室。そのベッドの上。
寝間着姿の僕は、メイド服の女性に四の字固めを喰らって倒れていた。
「お褒めに預かり恐縮ですご主人様。
ですが、個人的には声をかけた時点で起きるようになってくださると冥は嬉しいと判断します。
こう、身体的接触を伴いながら起こすとか、恥ずかしいので」
「四の字固めが恥ずかしいなんて冥は初心ですねって痛い痛いさらに力を込めるのは止めて!!」
ミシミシと悲鳴を上げ始めた足の痛みを感じながら、必死にベッドをタップする僕。
降伏が受け入れられたのは、それから一分後のことだった。
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僕の名は服部剣十郎。年齢は二十三歳、性別は男。
職業は――忍者だ。
国の諜報機関"黒子"に所属する諜報員をしている。
諜報員と言ってもその正体は宮仕えのサラリーマンのようなモノだ。
今日もスーツ姿で電車に乗り、職場のある霞が関へと向かう。
「やぁ服部君。今日も時間通りの出勤だね。御苦労御苦労」
時刻は八時半。霞が関の某庁舎、その地下4階にある僕の職場――諜報機関"黒子"のオフィスルーム。
部屋の中には既に来ていた課長と、秘書の加藤さんがいた。
「あの問題児の服部君がこうして時間通りに出勤するようになるなんて……お姉さんは感激で泣いちゃいそうです」
「辞めてくださいよ」
よよよ、とハンカチを目元にあてる加藤さん。
彼女の言う通り、僕は半年前までは問題児だった。
諜報員としての実働活動(忍者としての破壊活動などが主だ)こそこなすモノの、それ以外の業務――例えば報告書の作成であるとか、会議であるとか――はほとんどさぼっていた。
そんなモノは必要ない、と思っていたのだ。
"服部"の名が示す通り、僕の一族は忍者としては名門に当たる。先祖を辿れば、あの徳川家康に仕えた服部半蔵に行き着く。
そんな大忍者の一族で、忍者としての戦闘技術の訓練ばかり積まされた僕は――見事な戦闘マシーンとなっていた。
ただ命令を聞き、その通りに動く戦闘人形。それが僕だった。
――仕事はします。それ以外の交流の必要性は感じません。
機関に入った当初、オフィスルームで同僚の諜報員とコミュニケーションを取ることを勧められた時の僕の言葉である。
仕事はする。言われた通りに戦う。それ以外の事なんて――興味がない。考える事さえない。
そんな戦闘人形だった僕が、曲がりなりにも普通の人っぽく課長や加藤さんと談笑出来るようになったのは――ここ最近の事である。
「あの子は元気かね? もう半年ほどになると思うが」
「元気ですよ。元気過ぎて困るほどです」
あの子。僕が拾った少女。
名は風魔冥。風魔の里の生き残りにして――僕をこうした人物だった。
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忍びの名門と言えば伊賀・甲賀と来て三番目に来るのが風魔である。
その風魔の里の一つが、謎の敵対勢力に襲撃を受けた、事実確認と里の救助をせよ、との指令を受けた僕は、その風魔の里へと飛んだ。
結論から言えば、僕は間に合わなかった。里は既に壊滅していた。
昔ながらの日本家屋が立ち並ぶ、少々時代錯誤な"昔の日本の田舎村"と言った印象の里は、家屋が崩壊し、あちこちで火の手が上がる崩壊状態にあった。
「…………」
既に人の気配はない。村の住人も、襲撃者もいない。皆死んだか、既にこの場所を去っていた。
もう誰もいない廃墟の村を、僕は歩き回る。
生存者がいないか。襲撃者につながる情報は無いか。そんなことを思いながらつぶさに歩き回っていると、ある屋敷が見つかった。
村の中でも一際大きな屋敷だった。しかしその威容も、屋根から叩き潰されたかのように崩れていては形無しだった。
その、崩れた屋根の下に。柱に潰されるように、一人の少女の上半身がこちらに出ていた。
「――生きていますか?」
彼女の元に走り寄る。彼女の下半身は完全に柱の下に挟まってしまっていた。
ぼう、っと何も写さない瞳が僕を見た。彼女はまだ、生きている。
「しっかりしてください」
「…………」
僕の言葉に、しかし少女は何も答えない。下半身が瓦礫に潰されている痛みに嘆くでも無く。泣くでも無く。ただただ無表情に、僕を見る。
「あなたは だれですか」
「僕は国の者です。この里の救助に来ました」
ようやく開いた口が紡いだのは、僕への誰何の言葉だった。僕はただ目的だけを語り、何とかして彼女を救い出そうと試みる。
彼女の下半身を押しつぶす柱は、大きさ・重さ共にかなりのモノだったが――忍者ならば、何とか出来る。
「おおおおおお!!!」
気合の叫びを上げながら、柱を持ち上げる。柱は何とか持ち上がり――少女との間に隙間が出来る。
「動け――ますか? でしたら早く出てください……!」
「――なぜ?」
少女は、疑問の声を上げる。
「なぜ でなければならないのですか
とおさまも かあさまも みんなしんでしまったのに」
「――――」
何故、生きなければいけないのか。何故、死んではいけないのか。
少女のその言葉に、僕は何も答えられなかった。
人は、生きるものだ。それが当然だ。死を望む人がいるなんて、考えもしなかった。
「――――」
「――――」
柱を持ち上げたまま、何も言えない僕。
地面に伏せたまま、何も言わない彼女。
瓦礫と廃墟の中を、静寂が支配する。
――僕に、何が言える?
――突然生きていた場所を壊されて。共に生きていた家族を皆殺しにされて。
――今まで在って当然だった"生活"を壊された彼女に、僕ごときが何を言える?
何も、言えない。
僕は彼女の事を知らない。一般論としての説得も、戦闘技術ばかり教えられ、磨いてきた僕には思いつかなかった。
そんな僕には、彼女にかける言葉が無かった。
それでも。
「――貴女を助けるのが、僕の任務です」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
「生存者の救助。それが、僕の受けた任務です。
ですから、そこから出てください……!」
「……あなたのにんむだから でろというの?」
「そうです!」
「……あなたのために いきろというの?」
「――そうです!!」
ただ任務をこなすだけの機械人形。それが僕の自身への評価だった。
命じられたままに任務を行う、それだけの、無味乾燥とした無感情な人間。
そう、思っていたのだけど。
――自分の中から、こんな思いが出てくるのが意外だった。
彼女がただ、死を選ぶことが。何故だか僕には耐えられなくて。
僕は彼女に、生きろと叫んでいたのだ。
「じゃあ――仕方、ないですね」
僕の言葉に何を思ったのか。
少女は薄く笑みを浮かべ、柱から這い出たのだった。
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こうして僕は、彼女――風魔冥を拾った。
彼女は何故か僕から離れようとしなかった。
僕に仕える、と何故かメイドを名乗り、僕の生活の世話をし始めたのだ。
正直、最初は勝手に僕の生活を管理する彼女を疎ましく思っていたのだが――
「美味しいですね、このカレー」
「カレーは誰が作ってもそれなりにうまく出来るのが良い所です。
それはそれとして褒めていただけるのは嬉しいです」
夜。自宅の一軒家に帰った僕は、メイド姿の冥と二人夕食を取っていた。
メニューはカレー。サラダにラッシーもついているのが嬉しい。
雑談を挟みながら二人で取る夕食は、一人の時よりも充足感があった。
――一人よりも、二人の方が良い、ということなのだろうか。
気づけば、彼女との共同生活を僕は受け入れていた。
カレーを口に運びながら、何とはなしに彼女の顔を見る。
メイドらしくホワイトブリムを黒髪に乗せた彼女の瞳が、僕を映していた。
「何をじっと見ているのですか、ご主人様。
もしやついに人並みに婦女子に劣情を催す様になりましたか?
でしたら応えるのもやぶさかではありません。拳骨で、ですが」
何やらおかしな、それでいて物騒なことを言う彼女の表情は、それでもあの時の瓦礫の下にいた時よりも――明るい。
それが何だか嬉しくて。
「――何でもないですよ」
そう、僕は照れ隠しをしながら、カレーをかき込むだった。
「忍者、少女を拾う」END




